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Time:Eater  作者: タングステン
第五話 『Te』
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第18部

【2011年09月27日14時21分35秒】


~****視点~


 今日の天気は雨だ。


 雨の日はあまり好きではないけど、私が天気に向かって好き嫌いを言っても晴れる訳でもないので、そんなに気にしてはいない。


 何の変哲も無い、ごく稀に発生する休日。あの、金にしか興味の無い両親は臨時の休日出勤で家にいない。普段ならこの時間帯はあの両親によるスパルタ教育の時間だけど、今はいないからゆっくりしている事が出来る。


 両親から今日中に終わらせておくように言われてある宿題はもう終わった。正直言って、どの問題も簡単だった。と言うか、問題を解いていると言う感覚すらなくなるくらいだった。


「お姉ちゃん!次はこれしよっ!」

「・・・・・うん」


 雨が降っている窓の外を眺めていた私に、両手一杯にオモチャを持ち、無邪気な笑みをこぼしながら話し掛けて来た妹の『なっちゃん』。


 この子は何でも簡単に出来た私と比べて、元からかなり出来が悪いかったから、いつも両親に怒られていた。流石に、一応女の子だから暴力はされていなかったけど、それでも色々と酷い事をされていた。


 でも、私のせいじゃない。私が出来ている事が、なっちゃんには出来ないだけ。出来る人も大勢いる。だから、なっちゃんが両親に酷い事をされても私のせいじゃない。


 そう思いながら私は今まで生きて来た。今は出来なくても、何時かなっちゃんでも出来る。そう信じて生きて来た。


「お姉ちゃん?」

「え?」


 私が暗い雰囲気で年齢に合わない事を考えていたからなのか、表情が険しくなってしまっていたらしい。なっちゃんが私の顔を心配そうに覗き込んで来た。


 その表情は今にも泣きそうだった。何でこんな事ですぐに泣くんだろうか。なっちゃんが何も出来なくて弱い子だと言う事は知っているけど、それでもこれは変だと思う。


 だけど、私はそんな自分の考えとは余所に、なっちゃんの髪を撫でながら静かに言った。


「『なっちゃん。大丈夫だよ』」


 私のその言葉を聞いた途端に、なっちゃんは顔をパアッと明るく輝かせて、本来の目的通り今から遊ぶ為のオモチャをセッティングし始めた。


 『なっちゃん。大丈夫だよ』。それが私の口癖の様な物だった。なっちゃんが困っている時、悲しんでいる時に、私は決まってそう言った。すると、なっちゃんは今の様に、気持ちを落ち着かせて明るい子に戻れた。


 少し言い方が悪くなるけど、一種の催眠術の様な物なんじゃないかと思ってしまうくらいに、その効果は絶大な物だった。


 まあ、本当は何でも出来る私が出来の悪いなっちゃんと話すのが少し苦手だから、同じ台詞を言えば何とかなる、と考えたからなんだけど、結果的には良い方に傾いた。


 私の楽しみは、指示された事と指示されていない事の全てを簡単にこなす事じゃない。それらが出来た事によって生まれる、他人から私への『憧れ』と『妬み』の感情を私は喜びにしている。


 だけど、なっちゃんからはそれが大き過ぎる。それも『憧れ』の方向で。なっちゃんからは1度だって『妬み』の感情を受け取った事が無い。おおよそ1:1の割合だから面白いのに『憧れ』ばかりぶつけられたら、その均衡が崩壊してしまう。


 だから、こじ付けかもしれないけど、私はなっちゃんの事が苦手だった。


「ねぇ。なっちゃん?」

「?どうしたの?お姉ちゃん」


 今から遊ぶらしいオモチャの用意をしているなっちゃんに話し掛けると、なっちゃんはその手を止めて、不思議そうな顔で私の方を見て来た。


「なっちゃんはお父さんとお母さんの事、好き?」

「うん!勿論!」


 何と無く答えは分かっていたけど、やはりなっちゃんはそんな風に返答した。言わずもがな、私はあの両親の事は嫌いだ。必要なのは分かっているけど、どうも好きになれない。


 そうだ。私はあの両親がした大罪を知っている。私の両親は工事関係の企業に勤めている。それなりに給料は高いみたいだけど、卑劣極まりない仕事だ。


 あの両親は以前、ダムを作る為に遠くの地域の村を1つ丸々水没させた。村からの許可は下りていなかった。しかし、工事は次々と進められていた。


 この事は、私が深夜遅くに偶然お父さんの部屋から聞こえて来た電話の話し声で知った。その時くらいだっただろうか。私があの両親を、完璧で優しい両親と思えなくなったのは。


 なるべく早くこの家を出よう。私のたった1人の妹のなっちゃんを連れて。何処か遠くの所に。なっちゃんの出来が悪くても、近くに両親がいなければなっちゃんを虐める奴はいなくなる。私がしっかりしていれば、生活だって出来るだろう。


 何時か・・・・・、


 パリンッ!


