第33部
【2011年09月27日14時47分32秒】
部屋の窓の外では大粒の雨がどしゃ降りになっており、犯行グループが開けたと思われる窓の隙間からは室内へとその雨が吹き込んでいた。
俺と湖晴はそれぞれ壁にもたれ掛かり、今俺達がいるこの部屋に向かって来ているのであろう犯行グループの1人を待ち伏せしていた。犯行グループは残り3人。1人はついさっき、俺と湖晴の連携プレーで気絶させる事に成功したが、そう何度も上手くは行かないだろう。
この『過去』に時空転移をしてからそれなりに時間が経過した。そろそろ空き巣を目撃したご近所さんが通報した事により、警察や野次馬が豊岡家宅の周りに集まり始めるはずだ。
しかし、警察が家の周りにあつまるだけでは駄目なのだ。警察官が何人いようと、犯人が人質を抱えている時点でそれは役に立たなくなる。だから、俺と湖晴で犯行グループの4人を完封し、阿燕と須貝の安全を完全に確保する事によって今回の過去改変は終了する。
一見、これでは阿燕と須貝を守る事は出来ていない様に思えるかもしれない。犯行グループを警察に引き渡したとしても、それは一時的な解決方法にしかならないからだ。元々阿燕と須貝を狙っていた奴等は、復讐の為なら何度でも阿燕と須貝の命を狙う事だろう。いや、場合によってはそれよりももっと酷い事になる可能性もある。
だが、俺と湖晴だって犯行グループの4人を警察に引き渡す所までが過去改変を専門とするタイムトラベラーの仕事だとは思っていない。まだまだその先があるのだ。
それは『捕まえた犯行グループの4人に元々阿燕と須貝を狙っていた奴等の居場所を聞き出し、そこに警察を向かわせる』と言う事だ。
時空転移の直前、自身を『使者』と名乗ったあの男は『我々は絶対に捕まらない方法を知っている』とか言っていた気がするが、おそらくあれはただのはったりだ。まあ『絶対』なんて言う単語を使用している時点でかなり信憑性に欠けるし、そもそもあの場面で俺に真実を言う必要性は無いからな。
だから、俺達がそこまでする事が出来れば阿燕と須貝はこれから12年間、いや、それ以降もずっと安全に幸せに仲の良い姉妹でいる事が出来るのだ。
もし、あの男の台詞が真実だったとしても、警察が奴等の拠点の近くや豊岡家宅の周辺に長期間に渡って見回りをしてくれているのなら、手出しはし難くなるはずだ。
まあ、こうして俺と湖晴が『現在』から『過去』に来て行動を起こしている時点で少なからず過去は改変されて2人の人生に影響を与えている可能性もあるが、その可能性を少しでも高める為に俺は、まず目の前の敵を完封する!
バンッ!
外からの雨の音しか聞こえない静寂な空間に、閉まっていた部屋のドアが勢い良く開け放たれたその音が響いた。
そして、そのまま室内に侵入して来た犯行グループの1人は壁にもたれ掛かっていた俺の方を向いて、手に持っていた拳銃の銃口を向けて来た。
パンッ!
