第06部
【2023年09月25日23時22分25秒】
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・」
あの廃れ切った研究施設で飴山を発見した俺達だったが、飴山の様子は何処かおかしかった。俺が説得を試みるも、その声は飴山には何1つとして届く事はなかった。その後、何かが作動したのか研究施設は揺れ始め、危険を察知した俺は湖晴に何処でも良いのでタイム・イーターを使用して転移する様に叫んだ。
「大丈夫ですか?次元さん」
「あ、ああ」
明かりがほとんど存在しない真っ暗なグラヴィティ公園の中、膝を付いて息を切らしている俺に、湖晴は心配そうに声を掛けて来た。どうやら、俺達が転移して来たのは夜のグラヴィティ公園らしい。この公園の中心部に設置されている金属製の大きな時計塔が目に入った俺はそれを確信した。
現在時刻は夜の11時23分頃。何年の何日なのかまではまだ分からないが、湖晴に聞けば分かる事だろう。すると、俺のそんな考えを察知したのか、先に湖晴が現在の日時を言い始めた。
「今は2023年9月25日23時23分14秒です。咄嗟の事だったので正確に時空転移先の時間設定をしていなかったのですが、取り合えずはこれで良かったでしょうか?」
「ああ。助かったよ」
「それにしても、アレは一体なんだったんでしょうか」
今湖晴が言った『アレ』。即ち、飴山がいたあの研究施設内で突然始まった地震の様な大きな揺れの事だ。アレがただの地震だとするならば、震度3~4と言った所だろうが、おそらくアレは地震の様な物なだけで本質的には地震とは全く異なる物の筈だ。
結局俺は、あの研究施設内で俺は飴山と有益な会話をする事が出来なかった。飴山の過去を聞く事も、何故どうやって街を壊滅させたのかも、どうして急にそんな事をしたのかも。
飴山が自ら、俺に対して何かを訴えて来ていたのは分かった。だが、それは何なのかまでは分からない。『誰か身近な人に裏切られた』みたいな内容の事を言っていた気がするが、それが誰なのかまでは分からない。つまり、俺は飴山の過去について何1つとして分かっていないのだ。
暫く思考を続けた後、膝を付いていた俺は立ち上がって湖晴に返答した。
「分からない。だが、俺なりにアレの正体を考えた」
「と言いますと?」
何の根拠も、何の説得力も無いが、俺は俺なりにアレについて模索した。須貝の過去改変が終わり『現在-数分』に戻って来てから、今この時まででアレについて関係性の高そうな物を全て総合的に考えたらその様な考えが浮かんだのだ。
壊滅した原子市、飴山の『さよなら』と言う最後の台詞、咄嗟の時空転移直前の大きな揺れと閃光。普段ならまず起こり得ないそれらがほぼ同時に起きたから、俺はアレの正体を推測出来た。
俺は自分の台詞に何の信憑性も無い事を承知していたので、至って普通に、日常会話と同じ様に軽い口調で湖晴に言った。
「アレは何かの『爆弾』だ」
「爆弾・・・・・ですか。だとすると、これまた厄介ですね」
「まあ、何も確証がある訳ではないけどな」
俺の台詞を聞いた湖晴自身も何と無く予想はしていたのか、それ程驚く様子も無く俺の台詞を聞き入れた。だが、その可能性をあまり深くは考えてはいなかったらしく、暫く考えた後、考えが纏まったらしく再び俺に向かって話し掛けて来た。
「ですが、可能性の1つとしてはありえるかもしれませんね」
「そうか?」
「はい。有藍さんの背後にあった大量の謎のモニター、あれを爆弾の起爆装置と仮定すると、他の事柄にも辻褄が合う物があります」
「例えば?」
「数年間は使われていないであろうあの研究施設が以前何らかの爆発物に関する研究をしていたのなら、治安が良くなった現代日本でそれを利用する機会は少なくなっていますので、今は廃れていても何ら不思議ではありません」
