第02部
【2023年09月11日17時32分45秒】
~照沼湖晴視点~
私が飛ばされた先はさっき男三人組が殺害された、グラヴィティ公園でした。しかも、位置的には丁度その真上(肉片の上)でした。流石にこれは気分が悪いですね。私はこれでも一応正真正銘女の子なのですから。でも血痕が少し残っているだけで、肉片自体はほとんど残っていませんでした。誰かが片付けたのでしょうか?
しかし、今はそんなどうでも良い様な事を考えている場合ではありません。そう。今私は過去改変対象者の杉野目施廉さんに命を狙われてしまっているのです。怪我をしてもすぐに直りますが、普通に痛いのであまり撃たれたりとか、刺されたりはされたくありません。
ここ、グラヴィティ公園は施廉さん達がいた研究所からは結構離れていて、追い掛けて来るには少なくとも二十分は掛かるはずです。
その時、背後から足音が聞こえて来ました。更に、その足音は少しずつ私の方に近付いて来ます。
「同系統の装置持ってんだから、移動しても一緒なのに。屑虫から聞いて無かったの?」
「!」
その足音と声の主は施廉さんでした。まさか、こんなに早くに追い付かれるなんて。しかし、私は今の施廉さんの言葉が気になった。『同系統の装置』? 何の事でしょうか。私が持っている装置と言えば、タイム・イーターくらいです。でも、それが同系統の装置と言う事は無いでしょう。何故なら、タイム・イーターは先生の最高傑作の発明品で二つとしてこの世界に存在しないのですから。
「貴方に恨みは無いけど、あの施設の中を見られたからには生かしては帰せない。それに、これは屑虫への復讐も兼ねているし」
「その前に一つ。あの施設では一体何をしてるんですか?」
「……分からなかったの? 『特異点』の修復よ」
「あの人が『特異点』?」
「そう。貴方本当に何も聞いていないのね。何だが殺す気も失せてしまったわ」
よく分からないですが、取り合えずは殺されずに済みそうです。しかし、施廉さんは一体全体何を言っているのでしょうか。あの言い方だと施廉さんは先生と知り合いか何かで、私は先生から『特異点』について聞いていない、と言う事になります。そして、私と施廉さんの会話は続きます。
「せっかく人払いしたのに意味なかったわね」
「人払い? この公園に?」
通りでさっきから公園に人気が無いと思った訳です。納得納得。多分、その作業の時にあの肉片を回収して処分したのでしょう。
「ええ。貴方を殺すつもりだったから、特定の人物以外はこの公園に寄り付かないようにした。今回は殺さないでおいておくけれど、あの施設で見た事は絶対に口外しない事。良い? 出来なければすぐにさっきの屑連中の様にするから」
「口外も何も、詳しい事は何も分かってないのですが……」
「そうだったわね。そもそも何も知らなかったのよね」
私が深く考える暇も無く、次々と話が進んでいる様な気がするのは気のせいでしょうか?