「・・・・・っ!」
1度だけ乾いた銃声音が部屋中に響いた。俺は間一髪でその弾丸を回避する事に成功したが、その際に体勢を大きく崩してしまった。そんな俺の様子を見た男は一瞬ニヤリと笑ったかと思うと、倒れそうになっていた俺に向かった再び銃口を向けた来た。
俺の体勢が崩れ、真正面からの不意打ちも出来ない今では先程と同じ戦法は使用出来ない。それに、先程の男とは打って変わって、この男は自身の背後に湖晴がいる事を把握しているのか、時折目で後ろを見る素振りを見せている。これでは、もし、湖晴が俺を助ける為に男の背後から攻撃を仕掛けると、逆に湖晴が狙われる可能性がある。
しかし、案の定、湖晴はその事に全く気付いていない様子で、先程の男と全く同じ戦法で戦おうとしていた。つまりは、背後から忍び寄り後頭部をバッドで全力で殴る事によって気絶させようとしていたのだ。
不味い。俺は直感でそう思った。このままでは既に不利な状況にある俺だけでなく、湖晴にまでその被害が及んでしまう。それだけは駄目だ。俺達の両方が倒れたら誰が阿燕と須貝を守ると言うのか。それに、俺は湖晴にだけは怪我をして欲しくない。
「クソォォォォォ!」
だから俺は、倒れそうになっている自分の体を無理矢理捻り、俺の両足を男の両足に力強く当てた。無理矢理体を捻ったからなのか、普段運動なんてほとんどしない俺の体の節々が悲鳴を上げている気がしたが気にしないでおいた。
「何っ!?」
俺の唐突な移動と足による打撃に驚いたのか、男は思わず手に持っていた拳銃から手を離してしまい、そのまま俺の事を通り越して床に叩き付けられた。
その様子を確認した湖晴は男の背後から忍び寄ってバッドで殴り付けようとしていたのを途中で止めた。俺は床に叩き付けられた男の拳銃を拾い、それを持って構えた。
まあ、拳銃なんて使うつもりは無いし、そもそも俺は拳銃の使い方をあまり知らない。引き金を引いたら銃弾が高速で発射される事くらいしかしらない。安全装置なんて言われても、それが何処にあって、どうしたら解除出来るのかなんて全く検討も付かない。
だから、俺が今しているこの行動はただの『飾り』だ。もし男が起き上がって来ても、この姿の俺を見れば少しは反撃を躊躇うだろう。そう考えたからだ。
俺が男の両足を蹴り飛ばしてから10数秒が経過した。部屋の中は未だにある程度の静寂を保っており、外から聞こえるどしゃ降りの雨の音しか耳に入らなかった。
俺は起き上がって来ない男に対して違和感を感じ、腰を屈めて気絶しているのかどうかを確認した。どうやら、俺が男の両足を蹴り飛ばして男が大きく飛ばされた際に頭部を強く打ったらしく、息はしていたものの意識は無い様に思えた。
俺は1度溜め息を付いた後、湖晴と視線を合わせた。
「気絶してる」
「思いの外あっさり行きましたね」
「確かにな」
完封までの時間と俺へのダメージを考えると先程の男よりはまだ楽に気絶させる事が出来たと思う。実質的には、俺は銃弾を1度回避した後足を蹴っただけだしな。まあ、そのお陰で体の節々がかなり痛い分けだが。
そう言えば、俺の想像以上に人って気絶し易い者なのだろうか。前に何かのテレビ番組で『脳が捻られると脳幹から大脳に向かうはずの信号が途切れて、大脳が一時的に働くなる・・・』とか何とか言っていた気がする。まあ、その辺の詳しい事は俺は専門家ではないので知らない訳だが。
俺は床に突っ伏しているその男の上着のポケット等を適当に探り、何か危険物が無いかを確認した。取り合えず、拳銃やナイフは幾つか見付かったので貰っておいた。残しておいて反撃されたら危険だしな。
それらを手に取り立ち上がった時、何の前触れも無く乾いた銃声音が俺の耳を劈いた。
パンッ!
