第30部
【2023年09月26日17時31分57秒】
須貝が杉野目に吹き込まれた事を思い出して阿燕を刺してしまった後、須貝自身も何者かによって腹部を撃たれた。阿燕の事は湖晴が治療しているからまだ良いとして、2人共かなり出血が酷い。今は、時は一刻を争う場面だった。
そんな時、俺達4人を取り囲む男達の中から拳銃を手に持った1人の黒服スーツ姿の男が現れた。その男は自らの事を『使者』と名乗った。
「使者・・・だと・・・・・?」
「ええ。私を含むここにいる18人の者は全員、豊岡家に対して恨みを持っております。それで、この12年間ずっと今そこに倒れていらっしゃる須貝輝瑠様の元で『手下にされていたふりをしていた』のです」
「お前達・・・・・何でそんな事を・・・・・!」
阿燕程は傷が深くなかったのか、須貝は地面に倒れこんだまま、その自らを『使者』と名乗る男に大声を出した。それと同時に、須貝の傷口からは血が溢れ出ていたのが、端から見ていてもよく分かった。
「お前達は12年前に私によって完全に洗脳されたはず!それなのに・・・」
「そもそもそこから間違っているのですよ。須貝輝瑠様」
「!?」
「洗脳・・・・・と言うか掌握ですが、それをされたのは先日刑務所で死亡した3人のみです」
「な・・・に・・・・・?」
「折角の機会ですので、貴方方の誤解を解いて差し上げましょう。そしたら、この世に対する思い残しも無くなる事でしょう」
自らを『使者』と名乗った男はそう言った後、至って軽い口調で俺達に事の全容を語り始めた。
「12年前、我々18人はある1人のお方の指揮の下で結成された、それぞれ個々の目的が合致している団体でした」
「・・・・・それは誰だ?」
「流石にそんな事は言えませんねぇ。まあ、貴方方はもしかすると知っているかもしれませんが」
『もしかすると俺達が知っている人物』?誰だ?俺と湖晴と阿燕と須貝が共通して知っている可能性がある人物なんているのか?いや『もしかすると』と言っている辺り、俺や湖晴が知らない人物の可能性もあるのだが。
取り合えず、今は話を進める事にしよう。急がなければ、阿燕と須貝の命に関わるからな。
「我々は目的は合致しているとは言え、犯罪行動に関しては完全に素人でした。なので、あの4人に協力を仰いだのです」
『あの4人』。即ち、阿燕の過去改変の際に登場した警官1人と死亡した3人の事だろう。今の言い分を聞く限りでは、あの4人は犯罪のプロと言う事になるのか。
「そして、豊岡夫妻の留守中を狙ってご自宅に侵入させ、その姉妹2人を誘拐する様に要請しました。依頼料は家の中の物を好きなだけ盗って構わない、と付け加えて」
「そんな事、例えプロでもするはず無いだろ。リスクが高過ぎる」
「確かにそうですね。ですが、我々はあの4人に対して『我々の言う通りにすれば絶対に捕まらない』と言うと、あの4人はすぐに条件を飲んでくれました」
「在りもしない事を言ったのか・・・・・?」
「そんな訳ないじゃないですか。我々は知っているのですよ。『何が起きようと、絶対に逃げ切る事が出来る方法』を」
「どう言う意味だ」
「さて、どう言う意味でしょうねぇ?」
自らを『使者』と名乗る男は俺の言葉を無視し、適当に受け流すと、そのまま話を続けた。
しかし、その受け流し方は極めて不自然であり、俺に何か違和感を抱かせる物だった。それに、自らを『使者』と名乗る男の言った『何が起きようと、絶対に逃げ切る事が出来る方法』と言う物その物が違和感の塊だったと言えるだろう。
言い回し自体は小学生でも考え付く様な物なのだが、その言い回しが逆に俺に推測の余地を与えなかった。俺はその違和感を抱きながらも、その自らを『使者』と名乗る男との会話を続けた。
「あの一件では結局誘拐出来たのは姉妹の片割れのみ。しかも、4人の内3人が精神を掌握されてしまっていました。もう1人は何処かへと逃げたみたいですけどね」
「それで、お前等は須貝の事を騙したのか?」
「騙すだなんてとんでもない。我々は当初の目的を遂行していただけですよ」
「当初の・・・目的・・・・・?」
「我々は豊岡家の姉妹を人質に取り、開放を条件にその両親の自害、そして豊岡財閥の解散を要求する予定だったのです。あの4人は我々の意図を若干勘違いしていたみたいですがね」
「何があって、お前等は阿燕や須貝にそこまでするんだ!2人は関係無いだろ!」
何でこいつ等は12年もの長い期間に渡って阿燕と須貝をここまで巻き込むんだ?過去に何があったらここまで酷い事を出来るんだ?阿燕と須貝に何の罪があったと言うんだ?
