第05部
【2023年09月26日17時29分12秒】
次の過去改変者が飴山である事が判明し、一先ず飴山の現在位置とこれまでの経歴を調べ始めた湖晴だったが、数10秒後、湖晴は驚きの声を上げた。何故なら、タイム・イーターには飴山のこれまでの経歴は表示されていなかったからだ。
俺も湖晴に見せられるがままにそれを見て確認した。湖晴の言う通りそのページはほとんどが空欄で、僅かに表示されていたのは2年前の秋頃からのデータのみだった。即ち、飴山の出身場所はおろか出身日時等も何1つとして表示されておらず、両親や兄弟姉妹等の親族のデータも無かったと言う訳だ。
これまで、湖晴は俺に過去改変対象者を発表した後、タイム・イーターで調べた過去改変対象者のこれまでの経歴を調べていた。だから、俺が湖晴に特に言う事無く、更に本人からも過去について何も聞いていないにも関わらず、音穏の過去改変の為に何処に時空転移すれば良いのかを知っていたのだ。
だが、今俺の目の前にあるタイム・イーターの画面には2年前の秋よりも前の飴山の過去は表示されていなかった。当然ながら違和感を感じた俺は自分の脳内で浮かんだ、有り得そうな可能性から順に潰して行く事にした。
「それは、タイム・イーターの故障か何かなのか?」
「いえ、そう言う訳ではありません。ついこの間にメンテナンスはしたばかりですし、そもそもタイム・イーターはタイム・イーターの機能でなければ壊れません」
「だったら・・・・・どう言う事だ?」
タイム・イーターについては俺は知らない事ばかりで、製作者である玉虫先生とか言う人にしか分からない事も多々あるのだろうが、湖晴曰く、ようはタイム・イーターは滅多に故障しないと言う事らしい。あと、自身でしか壊れないと言う事は、自爆装置でも内臓されているのだろうか。
湖晴の台詞の後俺が次の可能性を考えていると、やはりタイム・イーターにデータが表示されない事に必要以上の焦りを感じているのか、思考を続けている俺の事も無視して湖晴は次の台詞を発して来た。
「これはつまり、有藍さんには『過去が存在しない』と言う事になります」
「・・・・・え?」
「厳密に言うと、有藍さんの過去が『何者かによって消去された』もしくは『データベースに載せる事が出来なかった』でしょうか」
「と言う事は、飴山の過去は一般的に公開出来ない程、何か見ては不味い物が含まれているって事なのか?」
今思えば、以前飴山は『自身の記憶の一部が無い』と言っていた気がする。その事とデータに過去が表示されない事を考えると、飴山がいる事で不都合が起きる第三者が飴山から記憶を抜き取り、データベースにまで侵入して2年前の秋よりも前の情報を全て削除した、と言う事が可能性としては有力だろう。
だが、本当にそうなのか?俺の知る飴山は大人しくて他人が苦手そうな雰囲気で、軽音部に所属している高校2年生の比較的普通な女の子だ。いや、過去改変対象者に選ばれるくらいだから何らかの問題を引き起こすだけの能力はあったのだろうが、俺の飴山に対する印象とこの世界での飴山の素顔は何かが食い違っている気がしてならない。
これまでの5人の過去改変対象者の子達は俺が発表される以前から知っていたり、過去改変前に本人から聞く事が出来たから、一応過去改変をする事は出来た。しかし、今回はそうは行かない。俺は飴山と知り合って日が浅く、何度も話した訳でもないのでその過去を知らない。それ所か、データベースにすらその過去は表示されておらず、誰かに聞こうにも誰が飴山の空白の過去を知っているかが分からない。
「まだそうとは断定は出来ません。まずは、本人に確かめてからでないと」
「結局そこに落ち着くのな」
「はい」
今は考えていても仕方無い。俺は須貝の過去改変が終了してから2回連続しての過去改変作業になっていた為に、ここに着いてからずっと混乱していただけだ。何も、焦る必要は無いのだ。1つずつ、着実に過去改変を成功させる為だけに意識を集中すれば良い。
俺と湖晴はグラヴィティ公園近くの丘の頂上から階段で降り、タイム・イーターが示す飴山の現在位置に向かうと同時に、荒廃した街の様子を更に詳しく調べる為に歩き始めた。
