第07部
【2023年09月25日16時23分03秒】
今回の過去改変対象者である飴山の過去を解明する為、そしてこの世界の異変は一体どの時点から起きたのか。その事を明確にする為に俺達は再び時空転移をして来た。
よくよく考えてみると、須貝の過去改変が完了してからまだ1度も休んでいない気がする。須貝の過去改変が終わって『現在-数分』に帰って来たら街が壊滅していてすぐに、飴山が次の過去改変対象者として認定されたのだから仕方無いと言えばそうなのだが、そろそろ1度休憩を挟んでも良さそうな気もする。
と言うか、休憩したい。徹夜明けの学校の授業を1日寝たとは言え、色々とあったのでそろそろ眠くなって来た。撃たれた横腹も完全に治った訳ではないしな。
「さて、と」
「はい」
先程の真っ暗闇な空間から一変して夕焼け色の空の下、俺達は『俺が9月25日に飴山とした最後の会話』の時点から飴山を尾行する為に、先程同様にグラヴィティ公園の中にいた。
そう言えば、タイム・イーターの時空転移がこんなにも多く可能と言う事は、以前湖晴が時空転移に必要らしい『時空の歪』とやらも多く存在すると言う事になるはずだ。この公園には良く分からない逸話(市長の黒歴史含む)がそれなりに存在するので何かあるとは思うのだが、やはりおかしな公園だな。
時空転移完了後、一通り辺りを見回した俺は至って冷静に、何からして行けば良いのかを考えた後、湖晴に話し掛けた。
「湖晴。まず、今は2023年9月25日の何時何分くらいなんだ?」
「16時23分くらいですね」
「と言う事は、確か俺が音穏や栄長と一緒に帰っている頃だな」
「取り合えず、過去の次元さん達と鉢合わせする事だけは絶対に回避したいので草むらの中に入っておきましょう」
「そうだな」
湖晴の台詞の後、俺達は近くにあった適当な草むらの中へと入って行った。ここなら、無駄に頭を上げず中腰以下の視点を維持していれば通行人に見付かる事はまず無いだろう。それに、右も左も後ろも背が高めの樹木に囲まれている為、誰かに怪しまれる心配もいらない。
俺は改めて辺りを見回した。どうやら、9月25日16時23分現在ではまだ何も起きていないみたいだ。学校帰りの学生や近くに住んでいるのであろう住人等の通行人に不審な人物は見当たらないし、何よりも極めて平和だ。
そう、俺達が丘の上から見たあの原子市の光景がただの幻覚だったのではないかと錯覚してしまう程、平和だった。荒廃した建物は一切無く、火事も起きていない。妙な張り紙も無ければ、不審な人物もいない。これが本来のこの街であると言う事は分かっているが、俺は改めて平凡の良さを実感した。
「一応、この時点では何も起きてないみたいだな」
「その様ですね」
「つまり、やはりこの後俺が飴山と会った後から緊急避難命令が発令されるまでの間に何かが起きた、と言う前提で事を進めて行くべきかもな」
「まあ、細かい所で何らかの影響が出ている可能性も少しはあると思いますが、今の所は次元さんの言った通りの前提で計画を遂行して行きましょう」
草むらの影に隠れながら、俺は隣で同様に隠れている湖晴とそう言う方向で計画を遂行して行く事を決定した。やはり、せっかく2人で過去改変作業をしているのだから、計画を練って助け合いながらの方が遥かに楽だろうしな。
だが正直な所、もし俺達が須貝の過去改変に失敗しており、しかしこの9月25日の時点では何も影響が出ていなかったとしたら、かなり面倒な事になる事が予測される。この時点で何らかの影響が出ていれば、それを元に12年前までに戻って再び過去改変をすれば良いのだが、今はそれが無い。つまり、もしそうだとすれば、何を再び過去改変すれば良いのかが全く分からないと言う事だ。
そうなってしまえば、飴山の過去改変を成功させる事は非常に困難になる事だろう。だから、出来る事ならばこの時点では何も無く、俺が飴山と話し終わって分かれてから何かが起きた、と言うパターンが最も好ましいのだ。
俺は心の底からそうであって欲しいと願いつつ、暫く息を潜めて草むらに隠れていた。するとその数10秒後、過去の俺と音穏、そして栄長が楽しそうに話しながらこちらへと歩いて来るのが目に入った。