俺は2人の姉妹が俺の目の前にいる連中によって人生を大きく狂わされた事に対して、抑え切れない様な怒りを覚えていた。その思いは、この2人が今までどれ程苦労して、どれ程辛い思いをして来たかを知っていたからだった。
自らを『使者』と名乗る男は俺の質問に淡々と、冷静に答えて行った。
「確かに、お2人は関係無いと言えるでしょう」
「だったら・・・」
「我々の住んでいた山奥の村は豊岡財閥の造ったダムによって沈められたのです」
「!?」
「何の予告も無く、何の許可も無く、気付いたら村一帯は丸々水の底に沈んでいました」
村一帯が水の底に沈んだ・・・・・?そんな事をしたら、逃げ遅れた人達は全員死ぬじゃないか。
この男の話から推測すると、豊岡財閥は阿燕と須貝の両親が経営しているのであろう会社なのだと言う事は分かる。それに『ダムを造った』と言っている辺り、土木系な会社なのだと言う事も大方推測出来る。
「そこで生き残ったのが、我々18人とあのお方なのです」
「だからって・・・・・何でこんなに回りくどい方法を使ったんだ!」
幾ら復讐の為とは言え、それを行ったのは阿燕と須貝の両親であり阿燕と須貝は関係無いはずだ。それに、復讐、殺人は何も生み出さない。新たな憎しみを生むだけなのに。それなのに、何でそんな事を・・・・・。
「我々も当初はさっさと殺してしまうのが手っ取り早いと考えていたのですが、あのお方がそれを許さなかったので、12年間須貝輝瑠様の手下になったふりをしてその機会を伺っていたのです」
そして、その自らを『使者』と名乗る男は続けてこう言った。この2人の姉妹の誤解の物語の核心を突く、その台詞を。
「須貝輝瑠が豊岡阿燕を殺す、その瞬間まで」
「「!?」」
俺と須貝は絶句し、その自らを『使者』と名乗る男は不気味な笑みを浮かべた。俺達を取り囲む男達も同様に俺達の事を嘲笑うかの様に笑った。
「つまり・・・・・私はずっとお前達の思う様に動いていただけ・・・・・?」
「そうなりますねぇ。いや~、滑稽でしたねぇ。姉妹喧嘩にしては面白い物を見させて頂きましたよ」
「そんな・・・・・それじゃあ、私は今まで自分の意思で行動していたと思っていたのは・・・・・お前達の思惑に嵌っていただけ・・・・・ゴホッ」
「須貝!」
須貝は自分が今まで阿燕にして来た事、自分が積み重ねてしまった罪を悔いたのか為か、その場で咳き込み始めた。その度に須貝の口からは血が吐き出され、辺りは更に血の色を、増して行った。
そこで、俺は遂にこの男達がどれ程残酷な事を2人にして来たのかを理解し、その怒りを抑える事が出来なくなった。しかし、殴り掛かる訳にもいかない。殴り掛かれば、その瞬間が隙になるってしまうから。
「お前等あああああ!!!!!」
「~?どうかされましたか?折角全てをお話してあげたのに、物分りの悪い餓鬼ですね~」
「何で、何で須貝にそんな事をさせる様に仕向けた!須貝が阿燕の事を殺そうと、お前等が阿燕の殺そうと結果は同じだろ!」
