第22部
【2023年09月26日16時36分27秒】
俺と湖晴は須貝に追われていると思われる阿燕を探す為に原子市内を、須貝の過去と目的について話しながら走っていた。目的地は、過去改変前に俺が阿燕を見付けたあの路地裏だ。
「それでは、次元さん。私が次元さんの話して下さった内容から推測した『輝瑠さんの過去と何故阿燕さんを狙うのか』についてお話しします」
俺の隣で俺と同様に走っている湖晴が、そんな台詞を言って来た。今の俺は単独で阿燕を探している訳ではないので、湖晴と逸れない様に早過ぎない程度の速度で走っていた。とは言っても、やはり走りながらなので、湖晴はその台詞を言うのが少しばかり辛そうだった。
出来る事ならば、湖晴には辛い思いをさせたくないが、今はそうは言ってはいられない。今は一刻を争うのだ。少しでも早く阿燕を見つけ出して、須貝やその仲間から開放してあげなければならない。だから、湖晴には悪いが、もう暫く俺と会話しながら阿燕を探して貰おう。
「次元さん?」
「え?あ、ああ。悪い。続けてくれ」
俺が湖晴に返事もせずに黙々と走っていたからなのか、湖晴が心配そうな顔をして俺の事を見て来た。俺が返事をすると、湖晴は自身の考え出した推測を淡々と述べて行った。
「まず、阿燕さんと輝瑠さんの関係ですが、お二人はおそらく『姉妹』です」
「・・・・・は?」
え?何だって?湖晴は『阿燕と須貝が姉妹』だと言ったよな?湖晴の事だから何か根拠があって、俺にそういったのだろうが、流石にそれは無い。どう考えたら阿燕と須貝が姉妹と言えるんだ。これまでの俺の集めた情報の中で考えても、どうやってもその結論は出ない。
俺は少々驚き呆れながらも、湖晴の言葉を否定しながら返答した。
「ちょ、ちょっと待て。何でそう考えたかは分からないが、それは無いだろ」
「そうとは言い切れませんよ?」
「いやいや。そもそも苗字が違うし、2人共別々の家庭があるんだぞ?」
そうだ。阿燕にも須貝にもそれぞれ家庭がある。須貝の『家庭事情が~』とか言う台詞も何らかの意味があるのかもしれないが、少なくともこの事とは無関係だろう。
「阿燕さんは確か、12年前にお姉さんを失っていましたよね?」
「ああ」
「その事なのですが、念の為調べてみると『阿燕さんにお姉さんはいない』と言う事が分かりました」
「ど、どう言う意味だ?阿燕が俺に嘘を・・・・・付く訳無いよな」
タイム・イーターで検索を掛けたのか、ネットで調べたのか詳しい事は分からないが、湖晴の『阿燕にお姉さんはいない』と言う台詞は正しいのだろう。というか、1つ1つ嘘か真かを確かめて言ったら日が暮れてしまう。なので、ここではその台詞が事実である事を前提に話を進める。
だが、そうすると話が食い違ってしまう。事実は『阿燕にお姉さんはいない』つまり『阿燕が失ったのは姉ではなく妹だった』と言う事、しかし、阿燕自身は『お姉さんを失った』と言った。阿燕からは何度か聞いた台詞なので聞き間違いや言い間違いの可能性は低いと思われる。
しかし、そうだとしたら余計に話の訳が分からなくなる。どちらが真実なんだ?どちらも嘘の可能性は低い。いや、両方とも真実の可能性もある。でも、この2つの事柄は片方しか存在出来ない。片方が存在するともう片方の存在が矛盾してしまうからな。
「はい。阿燕さんは『ご自分のお姉さんが誘拐された』と言う事に関しては、次元さんに嘘を付いてはいません」
「そうだよな。だったら・・・」
「ですが、そもそも豊岡阿燕と言う名前が阿燕さんの本名ではないとしたら?」
「え・・・・・?」
つまり、阿燕は阿燕ではない、と言う事になるのか?だとしたら、阿燕は一体誰なんだ?阿燕の本名は何なんだ?