「もう一つ忠告。屑虫・・・じゃなかった……玉虫哲には二度と関わらない事。奴に関わっても良い事なんて何も無い」
「残念ながらそれは出来ません」
「何ですって?」
「先生と何があったのかは知りませんが、少なくとも先生は私を助けてくれた……いや、救ってくれた命の恩人です。二度と関わらないなんて事出来ません」
そう。先生は私の命の恩人です。人生を踏み外そうとし掛けていた私に生きる意味を教えてくれました。だから私は今も先生の為、過去改変を続けているのです。
「あの屑虫が……人を救った……? アハ、アハハハハ! 貴方は勘違いをしている!」
「勘違い、とはどう言う事でしょうか」
「良い? あの屑虫はそんな奴ではない。貴方はそう、奴と関わった時点から『利用されている』のよ!」
「利用されてなんかいません」
「じゃあ聞くけど、貴方は何故あの研究所にいたのかしら?」
「それは……」
本当は過去改変対象者には過去改変作業の事は言ってはいけないルールなのですが、どうしましょうか? このまま黙っていたら殺されそうですし。それに、施廉さんはさっきから意味深な台詞を放ち続けています。過去に何があったと言うのでしょうか。
そう言えば、施廉さんは何で過去改変対象者に選ばれたのでしょうか。さっき男三人組を殺害したのは正当防衛で済ませておいて、タイム・イーターからの通達があったのはその前です。タイム・イーターがいくら時空転移装置とは言え、それくらいの時系列は守ります。現に、今までの過去改変作業の時も事件が起きた後にタイム・イーターからの通達がありました。
「答える気は……無い様ね」
私が色々と考えていると、施廉さんは痺れを切らしたのかそう言いました。そして、話を続けてきます。
「別に良いけれど。でも、これだけは言っておくわ」
「何でしょうか」
その内容は私にとって、想像を絶する物だった。
「『タイム・イーターは一つだけじゃない』」
「え……?」
どう言う事でしょうか。『タイム・イーターは一つだけじゃない』? つまり、その言葉が意味する結論はこの世界にはタイム・イーターは二つ以上存在する、と言う事になります。
でも、そんな事は無いはずです。タイム・イーターは先生の発明品であり、私の知る限り時空転移を可能にするのはタイム・イーターのみ。それでは、今施廉さんが言った事と矛盾してしまいます。そもそも信じて良い情報なのかどうかも分からない訳ですが。
「私、さっき言ったでしょう? 『同系統の装置持ってんだから』って」
「あ……」
そう言えば、そんな事を言われていました。成る程。あの言葉はそう言う意味でしたか。ここは取り合えず情報を信じて、詳しく調べた方が良いかもしれません。後々、役立つかも知れませんし。殺される心配も無いですし。
「それで、タイム・イーターは幾つ存在するのでしょうか?」
「さぁ。私が知る限り三つは確認出来ているけれど?」
「三つ……」
「あと、タイム・イーターにもそれぞれ種類があるのよ」
「種類?」
「ええ。私の持つタイム・イーター、貴方の持つタイム・イーター、それと『Xe』が持つタイム・イーター」
まさかタイム・イーターにそんなに種類があるなんて知りませんでした。先生に確認しに行きたい所ですが、先生からは『三十人の対象者の過去改変を済ませたら、また会おう』と言われてしまっているので、それは出来ません。
今さっき、施廉さんは『Xe』と言っていた様な気がします。聞く限り人の名前ではなさそうですが。何かの研究機関や科学結社の総称か何かでしょうか。
「まあ、私がここまで貴方に話したのは同じ時間遡航者としてなのだけれど。その様子だと、貴方は自分のタイム・イーターの特性も知らない様ね」
「特性、ですか」
「そう、特性。ところで話は大分戻るのだけれど、貴方は何故私達『Time Technology』の研究所にいたの?」
何だか、ようやく本題に戻った様な気がしますね。そもそも本題とは何かすらも確かではない訳ですが。私がこの公園にいるのは、殺されない為に逃げてきただけですし。
「施廉さんを追って来たんですよ」
「私を? もしかしてレズ?」
「……いえ、それは違いますけど。施廉さんが二十三回目の過去改変対象者だったので。情報を集める為に付いて行ったら、あの研究所に辿り着いたんです」
この状況で何で『レズ』とか言われるのでしょうか。一応言っておきますが、私はレズではないです。男性は少し苦手ですが、それでもレズではないです。そもそも、あまり人と接する場面がありませんし。
「私が過去改変対象者……?」
「はい」
あ! つい流れに乗って施廉さん本人に自身が過去改変対象者である事を告げてしまいました。因果律とかに影響が出なければ良いのですが。