「それがそうでもないんですよね~」
「何!?」
自らを『使者』と名乗る男は丁寧な口調を続けながら、至って軽い口調で俺に説明を続けた。
「我々はお2人が『入れ替わっている事』を存じ上げております。だからこそ、須貝輝瑠様に豊岡阿燕様を殺して頂く必要があったのです」
「どう言う意味だ」
「須貝輝瑠様が豊岡阿燕様を殺した後に我々が須貝輝瑠様を始末すれば『実の姉妹が双方の素性を理解し、話し合いでは解決しなかった。そして、姉が妹を殺した後に姉も自害した』と言う完璧なシナリオが完成する訳です」
「!」
つまり、こいつ等は復讐として『豊岡財閥を破滅させる』と言う目的だけの為に12年間もそのシナリオが実行されるのを待っていたのか。須貝に全ての罪を擦り付け、2人を殺害し、2人の両親さえも苦しめる、そのシナリオを。
「我々に罪が被る事は無く、お2人のご両親の豊岡夫妻の信頼は確実に失われて行きます。そうすれば、豊岡財閥を破滅させる事もかなり楽になるでしょう」
「そんな事の為に12年間も待っていたのか・・・・・!」
「そもそも、我々は短期決戦を望んではいませんでしたからね。生活面も保障されている以上、時間を掛けても何ら大きな問題は無いと考えておりました」
「だったら、何で須貝を撃ったんだ!ここには俺を含めた2人の目撃者だっているんだぞ!」
「良いではないですか。『目撃者』って」
「何だと!?」
俺はその台詞を聞いた後、ハッと気が付いてしまった。俺達の周りには18人の男達がいる。当然その外に出る事は出来ない。そして、俺と湖晴の付近には血塗れで倒れている阿燕と須貝の姿がある。
俺達はあくまで2人が怪我を負った瞬間の『目撃者』だ。だが、本当にそうなのか?端から見た場合、俺達はただの『目撃者』もしくは『知り合い』として映るのか?
「我々がここから立ち去り、貴方方と血塗れのお2人を見た警察は、この事件をどう判断しますかね?」
「まさか・・・俺達に罪を擦り付けるつもりか・・・・・!」
そこまで計算してこの男達は阿燕と須貝を殺害し、目撃者である俺と湖晴までも始末しようとしていたのか。この男達の復讐は既にある一定の域を超えている。人がここまで他人に残酷な事をする事が出来るのか。俺は素直にそう感じてしまった。
「そんな事はさせない!」
その時だった。腹部を銃で撃たれ出血も酷いはずの須貝が立ち上がって、そう言ったのを俺は見た。立ち上がれる様な体力なんてもう残っていないはずなのに、それなのに須貝は立ち上がった。大切な物を守る為に。
「私はまだ死なない!なっちゃんだって死なせはしない!上垣外君だって、私達の誤解を解いてくれた!だから、これ以上お前等の思惑通りには進ませな・・・」
「あー、はいはい。人気アイドル(笑)は五月蝿いですね。少しそこで死んでいて下さい」
須貝の台詞の途中、自らを『使者』と名乗る男は中を片手に構え、その重厚を須貝の額へと向けていた。そして、その引き金を何の躊躇いも無く引いた。
パンッ!
