第04部
【2023年09月26日17時24分59秒】
荒廃した原子市を見回す事が出来るグラヴィティ公園近くの丘の上で、湖晴から次の過去改変者が、軽音部で音穏の後輩である飴山だと言う事を聞かされた俺はその驚きを隠す事が出来なかった。
「ど、どう言う事だ!?飴山が次の過去改変対象者だって!?」
「あれ?次元さん、ご存知だったんですか?」
驚きを隠せないでいる俺とは反対に、湖晴はそんな俺の様子を見て別の驚きを感じている様子だった。そう言えば、湖晴には俺が飴山と音穏繋がりで少しだけ知り合っていると言う事を話していなかったかもしれない。
まあ、今はそれ程心配しなくても大丈夫だと思うが念の為、湖晴が良からぬ誤解をする可能性があるので、一言だけ補足しておく事にする。
「あ、ああ。音穏繋がりで少しな。まだ知り合って日は浅いが」
「音穏さん繋がりと言う事は、軽音部の1年生と言う事でしょうか?」
「そうだ。と言うか、湖晴。タイム・イーターに表示されている『飴山が次の過去改変対象者である』と言う情報は間違っていないのか?」
「間違っていません。タイム・イーターは嘘を付きませんし、事実に基づいた真実しか表示しません」
俺に情報が正しいか否かを疑われた湖晴は少し不満そうに眉間に皺を寄せた後、もう1度タイム・イーターに表示されている画面を確認し、それを俺に見せて来た。
前にも説明したはずだが、厳密に言うとタイム・イーターにはパソコンやスマートフォン等の電子機器によくある『画面』と呼ばれる物は存在しない。しかし、ここで俺が言っている『画面』はタイム・イーターから発せられている映像がタイム・イーターから少し浮いた所に表示されている物の事を指す。
つまり、いわゆるプロジェクターに近い機能が付いているのだ。とは言っても、プロジェクターの場合は映像を映し出す何らかの背景物体(大抵は白い紙)が必要だが、タイム・イーターはそれを必要としていない。俺には詳しい事は分からないが、発せられている光の量を調整しているとかそう言う理由なのだろう(そうだとしても見る側が眩しくて到底見れそうにないが)。
それはともかく、俺は湖晴に渡されたタイム・イーターに表示されているその画面を見た。画面に表示されている内容は極めてシンプルで、飴山の名前と顔写真、その他大雑把な個人情報が書いてあるだけだった。だが、今の俺にはその極めてシンプルな内容だけで飴山が次の過去改変対象者であると言う事を疑う事無く信じる事が出来てしまった。
俺はそれを見た後、少しの間考え、次の疑問が頭の中に浮かんだ時に一言呟いた。相変わらず湖晴は不満そうな表情をしていたが、時間が経って俺がふと見てみると元の無表情でキョトンとした様な湖晴の表情に戻っていた。
「そうか・・・・・だったら、尚の事分からないな」
「と言いますと?」
「いや、俺が知っている飴山は大人しくて人見知りで、こんな風に何か問題を引き起こす様には見えなかったんだ」
「まあ、人は見た目によらない事をする時だってありますから。音穏さんの時や珠洲さんの時もそうだったでしょう?」
「そう・・・・・だったな」
やはり、湖晴は2週間前と変わっていないのだろうか?今の湖晴の台詞を聞いた俺は、そんな考えが浮かんでしまった。
確かに、音穏や珠洲と言った、俺のかなり近くにいる子達はその見た目によらず過去改変が必要なレベルの重犯罪を引き起こしてしまった。だが、それには理由があった。いや、俺の知らない理由もまだまだあったに違いない。普段はあんなに良い子達なんだ。何も理由無しで人を傷付けたりはしないはずだ。
当然の事ながら、人や物を傷つけたり殺したりする事は良くない行為だ。それくらいは誰にだって分かる。でも、そんな誰にでも分かる行為をしてしまう程、彼女達は精神的に追い詰められてしまっていた。そんな彼女達の思いを『見た目によらない事をする時だってある』の一言で片付けてしまって良いのか?