「それって、屑虫の命令?」
「先生の事を言っているのならその通りです。あと、これは先生の命令ではなく、使命です」
さっきから施廉さんは先生の事を悪く言い過ぎの様な気がします。それにしても、何で屑虫何でしょうか? しばらくすると、施廉さんは再び狂った様に笑い始めました。
「アハハハハハハハハ!!!!やっぱり、貴方は正真正銘の馬鹿だわ!」
酷い言われ様です。仮にも今日会ったばかりの人に。
「私が過去改変対象者な訳ないじゃない! 確実にあの屑虫の嫌がらせね、それは!」
「嫌がらせ?」
「そう。奴は昔からそうだった。私を……実験台にするくらいになあ!!!!」
「……っ!」
次の瞬間、私は自分の右肩と言うか右腕から痛みを感じました。見てみると、血が結構出ていました。しかも、肩の一部が削り取られた様に消えていたのです。幸いにも骨に損傷はありませんでした。
「ちっ、外したか。折角、奴の教え子の死体を見せてやろうと思ったのに」
これは不味い。非常に不味いですね。私は外面的な怪我はすぐに直るとはいえ、普通に神経も通っているので血が出過ぎると行動出来なくなってしまいます。
私が今負っているこの怪我はおそらく、さっきの男三人組を殺害した時の物と同じでしょう。ここからはあくまで推測ですが、この現象は施廉さんの持つタイム・イーターの働きによる物だと思います。タイム・イーターの本体は見えていませんが、施廉さんが『外したか』と言っていたのでそう考える事が出来ました。
つまり、それが施廉さんの持つタイム・イーターの性質(?)でしょう。タイム・イーターを名乗る限り、あの現象は時空間の何かが関係しているはずです。
「次こそは『死ね』」
このままでは殺される。そう思いました。いくら怪我の直りが早い私でも、ゾンビではないので腕一本とか言う単位で消されては持ちません。と言うか普通に死にます。こんな事を考えている間に、肩の出血は早くも止まりましたが。
ついさっきまでは安全に話せていたのに、今では命を狙う・狙われるの関係になってしまうとは。どうしても、人間とは分からないものだと思ってしまいます。
私はタイム・イーターの時空転移機能を発動させました。さっき、研究所で使った時の様に目的地を設定していないので何処に飛ぶかは分かりませんが。
「チッ。逃げても無駄だと言っているのに……」
転移の際に施廉さんのそんな声が聞こえました。
本日(現実世界的に)二度目の時空転移の到着地点は、またしてもグラヴィティ公園でした。近くに噴水がありますね。そこにあった時計塔を見てみると、現在時刻は六時二十九分である事が分かりました。現在時刻と周りの状況から判断するに、時間的には全く移動していませんが空間的には数百メートル移動する事が出来た様です。
それにしても、どうしてこの公園ばかり……もう少し離れた所に飛ばしてくれても良いのに……まぁ、私が目的地を指定していないのが悪い訳ですけどね。
その直後、左方から何かが勢い良く倒れて来ました。それは公園内にあったであろう木でした。倒れてくる際に、それをよく見てみると幹の中間部分に当たる物が丸ごと消えていました。
「よっ!」
動体視力の良い私はこれくらい、避ける事は容易でした。自慢では無いですが、私は別に運動神経が悪い訳ではありません。むしろ得意なくらいです。学校にいた頃は……いえ、学校の話は止めておきましょう。
その時、遠くの方に高校生くらいの男女がいる事に気が付きました。
「何でこんな所に……?」
さっき施廉さんが人払いをしておいた、と言っていたので数時間は人は寄り付かないはずなのに。もしかすると、関係者でしょうか。でも2人共、思いっきり制服なんですが……取り合えず、深く考えるのは止めましょう。関係者でないなら一刻も早くここから出してあげた方が良いでしょう。何をしでかすか分からない施廉さんが近くにいる訳ですし。
私がその二人に向かって歩いき始めようとした時、右足に激痛が走りました。
「……っ!!!!」
「逃げても無駄だと言っているのに。それにしても何でさっきまでは当たらなくて、銃は当たるのかしら? 何か補正掛かってる?」
今私はどうやら施廉さんに撃たれた様ですね。まだ足で助かりました。頭だったら確実に死んでました。もしかすると、本当は殺す気は無いのかもしれません。
「それにしても、転移するのだったらもっと遠くに飛べば良いのに」
「……生憎、目的地を設定する時間が無かったものでして……」
思ったよりも血が出て来ています。流石に痛みで上手く走れそうにありません。どうしたものでしょうか。
そうだ!
