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Time:Eater  作者: タングステン
第六話 『U』
155/223

第13部

【2023年09月26日17時18分19秒】


 俺は湖晴の背後に近付く不審な大柄の男に気が付き、湖晴に声を掛けた。その男は何者かは不明だが、右手には鉄パイプを持っており、何かを企んでいると言う事が容易に推測出来た。


 しかし、何度声を掛けても湖晴は俺の声には気が付いていない様子だった。別々の離れた場所で探索をしようと考えたのがそもそもの間違いだったのかもしれない。俺は湖晴が何らかの危害を加えられるかもしれないと思い、一瞬自分の顔が青ざめて行くのが分かったが、今はそんな場合ではない。


 俺は俺のポケットに忍ばせてあった、12年前の『過去』で湖晴から受け取った煙幕を発生させるらしい小瓶を取り出して右手に握りながら、湖晴の下へと急いだ。これを使えば、僅かでも時間を稼ぐ事が出来るかもしれない。


「湖晴ーーーーー!!!!!」


 俺が右手に握っていた煙幕の小瓶を男に投げ付けようと構えた、その時だった。


「ぐはあっ・・・・・」


 突如、湖晴の背後に忍び寄っていた男がそんな呻き声を上げながら、地面に倒れて行ったのだ。それと同時に、カランカランと言う音を発しながら、その男が右手に持っていた鉄パイプが地面に落ちて行った。


「あれ・・・・・?」


 俺は今自分の目の前で何が起きたのかが分からなかった。湖晴は俺の声と背後に忍びっていた男にはまったく気付いておらず、予定通り荒廃した建物を調べていたはず。つまり、湖晴は何もしていないと思うのだが、それだと何で男がいきなり倒れて行ったのかについての説明が出来ない。


 しかし、俺はその答えを男が倒れ始めた数秒後、完全に男が地面にうつ伏せ状態になった時に理解した。


「湖晴・・・・・お前・・・・・」

「大丈夫でしたか?次元さん」


 そこにはいつも通りの冷静な雰囲気の湖晴がいた。外見を見る限り傷一つ負っていないし、焦りの感情も驚きの感情も無いみたいだった。どうやら、俺の声にも、背後から忍び寄っていた男にも気が付いていたらしい。


 だが、唯一いつもの湖晴と違うと言えば、今の湖晴はその真っ白な白衣の一部に血を浴びていたと言う事だ。俺はすぐにそれの意味を理解した。あれは湖晴の血ではなく、そこで気絶している男の物だ、と。その証拠に、地面にうつ伏せ状態で気絶している男の腹部あたりからは赤い液体が流れ出ていた。


 俺はその驚きと不信感を隠せないまま、湖晴の無感情な質問に答えて行った。


「俺は大丈夫だが・・・・・」

「どうかされましたか?」

「今、湖晴が手に持っているそれは何だ・・・・・?」


 俺は湖晴が左手に握り締めていたそれを凝視しながら、そう質問した。


「え?ああ、護身用ナイフですね」


 湖晴は俺が何に対してそんなに驚いているのかが分からない、と言った様子で左手に握り締めていた真っ赤に染まっている痛々しいナイフを持ち上げた。その拍子に、ナイフからはボタボタと赤い液体が地面へと垂れていた。


 俺は湖晴の下へと少し早めに歩いて行き、湖晴の目の前に立った。俺が近付いたからか、危ないと思ってくれたのか、湖晴は左手に持っていたナイフを適当な地面へと放り投げた。


 そして・・・・・、


 パーンッ!


「・・・・・次元・・・・・さん・・・・・?」


 そんな軽い音が俺達の周囲のみに響いた。湖晴は何が起きたのか、いや、俺に何をされたのかが認識出来ていないらしく、ただただ赤く腫れた頬を左手で押さえているだけだった。


 そうだ。俺は今『湖晴の左頬に1度だけビンタをした』のだ。そして、俺は湖晴に初めて怒りの感情をぶつけた。これ以降、湖晴にはそんな事をして欲しくなかったから。湖晴には極力、1人の可愛い女の子として生きていて欲しかったから。


「馬鹿野郎!いくら自分の身を守る為とは言っても、ナイフで刺す必要は無いだろ!」

「で、ですが、動きを抑制する為だけに、致命傷にはならない程度に・・・」

「湖晴だって、何1つだって間違う事の無い完全な人間じゃないだろ!1人の女の子だろ!もしこんな所で、そんな気は無くても殺人犯にでもなったらどうする!」

「わ、私は・・・・・」


 俺が大声で何度も怒鳴り付けると、湖晴は次第に顔を俯けて行ってしまった。それに、まさかこんな場面で俺に怒られるとは思ってもみなかったのか、湖晴の瞳からは大粒の涙が零れ落ちている様にも見えた。


 『流石に言い過ぎたかもしれない』。そう思った時、湖晴は俺にビンタされて腫れ、自身の涙で更に腫れた顔のまま、俺の顔を見上げて来た。


「私は次元さんが声を掛けて下さっている事には最初から気が付いていました!でも、背後から迫るあの男を迎撃するにはこれしか手段は無かったんです!1つタイミングを間違えば、次元さんが私の代わりに標的になって、被害を受けていたかもしれません!私は、そんな事だけは絶対に嫌なんです!」

「湖晴・・・・・」


 湖晴も俺と同じ様な事を考えてくれていたらしい。俺が湖晴に傷付いて欲しくないと思っているのと同様に、湖晴も俺に傷付いて欲しくないと思っていたのだ。だから、俺の声と背後に忍び寄っていた男に気が付いていないふりをしていたのだ。タイミングが重要だったから。