俺がその事を聞く前に、湖晴は説明を続けた。
「私は阿燕さんが次元さんに言った事と書類上の事実が食い違っている事に違和感を感じました。でも、阿燕さんがわざわざ次元さんに嘘を付く理由も見当たりませんでした。なので、その両方を共存させる事が出来る結論は無いか、考えました」
「・・・・・それが、阿燕と須貝が姉妹であると言う事だったのか?」
「はい」
「だが、ここまでの情報だと、俺にはその結論に辿り着ける検討が全く付かない」
「でしょうね。まあ、その事も含めて今からお話しますが」
湖晴は俺の話した事と、独自に調べ上げた事を纏めて話している。だから、俺が推測出来ない範囲の事も推測出来ている。
だから、湖晴にとっては俺が湖晴に質問攻めをする事は計算済みだったのだろう。俺の頼りない台詞を、恰も予知していたかの様に返答し、そして、阿燕と須貝の知られざる過去の説明を再開した。
「豊岡阿燕さんは12年前に空き巣に入った犯人4人によって、妹である豊岡那鞠さんを誘拐されています。那鞠さんとその誘拐犯4人は事件後行方が分からなくなり、数ヵ月後に正式に死亡と発表されました」
「そうだったのか・・・・・」
「次元さんはここまで詳しくは知らなかったと思いますが、これは事実です。調べましたから」
「それで、それがどう関係するんだ?」
「話は大分飛びますが、阿燕さんの過去改変の直前の出来事を思い出して下さい」
「過去改変の直前の出来事?路地裏で警官を撃っていた事か?」
阿燕の過去改変直前、もう事件を起こす事も無いだろうと踏んでいた俺の耳に突然聞こえて来た銃声音。それを頼りに俺は路地裏に入って行き、手に拳銃を持っている阿燕と血塗れになった警官を発見した。
その後、その現場に駆け付けた警官によって阿燕は腹部を撃たれた。出血多量で今にも死にそうになっていた阿燕を見た俺は、湖晴にタイム・イーターを起動させるように言った。そして、過去改変をして成功したと言う訳だ。
「はい。その時に阿燕さんはご自分の過去について何か言ってはいませんでしたか?」
「阿燕のお姉さんを誘拐したのと、阿燕の目が失明した原因である警官1人と銀行強盗犯3人は元々グルだった、くらいか?」
「その通りです。もう、答えは出ましたよね?」
「いや、全然」
湖晴は俺に何を気付かせたいんだ?阿燕が俺に言っていた事と書類上の事実を真実とし、12年前の誘拐事件と去年の3月に起きた銀行強盗事件。それらや、それ以外の些細な事を含めても『阿燕と須貝が姉妹である』と言う事柄は浮かび上がっては来ない。
勘が悪い俺に疲れて来たのか、1度小さく溜め息を付いた後、湖晴はある事を俺に気付いて貰う為に説明を続けた。
「・・・・・私がここまで話して来た内容を『阿燕さんと輝瑠さんが姉妹である』と言う事を前提に話すとどうなるか。想像してみて下さい」
「えっと、12年前に阿燕のお姉さん・・・・・いや、阿燕にお姉さんはいないんだった。じゃあ、妹・・・・・でもないな。阿燕はお姉さんと言っていたんだし・・・・・って、あれ?」
「まず最初に引っ掛かるのが、阿燕さんは姉なのか、妹なのか、と言う事です」
そうだ。そもそも、この1番最初に片付ける必要がある2つの事が矛盾しているのだ。片方しか存在出来ないはずなのに、その両方が存在している。正直言って意味不明だ。何がどの様に絡まってしまうとこの様な結論になると言うのか。
「そうだよな。だが、3人姉妹だった可能性も・・・」
「それはありえません。書類上では1歳差の2人姉妹でしたし、現代日本では書類上にいない人間・・・・・が存在する事はほぼ不可能です」