「「!?」」


 その時だった。2階から窓ガラスの割れた音が聞こえ、幾つかの足音と、外から聞こえて来る雨音、雷の音が家中に響いた。


 その音を聞いた瞬間、私は咄嗟になっちゃんの手を引いて、長いテーブルクロスが敷いてあるテーブルの下に逃げ込んだ。


「お姉ちゃん・・・・・」

「シッ!静かに!」


 私は私に話し掛けて来たなっちゃんの口を押さえ、息を潜めた。暫くすると、ついさっき割れた2階の窓から侵入して来たのか、4人の覆面をしている男達の姿が、長いテーブルクロスの隙間から見えた。


 空き巣だった。


 男達は何やら相談をしている様子だった。数分後、男達は二手に分かれ、家中を荒らし始めた。いや、正確に家中を荒らされていたのかは分からないけど、少なくとも私達の目の前にあった長いテーブルクロスの隙間からは、家が荒らされている事がよく分かった。


 しかし、男達は目当ての物が中々見付からない様で、次第に苛々しているのが顕著に態度に表れていた。おそらく、男達が探しているのは何らかの金目の物だろう。


 だけど、見付かる訳がない。何故なら、そんな金目の物が入っている金庫は、今私達がいるテーブルの下の床にあるのだから。しかも、10桁の暗証番号付だ。見付かっても開けられる訳がない。


 その時、私はふと横を見た。男達に心の底では勝ち誇っていた私とは逆に、私の隣にはぶるぶると震えながら、必死に大声を出して泣きたい気持ちを押さえているなっちゃんの姿があった。


「『なっちゃん、泣かないで。お姉ちゃんがいるから』」

「・・・・・うん・・・・・グスン」


 私はなっちゃんの髪を何度か撫で、そう言った。


 そして、私は決心した。助けを呼ぼう、と。両親は仕事中で来られない。近所の人達は力にならない。勿論、年齢的な問題で私の力はあの男達に遠く及ばない。だったら、警察しかいない。


 家のリビングにあった電話はついさっき覆面の男に壊されていたからもう使えない。私となっちゃんはまだ携帯電話を与えられていない。


 だから、家の外に出て少しの所にあったはずの公衆電話まで行けば、警察を呼べる。私はそう考えた。でも、生憎お金が無い・・・・・いや、あった。今私が座っている床の下に金庫が。


 私は以前こっそり見た、両親が金庫を開いていた光景をよく思い出し、その暗証番号通りに金庫を開けた。私の突然の行動に、隣にいたなっちゃんは不思議がっていたけど、今は気にしている時間は無い。


 金庫を開けてみると中には通帳等のお金になる物が大量に入っていた。私はその中にある通帳の内の幾つかを適当に取り出し、再びその鍵を閉めた。


 その時だった。


「あ。こんな所に、幼女2人はっけーん」

「「!!」」


 覆面の男の1人に、私となっちゃんは見付かってしまった。迂闊だった。勝利を確信していたから、気を緩めたから、金庫の鍵を閉める音が外に漏れてしまったのだ。


 私となっちゃんはその覆面の男に見付かった瞬間に逃げ出そうとした。でも、男の人の力には敵う訳が無い。私となっちゃんはその後、家中に散り散りになっていた4人の覆面の男達によって押さえつけられ、両手を縛りつけられた。抵抗出来ない様に、こめかみに拳銃を押し当てられた。


 幸いな事に、私が金庫からお金を持ち出した事は男達にはばれなかったけど、金庫その物の在り処はばれてしまった。そして、頑丈なはずの金庫が、男達の怪力と特殊な道具によって強引に抉じ開けられ、中に入っていた金目の物の全てが抜き取られていった。


 なっちゃんも私同様に男達に拘束された。そして、ついに耐え切れなくなったのか、大声で泣き始めてしまった。その様子を見た覆面の男の1人がなっちゃんの顔を押さえ付けていた。その光景に、私は耐えられなかった。


 私のたった1人の妹が見ず知らずの男に触れられている事もそうだけど、特に、酷い事をされている事に対して私は心の底から耐えられなかった。だけど、その気持ちを表に出す訳にはいかない。


 数10分が経った。どうやら、私の家から聞こえて来た何かが壊れる音となっちゃんの泣き声を不審に思った近所の人が警察に通報したらしい。家の外にはパトカー数台と、警官数人、野次馬に加えて、両親がいるみたいだった。


 覆面の男達4人はどうやら、私達を人質にして閉じこもっているらしい。通りで警察が突入して来ない訳だ。まあ、そうでもなかったら、私達をこうして生かしておく理由も無いのだと思うから、取り合えず今は助かった。


 男達は家の外にいる警官や両親と会話をしているようだった。勿論、直接ではなく電話で。話の内容は、私達2人の解放の条件は1人につき5000万円、2人で1億円支払う事らしい。普通の家庭なら無理かもしれないけど、私の両親はそれなりに稼いでいる。だから、2人共助かる。そう思っていた。


 そんな物はただの幻想に過ぎなかったと言うのに。


 取り引きが終わったらしく、電話を掛けていた覆面の男が私達2人の元に歩み寄って、それを告げた。


「身代金を渡されたのは1人分だけだ。『姉を返せ』とさ。『妹は死んでも良い』らしいから、ここで殺す」


 ・・・・・え?『身代金が1人分しか支払われていない』?『姉を返せ』?それってつまり、私の両親は『出来の良い私を生かして、金が勿体無いから、出来の悪いなっちゃんはどうでも良い』と考えたって言う意味?


 冗談じゃないわ!何で私だけ助かって、なっちゃんが死なないといけないの!何であの両親はそんな屑な事しか考えられないの!何で実の娘よりも金が大事なの!


 私は男達に、もう1度両親と取り引きするように言おうとした。『姉の私だけじゃなくて、妹のなっちゃんも助けて欲しい』と。でも、私のその思いは、私にとって1番大切な人によって壊された。


 突然、ついさっきまで私の隣で泣いていたなっちゃんが口を開いて、その男に言ったのだ。


「『私が姉です』」


 その言葉が引き金となり、私は全てを失った。金にしか興味の無いお父さんとお母さん、意地の汚いご近所の方々、頭空っぽの沢山の友達、妬み以外の感情を知らない他の大人達。その全てを。


 私の思いは、私にとって1番大切だった、たった1人の出来の悪い妹によって奪われたのだった。

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