第23部
【2023年09月26日16時43分55秒】
阿燕を探し始めてもう随分経った。つい10分くらい前まではグラヴィティ公園内にいたが、途中で湖晴と会い、走りながら会話をしていると、何時の間にかあの路地裏の近くまで来ていた。正確にはあの路地裏の近くの駅前の商店街の様な広場の様な場所だ。今は平日の夕方の為、人通りはそれなりに多く、賑わっている。
と言うか、こんなにも人が多い所で阿燕は一体何をどうしたら須貝達に追われる事になったんだ。いや、まだ阿燕が須貝達の追われていると言う確証は無いが、おそらくそれで合っているだろう。
俺と湖晴はそれなりに多い人混みで逸れない様に手を繋ぎ、走るのを止めて歩いた。人が少ない場所に出ると、俺達は再び走り始め、阿燕を探した。
「次元さん。そろそろ、お話を再開しても宜しいでしょうか?」
「ああ」
暫く人混みのせいで会話が進んでいなかったので、改めて1度前置きをした上で、湖晴は俺に『本当は実の姉妹と思われる』阿燕と須貝の過去について話し始めた。
「えっと、名前が変わっているとか2人が入れ替わっているとかで、本名がどれか分からなくなるから、それぞれの今の名前で話してくれるか?」
「はい。了解しました」
即ち、2人が実の姉妹であり、生き別れになっていたとしても、阿燕と須貝の存在が入れ替わっていたとしても、阿燕は豊岡阿燕、須貝は須貝輝瑠、として話を進めようと言う事だ。そうしないと話がややこしくなるからな。
勿論、過去についての話をする場合は一時的にそれぞれの本名(親から付けられた方の名前)で説明するかもしれないが、阿燕を探す為に走りながら会話をしているとやはり集中して話を進める事が出来ない為、頭の中がこんがらがってしまうからな。だから、出来る限りは統一して話して貰おう、と言う意味で俺はその台詞を湖晴に言ったのだ。
「それでは、あくまで私の推測ですが、輝瑠さんが何故阿燕さんを狙うのか。その理由についてお話します」
「おう」
「12年前、阿燕さんと輝瑠さんの家に空き巣が入りました。その時、お二人の両親は仕事中で家にはお二人しかいなかったそうです。そして、暫くはその空き巣の目から逃れる事が出来ました」
「だが、見付かったんだな?」
「はい。空き巣が入ってから暫く経った後、お二人は見付かり人質にされました。豊岡家宅の中に異変を感じた近隣住民が警察に通報し、豊岡家宅の周りには数人の警官、数台のパトカー、大勢の野次馬、そしてお二人のご両親がいたそうです」
随分と詳しく調べあげたんだな。湖晴のその言い様は、俺の事を実際に12年前のその現場にいる様な感覚にさせた。つまり、そのくらい容易に想像出来る様な言い方だったのだ。
そう言えば、その空き巣の人数は四人のはずだよな。過去改変前の阿燕が言っていた事を思い出すと、そうなる。阿燕を誤って撃った1人の警官と、銀行強盗をした犯人が3人。
もしかしたら、他にも何人かいたのかもしれないが、そんな事を言い始めたら切りが無いからな。俺の脳内想像では、その空き巣犯は4人と言う事にしておこう。
そして、適当な事を考えていた俺に対して、湖晴が続けて話し掛けて来た。
「逃げ場が無くなった犯人は人質のお二人を盾に、1人に付き5000万円と、逃走経路等を要求しました。長い交渉の末、どうなったか、分かりますか?」
「え?取り合えず犯人側に要求された物を渡しておかないと何も始まらないだろ?現金とかは後で帰って来る保障は無いとは言え、自分の娘2人の命が関わっているのだから、普通は何とかするだろ」
人の命は金とは釣り合わない。ましてや、自分の可愛い2人の娘が人質に取られているなら尚更だ。少なくとも、俺がその時の阿燕と須貝の両親だったらそうする。
「『普通は』そうかもしれません。ですが、お二人のご両親はそれをしませんでした」
「え・・・・・?」
「当時姉の輝瑠さんの分のお金しか犯人側には払えないと言ったのです。豊岡夫妻は有名な工事業社の上層部だったのに」
「ちょ、ちょっと待て。そうしたら阿燕は?阿燕はどうなるんだ?」
何だ?何が起きた?今湖晴は平然と何を言った?