「さて、そろそろ死ぬ準備は良い?」
そう言って、施廉さんは躊躇う事無く私の頭部に銃口を向け、引き金を引きました。その銃口から発射された弾丸は私の頭部を貫き破裂させるはず……でしたがそうはなりませんでした。
「また面倒な事を……!」
私は咄嗟にタイム・イーターの時間停止機能を発動させていました。施廉さんが僅かながら情けをかけてくれたお陰で少しだけタイムラグが出来、発動する為の時間を確保する事が出来ました。
時間停止により弾丸は空中で静止しています。しかし、この状態は長くは続かないでしょう。私は弾丸の予想進行方向を避け、走りました。
次の瞬間、弾丸が動き出し公園の何処かに飛んでいったのが確認できました。おそらく、施廉さんの仕業でしょう。施廉さんもタイム・イーター所持者なのですから。時間停止解除も出来るはずだからです。
そして、私は施廉さんに追われながらもさっきいた2人の高校生から遠ざかる様に計算して逃げました。逃げて逃げて逃げ続けました。
二十分くらいがたったでしょうか。時間停止や時間圧縮を繰り返し、何とか軽症で施廉さんから逃げる事が出来た様です。どうせ数分経ったらまた来るのでしょうけど。
そう言えば、何で私は逃げているのでしたっけ。確か施廉さんと会話していて、先生の話になったら急に施廉さんの機嫌が悪くなってこんな事になった様な気が……あれ? 私、何も悪い事していない様な気がします。気のせいでしょうか。
すると、本日何度目でしょうか、背後から声が聞こえて来ました。そろそろこのシチュエーションも飽きて来ました。同じ事の繰り返し。これではまるでループしている様ではないですか。
「一体全体、何時まで生きるつもり? 私だって屑虫に嫌がらせしたいのよ?」
「……施廉さんは先生にどんな恨みがあってそこまで……?」
「……! うるさい! 私は……!」
施廉さんがポケットから小型爆弾(手榴弾かな)を取り出したのを見た私は急いで立ち上がりました。
しかし、それが命取りとなってしまいました。そう。その手榴弾はあくまで囮で、私をおどす事によって私にタイム・イーターの機能を『ワンテンポ遅らせて』発動させる為の。私自身そうとは知らずに時空転移を発動していました。
あと、少しで時空転移完了となる寸前背後から銃声が響き渡りました。私の腹部に強烈な痛みが走り、出血と痛みで自身の意識が遠のいていくのが分かりました。
あれ? この人は……私の意識が遠のく寸前、転移先に元々いたのでしょうか。一人の男の子がいた事に気が付きます。その男の子はさっき公園内にいた二人と同じ様な制服を着ていました。しかも……施廉さんの研究所の中で見付けた透明の筒に入っていた人と『同じ顔』でした。
そして、私は事実確認をする事も出来ずに意識が堕ちました。
数十分後。私は施廉さんに会った事、話した内容等を全てを忘れ『二十三回目の過去改変は終わった』と言う内容に書き換えられた事に気付く事無く、彼に出会います。施廉さんに何時記憶を改竄されたのか、痛みで意識が飛んでしまったのかは分かりません。
しかし、施廉さんとの出来事を思い出した時にはもう全てが手遅れでした。ここまでの出来事がこれからの始まろうとする物語の終焉を示しているなど、気付ける訳もありません。それに、そもそも覚えてすらいなかったのですから。
こうして私、照沼湖晴と彼、上垣外次元の過去改変物語は始まりを迎えました。