第08部
【2023年09月25日16時27分03秒】
何なんだ・・・・・?この違和感は・・・・・。今の湖晴の様子には大きな違和感があった。何か重大な事を湖晴が俺に隠しているのではないか、そんな気がしてしまったのだ。
だが、たとえそうだとして、湖晴が何を俺に隠すと言うんだ?湖晴がかつて学校の屋上から飛び降りた事や、両親が不審な死を遂げた事等は、俺に隠す以前に2度と思い出したくもない出来事のはずだ。だから、その事を俺に隠す事自体は何の違和感も無いはずなのに、今の湖晴の様子は何かおかしかった。
必死にこの妙な違和感について模索していた俺に、湖晴はいつもの冷静な調子で話し掛けて来た。
「とか言っている間に、過去の次元さんが走り去って行きましたけど」
「・・・・・え?あ、ああ。本当だ」
「どうかされましたか?」
「いや、何でもない・・・・・」
俺は何に不審感を抱いているんだ。別に湖晴が俺に何かを隠そうと、それは湖晴の勝手じゃないか。湖晴も俺同様に人間だ。当然、思い出したくない事もあれば、言いたくない事もあるのだ。感情があるのならば、それくらい誰にだって心の何処かで抱えているはずだ。
それなのに、俺とした事が・・・・・、
「あー!クソッ!」
「・・・・・次元さん?」
俺は自分の心の中でモヤモヤしていた気持ちを晴らす際に、自分の頭を掻き毟った。
俺の数少ない知り合いであり、こんなどうしようもない俺と人助けの為に過去改変作業と言う形ではあるが関係を続けてくれている湖晴を信じられなくてどうする!湖晴がそう言うのなら、それが真実に決まっているだろ!俺は湖晴を信じるんだ!
俺は10数秒間、湖晴に対して余計な疑いを掛けた事について申し訳の無い気持ちで一杯になりながらも、そんな事を考えていた。
その時、俺の先程の声が聞こえてしまったのか、グラヴィティ公園の道端で音穏と一緒に過去の俺の帰りを待っていた栄長が、こちらを向いて一言だけ呟いた。
「・・・・・?今、次元君の声が聞こえた気が・・・・・」
不味い!栄長に気付かれた!と言うか、それなりに距離があるのに何で聞こえるんだよ!
栄長に気付かれた事によってあたふたし始めた俺だったが、そんな俺の事に気付く事も無く、過去の栄長はゆっくりと1歩ずつ俺と湖晴が隠れている草むらの方向へと歩み寄って来た。
「どうしたのー?燐ちゃん」
だが、タイミングの良い事にも、そんな栄長の異変に気付いたらしい音穏が栄長に声を掛けた。栄長は俺達がこの草むらに隠れていると言う事を何と無く察知しているからなのか、その歩みを止めようとはしなかったが、音穏に話し掛けられ続けるとその動きを止めた。
「いや、今、そこの草むらから次元君の声が・・・・・」
「次元?次元なら、今さっき教科書を取りに学校に戻ったじゃん。草むらに入っている余裕なんて無いよー」
「それもそうね。じゃあ、そこのベンチで座って待っておきましょう」
「うん」
そうして、2人は仲良くお互いの腕を組みながら、近くにあったベンチに座りに行った。仲良いな、本当に。
それにしても、サンキュー!音穏!音穏自身は俺がこの草むらに隠れていると言う事には全く気付いてはいなかったと思うが、それでもここで過去の栄長に見付かってしまうのは非常に不味いからな。タイムパラドックスとか他の厄介な事によって異常が発生して、これ以上過去改変が難しくなって貰っては困る。
2人がベンチへと辿り着き座ったのを確認した俺は、安堵の溜め息を漏らすと共に自分達が隠れている立場である事も忘れて少しばかり大きな声を出してしまった。
「危ねー!」
「相変わらず燐さんは勘が鋭い、と言うか何かと優れてますね」
「湖晴もだけどな」
「そうですか?」
相変わらずと言うか何と言うか、湖晴は自身のスペックが高い事を自覚していないらしい。平凡主義者でもある俺からすれば、湖晴が持っている優れた人外的な能力の数々は超人の他ならないのだがな。まあ、俺は別に完全記憶能力とかそう言う物はあれば便利だとは思うが、今は必要無いと思うのであった。
そう言えば、湖晴の妙な違和感やら栄長に気付かれた事やらに気を取られ過ぎて、当初の目的を忘れていた。俺達は飴山の過去改変をする為に飴山を尾行しに来たのだった。だったら、こんな所で道草を食っている暇は無い。すぐにでも、過去の俺が飴山と会話している間に、そこへ追い付かなければならないのだ。
「それじゃあ、次行くか。ここから少し戻った場所で俺は飴山に会ったから、そこまで戻ろう」