直後、大きな銃声音が辺り一帯に響き渡った。そして、須貝は・・・・・、
「須貝!」
俺が見たその光景は自然界では絶対に有り得ない現象だった。今自らを『使者』と名乗る男の拳銃から放たれた銃弾に限らず、俺達の見る限り全ての物の動きが停止し、俺だけが別の見知らぬ世界へと飛ばされてしまった様な感覚に陥りそうになった。
自らを『使者』と名乗る男の拳銃から放たれた銃弾は須貝の額から1メートル程度の所の空中で静止しており、今俺が見ているこの現象がタイム・イーターの時間停止である事が分かった。
「あ・・・・・れ・・・・・?これは・・・・・」
「次元さん。取り合えず、タイム・イーターで時間を停止させました」
「湖晴・・・・・」
湖晴は治療の際に付いてしまったのか、所々が赤く染まっている白衣を纏いながら、俺の方を真剣な眼差しで見つめつつそう言った。湖晴の手にはタイム・イーターがあり、時間停止機能使用中のランプが点滅していた。
「ですが、この状態も長くは続きません。急ぎましょう」
「急ぐって、何をだ?」
「決断を、です」
「過去改変の、か」
「はい」
ここまで酷い状況になってしまった以上、過去改変をしない訳にはいかない。過去改変をしてもしなくても2人の生死は変わる事は無い。だが、この地点から、即ち『阿燕と須貝の死が確定していない』地点から過去に飛んで過去改変をすればまだ勝機はある。
俺は改めて決心を固め、湖晴に1度頷いた後返事をした。
「分かった。今回は過去改変をしなくても済みそうだと思っていたんだがな。そう上手くは行かないか」
「飛ぶのは12年前の阿燕さんと輝瑠さんの人生を大きく変える事になったあの事件のあった日になります」
「だろうな。そんな気はしてた」
「ですが・・・・・」
「どうした?行くなら早く行こうぜ?」
湖晴はやや俯きながら、何かを言うのを躊躇った。俺はそれが何なのかを予測する事は出来ず、過去改変を急いだ。時間停止も長くは続かないしな。
すると、湖晴は俺に言った。俺にとっては辛い、その可能性を。
「過去改変の成功失敗に関わらず、お2人の過去は大きく改変される事になります。よって過去改変後の『現在』では『次元さんとお2人はそもそも知り合いにすらならなかった』と言う事実が上塗りされる可能性もあります。それでも宜しいですか?」
「・・・・・・・」
阿燕は湖晴の次に出来た俺の数少ない知り合いだ。俺は阿燕に嫌われているのだと思うが、俺は阿燕の事を大切に思っている。過去改変後のこの世界では音穏とも知り合いであり、温水プールにも行った事があった。
本当は阿燕の過去改変終了時点で俺と阿燕の縁は綺麗に無くなるはずだった。しかし、そうはならなかった。だからこそのこの記憶だ。
俺は阿燕とその姉である須貝が救われるのならそれで・・・・・、
「・・・・・良い・・・・・訳無いだろ・・・」
良い訳無い。俺の数少ない知り合いを失うだけでなく、何よりも俺のこの記憶、思い出が俺しか知らない物になってしまう事が俺は怖かった。阿燕とのかけがいの無い思い出。その全てがこの世界から無くなってしっまうだなんて、そんなの・・・・・。
だが、今更俺の自己中心的な感想なんて言っていられない。俺は阿燕と言うかけがいの無い子をこの世から失うくらいなら、俺との記憶を消し去ってしまう方が良い。そうに決まっている。人の命は、記憶や思い出よりも重い。
「・・・・・俺はこの2人の姉妹が笑って過ごせる未来の為なら、俺の思い出なんて安い物だと思う。だから、過去改変をする」
「・・・・・分かりました。それでは、行きましょうか」
「あ。少し待ってくれ」
「どうされましたか?」
俺はタイム・イーターを操作して時空転移を開始しようとする湖晴に一言声を掛けて、数分だけ自由な時間を貰った。
俺は空中に浮かんだ自らを『使者』と名乗る男の拳銃から放たれた銃弾を手に取り、そのまま適当な草むらに投げた。後、その拳銃も取り上げ、足で踏み潰す事で破壊した。
「よし。これで大丈夫か」
「次元さん?何を・・・」
「気休めにしかならないし、過去改変をすれば関係無くなるのは分かるが、別に良いだろ?」
「ええ。まあ」
これは、俺達の過去改変が失敗した時の保険だ。俺達の過去改変が失敗しても2人には生きていて欲しいから、俺はせめてこれくらいはしておきたかったのだ。
俺は血塗れになった2人の姉妹と、床に転がる燕のぬいぐるみを見た後、湖晴の声を掛けた。
「行こうか」
「はい」
直後、辺りに眩い閃光が溢れ、俺の体はもう大分慣れたあの重力を一身に受けた。そして、俺と湖晴は12年前の2人の姉妹の人生を大きく変えたあの日へと時空転移をした。