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Time:Eater  作者: タングステン
第五話 『Te』
134/223

第29部

【2023年09月26日17時20分03秒】


 ようやく須貝から逃れる事に成功したと思われた俺と阿燕。路地裏から出た後、俺は阿燕に湖晴の推測を話し、阿燕と須貝が実の姉妹である事を確信した。阿燕は自身が行って来た事を後悔していたが、俺の語り掛けにより少しは落ち着いたみたいだった。


 その後、そんな俺達の元に湖晴が合流し、俺が頼んでいた例の物が届いた。それは過去改変前に阿燕が須貝に渡す為に買おうとしていた燕のぬいぐるみだった。役に立ってくれれば良いのだが。


 しかし、その直後。


「須貝・・・・・」


 突如現れ、俺達の周りを囲む10数人の男達。その全員が全員、凶器こそ持っていないものの禍々しい雰囲気を漂わせていた。そして、その中から、右手にナイフを握り締めている須貝が俺達の目の前に現れた。


「走って逃げたからてっきり別の所に行ったかと思ってたのに。無駄に探して損したわ」


 須貝は俺達を路地裏で見付けた後、この男達(おそらく須貝の仲間)の力を借りて俺達の事を探していたのだろう。それにしても、湖晴の推理がここまで当たっているとは。須貝が遥かに年上の男達を掌握している、なんて普通は思い付かないからな。


「なっちゃん、上垣外次元、そしてそこの白衣の子全員まとめて殺してあげる」


 須貝は不敵に笑いながら、手に持つナイフを構えながらそう言った。須貝は『阿燕が須貝の実の姉である事を知っている』と言う事を知らない。だから、過去の復讐をする為に阿燕を殺す気だ。


 しかし、俺達はもう須貝のその思いを無駄にする事無く、阿燕を殺させない術を取得している。過去改変をしなくても済む未来になる様に、俺は説得を試みる。この2人の姉妹が笑って過ごせる世界を望んで。


「なあ、須貝。もう止めようぜ?」

「?どう言う意味?」

「お前だってもう気付いてるんだろ?こんな事をしても意味は無い、って」

「・・・・・っ!私のしている事が意味が無いですって・・・・・?そんな訳無いでしょ!?」


 不敵に笑っていた須貝の表情は、俺がそう言うと共に崩れた。それと同時に、須貝の表情は焦りと困惑の色を見せ始めた。しかも、うっすらと汗を掻いている事も分かった。


 そうだ、須貝ももう気付いているんだ。復讐は何も生み出さない。今まで俺が経験して来た過去改変と同じ様に、殺人を犯しても何かが変わる訳ではないのだ。復讐、殺人は自分を更に追い込む事に繋がり、余計に苦しくなる。


 それに、須貝が阿燕を殺した所で、須貝自身が失った時間は帰って来ない。


「阿燕を殺しても何も変わらない。それでは、須貝の過去の時間を取り戻す事は出来ないんだ」

「何を・・・言って・・・・・」

「俺は阿燕と須貝が姉妹である事を知っている。無論、その事は既に阿燕にも伝えてある」

「!」


 俺がそう言うと、須貝は一瞬言葉通り目を丸くし、これ以上無いくらいに驚いた。ナイフを構えていた手をダランと垂らしてしまう程に、声が出ない程に。


 しかし、暫くすると何かを悟ったのか、須貝は俺の事を睨み付け、今にもナイフで八つ裂きにして来そうな勢いで大声で叫んだ。


「・・・・・何でお前がその事を知っているんだあああああ!!!!!お前も私の居場所を奪う気かあああああ!!!!!」

「俺はそんな事はしない。ただ、阿燕と仲直りをして欲しいだけだ。殺し合いなんて何も良い事は無い、恨みしか生み出さない。だから・・・・・」


 12年前、須貝は阿燕の代わりに誘拐された。それにより、2人の人生は大きく狂う事になった。だから、須貝はその時の事を忘れる事が出来ず、また阿燕に裏切られるのではないかと思ってしまっているのだろう。