「お、過去の俺達が来た」
「何だか、燐さんの顔色が宜しくない様に見えますが、何かあったんですか?」
「ああ、学校に行っている時に急に気分が悪くなったらしくて、保健室に行ったらしいだよ」
「そうだったんですか」
「持病持ちは大変だよな」
その台詞の直後、俺はハッと思い出した。今の俺の台詞は失言だったかもしれないからだ。何故なら、食物から栄養の吸収を上手く行えない体質である栄長の持病と同様に、湖晴も良く分からない(時折血を吐く)持病を持ち合わせているからだ。少し焦りつつも俺は一瞬だけ湖晴の方を見た。しかし、湖晴自身は特に気にしている様子も無く、それは俺の杞憂であった事が分かった。
だが念の為、と言うよりは一応、湖晴がその事について気にしていると不味いので俺は咄嗟に話題を変える事にした。その時、俺達2人がいる草むらの数メートル先からは、過去の俺を含む3人組みが少しずつ歩いて来ていた。
「そう言えば、今ふと思ったんだが、少し良いか?」
「はい?何でしょうか?」
「タイム・イーターさ、須貝の過去改変の時から連続で何回も使ってるだろ?」
「そうですね」
「電力残量がヤバくないか?」
「・・・・・正直な話、かなり危機的状況にあると言えるでしょう」
「だよなー・・・・・」
タイム・イーターの動力源は電力だ。何か時空転移に必要な粒子があるとか、時空の歪が必要とかそう言う事は勿論あるのだが、それとは別に膨大な量の電力が必要なのだ。しかも、その消費量はかなり多いらしく、これまでに電力残量がほぼ0になった事もあったのだ。
「タイム・イーター自体は大量の電力を蓄える事が出来ますけど、それと同時に消費する電力もかなり多いですから、せいぜいあと数回使用すれば電力残量は0になるでしょう。『現在』と『過去』を2~3往復するのが限界かと」
「阿燕の過去改変の時みたいな事にならなければ良いけどな」
「あの時はあの謎の筒のお陰で何とか帰還出来ましたからね」
今湖晴が言った『あの謎の筒』とは、俺が湖晴と出会う直前に拾った水筒みたいな金属製で穴の開いていない筒の事だ。
阿燕の過去改変の際、銀行強盗犯に人質として捕らわれた俺を助ける為に湖晴はタイム・イーターの電力を全て使った。その結果、俺達は『過去』から『現在』へと戻る事が出来なくなってしまったのだが、あの謎の筒が光り始めたと思った次の瞬間には『現在』へと戻る事が出来ていたのだ。
この一件の前に湖晴があの謎の筒を調べた際に『タイム・イーターに入っている粒子と同様の物が入っていた』みたいな事を言っていたので、それが何か関係しているのではないかとは思うが、厳密な所では何も分かってはいない。
あの謎の筒について改めて気になった俺は、その事について湖晴に尋ねてみた。その答えは大方予想は付いていたがな。
「結局の所、あの謎の筒については何も分かっていないんだよな?」
「それ以前に、あの謎の筒自体が消失してしまっているので調べようがありません」
「まあ、そんな気はしてたよ。改めて思うが、謎だらけだよなー」
これも分からず仕舞いだ。思い出してみれば、俺は何て無知なのだろうと思ってしまう。俺は幅広い情報を断片的には知っているつもりでいるが、実際には本質的には何も知らないのだ。
あの謎の筒についてもそう、飴山の過去についてそう、タイム・イーターや時空転移のシステムについてもそう・・・・・そして、湖晴の過去についてもそう。俺は浅く広くと言わんばかりに、中途半端な情報しか把握していない。これ程自分が惨めだと思った事は今まで無いだろう。
勝手に自分を貶して勝手に落ち込んでいる俺の脳裏に1つの疑問が浮かんだ。俺はそれについて自分の脳内で考える前に、それを口に出していた。
「・・・・・ん?そう言えば、タイム・イーターの電力って何処から手に入れているんだ?」
「あれ?言ってませんでしたっけ?」
「何を?」
俺が問うと、湖晴は可愛らしくキョトンと首を傾げて俺の事を見て来た。そんな顔をされても、困る。と言うか、何を言っていないって?
