第21部
【2023年09月26日16時30分59秒】
何でなんだ・・・・・何で、そんな急に・・・・・!
俺は須貝とその仲間に追われているのであろう阿燕を探して助け出す為に、グラヴィティ公園内を全力で駆けていた。目的地は阿燕の過去改変直前に、俺が阿燕を見付けたあの路地裏だ。
これまでの俺の経験を考えると、おそらく過去改変前に過去改変で関係した場所が過去改変後の世界でも関係しているはずだ。だから、俺は迷う事無く、あの路地裏を目指した。
それにしても須貝の奴、いくら昨日が『ただの』下見で今日からが本番だと言っていたとは言え、話の展開が急過ぎる。それも、今はまだ全然明るくて人通りの多い平日の夕方だぞ。
何を考えているんだ、一体。いや、過去改変対象者になるであろう人物の思考は、その人物の元々の思考とやや食い違っている所があるから何とも言えないが、昨日体育倉庫内で俺が話した須貝はこんなにも早くの決着を望んでいる様には思えなかった。
須貝去年の3月の阿燕が過去改変対象者になった原因であるあの事件を知っており、俺の事も少なからず調べ上げている。そこまで用意周到な奴が『今日は下見だけ』と言った次の日に行動を起こすのか?
『下見だけ』と言う言葉が偽りなら、その日の内に俺や阿燕を襲撃する為に来たはずだ。だが、それは無かった。だから俺は、暫くは須貝はその『下見』に時間を費やすだろうと踏んでいた。
しかし、須貝は今日この時に阿燕の事を襲撃した。阿燕と須貝の間に何があったのかは分からない。
だが、今は阿燕を助ける事が最優先だ。
俺はようやくグラヴィティ公園の出口を抜け、駅近くのあの路地裏を目指そうとした。その時・・・・・、
「次元さん!」
突如、前方不注意になっていた俺の目の前に湖晴の姿が見えた。俺と湖晴は危うくぶつかりそうになったが、そんな事などお構い無しに湖晴は俺に話し掛けて来た。
ただの偶然で会ったのか、何か用事があって俺の事を探していたのかは分からないが、一先ず、今は湖晴と一緒に立ち止まって世間話に花を咲かせている様な余裕はない。
今は一刻を争うのだ。だから、湖晴やタイム・イーターの力を借りて、少しでも早く阿燕を見付けて助け出さなければならないのだ。
「悪い!今は阿燕を・・・」
「次元さん、待ってください」
「何だ!立ち止まって話す時間は無いから、湖晴も走りながら話すぞ!」
「実は、須貝輝瑠さんについて新たに分かった事・・・・・いえ、タイム・イーターから告げられた事があります」
「何・・・・・?」
阿燕を少しでも早く見付けて助け出さなければならない、と言う使命感により非常に焦っていた俺の事を落ち着かせるかの様に、湖晴はいつも通り冷静にそう言った。
俺は焦る心を少しだけ落ち着かせ、今の状況を正確に整理する為に立ち止まって、湖晴との会話を開始した。
「それはつまり、どう言う意味なんだ?」
「もしかすると、次元さんは既に気付いていらっしゃったのかもしれませんが・・・・・」
そして、湖晴は少し間を開け、俺にゆっくりと静かに告げた。
「『須貝輝瑠さんは私にとっては28番目、次元さんにとっては5番目の過去改変対象者です』」
「・・・・・そうか・・・・・やっぱりな」
やはりそうだったか。俺は最初から何かが変だと思っていた。世間では完璧人気アイドルで通っている須貝が、俺達2人を殺そうとしているなんて、普通はありえない。
理由は何なのかは分からない。だが、これだけは言える。須貝は『俺が知らない所で既に重犯罪を起こしている』。そうでなければ、タイム・イーターが反応する訳ないからな。
俺が少し考えていると、湖晴が再び話し掛けて来た。
「昨日は私も次元さんも集中出来ていなかったのであまり話が進みませんでしたが、今日一人で考えていて分かった事があったんです。次元さんが話して下さった体育倉庫閉じ込めの件や輝瑠さんの過去についてなのですが、お話しても宜しいでしょうか?」
「ああ・・・・・だが、ここでは流石に不味い。もし、須貝の仲間が俺達を監視していたりすると不味い事になるし、出来る事ならば阿燕の居場所を探す時間も欲しい。だから、移動しながら話してくれ」
「・・・・・分かりました」
俺は湖晴が真剣な顔で1度頷くのを確認すると、すぐに走り始めた。湖晴もその俺の後を付いて来た。
勿論、須貝の仲間に湖晴との会話を聞かれるのは不味いし、阿燕の居場所も探しておきたい。だが、俺はそれ以上に気になっている存在があった。
杉野目だ。杉野目はある科学結社のトップであり、自称予知能力者であり、色々と謎多き女の子だ。何時どんな行動に出るかが全く予想出来ない。
それに、俺の事を監視している、と言う説もある。だから俺は、それら3つの目的を達する為に湖晴に『移動しながら話そう』と言ったのだ。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
走りながら、俺と湖晴は会話を進めた。過去改変対象者に選ばれた須貝の過去、そして、何故俺や阿燕を狙うのかについて。
俺も湖晴も走りながら話している為、少し息が上がりながら会話をしていた。
そう言えば、こんな場面が前にも・・・・・そうか。湖晴と初めて出会ったあの日、音穏を探しに行く時と同じだったか。
「それで、どんな事が分かったんだ?」
「輝瑠さんは体育倉庫で次元さんにご自分で、次元さんと阿燕さんを狙っている、と言ったんですよね?」
「まあ、要約すると、大体はそんな感じだな」
「その理由は何か言っていましたか?」
「いや、特には」
と言うか、須貝が何故俺と阿燕を狙っているのか、俺と阿燕に何の恨みがあるのか、その事が分かれば苦労しない。それさえ分かれば、後は過去改変するだけだしな。
だが、須貝は何か言っていなかっただろうか?何か重要な、いや重要でなくても構わない。何か・・・・・あ。
ふと、須貝の1つの台詞を思い出した俺は、俺の隣で考えながら走っている湖晴に声を掛けた。
「そう言えば」
「どうかされましたか?」
「須貝が言っていたんだ。俺が須貝に『何で俺達を狙うんだ?』と聞いた時に、須貝は『人の家庭事情に首を突っ込まないで欲しい』と言う様な内容で答えたんだ」
つまり、阿燕と須貝はそれぞれ家庭に何らかの問題を抱えており、どちらかの問題が拡大した事により・・・・・あれ?それで、その後はどうなるんだ?