そんな風に考えた俺は、2週間前にグラヴィティ公園内で偶然出遭ったあの時と比べて、今の湖晴が少しは俺の気持ちを考えてくれたのなら、今の台詞は言わないで欲しかったのだ。まあ、湖晴にも悪気があった訳ではないと思うけどな。
暫く湖晴を見つめながら静止していた俺の事を思ってなのか、今度は湖晴は心配そうに俺の事を見て来た。俺も、湖晴に余計な心配を掛けない為に、すぐに湖晴からの台詞に返答をした。別の更なる疑問も思い付いた所だし、丁度良いだろう。
「どうかされましたか?」
「いや、これって何か変だなって思って」
「『これ』とは?」
「これまで俺と湖晴は、今回の飴山を含めて今まで6人の過去改変対象者の子達を助けて来た。だが、その子達が過去改変対象者として認められる前から俺はその子達と知り合っていた場合が多いだろ?」
「言われてみればそうですね。音穏さんと珠洲さんはお分かりの通り、阿燕さんは過去改変対処者として認定される以前からの関係は無かったはずですが、残りの3人も認定される数日前から知り合っていますね」
阿燕は過去改変対象者として湖晴から言われた次の日にアプローチを試みたが、それ以外の子達は全員少なからず俺と知り合っていた。音穏は幼馴染みとして8年前から、栄長は中学から知り合っていた(らしい)、珠洲は義理の妹としてこの世界では8年前から、須貝は体育倉庫の一件等から。
阿燕を除く全員が、過去改変対象者として認定される1日以上前から俺と知り合っている。これではまるで、俺と知り合った子達が過去改変対象者になってしまうかの様な錯覚もしてしまうではないか。俺は平凡・普通・平均を理想とする平凡主義者であり、今は湖晴とタイムトラベラーをしているがそれ以外はごく一般的な男子高校生だ。
勿論俺には特殊な力なんて無いし、ましてや俺と知り合った子達が過去改変対象者として重犯罪事件を引き起こしてしまうと言う謎の力が働いている訳でも無い。現に、俺と知り合っている湖晴や・・・・・後、杉野目は過去改変対象者にはなっていないからな。
しかし、ここまで考えていても俺はその可能性を疑ってしまう。心配性な訳ではないが、念の為に俺はその事を湖晴に聞いた。
「もしかして・・・・・だが」
「はい」
「俺の杞憂かもしれないのは分かっているが、俺の数少ない知り合いの子達って、俺と知り合ったが為にこんな事に巻き込まれていないか?」
「いえ、それは流石に考え過ぎでしょう。何も、この世界は次元さんを中心に活動している訳ではありませんし」
「だよな・・・・・」
湖晴の言う通り、やはり俺の考え過ぎだ。そもそも、俺には知り合いが少ない。その内のほとんどの子達が過去改変対象者として選ばれてもそれは単なる偶然と言えるだろう。
例えば知り合いが1000人いる人Aと知り合いが10人Bしかいない人がいたとする。この時、2人の知り合いの中でそれぞれ5人の過去改変対象者がいたとしよう。Aの場合は比率にすると0,5パーセントだが、Bの場合は50パーセントだ。
つまり、どちらも同じ人数だけ知り合いの中に過去改変対象者がいるのに、それぞれの知り合いの人数が多いか少ないかだけで判断基準や比率が狂ってしまう。
即ち、過去改変対象者として認定される前からの俺の知り合いの中に5人の過去改変対象者の子達がいた事は単なる偶然だ。たまたま、俺の知り合いに過去改変対象者に成り得る過去の持ち主が多かっただけだ。そう考える事で、俺は自分の頭の中で展開されていたマイナスなイメージを取り払った。
「ちなみに、湖晴が1人で過去改変をしていた時にはこんな事はあったか?」
「無かったです。と言うよりも、私には知り合いと呼べる知り合いや親族と呼べる親族もいなかったですから」