「犯人側は『助けられなかった方』即ち『阿燕さんを殺害する』つもりだったみたいです」
「2人の親は、それで良かったのかよ・・・・・」
「これも事件当時の近隣の状況等を調べた結果なのですが、姉である輝瑠さんは何でも出来る少女、妹である阿燕さんはごく平凡な少女だったそうです。しかも、阿燕さんは体が弱く、小学校に入るまではスポーツなんてした事も無かったそうです」
「だから、何なんだ」
「お二人のご両親は、平凡な妹である阿燕さんを見殺しにして、優秀な姉である輝瑠さんだけを助けようと考えたのです」
「何でそんな事を・・・・・阿燕を見捨てる、だと・・・・・?阿燕の両親が・・・・・・!」
阿燕と須貝の両親は親失格だ。何を考えているんだ。自分の娘が人質にされているんだぞ?取り合えず、現金を渡しておけば返すと言われているんだぞ?
それなのに、勝手に能力に優劣を付け、挙げ句の果て、劣っていた阿燕を見捨てるだと?金は払えたかもしれないのに?そんなのは、絶対におかしい・・・・・!
俺の中で抑えきれない様な怒りが込み上げて来た時、そんな俺を落ち着かせる為に、湖晴がいつもの様に冷静に話し掛けて来た。
「次元さん。お二人のご両親に怒りを覚えるのは分かりますが、まだ話は終わってはいません」
「・・・・・悪い、熱くなり過ぎた。続けてくれ」
「はい。この時に『入れ替わり』が発生しました」
「この時に?」
それはつまり、両親に見捨てられた阿燕が自らが姉であると名乗り、それによって代わりに須貝が誘拐された、と言う事になるのか。
成る程、確かにそれなら阿燕が言っていた『姉を失った』と言う台詞と、書類上の事実である『阿燕には姉はいない』と言う事に辻褄が合う。そこまで考えていたとは、流石湖晴だ。
「その瞬間、阿燕さん即ち本名豊岡那鞠さんは豊岡阿燕を名乗った事により生き長らえ、輝瑠さん即ち本名豊岡阿燕さんはそれにより豊岡那鞠と言う1人の人間になりました」
「阿燕はそれを分かってしていたのか?」
「分かりません。正確な事は、どの資料にも載ってはいませんでした。まあ、当然と言えば当然ですが」
「何処かの資料に載っていれば、その事が公になっている、と言う意味だからな」
普通は姉妹の入れ替わりなんて誰も疑わないし、そもそもそんな可能性さえ考えない。それが普通だ。もしそれが公になっていたのなら、大問題だし、世間はそれを許しはしないだろう。
「それで、その後のどの様な変化が湖晴に『阿燕と須貝が入れ替わっていると言う事を確信させたんだ?」
「事件後暫く経って殺害される事無く犯人達に誘拐された輝瑠さんは正式に死亡と発表されました」
「うん。それは聞いた」
何度目だろうか。湖晴との会話は、走りながらしているにも関わらず結構長いからな。もう回数なんて忘れた。
「異変は小さな所からあったそうです。どれも聞いた話だったり資料の情報だったりで申し訳無いのですが・・・・・輝瑠さんと入れ替わった阿燕さんは小学校に入った頃にソフトボールを始めたみたいなんです」
「そんなに昔からしていたのか」
「感心すべき所はそこではありません」
怒られた。
「輝瑠さんは幼い頃からソフトボールと剣道の2つをする事が得意だったみたいなのです」
「だが、須貝は阿燕と入れ替わっていて、犯人達に誘拐されたんだろ?」
「その通りです。それなら何故、体が弱かったはずの阿燕さんはソフトボールなんて出来たのでしょうか?」
