第02部
【2023年09月25日16時38分24秒】
~????視点~
唐突にそれは起きた。いや、正確には私がそれに気付くよりもずっと前から起きていたかもしれないから『唐突』と言う表現は本質的には少し間違っているかもしれないけど、この場合は私がそれに気付いた時が『唐突』だったのでこの表現にしておく。
それは今から2週間くらい前からの出来事だった。私の登下校中に何やら見覚えの無い、全身真っ黒な服を着ていてフードを深く被っている不審な人物が私の後を付いて来ている様な気がしたのだ。
最初は私の何かの勘違いだったのだろうと思っていた。もしかしたら、最近私が住んでいるアパートの近くに引っ越して来たサラリーマンの人と、偶然にも朝出る時間と夕方帰って来る時間が被ったからかもしれないし。服装は怪しかったけど。でもまあ、そう考えて、私は初めの内はあまり気にしてはいなかった。
しかし、1週間くらい経ってもそれは続いた。いや、向こうが私の推測通り本当にサラリーマンだとしたのなら行き帰りの時間が被り続けるのは当然なのだろうけど、そうだとしたら尚更有り得ない状況下でもこれは続いたのだ。
私が寝坊して普段よりも遅くに部屋を出た時も、クラブが長引いて帰りが遅くなった来た時も、その不審な人物は私の後を付けて来ていた。こう言う事は1回くらいならただの偶然として扱う事が出来そうだけど、2回もあったのでは流石にその不審な人物がサラリーマンではなく、ストーカーである可能性を考えなければならない。
一応これでも私は女子高校生だ。そんな私が考えるのも少しアレだけど、それでもこのくらいの年齢の女の子は世間一般で考えれば力も弱い方で、一生の内で一番色々し易くてそうしがいのある時期だ。ストーカーに付き纏われる可能性も低くはないのだろう。
私はその不審な人物を勝手にストーカーとして認定してから、1度だけその人物に話し掛けようとした。『あまり付き纏わないで下さい。これ以上続けるようでしたら、今から警察を呼びます』と言えば、少しいざこざがあっても、一応は無事に解決出来ると考えたからだ。
ある日の学校からの帰り道、いつも通り私の後ろにその不審な人物の気配を感じた私は、曲がり角で立ち止まり、その不審な人物を待ち伏せした。さっき言った通りの内容の台詞を一言言ってやるつもりだったからだ。怖かったけど、これからもずっと付き纏われるよりはマシと考えて、私は決意を固めていた。
そして、ようやくその不審な人物が曲がり角に来、少しだけ顔を覗かせた時、私は間髪を入れずにその不審な人物に話し掛けた。
「すみません。迷惑ですので、これ以上・・・」
「・・・・・!?」
私が話し掛けたとほぼ同時に、その不審な人物は何処かへと走り去ってしまった。私に気付かれていないとでも思っていたのか、それとも警察を呼ばれる事を察知してなのか、数秒後にはその不審な人物は私の目の前から完全にいなくなっていた。
てっきり、話し掛けると同時に、何かして来るかと思っていたけど、そう言う事が目的ではなかったらしい。でも、私が待ち伏せしていた事に気付くと大慌てで逃げて行く所を考えると、やはりあの不審な人物はストーカーで確定だろう。
ストーカーの厳密な定義なんて知らないし、そんな事を今まで考えて来た事などある訳無いので断定しちゃっても良いのかは分からないけど、だからこそ、あくまで言おう。あの不審な人物はストーカーだ。でも、私に対して今の所は何かをするつもりは無く、あくまで追い掛け回すだけの様子。
あと、残念ながら、そのストーカーの素顔は確認する事が出来なかった。そのストーカーはいつも、上には黒色のパーカー、下は黒色のジャージ。フードを深く被っていた。
だから、そのストーカーよりも身長が低い私なら下からその顔を覗き込む事が出来ると思っていたけど、流石にそこまで対策が施されていたらしく、一瞬だけ見えたフードの中身は真っ黒だった。多分、サングラスを掛けていたりしていたのだろう。
取り合えず、この一件があったので、暫くは誰の目も気にする事無く平穏に過ごせるだろう。この瞬間の私は、そんな楽観的な甘い考えを抱いていた。その考えは、次の日の朝には早速崩れ落ちると言うのに。
この一件の次の日の朝。いつもの様に、しかし『ストーカーを追い払った』と言う僅かばかりの満足感の中、私は登校していた。その時、ふと気付いたのだ。路上にある、車用のカーブミラーに昨日追い払ったはずのあのストーカーが映っている事に。
それを見た私は、自分の目を疑いながらその場で硬直し、驚きのあまり声も出なくなった。何も言えなかったとは言え、追い掛け回すだけとは言え、対象者である私に見付かった次の日なのに、服装も行動パターンも丸っきり同じでストーカー行為をする?普通。