家が近所だとしても、他人の家庭事情が別の他人に伝染したり、被害が及んだりする事はほとんど無いはず。
それに、阿燕は何年か前にお姉さんを失っていると言う事を除けば、普通な家庭だったはず。まあ、これは俺の推測に過ぎないが、普段の阿燕の調子を見る限りでは家庭事情に難がある様には思えない。
しかも、犯人側である須貝も同様だ。何かのテレビでは『兄弟姉妹はいないが、幸せな家庭で過ごしている』と言っていた気がする。
流石にプライバシーの権利とかで須貝の両親はテレビには出演していなかったが、それでも、アイドル業を完璧と呼ばれる程にこなしている須貝が家庭事情に難がある様には思えない。
結論。須貝のあの台詞に特に深い意味は無かった。多分、俺の聞き間違えか、須貝の良い間違えだろう。
ある程度考えた俺は、自分の言ったどうでも良かった台詞を訂正する為に、再び湖晴に声を掛けた。
「悪いな。どうやら俺の思い違いだったみたいだ。少し考えてみたが、阿燕と須貝の家庭事情はおそらく健全だろうからな」
今さっき俺が考えた様に。しかし、そんな俺とは逆に、湖晴は何かに対して確信した様子で俺に話し掛け返して来た。
「いえ、次元さん。これで私の推測が90パーセント正しい事が判明しました」
「?どう言う意味だ?今、湖晴の脳内ではどんな答えが導き出されたと言うんだ?」
湖晴は何をどの様に考えて、俺の台詞が湖晴の推測を90パーセント正しいと言う結論として裏付けたと言うんだ?
その事について考えている途中、俺が聞くまでもなく、湖晴は順に説明して行った。
「まず、何故輝瑠さんは阿燕さんを狙っているのか、と言う事についてですね」
「俺も狙われているみたいだがな」
「いえ、次元さんは別に狙われてはいませんよ」
「え?そうなのか?」
そう言い切る事が出来る何らかの確信があったのか、湖晴は力強くそう言った。
「何故なら今、おそらく阿燕さんは輝瑠さんに追われているからです」
「まあな。だが、そんな事1つだけで決め付けるのは早くないか?」
湖晴にしては珍しく、事の結論を早い段階で決めているな。俺が追われておらず、阿燕が追われているから、と言ってもそれはただの結果論でしかない。
もしかすると、何かの偶然で阿燕ではなく俺が追われていたと言う可能性も少なからずあったのだ。
しかし、俺の考えを先読みしたのか、湖晴は更に自身が言った台詞の理由を話し始めた。
「次元さん、思い出して下さい。何故輝瑠さんが次元さんの特異性に気が付いたのかを」
「俺は別に普通なはずだが、まあ今は良い。えっと、確か『阿燕が過去改変対象者の原因となった銀行強盗の現場を見たから』だった様な気がする」
「もう少し具体的に事があったはずです。思い出して下さい」
そんな台詞を言った湖晴の台詞は何か力強く、俺に決定的に重要な事に気付いて欲しがっている様に思えた。
「具体的に?とは言っても『俺が銀行強盗犯から阿燕を助けた』くらいしか無い様な・・・・・あ」
「ようやく気付かれましたか」
そうだった。須貝は『俺が銀行強盗犯から阿燕を助けた』事を見て、俺の事を調べ始めた。
そして現在、須貝は俺と阿燕の事を狙っている。即ち、答えは自ずと出るじゃないか。
俺が湖晴からのヒントで考えたのはこうだ。
須貝は元々阿燕との間に何らかの問題を抱えており、阿燕の事を狙っていた。
そして、去年の3月のあの事件が発生した。須貝が起こしたのか、単なる偶然だったのかは分からないが、その時に須貝は阿燕が酷い目に合う事を望んだ。
だが、過去改変の為に来た俺によって阿燕は助け出された。それを良くは思わなかった須貝は、これから阿燕を狙うにあたって俺の存在が邪魔になると判断した。
だから須貝は俺の事を調べ始めた。だから、昨日、阿燕を眠らせてまで俺の素性を探ろうとした。つまりは、そう言う事だ。
俺の中で考えが纏まったすぐ後、再び湖晴が俺に話し掛けて来た。