第19部
【2020年09月27日05時16分52秒】
~****視点~
もうあの事件から随分経った。あの出来の悪い妹の代わりに覆面男4人組に誘拐された私は、自分のポケットに入っていた多額の金を利用して、その内の3人の事を掌握した。1人は何処かへと逃げた。
誘拐された時は、本当に全てが終わったと思った。だけど、私にはまだ運と知識が残っていた。だから、こうしてあの事件から9年経った今でもこうして生存出来ている。
私は誘拐された当初、妹の事を恨んだ。また、私達姉妹の片方しか助けようとしない両親の事も恨んだ。全てを恨んだ。私のこの境遇、状況の全てを。
でも、今は違う。私はもうあいつ等の事を恨んだりはしない。9年と言う長い長い年月が過ぎたからなのか、私の荒んだ心は誘拐される前と同様になりつつあった。
そうだ。私は私の事をこんな境遇に置いたあいつ等を許した。
覆面男4人組の内の3人を掌握した私は、そいつ等の仲間もごっそり全員掌握した。私はそいつ等を使用して、私の無くなった物を1つずつ集めていった。
適当な寝床・・・・・と言うよりは拠点みたいな場所も、都心に近い所に作った。こんな所に住む毎日は楽しくはなかったけど、面白かった。
誘拐されて全てを失ったそんな私は何故、すぐに家族に会いに行かなかったのか。それは、私は男達3人を掌握した後すぐに、こう決心したからだ。『家族が私を迎えに来てくれたら、何も無かった事にしよう』と。
だから、私は待った。待ち続けた。そうしている間に9年が経った。別に分かり難い場所に住んだ訳ではない。街中でその姿を見た事も何度かあった。
だけど、あいつ等は中々私の事に気付いてくれない。流石に、出来の良い姉である私が誘拐されたのだから、あの両親は探していないなんて事はないと思うけど、それでも少し心配になってしまう。
私の知らない所で何かが変わってしまったのではないか、と。
小学校、中学校は行かなかった。と言うか、行けなかった。だって、私のすぐ近くには私を誘拐した男達3人とその仲間しかおらず、親類なんて存在しなかったから。
まあ、適当に誰か選んで保護者って事にすればなんとかなったかもしれないけど、私は家族に見付けて貰って、本当の保護者の下、妹と学校に通いたかったのだ。
さて。私が近くにいるにも関わらず中々気付いてくれないあの鈍感な家族は、どうすれば私の事に気付いてくれるだろうか。私は考えた。そして、答えはすぐ出た。
知名度が足りなかったのだ。即ち、私が近くに住んでいると言う事をあの家族が知らない可能性もあるから、それを自然な形で知らせる事で気付いて貰える。そう考えた。
何だ、簡単な事じゃないか。何で私は今までそれを実行して来なかったんだろう。思い付いたらすぐに実行してしまおう。私はそう言う思考の人間だった。
「・・・・・と言う訳で、私、アイドルになるから。適当にアイドルのオーディションを探して来てね。『K』?」
「・・・・・はい?」
私が不意に話し掛けたのは、私を誘拐した覆面男4人組の内で私に掌握された男達3人の1人、『K』だ。念の為に言っておくけど、『K』と言うのはこいつの本名ではない。
私はこいつ等の事を家族と認めた訳ではない。だから、本名を知っているけど、コードネームで呼んでいる。勿論、拠点にいる時は私の名前も呼ばせない。こいつ等は私の家族じゃなくて、下僕だから。