 少なからず、湖晴が俺の事を大切に思っていてくれているのは分かる。多分、一緒に何度も過去改変をして来たタイムトラベラーだからそう思っていてくれているのだろう。


 だが、俺はそれ以上に湖晴の事を大切に思っている。俺は今、その事を湖晴に伝えるべきなのだろう。俺の直感がそう言っていた気がした。


 既に涙で真っ赤に腫れた目のまま、これ以上泣かない様に涙を必死に堪えている湖晴。俺は無意識の内に、そんな湖晴の事を両手で抱き締めていた。


「湖晴・・・・・ごめんな。さっきの、痛かっただろ・・・・・?」

「いえ・・・・・私は別に・・・・・」

「でもな、俺も湖晴には傷付いて欲しくないんだ。だから、今回みたいな時があったら、まずは俺を頼ってくれ。絶対に助け出してやる」

「次元さん・・・・・」


 俺は囁く様に、自分の決意を湖晴に言った。湖晴は俺がもう怒っていない事に安心したのか他の理由があるのか、俺の背中にそっと両手を廻して来た。


「俺は非力で知識も全く無い。頼りになるかと言われたら、そうではないだろう。だけどな、湖晴が危ない状況にあるのなら、すぐに駆け付ける。これからは、湖晴がナイフで相手を刺す前に状況を打開してみせる。こんな俺だけど、湖晴は頼ってくれるか・・・・・?」

「・・・・・はい・・・・・次元さんは頼りなくなんてないですよ」


 その台詞の後、湖晴は先程よりも更に力強く俺の事を抱き締めて来た。その様子はまるで、子供が親に離れて欲しくないから抱き付く様なものだった。


「(次元さんともっと早く出会えていたら、私の人生も大きく変わっていたのかもしれませんね・・・・・)」


 暫く抱き合っていた俺達だったが、先程湖晴を背後から襲おうとした男がいたと言う事は他にもその仲間がいるのかもしれないと思い至った俺は湖晴の事を抱き締めていた両手を離した。それとほぼ同時に湖晴も俺の背中まで廻していた両手を離して行った。


 俺は辺りの状況を確認する為に周りを見回そうとしたが、その前に湖晴が俺の事を見つめている事に気が付いた。その湖晴の表情は俺にビンタされた事や涙とは別のほんのりとした赤みを帯びており、目が虚ろだった。そして、次第に俺の顔へと湖晴の顔が近付いている様な気もした。


「・・・・・ん・・・」


 俺と湖晴はそのまま互いに互いの唇を合わせた。以前した時は湖晴が俺に不意打ちをしただけだったが、今はお互いに相手の事をいかに大切に思っているのかを認識したキスだった。俺も湖晴も恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になっていたかと思うが、そんな事はどうでも良かった。


 時間にしておよそ数10秒。しかし、その時間は俺達2人にとってはとても長い幸せな時間に思えた。周りの音は何も聞こえず、ただただ相手の次第に高鳴って行く心臓の音だけが聞こえていた気がした。


 お互いの顔が離れた後も、俺達はその余韻に浸っていた。しかし、俺はある事に気が付き、学生服のポケットに入れてある煙幕の小瓶を取り出した。


「次元さん・・・・・」


 『もう1回』とばかりに、湖晴は俺の顔に自身の顔を近付けて来た。しかし、俺はそれに応じる前に別の行動に出た。そして、湖晴に真剣な表情で言った。


「湖晴。逃げるぞ」

「へ?」


 パリンッ!


 顔を真っ赤に染めたままろくな思考も出来ていないであろう湖晴の返事を聞く前に、俺は手に持っておいた煙幕のビンを硬い地面に叩き付けた。すると、その小瓶が割れた音と共に、辺りが真っ白な煙に包まれた。


 俺は予め確認しておいた安全な道を目指して、一直線に走って行った。勿論、いつも通りではない湖晴の手を引っ張って。


 暫く走って真っ赤に染まっていた顔が冷えた事により、ようやく思考が戻って来たのか、手を引っ張られたままの湖晴が俺に話し掛けて来た。


「じ、次元さん?急にどうしたんですか?」

「湖晴は気付かなかったのか?」

「?何に、ですか?」

「俺達の周りにいた不審者」


 俺は湖晴とのキスの後、その事に気が付いていた。多分、先程湖晴がナイフで刺した男の仲間とかそんな所の奴等だろう。やはり湖晴はその事に全く気が付いていなかったみたいだが、俺の見える範囲だけで8人には囲まれていた。しかも、全員が全員、何かしらの凶器を所持していた。


 だから、俺は今さっき湖晴に誓った事を実行に移す為にも、緊急用にと貰ったあの煙幕の小瓶を使用したのだ。


「・・・・・全く気が付きませんでした。すみません」

「だろうな。でも、気にする事はない」


 ああ、もう!俺なんかとキスしただけで顔を真っ赤にして、その上いつもは冷静なのにそれすらも失って、恥ずかしがって・・・・・可愛過ぎるだろ!湖晴!


「ちなみに、これからどちらに?」

「・・・・・え?ああ、例の研究施設に行ってみようとは思ってる」

「分かりました」


 俺とのアレコレは本当に現実の出来事だったのか、と思ってしまうくらいにすっかり湖晴はいつも通りの湖晴になっていた。


 さて、俺と湖晴の相手に対する想いは分かった所だし、例の研究施設に行って飴山の過去改変の続きをしなければな。

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