私は暫く考えた後、今は学校に遅れない様にしようと考え、ストーカーの事を完全に無視してすたすたと歩いて行った。
そして、次の火曜日。私はこれまでと行動パターンを変える為に、普段よりも遅くに学校へ出るのではなく、普段よりも早くに学校へ出る事にした。具体的には、普段は7時過ぎくらいに出発しているけどその1時間前の6時にアパートの部屋を出れば、ストーカーも追い掛け回す事は出来ないだろう、と言う訳だ。
しかし、その作戦は結果だけ述べると、あまり上手くは行かなかった。そのストーカーが予め私の住んでいるアパートに張り込みをしていたとかそう言う事ではなく、ただ単純に私が寝坊をしてしまったのだ。
ふと起きた時に時計を見てみれば時刻は既に7時。いつもより早く出る所か、いつもよりも大分遅くなってしまった。おそらく、最近ストーカーの事を過度に気にし過ぎていたせいで、私の体に多くの疲労が溜まっていたのだろう。だから、朝には強い方である私がこんな寝坊をしたのだ。
私はストーカーがどうとかよりもまず、学校に遅れない様に急いで仕度をし、朝ご飯も食べず、クラブで使うギターも完全に持ち忘れ、学校へ行った。この日は急いでいたので、ストーカーが後ろに付いて来ていたかなんて事はどうでも良くなっており、付いて来ていたかどうかは分からなかった。
一応1時間目の授業には遅れる事無く間に合ったものの、コンサートが近いのにギターを持ち忘れた事を野依先輩に盛大に怒られた。笑い半分、本気半分みたいな表情で(むしろ怖い)。それで、自分が住んでいるアパートが学校と遠いながらも私は、ギターを取りに帰った。
この時、私は少し警戒心を抱きながら慎重に行動していた。いつもよりも早い時間とは言え、もしかしたらストーカーがいるかもしれないと考えていたからだ。だけど、それは私のただの杞憂だった。実際には、私が住んでいるアパートの近くでも遠くでも、誰も付いて来てはいなかった。
心の中でホッと溜め息を付きながら学校へ戻ろうとしていた私は、始めて見る白髪の男の人に話し掛けられた。
「あぁ、そこの人ォ。ちょっと良いかァ?」
「は、はい!私ですか・・・・・?」
突然話し掛けられたのでビクビクオドオドした返答になってしまったけど、話を聞いてみるとどうやらその人は上垣外先輩と照沼さんとか言う人を探しているらしい。照沼さんとか言う人の事は知らなかったけど、多分上垣外先輩の友達とかその辺の関係の人なんだろうと推測した私は、取り合えず学校の位置だけ教えてあげた。
とは言っても、上垣外先輩の遠くに住んでいる友達の方なのなら学校に行ってもあまり意味は無さそうに思えるけど、本人には本人なりの考えがあったのだろう。私はそれを教えた後、その人の名前を聞く暇も無く、再び走り始めた。
しかしその数分後、私は更に何故か白衣姿の上垣外先輩に会った(実はコスプレ好きなのかな?)。ついさっき会った白髪の人が上垣外先輩の事を探していたと言う事を伝えようとする前に、上垣外先輩に話し掛けられてしまい、結局この会話中ではそれを伝える事は出来なかった。
「ああ、こんにちは。何してるんだ?こんな所で」
「え、えーっと・・・・・部活で使う楽器を忘れまして・・・それで取りに帰っていたんです」
「そんなデカいケースに入ってるのに?」
「最近、知らない人に付き纏われている感じがしているので、今朝は少し早めに出ようと思っていたんですけど、寝坊しちゃって・・・・・。それで、急いでいたらこんな事に・・・・・」
「『知らない人に付き纏われている』?ストーカーか?」
早く学校に戻らなければ、上垣外先輩にさっきの白髪の人の事を伝えなければと考えていると、うっかり私はこれまで誰にも話した事の無いストーカーの事を上垣外先輩に話してしまった。
私は今自分が言ってしまった台詞をどうにか訂正出来ないか、考えていた。こんな事を上垣外先輩に言っても迷惑なだけだし、そもそもこれは私の問題だ。だから、余計な事を言ってしまった事を謝ろう。そう思っていた。
でも、上垣外先輩は親身になって私の力になってくれると言ってくれた。嫌な顔一つせず、ただただ真剣な表情で私の身を案じてくれて、手を差し伸べてくれた。その時の私はその予想外の返答に驚いてしまい、あまり丁寧にお礼を言う事が出来なかった。
補足。結局その日はあの白髪の人と、上垣外先輩に話し掛けられたお陰で予定よりも遥かに遅くなってしまい、私がようやく学校に着いた時にはクラブの練習はほとんど終了していた。