「え、えっと・・・・・はい。分かりました」
「どうしたの?何か不満?」
何やら歯切れの悪い『K』。あ、そうそう。残りの2人は『L』と『M』と言うコードネーム(と言うよりはただのアルファベット)で呼んでいる。ただ何と無くのイメージで、私がそう命名した。『K』『L』『M』の部下・仲間達は元々コードネームが決まっていたみたいなので、そちらを採用した。
「いきなりどうしたんですか?アイドルのオーディションなんて・・・・・」
「ん?ただの気紛れよ。アンタだって、私の趣味知っているでしょ?」
「ま、まあ。そうですが・・・・・」
私の趣味。常人には出来ない事を遣り遂げた時に私に向けられる『憧れ』と『妬み』の感情。この両方が釣り合っている事が私の喜び、楽しみ。
勿論、私の下僕達からもその2つの感情を感じ取る事が出来た。人数が多いからなのか、それなりに楽しむ事が出来た。でも、時々私に反逆してくる哀れな下僕がいた。当然ながら、そいつはその数秒後には死んでたけどね。いや、殺したって言う方が正確かな。
「貴女様の才能ならアイドルのオーディション程度、簡単に合格出来るとは思いますが・・・」
「何よ。まさか『世間のアイドルはもっとナイスバディなんだっ!』とか言うんじゃないでしょうね?自分で言うのもなんだけど、私、巨乳だから」
「・・・・・あまり男の前でその様な事は・・・」
「ま、あんた達が私の体をどうにかしたいと思っても、それは絶対に叶わないから。適当にそこ等辺の風浴嬢で我慢しなさい」
「まずは、その話し方を止めた方が良いかと」
「え?」
この9年間、他人からろくに教育を教わらなかった私の言葉遣いは酷い物になっていた。と言うか、今の会話の通り、ただの淫乱な女の子になっていた。一応勉強はしていたけど、他人とのコミュニケーションの取り方を教わっていなかったから、こう言う事になってしまっていた。
結局、私の淫乱な言葉遣いは有名になったら極力抑える、と言う事で蹴りが着いた。
「あの・・・・・」
「何よ」
「登録名はどうしましょうか?」
「登録名?」
即ち、芸能界での呼び名(大抵は本名)の事だ。私の本名は『豊岡阿燕』。だけど、それではあまりにもストレート過ぎる。それでは、あの鈍感な家族もすぐに簡単に気付いてしまうだろう。
出来る事ならば、私の名前ではなく、容姿や声で気付いて欲しい。いや、それ以外にありえる訳がない。それくらい、家族なら当然だ。そもそも、何もせずに気付いて貰う予定だったのに、わざわざ私が動いているのだから、ヒントは少ない方が良い。
私は困った顔をしている『K(30代男)』に話し掛けた。
「そうね。じゃあ、適当に考えといて」
「え?私めが考えて宜しいのですか?」
「良いんじゃない?と言うか、これは私のただの気紛れだから、深く考える必要は無いわよ」
「で、ですが、登録名はご自分で考えられた方が宜しいのでは・・・・・名前に対する愛着とか馴染みとかもありますし」
「そう?」
やっぱり私が考えないと不味いか。どうしようかなー。私はあの、自分の子に名前を付けるのが下手過ぎるあの両親の娘だからなー。
そもそも娘2人に『亜鉛』と『鉛』って付ける親って何なのよ。漢字で表記する事で『阿燕』『那鞠』と言った風に誤魔化せているみたいだけど、両方とも金属だから!少なくとも女の子に付けて良い様な名前ではないから!