「裏では色々と利用されそうなもんだが、それでも需要が減れば供給の側は廃れてしまうもんな」
「ええ」
現代日本は昔と比べて警察全体の行動力が上昇し、上空に飛行船が常に存在する様になり、結果的に治安はかなり良くなっている。それに、外国との大きな戦争もここ数10年は起きていないし、銃刀法違反もそれに伴って以前よりも更に厳しく規制されている。
だから、爆弾なんて物騒な物を使用するのはせいぜい自衛隊や科学結社くらいのものなのだ。テロリストや強盗犯なんてものは、先程述べた通りの治安の良さの現代日本ではほぼ自殺行為だしな。
一先ず湖晴の『アレ=爆弾』と仮定した際の1つ目の見解を納得した俺は、次の事柄について湖晴からの説明を待っていた。それに気が付いたらしい湖晴が再び口を開いて、続けて俺に自身の意見を述べて来た。
「他には、次元さんが見付けたあの張り紙ですね」
「『緊急避難命令が発令された』とか『立ち入り禁止区域に指定される』とか書いてあった奴か?」
「はい。これは言わなくても予想出来ますよね?」
何のふりなのかは知らないが、湖晴は俺に期待したかの様な目で俺の事を見て来た。湖晴と出遭ってからのこの2週間と数日で、物事に対する推測する力が格段に上昇してしまった俺は、湖晴からのふりの後すぐさま返答した。これくらい、他の分からない不自然な事に比べれば容易な部類に入るしな。
「かなり危険な爆弾が市内にある事が判明したのなら、それを除去し終わるまで住民を何処かへと避難させる必要がある。もし爆弾を処理している間に爆発してしまった際の被害の範囲も想定して、周辺の街の住民も念の為避難させておいた、じゃないか?」
「まあ、大方そんな感じでしょう。アレが爆弾と確定した訳ではありませんし、その被害の想定範囲がどれ程の物なのかは全く検討が付きませんけど」
「と言う事はつまり、俺達があの研究施設に入った時に聞こえて来たヘリコプターとか車に乗っていた人達って・・・・・」
「おそらく、爆発物処理班とかそんな感じの人達でしょう」
つまり、国家単位の警察や軍が動かざるを得ないレベルの爆弾があの研究施設内にはあり、そして、それを飴山は何らかの手段を使って爆発させようとしていたと言う事になる。
飴山自身が一方的に俺に言っていた台詞を全て正しい事だと解釈するならば、飴山はこの街やその周辺に存在する『飴山を裏切った何者か』を殺害する為にここまでの事をしたのだ。街を壊滅させてでも、それを達成したかったから。
その時、俺はふとある事に気が付いた。飴山の台詞を全て真実であると解釈するならば、それによってもたらされる不自然な部分があったのだ。
「・・・・・ん?ちょっと待てよ?そうだとすれば、少し不自然な所があるぞ?」
「どう言う意味ですか?」
「あの研究施設にいる時に地震みたいに大きな揺れが起きただろ?あの直前に、飴山は言ったんだ『そろそろ、私の仲間だった方々が来る頃ですね』って」
「え?」
俺がそう言うと、湖晴はその事に関して完全に予想外だったらしく、思わず俺に向かって一言聞き返してしまっていた。そうか。湖晴は俺と飴山のあの会話の時には部屋の外の廊下で番をしてくれていたから、聞いていなかったのか。
そして、驚く湖晴を余所に俺は説明を続けた。
「これって『飴山はかつて爆発物処理班に入っていた』って事にならないか?」
「確かにそうなりますが、爆発物処理班にはそう簡単に入れる物ではないはずです。それに、女子高校生がしていても良い物なのか・・・・・」
それもそうだ。俺は警察や軍の爆発物処理班については詳しく知らないし、そもそも過去改変を数回しただけで専門家に成れるとも思ってはいない。だが、それくらいは分かる。
飴山はまだ高校1年生の女の子だ。そんな子が昔、爆発物処理班で働いていたなんて言う可能性が有り得るのか?有り得ないとするならば、飴山のあの台詞の意味は何だ?