 だが、もう大丈夫だ。後は、阿燕が何とかしてくれるはずだ。


 俺は俺の後ろに立っていた阿燕の方をチラッと見て、一言声を掛けた。須貝に謝らせる為に。そして、阿燕の思いを須貝に伝えさせる為に。


「阿燕」

「・・・・・うん」


 阿燕はついさっき湖晴が持って来た燕のぬいぐるみを持ったまま、俺の代わりに須貝の前に立った。正面と言う訳ではなく、2人の間には5メートルくらいの空間があった。この空間は2人の擦れ違っている思いを表しているかの様にも思えた。


 須貝の前に立った阿燕はすぐには話し始めず数秒間黙っていたが、決心が固まったのかついに口を開いた。


「お姉ちゃん・・・・・ごめんね。お姉ちゃんは私やお父さん、お母さんに気付いて貰う為に努力していたのに、それなのに今まで気付けなかった・・・・・ごめんなさい」

「は・・・はは・・・・・あははははは!!!この場に及んで命乞い?何を言った所で私はお前等を殺す。だから、何を言っても無駄よ!」


 阿燕の言葉はまるで須貝には届いてはいなかった。阿燕が謝っても須貝はただただ狂った様に笑っているだけで、ろくな言葉を発しなかった。


 だが、阿燕は諦めなかった。何度も、何度も、何度も、自身の言葉が実の姉に届くまで話し掛けた。


「お姉ちゃんが私の事を大事に思っていてくれて、それで体の弱かった私の事を大切にしてくれていたのを私は知ってた。それなのに・・・・・12年前、自分が死にたくないからと言う理由でお姉ちゃんに辛い思いをさせてしまった・・・・・」

「私は別にあんたの事なんか・・・・・」

「お姉ちゃんは何でも出来た。私が出来ない事も、常人が出来ない事も全て。私にとって、そんなお姉ちゃんはずっと憧れの的だった。大好きだった」

「・・・・・え?」


 阿燕は胸の内に秘めた自身の思いを須貝に打ち明けた。自身が実の姉に酷い事をしてしまった事、憧れだった事、大好きだった事、全てを。


 ようやく阿燕が何を言いたいのかを理解し始めたのか、須貝の様子が変わった。須貝は笑うのを止め、驚きを隠せないでいた。


「私はお姉ちゃんの為に、と思ってこの12年間お姉ちゃんのコピーとして生きて来た。名前もお姉ちゃんの名前を借りた。体は丈夫ではなかったけどソフトボールを始めた。それは全て『お姉ちゃんが何時帰って来ても、また家族4人で楽しく暮らせる様にする為』だった」

「まさか・・・あんた・・・・・」

「私はお姉ちゃんは死んでいないと信じていた。だから、ずっとずっと帰って来るのを待っていた」

「・・・・・っ」

「だから・・・・・」


 そこで、阿燕の目から数滴の涙が零れ落ちた。後悔、謝罪、感謝、そして感動。死んだと思っていた姉である須貝に会えた事により、様々な感情が阿燕の中に生まれたのだろう。しかも、自分が伝えたかった事を全て伝える事が出来た。だから、阿燕は泣いた。


 目を真っ赤に腫らして泣いた。そんな顔を隠す事無く、阿燕は遂にようやくそれを言う事が出来た。阿燕が今一番言いたかったであろう、その台詞を。


「お帰り、お姉ちゃん。そして、ごめんね」

「・・・・・!」

「私のしていた事がお姉ちゃんを苦しめているだなんて全然知らなかった。だけど、お姉ちゃんの居場所ならあるよ。何時でも帰って来て良いんだよ。お父さんとお母さんには私から話をするから」

「・・・ぅ・・・・・ぁ・・・・・」


 阿燕の台詞の後、須貝の中で復讐の気持ちが消えたのか、須貝はヨロヨロと数歩後ろに下がり頭を抱え始めた。阿燕がどれ程自身の事を考えてくれていたのかを、須貝はこの時始めて知ったのだ。そして、今までその事を知らなかった須貝が阿燕に何をしてしまったのかを思い出したのだろう。