「・・・・・そうだったな。悪い」
「大丈夫です。今は、私の近くには次元さんが近くにいますから」
俺は適当に放った言葉で湖晴を傷付けてしまったかと少し心配になったが、問題は無さそうだった。それ所か湖晴は自身の台詞を俺に言った後、少し頬を赤らめて顔を俯けてしまった。
俺は湖晴の過去を本人からと蒲生から聞いただけで断片的にしか知らないが、今の俺の存在が少しでも湖晴の心の支えになっているのなら、これ程嬉しい事は他には無い。俺と言う人間が他人の幸福に少しでも関係していると言う事は、今までほとんど無かったからな。
そんな事を考えつつ若干の気分の高揚の中、俺は今いるこの丘から降りる為に階段の方へと向かい、その直前で立ち止まった。
「まあ、あれこれ考えていても仕方無いな。せっかく『現在-数分』に帰って来たんだから、この時間を有効活用しないとな」
「そうですね。あと5分くらいで元の『現在』と同時刻になりそうですが、問題は無いでしょう」
「じゃあ、次は・・・・・街を適当に探索しながら飴山を探すか」
「街の状態がどうなっているかが不明瞭な今は、取り合えず調べてみる必要性がありそうですからね。あと、有藍さんの過去も調べないと過去改変のしようがありませんし」
「とは言っても、俺は飴山の過去を全然知らないんだよな・・・・・」
飴山は普段は落ち着いた雰囲気で、軽音部で音穏の後輩でもある、原子大学付属高等学校に通う1年生の女の子だ。俺の知り合いの子達の中では阿燕並みに普通な部類に入る。髪型も同じだし。
そう言えば、以前『ストーカーに追われている』とか『ストーカーが隣に引っ越して来た』とか言っていた気がする(ストーカーの事ばっかりだな)。
まあ、ストーカーに追われたから街を壊滅させました、何て事は無いと思うのでストーカーの件は無関係だと思うけどな。それに飴山の家は確か、原子市内の駅から3つ離れているとか言っていたから、そこはもう原子市ではないはず。ストーカーを殺す事が目的なら、わざわざ原子市を壊滅させる理由も無い。
「普通は他人の過去を知っているなんて事はありませんよ。これまでは予め次元さんがご存知だったり、推測し易かったり、本人達から教えて貰ったり出来たからです」
「そう言えば、タイム・イーターで飴山の現在位置と過去を少し調べて貰えるか?何かのデータベースとかにアクセスすれば、出身場所とかこれまでの経緯とかが分かるはずだろ?」
「はい。今調べますので、少しお待ち下さい」
俺がそう頼むと、湖晴はタイム・イーターを操作し始めた。その間、俺はもう1度丘の上から原子市全体を見回した。やはり、どう見ても世界の終わりが来たのではないかと言うほど荒廃している。俺達が阿燕と須貝の過去改変をした事が原因なら、12年前からこの状態が続いていると言う事になるのだろうが、それが本当の原因か否かを確かめようが無い以上、今の俺はこの光景をただ見渡す事しか出来なかった。
その時、唐突に湖晴がハッと声を漏らした。それはまるで、目の前に存在するとある事実を信じられない、と言った様子だった。
「・・・・・あれ?」
「どうかしたのか?」
「い、いえ、有藍さんの現在位置は大分前に分かったのですが・・・・・」
丘の端に立って原子市を見回していた俺に、先程と同様に湖晴はタイム・イーターに表示されている画面を見せて来た。湖晴はいつもの落ち着いた雰囲気とは少し違い、珍しく動揺しているみたいだった。
俺がタイム・イーターに表示されている画面を見たすぐ後、湖晴は言った。
「・・・・・タイム・イーターからデータベースに幾らアクセスをしても『有藍さんのこれまでの経歴が表示されません』」