第24部
【2023年09月26日16時48分32秒】
「掌握・・・・・?犯人グループを・・・・・?」
「はい。あくまでこれは私の推測であり、確証はありませんが」
今湖晴が言ったその台詞は、俺の想像を絶する物だった。湖晴の推理では、誘拐された当時須貝は幼いながらも自身を誘拐した犯人グループを掌握、つまりは手駒にしたと言うのだ。
ここまでの湖晴の推理はほぼ完璧で、そのほとんどが真実なのだろう。だが、これだけは納得出来ない。幾ら須貝が元々優秀な子でも、莫大な金を所持していたとしても、小学校に入る前の少女にそんな事が出来る訳が無い。
俺は湖晴の推理を否定し、会話を続けた。
「いやいやいや。誘拐された後すぐに殺されるはずだったかもしれない須貝が生き延びるには、犯人グループの掌握が必要不可欠だとしても、誘拐された当時、須貝はまだ5歳か6歳くらいのはずだろ?そんな幼い子に犯人グループの掌握なんて・・・・・」
「確かに、私もこの理論が浮かび上がった時にはこの可能性を疑いました。ですが、誘拐されたはずの輝瑠さんが今まで生き残り、これまでに発生した幾つかの事件を思い出してみると、やはりこれ以外の可能性は低いと判断出来たのです」
「・・・・・ん?『これまでに発生した事件』?」
湖晴のその台詞の直後、俺の中で何かが引っ掛かった。違和感の様な、背筋がゾクッとする様な、そんな感覚になった。
俺が湖晴に須貝が犯人グループを掌握した事について否定すると、やはり湖晴にはまだ考えがあるみたいで、俺の中で引っ掛かった何かに気付く事無く、説明を続けた。
「はい。分かり易い所で言えば、阿燕さんの過去改変前に起きた『学校内での不可解な幾つかの現象』と阿燕さんの右目を失明させた原因である『銀行強盗事件』の2つですね」
「まさか・・・・・」
「その通りです。その説明をする前に1度、状況を纏めてみましょう」
つまり、須貝は掌握したその犯人グループを利用して、屋上の鉄柵を落下させたり、学校内を爆破したりして俺と阿燕を殺そうとした。いや、俺は関係無くて、阿燕だけだったな。
そして、阿燕が過去改変対象者になった原因である、去年の3月に起きたあの事件も須貝が起こしたと言う事になる。須貝の移し身として今まで生きて来た阿燕の思いを踏み躙り、過去改変対象者にしてしまう程に心身共にダメージを与えた。
2人共、辛かったんだ。阿燕は須貝の為に生き、須貝はその阿燕の思いも知らずに殺そうとする。2人は誤解している。最初から最後まで、全て。早く2人の誤解を解いてあげなくてはならない。本来は争う必要の無い2人が争うなんて事は、絶対に間違っている。
「阿燕さんは輝瑠さんを身代わりとする事で誘拐を免れ、生き延びる事が出来ました。しかし、自身のしてしまった事に罪を感じ、自身が本当の豊岡阿燕であると名乗り、輝瑠さんの移し身として今まで生きて来ました」
阿燕と須貝の境遇と関係を知り、精神的に辛くなって来た俺に湖晴は説明を続けて来た。
・・・・・そうだ。俺なんかが落ち込んでいても、状況に変化は訪れない。2人の誤解を解いて和解させたいのなら、今は阿燕を探しながら湖晴との会話を進めるべきなのだ。
「一方、その頃輝瑠さんは何をしていたのか。何らかの要因で家から持ち出していたお金や元々あった知識で犯人グループを掌握し、生き延びる事が可能になりました。そして、自分を身代わりにした阿燕さんの事を恨み、その掌握した犯人グループを使って先程述べました2つの事件を引き起こしたのです」
「じゃあ、何で昨日、須貝は阿燕を殺さなかったんだ?殺すチャンスなら幾らでもあったはずなのに」
「おそらく『ただ殺すだけ』では物足りないのでしょう。自分の居場所を奪われたのですから。もっと残酷な、残虐な手段を使おうとしているのではないかと」