 そんな須貝の元に阿燕は数歩ずつゆっくりと歩み寄った。本来仲が良いはずの姉妹の、最後仲直り印を渡す為に。


「あとね・・・・・約束、覚えてる?」

「やく・・・そく・・・・・?」

「お姉ちゃん、前に欲しいって言ってたでしょ?もう忘れちゃったかもしれないけど」

「これは・・・・・」

「私も探したんだけど、見付からなくて。これは上垣外が代わりに探してくれたの。受け取ってくれる?」

「・・・・・うん」


 須貝は阿燕から燕のぬいぐるみを受け取り、抱き締めた。俺は阿燕と須貝の間に燕のぬいぐるみについてどんなエピソードがあるのかは知らないが、それでも、その須貝の姿は幸せそうだった。それはまるで、今までの復讐心が浄化され、本来あるべき姿の須貝に戻ったかの様だった。


 阿燕はそんな須貝を優しく包み込む様に抱き締めた。これ以上は争わない為に、これからは仲良く暮らす為に。阿燕に抱き締められるとほぼ同時に、須貝の目からも阿燕同様に涙が零れ落ちた。


「ごめんね。これからは家族4人で、失った大切な時間を一杯取り戻そう?」

「ぅ・・・・・うん・・・」


 2人は仲直りに成功した。阿燕は自身の思いを須貝に伝える事が出来、須貝の中の復讐心は消え去った。2人の姉妹の大きな誤解、擦れ違いは全て解消された。


 これで良いんだ。これで全て終わりだ。過去改変をしなくても、こうやって問題を解決する事は可能なんだ。もしかすると、少し過去に行って作業をしなくてはならないかもしれないが、今の2人の気持ちを無かった事にしなくて済むならそれで充分だ。


 俺は自分がした事に大きな満足感と充実感を感じていた。しかし、その気持ちも長くは続かなかった。


「ぁ・・・・・」


 何か嫌な考えでも思い付いてしまったのか、辛い過去がフラッシュバックしたのか、阿燕に抱き締められる須貝の表情が急に険しくなった。そして・・・・・、


「・・・・・ッガ!ゴホッ!」

「阿燕!?どうした!?」

「い、嫌・・・・・でも、私は・・・・・」


 突如阿燕が何かに咳き込み始め、須貝を抱き締めていた両手を離し、そのまま地面に崩れ落ちた。見てみると、阿燕の腹部にはナイフが突き刺さっていた。しかも、その傷口はかなり深いらしく今も大量の血が溢れ出ていた。


「湖晴!阿燕の傷の手当てを頼む!」

「はい!」


 俺は咄嗟に湖晴の元に阿燕を運び、手当てを頼んだ。まだ須貝の中の復讐心は無くなってはいなかったのか。俺は再び須貝の前に立ち、大声で話し掛けた。


 須貝は地面に力無く倒れている阿燕の姿を見て唖然としていた。その須貝の右腕と制服には阿燕の返り血が大量に付着していた。


「須貝!何で阿燕を刺したんだ!もうお前等の仲は・・・」

「違うのよ!そうじゃない!私はこんな事をするつもりじゃ・・・・」

「須貝・・・・・?そう言えばお前、昨日の体育倉庫の一件以来何かあったのか?」

「・・・・・・・」


 俺が聞くと、須貝は途端に黙った。それに、須貝は何やら震えている様に見えた。何が須貝にここまでの恐怖を植え付けたのか。阿燕による説得により、阿燕と須貝の過去に関しては全て和解されたはずなのに。


「あったんだな?言ってみろ。俺なら何か出来るかもしれない」

「・・・・・なっちゃんが密かに私の事を殺そうと計画している、って言われた」

「何だと!?誰がそんな事を・・・・・」


 阿燕がそんな事を考えている訳無いだろう。阿燕は12年間ずっと須貝の事を思って、自分の人生を犠牲にしてでも罪を償おうとしていたんだぞ?そんな子が須貝に恨みを持っている訳無いじゃないか。


 一体、何処のどいつがそんな事を須貝に吹き込んだんだ。


「・・・・・昨日、杉野目施廉に」

「杉野目に!?阿燕が須貝の事を殺そうだなんて思っている訳無いだろ!何でそんな言葉を信じたんだ!」

「しょうがないじゃない!私は何度もなっちゃんに裏切られたのよ!だから、私の事を殺そうとしていてもおかしくないと・・・」

「・・・・・ごめんね・・・・・お姉ちゃん・・・・・全部・・・全部私が悪かったの・・・・・だから、これくらいどうって事は・・・・・ゴホッゴホッ!」

「阿燕さん!」


 大量出血により既に弱り切ってしまっている阿燕の微かな声が聞こえた。阿燕の苦しそうな咳と同時に、阿燕の口から大量の血が吐き出された。それにより、辺りは更に真っ赤に染まって行った。