「次元さんのお家のコンセントから電力を頂いていたのですが」
「いや、初耳なんだけど」
「そうでしたか。まあ、そう言う事です」
「いやいやいや!ちょっと待て!タイム・イーターって電力をかなり食うんだろ?」
「そうですね」
「だったら、電気代がとんでもない事になるんじゃないか?」
「なるでしょうね」
「もしかして、湖晴はあれか?上垣外家を電気代で破滅させようとしているのか?」
「いえ、そんなつもりはありませんよ。それに私、居候する時に『生活費等のお金は銀行から自動的に上垣外家の口座へと振り込まれる』と」
「・・・・・そう言えばそうだったな」
俺は焦った。非常に焦った。これまでの人生の中で最も焦ったと言っても過言ではない。
もし、湖晴が所持しているタイム・イーターの電力を俺の家のコンセントから取っているとしたら、大量の電力が消費され今月の電気代は先月に比べて大きく跳ね上がってしまう事だろう。そうなれば、両親が海外出張でいない今、家計を管理している珠洲に何をされるか、何を言われるか分かったもんじゃない。それでなくても、俺は常日頃からパソコン等の使用を控えるようにと言われているのに。
珠洲の過去改変が成功して更正した新珠洲だとは言え、それでも珠洲は珠洲だ。自分の思った事を行動にするかしないか、そしてその行動が過激なのかそうではないのか。表立ってはそれくらいの違いしかない。だから、居候している湖晴の引き起こした問題(電気代上昇)は俺の責任になってしまう可能性があるのだ。
まあでも、湖晴の言う事が真実ならば俺にそんな責任が圧し掛かる事はまず無いだろう。内心ホッとしながら、自分の胸を撫で下ろす様な気持ちの中、俺は湖晴に話し掛けた。
「と言うか、玉虫先生から経費で落ちないのか?」
「玉虫先生は払っても良いって言ってましたけど、私が断ったんですよ。私を救ってくれた玉虫先生への恩返しの為に、これ以上迷惑を掛けては不味いですし」
「成る程な」
やはり湖晴も命の恩人になら、そう言う気配りも出来るんだな。玉虫先生も湖晴を助けた上に、世界を救う為に経費まで出すなんて言うとは、結構良い人みたいじゃないか。今度会ったら、俺からも礼を言っておこう。湖晴の事とか、過去改変で皆が救われた事とか。
だが、タイム・イーターはかなりの電力を消費する、と先程から何度も言っているはずだ。だから、その電気代は本気で馬鹿にならない額のはずなのだが、そこ等辺はきちんと支払えているのだろうか。いや、湖晴の事なのでしっかりしているのだろうが、俺的にはむしろその金の出所を知りたくもなってしまった。
「ちなみに、湖晴のその金って・・・」
「両親が残してくれたんです」
「え?」
俺が軽い気持ちで湖晴に聞いた時、俺の台詞の上から湖晴はそう答えた。それも、俺と視線を合わす事無く極めて無表情で。何か俺に隠している様な、冷たい一言だった。
「私の両親の遺産ですよ。稼ぎはそれなりに良かったみたいなので、銀行にはまだまだあります」
「そ、そうか」
そう言って、湖晴は俺の方を向いて1度だけ優しく微笑んだ。しかし、俺は今さっきの冷たい湖晴の表情と台詞を忘れる事が出来なかった。また何か、俺の知らない所で大きな問題が起きているのではないか。そんな嫌な考えさえも、過ぎってしまう程に。