「そして、その弊害と成り得る俺の情報を調べ、殺す事無くわざわざ阿燕を眠らせる事によって、俺の近くに寄って来た」
「これが、事件の全容だ、と言えるでしょう」
12年前に起きた空き巣事件。それによって引き裂かれた2人の姉妹。
当時妹である阿燕は、理不尽な理由で自身が両親から見捨てられた事に対して抗う為に、自らを姉と名乗り、生き延びた。その結果、当時姉だった須貝が代わりに犯行グループに誘拐された。
阿燕は苦しんだ。自身がしてしまった、たった1つの大き過ぎるミスを悔やんで。だから、死亡扱いになってしまった実の姉である須貝の移し身として生きて来た。体が弱かったのに、須貝の事を演じる為にソフトボールを始めた。
その頃、阿燕の身代わりとして犯行グループに誘拐されてしまった須貝は、自身の生存の為にその頭脳と偶然所持していた莫大な金を利用して犯行グループを掌握。生存するだけに留まらず、利用する事まで可能になった。
須貝は阿燕の事が憎かったのだろう。阿燕が須貝の移し身として生きている事を須貝が知っていたのかは分からないが、それでも、本来自分がいるはずの場所に代わりに妹が居座っている。それを知った時は辛かったはずだ。嫌だったはずだ。自分の居場所が無くなった事が。
だから、須貝は阿燕の事を殺そうとした。掌握した犯行グループを利用して、あらゆる方法で。時には学校内に大量のトラップを仕掛けて。時には自分の手駒を利用して、偶発的に見せながらも阿燕を傷付けた。
どちらも、俺と湖晴が完了した阿燕の過去改変によって、この世界では特に悪い方向には向いていない。だが、その両方が悪い方向に傾いていた世界もあったのだ。過去改変前の世界を知っている俺は、その世界を知っている。
そんな俺の存在を、阿燕殺害の弊害に成り得ると考えた須貝は俺の個人情報を調べ上げ、阿燕を催眠ガスで眠らせてまで入れ替わり、直接会話をした。わざわざ俺に無駄な推理をさせる為に、自分の仲間を自分自身に見せ掛けてまで。
全ては阿燕を殺す為。それも、普通の殺し方ではなく、残酷な残虐な方法で行う為。
だが、そんな事はさせない。阿燕には死んで欲しくはないし、須貝にも誰も殺して欲しくはない。元々仲が良かったはずの2人の姉妹の誤解を解き、和解させる。過去改変をしなくても良い様にする。それが今回の俺の・・・・・、
「あれ?ちょっと待てよ?それだったら、今は?」
「?」
言い掛けた時、俺はある事に気が付き、口を開いた。
「今、阿燕は須貝に追われているはずだ。話の流れ的にもタイミング的にも、それ以外は考え難い」
「ですから、こうして走りながら・・・」
「そうではなくてだな。湖晴の推理では須貝は阿燕を普通じゃない方法で殺したいんだろ?」
「おそらく。そうでないなら、これまで阿燕さんが輝瑠さんに殺害されていない理由が分かりませんし」
「だったら、やっぱりおかしくないか?何で須貝は、平日の夕方のまだまだ明るい時間帯に阿燕を追っているんだ?無関係の人に目撃される可能性が非常に高いし、そもそも殺害方法としては全然普通じゃないか?」
須貝が小学校に上がる前に犯人グループを掌握出来てしまう程の才能の塊なら、こんな方法は絶対にしないはずだ。須貝にとったら、不利益な事ばかりだからな。心境の変化、と言う可能性もほとんど考えられないだろう。
「追い付いてから拘束して、何処かへと運ぶ可能性もありますが・・・・・」
「取り合えず、阿燕に追い付いてからだな。1度連絡を取ってみるよ。場所的には大分近いはずだしな」
「はい」
俺と湖晴は走るのを止め、歩き始めた。俺はポケットに入れてあったスマートフォンの画面をタッチして行き、阿燕の電話番号を選択して電話を掛けた。
「もしもし、阿燕か?今何処・・・」
『え!?何!?上垣外!?』
電話を掛けたすぐ後に通話が繋がった。それと同時に、阿燕の息切れしそうになっている様な、焦り驚いている様な声が聞こえて来た。