「!?」
「次元さん!」
突然の銃声音と俺の頬に走る激痛に俺は驚きを隠せないでいた。俺は頬に手を当て何か粘着性の高めの液体に触れた事を確認した後それを見た。それは、俺の血だった。どうやら、今の銃声音の銃弾が俺の頬を掠ったらしい。あと数センチ右に移動していただけで、俺の命は無かった事だろう。
俺は高鳴る心拍数の中、冷静を装いながら俺達が今いる部屋の入り口を見た。そこには俺の方を向いて拳銃を構え銃口をこちらに向けており、動きを牽制する為なのか湖晴の方にも拳銃を向けている1人の男が立っていた。
「これは少し迂闊だったなあ?お前等が何者かは知らねえが、こっちも仕事なんでな。大人しく武器を置いて人質になって貰おうか」
「・・・・・・・」
俺は一瞬湖晴の方を見た。湖晴は俺の事を心配そうに見つめているが、男に拳銃を向けられている為身動きが出来ない。もし少しでも動けば引き金を引かれる事くらい分かっているからだ。
だが、まだ何か策はあるはずだ。反抗グループの内の2人はそこで気絶しているから、その残りは2人。そして、俺達も2人。2対2なら勝機は薄いが、今の状況は拳銃でけん制されているとは言え2対1だ。数的には俺達の方が有利なはず。
俺は顔を移動させる事なく目だけを移動させ、何か利用出来そうな物が無いか探した。そして、俺はある事に気が付いた。
そうだ、先程俺達が時空転移の際に出て来てしまったあの押入れを利用出来るかもしれない。押入れには重たい物が幾つも入っている。それを適当に引っ掛けまわすだけで相手の集中力を削ぎ、霍乱する事が出来る。そうすれば、後は物理で攻撃すればいずれは気絶してくれるだろう。
しかし、それは俺のすぐ近くにある訳ではなく、湖晴のすぐ後ろだ。出来る事ならば俺がその作戦を遂行したい所だが、3人の位置的にそれは不可能。湖晴に行動させれば、男は容赦無く湖晴に向かって発砲する事だろう。それだけは避けたい。何か、男の意識を逸らせられる物は・・・・・、
「・・・・・・・」
俺は手に持っていた拳銃を床に落とし、そのまま手を上げた。『降参』と言う合図を意味するこのポーズだが、俺はそれと同時に湖晴の方を見て目で合図した。今、男の意識は俺の『降参』と言う合図に集中している。この一瞬の隙が流れを変える。
だが、俺の合図が湖晴に届く直前、男はニタリと不気味な笑みを浮かべながら一言呟いた後、引き金を引いた。
「死ね」
パンッ!
直後、俺の腹部に今まで味わった事の無い激痛が走るのを俺は認識した。直撃ではないものの、横腹を撃たれたらしい。かなり痛い。そして、擦り傷等とは比べ物にならない程の量の血がその傷口から溢れ出るのを俺は感じた。
迂闊だった。不意打ちは何も、俺達だけの特権では無かったのだ。別に2対1の2の側だけが出来る訳ではなく、1の側でもそれを実行出来るのだ。
男は俺に僅かな希望とチャンスを与え、浅はかな作戦を練らせる事で俺から武器を手放させた。その瞬間に男の勝利は決定していたのだ。俺は痛みと共に血が流れ出る横腹を押さえながら、その場に膝を付いた。
「またしても、迂闊だったみたいだなあ?所詮子供は子供。俺達大人には敵わねえんだよ!」
「クッ・・・・・!」
このままでは湖晴の身も危ない。しかし、横腹の激痛により俺は自由に行動出来そうに無い。どうする。どうすれば良い。
男は再び俺の方に拳銃の銃口を向け、その引き金を・・・・・、
ドーンッ!!!!!
「「!?」」
突如、何処からなのかそんな何かが爆発したかの様な轟音が鳴り響いた。俺はてっきり犯行グループの仕業なのかと思っていたのだが、俺の目の前にいる男の表情を見る限りそうではないみたいだ。男も、俺と同じかそれ以上に今の音に驚いていたからな。
「よくも・・・・・」
「!?」
数秒後、俺と俺を撃とうとしていた男はその後ろから発せられる尋常ではない殺意を感じ取った。男の後ろには湖晴がいたはずだ。だとしたら、これは・・・・・?
今さっきの爆発のせいなのか暫く霧が掛かった様に辺りがうっすらと白くなっていたが、それも大分収まって来た。その時、俺は湖晴の立っているすぐ隣の床が半径1メートル程度の円形状で陥没している事に気が付いた。
湖晴は下を向いておりその長い髪で表情は見えないが、何か様子がおかしい事は分かった。まさか、今さっきの爆発は湖晴がしたのか?それと、湖晴の隣にある床も?一体何故だ?そして、どうやって?
俺は驚きのあまり横腹から発せられる痛みを忘れ掛けていた。その時、湖晴はゆっくりと顔を上げた。その様子を俺と男は唖然としながら見ている事しか出来なかった。
「よくも・・・・・次元さんを!!!!!」
それが初めて見せたであろう、俺の為に湖晴が心から怒っている時の姿だった。