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湖晴曰く、タイム・イーターにはつい先程俺達がいた丘の頂上からは少し離れた建物の中に飴山がいると表示されているらしい。街全体にいたはずの他の人々は何処かへと行ってしまったのに、何故飴山だけは建物の中にいるのか。そこで何をしているのか。行ってみなければ分からないが、行けば何かが分かるはずだ。
俺と湖晴は計画通り、荒廃した街中を歩いていた。やはり、丘の頂上から見渡した時の光景と全く同じだ。人影1つ無く、一種の戦場を連想させるかの様な状態に成り果てている。俺が知っているこの街は、都心でもなければ田舎でもない、見た感じは平凡な所だ。しかし、毎日街中が多くの人々で賑わう、研究所の多い街だ。だが、この光景を見る限りでは、俺のそんな印象はただの妄想だったのではないかとも思えてしまう。
俺が今日何度目だろうか、自分とこの世界に対して悲観的になっていた、その時。
「・・・・・ん?」
歩いていると、ふと見覚えの無い張り紙が今にも崩れ落ちそうな建物のドアに張られていたのが気に入った俺は、それを見に行く為に掲示板へ歩み寄った。
俺の唐突で不自然な行動に気が付いた湖晴は、俺に声を掛けた後、歩いて俺の後を付いて来た。
「どうかされましたか?」
「いや、何か、見覚えの無い張り紙がしてあったから・・・・・って、は!?何だよ、これ!」
「何が書いてあったんですか?」
飴山の過去改変の為に必要な情報が圧倒的に不足している俺達にとって、もしかするとこの張り紙は何らかのヒントになるかもしれないと思い、俺はそれを見に行った。そこまでは良かった。だが、その張り紙に書かれていた文章は俺の想像を遥かに超えた物だった。
湖晴が俺の隣で俺同様にその張り紙を目で読み始めた時、俺は声に出してそれを再度確認した。
「『ここ原子市及び周辺地域は、9月26日12時30分に緊急避難命令が発令されました。住民の方々は下記の地図を参考にして、避難所に避難して下さい。住民全員の避難が完了後、原子市及び周辺地域は立ち入り禁止区域に指定されます。-原子市市長』」
声に出して改めてその文章を理解した俺は、自分の顔がみるみる青くなって行くのが鏡を見なくてもよく分かった。それ程までに、俺は事の大きさを思い知ったのだ。
俺と比べて、思いのほか湖晴は驚いてはいなかったらしい。俺は隣に立っている湖晴に向かって話し掛けた。
「おい・・・・・湖晴・・・・・」
「はい」
「何がどうなったら、緊急避難命令とかって出るんだ?」
「調べた方が良いですか?」
「いや、やっぱり良い」
調べなくても大体の想像は付く。次の過去改変対象者である飴山が街を壊滅させたから、それで立ち入り禁止区域に指定される程の影響が出たのだ。
と言うか、ちょっと待てよ?この張り紙によると、緊急避難命令が発令されたのは今日の12時半だ。その時間は、俺はまだ学校で寝ていたはずだ。つまり、この世界の俺は須貝の過去改変をまだしていない・・・・・?いや、今ここにいる俺が須貝の過去改変をした事により未来は変わった。だから、ここは良くも悪くも過去改変後の世界なのだ。即ち・・・・・あれ?それだと辻褄が合わなくないか?
『現にそうなっているから』では説明出来ない事が起きているんじゃないか?これまで俺は過去改変をした後『現在』に帰って来る時は時空転移前の『現在』と同時刻、もしくは少し後に設定していた。それは時空転移前の『現在』にいる俺と今ここにいる俺が遭遇して無駄なタイムパラドックスを避ける為。
だが、今はどうだ?俺と湖晴は俺達が過去改変をする為に時空転移をする数分前に帰って来た。あの、俺の脳内に響いた謎の声が何かを訴えようとしている様に思えたから。しかし、この時点での俺達は過去改変をする必要は無いから、必然的に時空転移をする必要も無くなる。
そうなると、今ここにいる俺達とこの世界の俺達が遭遇してしまう可能性もあるのではないか?それとも、何らかの要因でこの世界の俺達も過去改変の為に、今ここにいる俺達が時空転移をした時刻と同時刻に時空転移をするのか?これも全て、タイム・イーターの時空転移の法則に従った結果なのか。
その後、俺はこの妙な謎を解明する為に必死に考えながら湖晴と、飴山がいると言う建物へと歩いて行った。しかし、どれ程考えても結局、俺にはよく分からなかった。これがこの世界の法則なのか、はたまたタイム・イーターと言う時空転移装置の機能なのか。答えは出そうにもなかった。