「そうだが・・・・・まだ追われているのか?何人に追われてる?」
『追われてるわよ!1人に!』
「1人?須貝だけに、か?」
『良く分かったわね!何か良く分からないけど、話し掛けたらいきなり追い掛けて来たのよ!手にナイフみたいな物も持ってるし!』
俺の推測では、阿燕は須貝とその仲間達に追われていると思っていたのだが、違ったのか。いや、途中で二手に分かれたとかそう言う感じかもしれない。
と言うか、阿燕の奴、須貝に話し掛けたのか。まあ、阿燕本人は須貝が自分の姉である事なんて知らないから無理も無いが、それは火に油を注ぐ様な物だ。しかも、たまたま須貝の機嫌が悪い時に話し掛けてしまったのだろう。だから、阿燕は須貝に追われているのだ。
「状況は大体分かった。それで、今はどこら辺を走っているんだ?」
『えっと・・・・・正確には分からないけど、暗い所!場所的にはさっきとほとんど変わってないと思うけど、そんな事はどうでも良いの!私を助けて!上垣外!』
「よし!待ってろ!すぐに追い付いてやる!」
俺は台詞を言い終わったとほぼ同時に通話を切った。その瞬間、俺の中でソレが閃いた。つい昨日手に入れたばかりのアレがもう役に立つとは、思いもしなかった。これで阿燕と須貝の中を和解させる事が出来るかもしれない。
俺が俯きながら黙り込んでいると、湖晴が不思議な物でも見たかの様な雰囲気で俺に話し掛けて来た。
「?次元さん?どうかされましたか?」
「・・・・・名案が浮かんだ」
「名案?」
「自分で言うのも何だが、丁度良いタイミングだ。早くも、例のアレを渡す時が来た」
「あの、一応言っておきますが、今は非常時ですよ?」
湖晴はどうやら、俺がふざけている様に思ったらしい。まあ、無理も無い。『例のアレ』などと言う、至極曖昧な表現を持ってして会話をしていたのだから。
「ふざけてなどいない。湖晴、今から俺は阿燕を探して合流した後に家に戻る」
「はい。最初からその予定でしたが」
「悪いが、湖晴には例のアレを取って来て貰いたい」
「すみません。『例のアレ』がよく分かりません」
俺の謎のテンションに付いて来れなくなったのか、湖晴が困った様な顔をして、こちらを見て来た。俺は湖晴に歩み寄り、耳元でソレを囁いた。
「ほら・・・・・」
俺がソレとソレをどの様に利用するのかを湖晴に言い終わると、湖晴はようやく納得したみたいで、今度は真剣な表情で考え始めた。そして、湖晴の中で考えが纏まったのか、俺に話し掛けて来た。
「・・・・・成る程。それなら確かに、阿燕さんと輝瑠さんを和解させる事が可能かもしれませんね」
「ああ。時間停止とか時空転移とか何でも使っても良いから、俺と阿燕の帰宅を待たずに、俺の元へと持って来てくれ」
「分かりました。次元さんもお気を付けて」
「ありがとな。湖晴も、何か危なくなったらすぐに逃げろよ?俺は、湖晴にだけは傷付いて欲しくないんだ」
「・・・・・え?え、えと・・・・・」
・・・・・ん?湖晴の様子が何か変だ。顔から耳まで真っ赤になっており、何と言うか、オドオドしているみたいな?キョドキョドしている、と言った方が分かり易いだろうか?いや、どちらにせよ、言葉では今の湖晴の様子は表現し難いな。
「どうした?」
「い、いえ!何でもありません!すぐに取って来ます!」
「あ。でも、タイム・イーターの残りの電力の事も考えて、急ぐ必要も無いからー・・・・・・って、行っちゃったよ。まあ、良いか」
俺の台詞を最後まで聞き届ける事無く、湖晴は全力疾走して行った。
湖晴の様子が何やらおかしかったが、阿燕と須貝の過去・境遇・関係が判明した今なら、2人の誤解を解く事が出来るだろう。阿燕のおおよその場所も把握しているし、2人の仲を生き別れになる前の状態に戻す事だって出来るはずだ。
俺は今自分がするべき事を再確認し、阿燕の元へと走った。