「分かりました」
一先ず俺達は、音穏や栄長の姿が見える範囲までは草むらを中腰で進んで行き、2人の姿が見えなくなった所で立ち上がって歩く事で先を急いだ。そして、俺達はようやく過去の俺と飴山の会話している場面を見付けた。俺の推理が正しければ、この時点以降から緊急避難命令が発令されるまでの間に飴山の元で何かが起きたはずだ。
通行人に見付からず怪しまれない様に再び腰を屈めて過去の俺と飴山の会話の様子を見ている時、不意に湖晴が話し掛けて来た。
「それにしても、次元さんって本当に知り合いが女性ばかりですね」
「どうしたんだ?急に」
「いえ。何と無く気になったもので」
「まさか、俺に男の友達がいないとでも言いたいのか?」
「違うんですか?」
「・・・・・いや、その通りでございます。はい」
これは一体何のいじめだ?俺が湖晴に何をしたと言うんだ?もしかして、須貝の過去改変の為に時空転移した際に俺が湖晴の胸に顔を突っ込んでしまった事を怒っているのか?いや、それは今更過ぎるか。それなら、さっき俺が心の中で少しだけ湖晴が言った事を疑ったりした事に気が付いて、それで・・・・・いやいや、これこそ有り得ないだろう。いくら湖晴でも、そこまで勘が良い訳無い。
改めて今の湖晴の妙な話題について考えていると、随分と時間が経っていた。気が付くと、過去の俺と飴山はその会話が終わったのか、それぞれ元々向かっていた方向へと歩き始めていた。
「どうやら、会話が終わったらしい」
「次はどうしますか?」
「過去の俺を尾行しても意味が無いから、このまま飴山の後を付いて行こう」
と言うよりは、過去の俺の行動は今ここにいる俺が以前した行動に他ならないので、大体は記憶しているしな。俺の過去での行動がどうと言うよりも、次の過去改変対象者である飴山の行動を追った方が遥かに有益な行動であると言えるだろう。
「ちなみに、次元さんはこの後、音穏さんと燐さん以外で誰かにお会いしましたか?」
「ああ。杉野目に会ったよ」
「以前言っていた転校生の方ですか?」
「そうそう」
そう言えば、湖晴は杉野目とは会った事が無かったな。湖晴自身は『何処かで聞いた名前だ』みたいな事を言っていたが、おそらく気のせいだろう。見た物聞いた物を全て覚えて行く湖晴の場合、知っているか知っていないかのどちらしか無いのだから。
俺と湖晴は尾行して何が起きたのかを把握する為に、やや暗い雰囲気に包まれている飴山の後を付けた。飴山は何か考え事をしているのか、思い出しているのか、少し俯き加減で歩いていた。
そんな時、またしても不意に湖晴が俺に話し掛けて来た。湖晴も俺同様に疲れて集中力が途切れてしまっているのだろう。だから、こんなに何度も俺に過去改変作業とは関係の無い事を聞いてくるのだ、と俺は理解した。
「次元さんはタイム・イーターでは『現在』よりも後に起きるであろう『未来』へは行けない事を知っていましたよね?」
「ん?ああ。前に湖晴から聞いたからな」
「では逆に、聞きます」
「何だよ」
歩きながらではあるが、湖晴はそう言って真剣な眼差しで俺の事を見つめた。
「次元さんは過去に行ける手段がありながら、何故今まで、自分の過去をやり直したいとかそう言う事を私に言わないんですか?」
「あー、改めて考えてみれば確かにそうだな」
正直な所、そんな事はあまり考えた事がなかった。俺はただ、偶然湖晴に出遭ったあの晩に音穏の事を過去改変と言う手段で救える機会を与えられた。その事についてお礼をしたい、そして湖晴の事も助けてあげたいと思ったからこれまで何度も過去改変作業をして来た。
だから、俺自身の過去がどうとか、そう言う事についてはあまり考えた事が無かったのだ。俺の生まれ付きの特性上、自分の事よりもまずは他人を助けたいと思ってしまうのだ。俺自身、こんな事はただのお節介であり自己満足に過ぎないと言う事はよく分かっているがな。
「まあ、俺は別に辛い過去を背負っている訳でもなければ、そんなにやり直したい事なんて無いからな。だから、俺はこうして平凡主義者として生きていられる訳だしな」
「そう・・・・・ですか・・・・・」
俺は少し笑いながら軽い調子で湖晴にそう言ったが、当の湖晴本人は何処か満足出来ていない様子で、歩きながらも俯いてしまった。そう言えば、湖晴の方はどうなんだ?わざわざ、こんな過去改変に関係の無い今更な話題を振って来たと言う事は、湖晴が俺にその事を聞いて欲しいからなのではないか?