暫く歩いた後、俺達はようやくその建物に辿り着いた。そこは見た所この街にはよくある、何らかの研究施設の様だった。既に電気は通っていないのか、入り口と思われるガラスの自動ドアは手で簡単に開ける事が出来た。
「・・・・・ここ、長い事使われていないみたいに思えるのだが・・・・・」
その研究施設に入ってまず最初に、そんな風に俺は本心で思った事を言葉にした。
俺は音穏の過去改変以来研究施設には入っていないが、この研究施設はその時とは明らかに違うのだ。何と言うか、何処かのマッドサイエンティストが勝手に造って勝手に廃れて行った、みたいな印象すらも受けてしまう程に。
歩く限りの廊下の床には何かの研究資料だろうか、大量の紙が散らばっており、天井にも穴が開いてしまっている。また、ありとあらゆる所に蜘蛛の巣が張っていた。これでは、人が住んだり、研究が出来る様な場所には到底見えない。少なくとも10年間は使用されていないと判断出来るだろう。
やはり施設内に大量の蜘蛛の巣がある事は不快なのか、湖晴はすぐにでもここから出たそうに、少しそわそわしながら俺に返答して来た。
「中に入ってみたは良いものの、特に誰かがいそうな雰囲気でもなさそうですからね・・・・・」
「暗がりでよく見えないしな」
「タイム・イーターでもう1度検索を掛けて見ますので一旦外に出ましょう。有藍さんも同じ場所にい続けるとは限りませんし」
「そうだな・・・・・ん?ちょっと待て!湖晴!」
「はい?」
湖晴が引き返す為に入り口の方へと方向転換した時、俺は廃れ切ったこの暗い施設内で初めて明かりを目撃した。それは閉め切られたドアからうっすらと漏れているだけで、集中していないと見失ってしまいそうになる程微かな物だった。
「奥に誰かいる」
「え?」
俺は湖晴にそう言うと、その部屋へと音を立てる事無くゆっくりと歩み寄った。そして、中にいるかもしれない何者かに気付かれない様に、ドアを開けた。
「飴山・・・・・?それに、これは一体・・・・・」
「見た感じ、何かの研究施設の様にも思えますが」
部屋の中には先程湖晴が言っていた通り、飴山がいた。
それに、部屋の中は思いのほか広く、学校の教室の数倍程度の広さはあったかもしれない。あと、この施設の監視室なのか、部屋の一面に様々なモニターが表示されていた。飴山はその内の、小さな文字が大量に書かれているモニターをじっと見つめていた。
決意を固めた俺は、飴山から情報を聞き出す為に部屋の中に入ろうと考えた。
「話し掛けて来る」
「万が一、誰かが来ると色々と面倒なので、私はここで待っています」
「分かった」
湖晴と計画を確認した後、すぐさま俺は部屋のドアを開けて中に入った。突然の来訪者に驚いたのか、部屋の中でモニターを見つめていた飴山は勢いよく俺の方を見た。
俺はこの須貝の過去改変後の世界で起きた現象を知らない。だが、飴山は知っている。それを考えると、俺が何に怯える事無く、急ぐ事無く飴山と話しては違和感が生まれてしまう可能性がある。だから、俺はあくまで『避難している最中に飴山の行方を捜しに来た』と言う設定で飴山に話し掛けた。
「飴山、こんな所で何をしているんだ。もう皆、避難所に避難したぞ?」
「・・・・・何だ。上垣外先輩ですか」
飴山は俺の姿を確認すると同時に、そんな台詞を吐き捨てて言った。今の飴山が醸し出しているその雰囲気は普段とは大きく異なり、何かに対して妙に怒っているみたいだった。
いつもとは明らかに違う飴山に対して動揺し掛けていた俺だが、目的を遂行する為に、アプローチを続ける。
「それに、ここは何をする為の施設なんだ?何で飴山がこんな所にいるんだ?」
「何でって・・・・・上垣外先輩は何だと思いますか?」
「そんなの分からねえからこんな所まで捜しに来たんだよ。もしかして、何処かに大切な物でも忘れたのか?それなら、早く取って避・・・」
「その必要はありません。上垣外先輩は元の場所へ戻って下さい。私はここでするべき事があるので」
俺の台詞の上から強引にそう言った飴山の様子は、何処か悲しげで、見ているこちらまで切なくなってしまいそうだった。俺に言い放った後、飴山は続けて言った。
「上垣外先輩はどう思いますか?今まで自分が信じていた人達に騙されて、記憶を消されてよく分からない所に飛ばされて」
「え?」