俺はこの事について明確な答えが出る前に、続けて思い付いた疑問を湖晴に投げ掛けた。
「それともう1つ。飴山が爆発物処理班に入っていたと仮定すると、何でどうやって飴山は爆弾を使用して街を壊滅させようとしたんだ?あの研究施設の何処かにその爆弾があるのなら自分も巻き込まれるだろ?」
「爆発物処理にはそれに対する専門知識が大量に必要でしょうから、爆弾については詳しかったのだと思います。それに、有藍さんは自分の命を犠牲にしてでも晴らしたい恨みがあったのでしょう」
「何がそんなに、飴山を変えちまったって言うんだ・・・・・」
「私達にはまだ分からない事ですが、これからそれを調べて行けば、きっと過去改変は成功しますよ」
「そうだな」
結局、これも分からず仕舞いだ。今回の飴山の過去改変はこれまでの俺が知る5人の過去改変対象者の子達とは明らかに違う。つまり、過去改変に必要な情報が不足し過ぎているのだ。
どれが重要でどれが重要ではないのかと言う境界線が曖昧な上に、謎が多過ぎている。更にそれらを解くヒントや鍵もほとんど皆無だ。本来過去改変とはこう言う物らしいが、こんなに情報が少ないと何も分かる気がしない。それに、今さっきの俺と湖晴の会話の様に1つの事柄を真実としたら、別の所で常識的に考えて不自然な事まで出て来るのだ。
湖晴は首から提げているタイム・イーターを少し持ち上げると、次の時空転移先を設定する為に俺に話し掛けて来た。俺達が今いるグラヴィティ公園は既に真っ暗闇になっていたので、この空間に俺達2人しかいない様な感覚にさえ陥りそうになったが、余計な事は考えないようにした。
「ではまず、何時の何処に行って有藍さんの過去を調べますか?私は有藍さんについてよく知りませんし、タイム・イーターのデータベースにも有益な情報は少なかったので、あとは次元さんが頼りなのですが」
「つまり、今回の飴山の過去改変って、俺がいなくて湖晴1人だったら絶対に成功出来なかったって事だよな?」
「そう言う事ですね」
「そうなると、どうなっていたんだ?」
「世界滅亡ですかね」
「デスヨネー」
サラッとトンでもない事を言った湖晴に反して、俺は適当に棒読みで返答した。
今程湖晴と出遭っていて良かったと思った事は無かったかもしれない。もし俺が湖晴と出遭っていなければ俺所か全人類が滅亡していた可能性もあったのだから。
この世界では起きなかった不幸な出来事に対して無駄に落ち込むのを止め、俺は目の前にある問題を解決する為に無理矢理調子を取り戻した。
「取り合えず、9月26日12時30分に緊急避難命令が発令されたと言う事は、それまでに既に飴山は行動に出ている。そして、俺が最後に飴山に会ったのは9月25日の放課後。時間にしておよそ20時間の間に、飴山の心情を変える何かが起きたはずだ」
「輝瑠さんの過去改変の影響が出ているのなら、2011年09月27日14時から2023年の9月26日12時30分までの12年間を全部調べる必要がありますが」
「・・・・・ま、まずは、ありそうな可能性から当たって行く方が効率的だろ?」
「それもそうですね」
湖晴の言う通り、今回の飴山の過去改変は須貝の過去改変が失敗した為に起きてしまったパターンなのかもしれない。そうなると、下手をすると俺達は12年間も飴山の事を尾行しなければならなくなるかもしれない。そうなると、俺は28歳になるのか・・・・・外見28歳の高校2年生なんて嫌だな・・・・・。
だから、何としてでもそれだけは避けなければならない(俺の人生の為にも)。出来る限り早急に飴山の過去を救済し、この世界も救済する。その為に俺達は地道な所から検証する事にした。
「それでは、2023年9月25日の16時頃まで戻りましょう」
湖晴の台詞の直後、眩い閃光が暗い公園内を照らした。