それから3日後の帰り道。今朝はあのストーカーがいなかったものの、何か不自然だったので警戒しながらアパートへと帰った。いつもはこのくらいの時間帯なら、あのストーカーは私の後方10数メートルくらいにいるはずだけど、今日は朝から1度も見掛けていない。
もしかすると、私が警戒心の強い子だと言う事が分かって、警察を呼ばれる前に止めておこうと言う考えに至ったのかもしれない。それならそれでありがたい事だ。これでようやく元の生活に戻れる・・・・・あれ?元の生活って、どんなのだったっけ?まあ、良いか。
しかし、またしても私のその楽観的な考えは裏目に出た。私の想像していた様な結果とは全く逆の、むしろそれよりも酷い方向へと。
その週の土曜日に、普段なら有り得ない、しかし、今回は有り得た何者かからの訪問があった。その人物はあのストーカーだった。つまり、あのストーカーが私の住んでいるアパートの部屋の隣(隣は元々空き部屋)にそのストーカーが引っ越して来たのである。何か、引越しの挨拶代わりに高級そうなお菓子も貰ったし。
その人は私をストーキングしていた時とは若干異なり、見た感じはとても大らかで優しそうな30半ばくらいの女性だった。しかし、例の如く上下真っ黒の格好であり、フードをしていないにも関わらず普通に怪しかった。
私は一通り挨拶を済ませると、すぐに部屋のドアを閉めた。その人が不気味だったから、隣にストーカーが引っ越して来たから、と言う事も理由の1つだけどそれだけではない。
ストーカーが女性だった事、又、その人の顔を私は何時か何処かで見掛けた事があった気がしたから、それらの考えを纏める為に思い出す為に1人になりたかったのだ。
『何時か何処かで見掛けた気がする』と言う事はつまり、私の失った記憶の中での話なのだろう。記憶を失う前の本来の私の知り合いとか、そんな関係の人物なのかもしれない。本当はストーキングしていた訳ではなく、記憶を失って一人暮らしをしている私の事が心配で見守ってくれていたのかもしれない。
しかし、それだったら、何か一言言ってくれても良いものだ。本来の私がどんな人格だったのかは知らないけど、私だって誰かに付き纏われたらそりゃあ不気味に感じる。だから、何か一言で良いから言ってくれたら良かったのに。
いや、もしかすると私のこの考えは浅はかで、実はあの女性に誘導されているのかもしれない。『優しい人』と言う先入観を与えておく事で、何か別の目的を遂行しているのに過ぎないのかもしれない。
分からない。何が真実で、何が偽りなのか。2年前までの全ての記憶が無いと言う事は、こんなにも苦しい物なのか。久し振りに私は、失った自分の記憶を取り戻そうとし、そして気分が悪くなった。
そしてようやく現在。ついさっき私は上垣外先輩に『最近何者かにストーカーをされている』『私が1人暮らしをしている』『私の一定期間の記憶が無い』と言う事を丸々話してしまった。
途中、話の辻褄を合わせる意味合いと誤魔化す意味合いで『病院に行った』と言ったけど、あれは嘘だ。私は記憶が無い事をこれまでほとんどの人に言って来なかったし、病院でそれを検査して貰おうとも考えなかった。でも、この事を一言付け加えておかないと上垣外先輩は事を更に不審に思ってしまうと考え、あえて嘘を付いた。
だけど、言ってしまった。そんな風に上垣外先輩に気遣いを出来る余裕はあったにも関わらず、3つの事を説明し切ってしまった。やはり、私自身、精神的にかなり追い込まれているのだろう。だから、こんな事をしてしまったのだ。
よし、忘れよう。今日は何も無かった。それで良い。
私はさっきの上垣外先輩との会話を忘れようとした。その時、ある事に気が付いた。
「あ、教科書持って帰って来るの忘れた」
よくよく思い出してみれば、今日からテスト1週間前だった。普段は家が遠いから持ち運びを楽にする為に大体の教科書を学校のロッカーに置いてあるけど、やはりテスト前くらいは持って帰らないと不味い。もしかすると、上垣外先輩も教科書を取りに戻っていたのかもしれない。
私は別に成績は悪くないし、何も全ての教科書やノートを学校に置いて来てある訳ではないので、取りに戻る必要は無いけど、何と無く自分の中に生まれた謎の罪悪感を克服する為に、私は元来ていた道を引き返し始めた。
その時だった。私は目の前から歩いて来た、始めて見る私と同じ制服を着た長髪の女の人から話し掛けられた。何を聞かれるのかと身構えていた私だけど、その人が私の名前を口に出した瞬間にその警戒心はより一層高まった。
そして、その女の人は言った。私の『これから』を一変させる、その台詞を。
「貴女は、本来の貴女の仲間に『騙されている』」