台詞の途中、湖晴は少し間を開けた。湖晴が言った『書類上にいない人間』が、湖晴自身だったから。阿燕と須貝の過去について、余計な選択肢を減らす為にあえて言ったのだろうが、その言葉が自分自身を指す物になるとは、言い終わってから気付いたらしい。
湖晴は本当は死んでいる扱いになっているのだ。学校の屋上から飛び降り、その死が確認される前に行方不明になった。だから、今俺の隣で走り続けるこの白衣の女の子は行方不明者であり、書類上では志望者なのだ。
俺はそんな湖晴の気持ちを察し、気付かなかったふりをして、話を続けるように促した。湖晴は俺が湖晴の辛い過去を知っている事を知らないからな。今の俺には知らないふりしか出来ない。
「そうか。続けてくれ」
「書類上の事柄と阿燕さんの台詞、その両方が正しいとすると普通は矛盾が生じます。ですが、こう考えれば、丸く収まってしまうのです」
そして、湖晴は言った。静かに、強調させるかの様に。俺にとっては衝撃の事実を。そして、須貝が阿燕を狙う犯行動機を。
「『阿燕さんと誘拐された那鞠さんが入れ替わっている』と」
「!?」
「つまり、誘拐されたのは本当の豊岡阿燕さんであり今は須貝輝瑠さん、次元さんのお知り合いの豊岡阿燕さんの本名は豊岡那鞠さん、と言う事になります」
「い、いや、ちょっと待て!そんな、入れ替わりなんてそう簡単に・・・・・あ」
俺は『入れ替わりなんてそう簡単に出来る訳が無い』と言おうとした。しかし、その言葉を湖晴に言う前に『人間の入れ替わり』が可能である事を思い出した。しかも、その現場をつい昨日、この目で目撃したばかりだったのだ。
「・・・・・そうだった、須貝は俺の素性を探る為に阿燕と入れ替われたんだ・・・・・!」
いくら薄暗い体育倉庫内とは言え、全くの赤の他人が誰かを演じる事は困難だ。物真似だったり変装だったりに特化している人間ならともかく、須貝は1アイドルに過ぎない。ドラマとかで何らかの役を演じるのと、実在する人間を演じるのは多き違うからな。
だが、演じる対象が妹だったらどうだ?いくら別人でも、家族ならば似ている点も少なからず存在する。実際問題、体育倉庫内で須貝が阿燕に変装していると言う事に俺は、最後になってようやく気付けたのだから。それ程までに、阿燕と須貝は似ていたのだ。
「思い出されましたか。高校生になった今でも体育倉庫内で次元さんの目を欺く事が出来る程に2人は似ているのです。ましてや、個性が生まれる前の幼稚園生の頃なら、ほとんど見分けは付かないでしょう」
「そう考えれば、確かにそうだ。2人は明るい髪色をしており、目の色も同じ。体格は少し違うが、同じ髪型をすればほぼ同一人物になる・・・・・」
俺が阿燕と須貝の髪色に何か近しい物を感じ取ったのも、阿燕が須貝の事を何時か何処かで見た事があると言ったのも『須貝が阿燕の実の姉』だったからだったのか。
言われてみれば、色々と思い当たる所がある。その時はよく分からなかった阿燕と須貝の言動1つ1つに意味があった様な気がして来る。おそらく2人共、無意識だったのだとは思うが。
分かり易い所で言えば、須貝が言っていた『他人の家庭事情に首を突っ込まないで欲しい』と言う様な内容の台詞。あれはつまり、まんま『阿燕と須貝が実の姉妹である』と言う事を意味していたのではないか?だから、俺が何かに気付きかけた時に、須貝は強引に話を変えた。『俺にその事を気付かれる訳に行かなかったから。
「その通りです。そして・・・・・」
俺の脳内思考が一通り済んだ後、湖晴が会話に一段落を付け、全ての事の真相を話し始めた。阿燕と須貝と言う、引き裂かれた2人の姉妹の過去の真相、その全てを。
「この阿燕さん、もとい本名豊岡那鞠さんの入れ替わり行動が、全ての引き金だったのです」