第20部
【2023年09月26日16時26分36秒】
・・・・・何だろうか、この感覚は。俺は今朝、阿燕とベンチで話した後教室に行ってからつい10分くらい前までずっと寝ていた。
その時に苦しくて悲しい夢を見た気がする。それが具体的にどんな物だったのかは思い出せない。だが、随分前の出来事の様に思えたのだ。
ただの夢ならそれで良い。しかし、今の俺はそんな風に簡単に決め付ける事が出来なかった。とても重要な事柄が、ついさっき俺が見た夢の中に入っている。そんな気がしたのだ。
・・・・・まあ『ただの夢』と決め付ける事無く考え続けていても分からない物は分からない。一先ずこの話題は置いておいて、現在俺が置かれた状況について説明するとしよう。
今さっき言ったばかりだが、俺は今朝、阿燕とベンチで話した後教室に行ってからつい10分くらい前までずっと寝ていた。俺とした事が、いくら昨晩の珠洲による強制的にさせられた『TETSUYA』があったとは言え、通常通りの授業がある日に1日中寝て過ごしてしまうとは。
幸いな事に今日は中間テストの教科に含まれていない教科(体育とか)が多かったらしいので、まだましとはだとは思うが、それでも寝てしまったのは変わりない。
勿論、昼休みもぐっすりと寝ていたので栄長に勉強を教えて貰う事も出来なかった。それに昼ご飯も食べてないので腹が減った。家に帰ったら食べるとしよう。
そんな訳で今は放課後だ。ついさっきは朝だったはずなのに。
さて、どうするべきか。音穏と栄長は俺を置いて先に帰ったみたいなので俺は1人で帰る事になるのだが、何と無く寂しい。前まで(2週間前まで)はこんな事、普通だったのに。俺もぼっちから卒業し始めた、と言う事だろうか。
・・・・・会話する相手がいないし、今俺が通っているグラヴィティ公園の景色もいつも通りだし、歩きながらスマートフォンを触るのは危険なので、暇だ。適当に昨日と今日の出来事について纏めておくか。
昨日、世間では『完璧人気アイドル』で通っている須貝輝瑠が久し振りに学校に登校して来た。勿論、不登校とか病気とかではなく仕事の関係上で、テスト前は必ず登校する様にしているらしい。
それだけなら何も苦労はしない。俺が余計な事に足を突っ込む必要も無い。しかし、世界はそんなに上手くは出来ていない。世界は理不尽に事を進めて行く。
1時間目、俺は栄長からの迷惑極まりない悪戯を受けた後、栄長と他愛も無いメールのやり取りをした。蒲生が起こしたと言う不祥事の件や、俺の隣の席の杉野目が俺達を監視していた件や、珠洲の過去改変をした事についてだ。
その最中に何故か栄長はメールではなく現実で大声を出して、信じられない、と言った様な焦り驚いた表情をして来た。そして、その後栄長は保健室に行くと言ったきり、昼休みまで戻って来なかった。
結局の所、栄長の突然の大声及び保健室へ行った事は何だったのか。俺には分からない。だが、俺と栄長のメールの中に、栄長にとって何か重要な事柄が隠されていたと言う事は分かる。しかし、俺はそれを見付ける事は出来なかった。
昼休み、ようやく保健室から帰って来た栄長を気遣う為に、俺は1階学食近くの自販機まで行った。そこで久し振りに阿燕と会い、あのベンチへと行き、阿燕が元気である事を確認した。
すると、そんな風に話していた俺と阿燕に『クラブの練習道具が取れなくなった』と完璧人気アイドルの須貝が助けを求めて来たのだ。俺達は人助けの気持ちを持って、須貝の事を手伝おうと考えた。
だが、今になって思えば、これがそもそもの原因だったのかもしれない。
須貝に指示される通り体育倉庫Aへと入って暫くした時、突如倉庫のドアが閉まり、外部から謎のガスが入り始めた。
阿燕の体調の事も考えつつ俺は倉庫内を探し回り、何とか脱出出来ないかを考えた。そして、1つの結論へと達した。
倉庫のドアが閉まり、催眠ガスを吸って眠らされた阿燕と須貝が入れ替わっていたのだ。須貝は俺と阿燕の命を狙っており、昨日の体育倉庫閉じ込めの件は、その為のただの下見らしい。
だが、須貝は俺が湖晴と出会った事で変わりつつあると言う事、去年の3月に起こった阿燕の過去改変をする原因になった事、その両方を知っていた。おそらく、それ以外の事も少なからず知っているのだと思う。
最終的には須貝が倉庫のドアを爆破してくれたお陰で体育倉庫の中から外へと脱出する事が出来たが、俺は須貝と言う人物の裏の顔を見てしまった。『狂気』と呼ぶに相応しい、須貝輝瑠と言う人物の真の姿を。
あくまで俺の推測に過ぎないが、須貝は近い内に過去改変対象者になるのではないだろうか、と思う。理由なんて山ほどあるが、俺のこれまでの4人の過去改変について思い返してみると、やはり須貝の行動もそれに近しい物がある。
だが、俺と阿燕の命を狙っている割には、特に被害が無かったな。昨晩や今朝あたりに何かが起きるかもしれないと、俺は少なからず思っていたのだが、何も起きなかった。