 俺と須貝はそんな危ない状況にある阿燕の姿を見ていた。


「・・・・・だからって・・・・・阿燕を刺しても良い理由にはならないだろ・・・・・」

「ぁ・・・・・あああ・・・・・」


 須貝はようやく自分が何をしたのかを認識したらしく、酷く震えていた。せっかく仲直りが出来たと思ったのに、自身が杉野目に言われた一言を怖がったが為に。


「次元さん!阿燕さんの出血が多過ぎます!これでは命に支障が出る可能性があります!」

「くそっ・・・・・」


 湖晴の焦っている声が聞こえた。阿燕は湖晴とは違って、生命力も治癒力も普通な女の子だ。出血が多過ぎると、場合によっては死に至る可能性もある。


 タイム・イーターを使用して時間を止めれば時間を稼ぐ事も可能だとは思うが、それにも限度があるし、過去改変をするつもりなのなら電力を残しておきたい。それに、俺達が阿燕を運んだとしても阿燕の体に負担が掛かってしまう。


 俺は須貝ならこの状況を打破出来ると考え、話し掛けた。


「須貝!お前の仲間に阿燕を運んで貰う事は出来ないか!?俺達が阿燕を背負って行っても時間が掛かるし、第一阿燕の体に負担が掛かる!」

「私は・・・私は・・・・・」

「須貝!」

「!」


 その時、須貝の目がカッと見開いた気がした。須貝の、阿燕の実の姉としての魂が蘇ったのか、須貝は俺達の周り10メートル程度の所にいる男達の方を向いて大声で指示を出した。


「貴方達!車を出しなさい!早く!」

「須貝・・・・・」

「私はもう・・・・・なっちゃんを殺そうなんてだなんて思わない!だから、なっちゃんを助ける!」


 須貝はもう阿燕の事を許したのだ。最後の最後で阿燕が大怪我を負ってしまう事になったが、車で移動する事が出来れば後はタイム・イーターの力と併用する事で阿燕を助ける事が出来る。


 しかし・・・・・、


「・・・・・!?貴方達、何をしているの!早く車を・・・」


 男達は須貝の指示を無視して、そのまま立ち止まっていた。何が起きたのか。指示が聞こえていない訳ではなさそうだったが、俺がそれの理由を確信する前に乾いた銃声音が俺達の耳を劈いた。


 パンッ!


「・・・ガ・・・ハッ・・・・・!」

「須貝!」

「お姉ちゃん!」


 その銃声音の直後、須貝はその場に力無く倒れた。どうやら腹部を撃たれたらしく、その傷口からは尋常ではない量の血が溢れていた。


「須貝!おい、須貝!大丈夫か!」


 俺は須貝に歩み寄り、息を確かめた。まだ生きてはいたが、この血の出方ではそう長くは持たないだろう。一刻も早く治療をしなければ、良くない事が起きてしまう。


「誰だ・・・・・」


 だが、俺は地面に倒れる須貝を見ながら、抑え切れない感情を大声にして発した。


「誰が、何で須貝を撃ったあああああ!!!!!」


 須貝を撃ったのは須貝の仲間だったはずの男達の内の1人のはずだ。何でこの場面でこんな事をするんだ?須貝の仲間ではなかったのか?それに、ついさっきだって須貝の指示を無視していた。心境の変化が急に同時に訪れたとでも言うのか?


 すると、俺達を囲む10数人の男達の中から黒服のスーツ姿の30代くらいの男が1人、銃を1丁携えて俺達の前に姿を現した。


「いや~、困るんですよね~。我々の長きに渡る計画を邪魔されては」

「!?お前は!?」


 その男は至って軽い口調で、続けて言った。


「私は須貝輝瑠様の専属マネージャーの者です。いえ、正確には、そのご両親が所持していらっしゃる豊岡財閥を破滅させる為に送り込まれた使者でしょうか」

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