「ん?その話を聞いていると、別に阿燕と須貝が入れ替わっていない様に聞こえるのだが?」
須貝は元々何でも出来て、ソフトボールと剣道をする事が得意。それならば、小学校に上がった時にそのどちらか、もしくはその両方をしても何の不思議も無い。
逆に、平凡な少女で体が弱い阿燕が、小学校に上がった際にいきなりソフトボールを始めた方が違和感満載だ。いや、入れ替わっている事が両親にすら知られていなかったから、その違和感を感じた者はいなかったとは思うが。
「いえ、その様に考える事も出来ますが、この様に考える事も可能なはずです」
湖晴にはまだ何か考えがあるみたいだ。俺は黙って、湖晴の次の台詞を待った。
「阿燕さんは自分が輝瑠さんの代わりに生き長らえてしまった事に罪を感じ、自らを豊岡阿燕と名乗り、輝瑠さんがそれまでして来た事を引き継ぐ事でそれを償おうとした、と」
「流石にそれは考え過ぎじゃないか?」
「そうかもしれません。ですが、先程お話したように『阿燕さんの台詞は正しく』『資料の内容も正しい』とした場合の結論が『阿燕さんと輝瑠さんの入れ替わり』である以上、こう考える他は無いのです」
「確かに、湖晴に言われると説得力はあるが・・・・・」
湖晴の台詞には説得力があるが、それでも何か忘れてないか?阿燕が須貝の代わりに生き長らえ、死んだと思われていた須貝の分身として阿燕は人生を真っ当した。
そうだ。だったら、須貝は?阿燕の代わりに誘拐され、こうして再び阿燕の前に現れた須貝は、それまで一体何をしていた?
「どうかされましたか?」
「阿燕がそうやって須貝と入れ替わってしまった事に対する償いをしている間、誘拐された須貝は何をしていたんだ?」
「事件後、豊岡家宅の床にあった金庫はこじ開けられており、中身がほとんど入っていなかったそうです」
「ん?何でそんな話を?関係があるのか?」
阿燕と須貝の両親は工事関連の会社の上層部に入っていくらいだから、それなりに儲けてはいたはずだ。金庫の1つや2つ、別に驚きもしないのだが。
「はい。大有りです。普通、誘拐された子はその後どうなるか分かりますか?」
「・・・・・人質?」
「ですが、お二人のご両親がお金を支払う気が無いと言う事は既に判明しています」
「だったら・・・・・」
「大抵はその場で処分してしまうでしょう。まだ6歳前後の少女ですし、色々と大変でしょうから、尚更」
さらっと残酷な事を述べた湖晴。だが、今はそんな事を気にしている場合ではない。俺は気を取り直して、湖晴に説明を求めた。
「だが、須貝は今も生きているぞ?しかも、完璧人気アイドルとして」
「そこで、紛失した金庫のお金が登場します」
「え?それって、犯人達が盗んだ物ではなかったのか?」
「大半はそうだったかもしれませんが、予め何らかの目的で輝るさんがその内の幾つかを所持していたら?もし、それの額がかなりの物だったら?」
「犯人達はそれを欲しがるだろうな」
犯人達はおそらく金が目当てで空き巣に入ったはずたから、尚更だろう。
「ですが、私は輝瑠さんが何もする事無く犯人達にお金を奪われる事だけはしなかったと思うのです」
「だったら、須貝は何をしたって言うんだ?」
「おそらく・・・・・」
そして、湖晴はその台詞をやけに強調させて言った。
「『犯人グループを掌握した』のだと思われます」