俺はこの通り無事、阿燕の無事も今朝確認した。もしかすると、何らかの要因により、それ所ではなくなったのかもしれない。まあ、俺はあまり争い事を好まないからな。平和ならそれで良い。
放課後、俺は教科書を取りに戻る最中にまず飴山、次に杉野目と会った。まあ、会話の時間が少なかったせいもあるとは思うが、2人との会話は不明瞭な点が多かった。次に会った時はもう少し詳しく、ゆっくりとしたいものだ。
杉野目の事は少し苦手なのであまり会話はしたくないが。それに、本人が自身の事を予知能力者とか言ってたし、意味深な台詞ばかりだったし。本当に杉野目はよく分からない奴だ。不思議ちゃんだ。
帰宅後、俺は湖晴に昼休みの時にあった須貝との件について話した。だが、湖晴は会話に全く集中出来ておらず、俺自身も疲れていたのか、あまり話は進まなかった。
あの件では幾つか不可解な点があったので、俺的には湖晴の意見も聞いておきたかった所だが、それでは仕方が無い。取り合えず、その件は置いておいて、俺は湖晴に勉強を教えて貰う事にした。偏差値80の高校で飛び級をしながら通っていたと言う湖晴なら、俺に勉強を教える事くらい容易いと考えたからだ。
だが、湖晴は今だに、俺と少し距離を取っている様に思えた。俺が何かしてしまったからそうなったのは分かるのだが、俺、そんなに変な事しただろうか?最近の出来事では・・・・・あ、そうだった。アレか。
そんな話はさておき、*ma*onで買った阿燕に渡す用のぬいぐるみを確認したりしていると、結局勉強は進まなかった。そこに、追撃とばかりに栄長からのゲーム大会の参加のお誘いが来、栄長の意味深な台詞のせいで湖晴が逃走し、俺は止むを得ずゲーム大会に参加するはめになった。
大会自体は優勝したものの、1回戦の対戦相手である『Tellurium』と『UNKNOWN』には苦戦させられた。
栄長の推測によると『UNKNOWN』はプレイヤーではなく、一種のプログラムらしかった。だが、俺はその強過ぎる特性を逆手に取り、栄長に一瞬の攻撃の隙を作り出した。
勝敗が決する前に対戦相手が棄権したと言う報告が入り、俺と栄長は2回戦へと進む事が出来た。結局、対戦相手の目的が何だったのか、何故勝敗が決する前に棄権したのか、今でもその理由は分かっていない。
俺は時間が経つのも忘れてネトゲに打ち込んでいた。気付くと時刻は約9時、俺のすぐ近くには明らかに怒っている珠洲の姿が。
そして、そのまま一晩、俺は休む事無く珠洲に勉強を教えられた。そう言えば、昨晩は眠過ぎて大して意識していなかったが、珠洲が『間違えたらお兄ちゃんの膝に乗る』とか言ってた様な気がする。
俺の事だから何問かは間違えたはずだが、流石に妹が膝に乗ったままでは勉強し辛いと思うので、おそらくそれは実行されなかったのだと思う。でも、俺は眠過ぎたので、もしかしたら知らず知らずの内に珠洲に何かされていたかもしれない。
まあ、お陰で数学の勉強はほぼ完璧になり、俺は超寝不足となった。そして今朝、阿燕に昨日の須貝の件を説明し、1日中寝て過ごし、今に至ると言う訳だ。
今になってから思えば、昨日と今朝だけで随分と色々な事が起きたんだな。あまり意識はしていなかったが、以前の俺の生活とは比べ物にならない程忙しく、登場人物が多い。以前は俺と音穏と珠洲くらいだったのだがな。今では、阿燕、栄長、飴山、杉野目、須貝、一応蒲生、そして湖晴だ。
さて、昨日と今日の話も纏まった所で・・・・・、
プルルルル・・・・・
「ん?」
俺が今日のこれからの予定について考え始めようとした時、ポケットに入れてあったスマホの電子音が鳴った。俺はそれを手に取り、誰からなのかを確認した。
「阿燕・・・・・?」
電話を掛けて来たのは阿燕らしい。と言うか、俺は阿燕と電話番号を交換してたっけ?まあ、おそらく何らかの過去改変の影響だろう。深く考える必要は無さそうだ。
プルルルル・・・・・
「はいはい」
今だに呼び鈴を鳴らし続けるスマホの通話ボタンを押し、俺は阿燕からの電話に出た。
「もしもしー。阿燕か?どうし・・・」
『上垣外!?出るの遅い!』
「お、おお。ごめん」
確かに出るのは遅かったが、怒るなよ。
「どうしたんだ?一体」
『分かんない!でも、何か追われてる!』
「え?」
阿燕は走りながら俺に電話を掛けて来ているらしく、阿燕の荒い息遣いや風を切る音が微かに聞こえて来ていた。それに、阿燕の声の遠くの方からは何者かの声や銃声音も聞こえて来ていた。
俺はふと感じた良くない予感の元、阿燕に声を掛けた。
「阿燕!?誰に追われてるんだ!?今何処だ!?」
『誰に追われているかは分かんない!場所は・・・・・何処かの路地裏!」
「路地裏・・・・・?」
まさか、俺が阿燕の過去改変の直前に阿燕を見付けた、あの路地裏か!?何でこうも、同じ場所ばかり!と言うか、何で阿燕が誰かに追われている?・・・・・そうだった!須貝か!須貝が動き始めたのか!
「阿燕!なるべく人通りの多い、明るい所に出ろ!俺も今からそこに向かうから!」
そう言うと、俺はスマホの通話を切り、全力で駅近くのあの路地裏へと走り始めた。