多分どうネーミングしても、私もそのセンスは無いのだろう。だったら、もう適当で良いや。
「苗字は珍しくなくて、且つ、有名な訳でもない『須貝』。下の名前は・・・・・宝石の『瑠』璃の様に再び『輝』けるように、と言う意味を込めて『輝瑠』なんてどうかしら?」
「良いのではないでしょうか?」
「じゃあ、これで決定ね」
そして自分のネーミングも済んだ所で、数週間後、私は『K』が探して来たオーディションへ『L』が運転している車で向かった。
詳しい事は省略。と言うか、何も苦なんてなかったし、ドラマなんて何も無かった。ただ単純に、合格しただけ。スカウトもされただけ。ただそれだけ。
アイドルになってから半年。何でも簡単にこなす事が出来る私は何も苦労しなかった。他のアイドルの子達が出来ない事を簡単にこなして行った。そうしている内に、私の知名度はどんどん上がって行った。
普通に歌って踊る完璧アイドルの鏡としても、ニュース番組のアナウンサーとしても活躍した。まあ、流石にしんどい時や疲れ果ててしまう時も少なからずあったけど、思いの外楽だったかもしれない。
知名度が上がり、仕事が増えて行くに従って、私に向けられる『憧れ』と『妬み』の感情は、それまでの私が経験した事ない様な量になっていた。別に、計量カップで測ったりしている訳ではないけど、感覚的な問題で。
一般人よ、もっと私に『憧れ』ろ。もっと私を『妬め』。それが私の唯一の楽しみ、生きがいなのだから。そう考えながら、私は『須貝輝瑠』としてアイドル業に打ち込んで行った。
1年くらい経った時、私はふと思い出した。
『まだ家族は気付いてくれない』。おかしい。何かがおかしい。今や、テレビを見た事がある人だけでなく、外を歩くだけの人ですら私の事を知っているはずなのに。
10年前と比べて容姿や声が少し変わっているとは言え、普通は家族の事を忘れたりはしないはず。それなのに、私の家族は私が有名人『須貝輝瑠』になっている事に気付いていない。
忙し過ぎる日々の中で偶然出来た休日。私はその日、決心を固め、私が元々住んでいた豊岡家の一軒家へと足を運んだ。街中では通行人に気付かれないように、『M』の協力の下、変装した。
もう我慢の限界だった。10年も待った。アイドルなんて本当はしたくなかったけど、私の存在を知って貰う為にした。それでも、家族は私の事に気付いていない。
だったら、私から会いに行ってやる。サプライズイベントだ。私と言う、死んだと思われていた出来の良い姉が10年ぶりに帰って来る。私の家族は喜び、謝るはずだ。そうしたら、また皆で・・・・・、
玄関まで来た。今日は休日だから、3人共いるはず。だから、私の事を思い出して貰える。そして、私がインターホンを押そうとしたその時、中から声が聞こえて来た。
懐かしい、両親と妹の声だ。私はインターホンを押す前にこっそりと、窓の外からその様子を見た。
「いやー、本当に良かったよ。よく頑張ったね」
「うん。次の試合は来週だから、また観に来てね?お父さん、お母さん」
「はいはい。お仕事も大分落ち着いたから、なるべく行くようにするわね」
何だ、妹の奴、今はソフトボールしてるのか。そう言えば、誘拐される前は私、ソフトボールと剣道をよくしてたっけ。仲直りしたら、またキャッチボールに付き合ってやろう。
そして、私は再びインターホンを押す為に玄関前へ行こうとした。しかし、私の思いはその直前に全て壊された。父親のたった1つの台詞によって。
「『阿燕は本当に良い子だなー』」
・・・・・え?今、私のお父さんは何て言った?『阿燕』と言ったわよね?でも『豊岡阿燕』はこの私であり、妹は『豊岡那鞠』のはず、それなのに、何で・・・・・?
暫く3人の楽しそうな会話を聞きながら、私は状況を整理した。
結論はこうだ。『豊岡阿燕と言う人間がいるはずの場所に妹が居座り、豊岡那鞠は誘拐され死んだ』と言う事になっていたのだ。即ち、あの妹は私を身代わりに助かっただけでなく、私がいるはずの居場所に居座ったと言う事になる。
許せない。許せない許せない。許せない許せない許せない。・・・・・殺してやる。
その瞬間、私の中に微かに存在していた『家族を許しても良い』と言う感情は消え去った。代わりに、今まで思った事が無い程の『殺意』が沸いた。
それから私の中で、再び全てが変わった。私は自分の本名を『須貝輝瑠』とし、中学校に通い始めた。そして、アイドル業と学校が忙しいながらも、下僕達を使用して何度もあの家族を崩壊させようとして来た。
これが、完璧人気アイドルである私『須貝輝瑠』の、過去。