そんな考えになっていない結論に達した俺は、俯いてしまった湖晴の顔を覗き込みながら聞いた。
「湖晴は・・・・・湖晴は何やり直したい過去は無いのか?」
どんな答えが俺に返って来るのかは分かっていた。俺は以前、蒲生から聞いた事によって湖晴の過去を断片的にだが知っている。だから、その辛い過去をやり直したい。そう言うと思っていた。
「私だって、やり直したい事なんて山ほどありますよ。人生を最初からやり直したいと言っても過言ではありません」
「人生全部って・・・・・」
それはつまり、生まれ変わると言う意味とほぼ同義ではないか。俺の知っている湖晴の過去は両親が不審な死を遂げた事と、湖晴自身が学校の屋上から飛び降りた事、そして何か色々あって玉虫先生の元へ辿り着いた事くらいだ。
だが、それらのどれも全て湖晴が中学生くらいの年齢の時に起きた事のはず。それなのに、まさか人生全部をやり直したいとは。俺の知らない所で、湖晴は苦しんでいたのか。この時の俺はそう考える事で、それ以上の詮索を止めた。
俺が気分が落ち込んでしまったらしい湖晴を慰める為に軽く髪を撫でていると、湖晴は先程の台詞に繋がる様に俺の顔を見上げて優しい満面の笑みで話し掛けて来た。
「でも、私はそんな事はしません」
「それも、湖晴が選らんだ事ならそれで良いさ」
「これまでの私がいたから私は玉虫先生に会えて、そして・・・・・次元さんに会えたんですから」
そう言うと、俺達2人は顔を互いに相手の顔を見つめあって立ち止まった。
そして、暫くの沈黙の後湖晴は自分が今何を言ったのかを思い出してなのか、顔を真っ赤にしてしまった。俺も湖晴のその台詞に少しばかり照れながらも、尾行していた飴山の方を見た。すると、そこには元歩いていた道とは逆方向へと歩き始めていた飴山の姿があった。
それに異変を感じた俺は棒読みで動揺しながらも、その事を湖晴に伝えた。湖晴も俺同様に、完全に棒読みになってしまっていた。
「あ、あれ?何故か飴山が引き返したぞ?」
「わ、忘れ物でもしたんじゃないですか?」
「そこに杉野目が・・・・・って、あの2人何か話してる様に見えるんだが」
「不思議ですね。私にもそう見えます」
過去の俺と会話していたはずの杉野目だが、その会話が終わる程の時間が既に経っていたらしい。俺達は過去の飴山と杉野目が何か話している様子を見守りながら、草むらで息を潜めていた。会話は微かに聞こえて来ているが、はっきり聞こえて来ている訳ではなかった。
その時、俺の耳に確かにそれが聞こえた。『現在-数分』で飴山が俺に言っていた『かつて仲間だった人達に裏切られた』と言う台詞とほぼ合致する様な事を、草むらに隠れる俺達の目の前で杉野目が飴山に言っていたのだから。
「貴女は、本来の貴女の仲間に『騙されている』」
「え・・・・・?」
その台詞が飴山の心にどの様な影響を与えたのか、そして杉野目が何をさせようとしていたのか。その全てが、一瞬の間に俺の脳内で駆け巡った。