「本当の両親を知らない、本当の兄弟姉妹を知らない、本当の親戚を知らない、本当の友達を知らない、本当の仲間を知らない、本当の自分自身を知らない。何もかも知らない事にされて、それでも上垣外先輩は何もしないでいられますか?」
「飴山・・・・・?一体・・・・・何を言って・・・・・」
飴山は今にも泣き出しそうな表情で、俺に訴え掛けて来た。これまで自分自身が抱え込んで来た物全てを俺にぶつけるかの様に、不安定になっている自分自身の精神を安定させるかの様に。
俺は飴山が何を思って、街を壊滅させたのかは分からない。しかし、今の飴山を見ていると、そんな事をしてしまう程辛い事があったのだと理解してしまう俺もいる。
ただただ呆然と嘆きを聞く為に立ち竦んでいる俺に対して、飴山は更に声を張り上げて何かを訴えて来た。
「私にはそもそも家族なんて、仲間なんて、手を差し伸べてくれる人だって、誰もいなかったんです。何も持たない私から、築き上げて来た物と私の記憶を全て奪い去って、今も平然と生きている人がこの世にはいる。上垣外先輩はそんな人達を許せますか?」
「・・・・・・・」
「・・・・・はあ、上垣外先輩にこんな話をしても無駄でしたね。上垣外先輩は、私の家族でも仲間でも手を差し伸べてくれる人でもなければ、味方でもないのですから」
「俺は何時だって、誰の味方にでもなれる!飴山が苦しんでいるなら、俺がそれを変えてみせる!」
全てに対して絶望したかの様に、俺に八つ当たりをして来た飴山に、俺はそう言って反論した。
俺が何の為にここにいるのか。それは湖晴の過去改変作業を手伝う為だったり、この世界を少しでも良い方に傾ける為ではない。いや、少しはそれらも含まれるが、今の俺は『飴山を救う為に』ここにいるのだ。飴山に何と言われようと、俺は飴山の過去を変えて救済する事だけに意識を集中する。
しかし、それでも俺のその台詞は飴山には届かなかった。飴山は先程までとは大きく異なり、無表情で感情の感じられない目をしながら俺に言い放った。その言葉は『飴山を救いたい』と言う思いを抱く俺に、強く突き刺さった。
「『誰の味方にでもなれる』って事はつまり『何時でも裏切る』と宣言している様なものではないですか?それに、私は別に苦しんでなどいませんよ」
「だったら・・・・・何でこの街を壊滅させた・・・・・?」
「壊滅?さあ、私は何もしてませんよ?」
「何・・・・・?それじゃあ、何で街はあんなに・・・・・」
「だから、私は何もしてませんって。私は昨日の夕方からずっとここで・・・」
飴山は何かを隠している様子ではなかった。だが、街が荒廃してしまっているのは事実だ。それに、飴山はここで何かをしている、もしくはしていた。
その事に対して明確な答えが出る前に、飴山の台詞が言い終わる前に、何処からかヘリコプターのプロペラの様な音が聞こえて来た。それに、この施設に向かって車が来ている様な音も微かに聞こえて来る。これは一体・・・・・?
「あ、そろそろ、私の仲間だった方々が来る頃ですね」
「『私の仲間だった』?」
「推測していた時刻ぴったりです」
「どう言う意味だ!」
飴山は既に俺から興味を失ったのか、後ろにあったパネルを操作して、目にも留まらぬ速さで次々と何かを入力して行った。そして、その入力が終わったのか、俺の方を向いて一言だけ、外で飛んでいるのであろうヘリコプターのプロペラで搔き消されてしまいそうに小さな声で言った。
「それでは、さよなら。先輩」
直後、俺達3人がいたこの研究施設が、地震が起きたかの様に揺れ始めた。その揺れは次第に強くなり、数秒後には俺は立っている事が出来なくなっていた。そして、この世界の破滅を意味している、その眩い閃光が部屋中を満たした。
直感で『不味い』と思った俺は、大きく揺れ続ける施設内を必死に進み、部屋の外にいるはずの湖晴に向かって大声を出した。湖晴も異変を感じ取っていたのか、俺が廊下に出る前に部屋の中に入って来た。
「湖晴!何処でも良いから転移しろ!」
「次元さん!これは一体・・・」
「良いから今は俺の言う事を聞け!ここにいると不味い!だから・・・・・!」
「分かりました!」
湖晴の返答の後、俺達は間一髪で時空転移をし、何時かの何処かへと時空転移をした。
この施設にあと1秒いていたらどうなっていたのか。それは想像するまでもなかった。




