第17部
【2023年09月26日08時22分55秒】
結局あの後、珠洲によって一晩中勉強をさせられた俺は、すっかり寝不足になってしまった。だが、そのお陰で当初の俺の予定よりも大分早く、数学(ⅡとB)の範囲の勉強はほとんど全部済ます事が出来た。
数学2教科が終わっても、テストはあと8教科もある訳だが、これはかなり大きな前進だと思う。
と言うか、俺の勉強予定が『学校:栄長』と『自宅:湖晴』だったのが、そこに更に『深夜:珠洲』と言う新たな項目が加わってしまった。もう、俺には寝る時間も無いのだろうか。
確かに寝る間も惜しんで勉強しなければならないくらいに、今の俺の成績は不味い状況にあるのだが、それでも睡眠は大事だ。それに、俺はロングスリーパーだ。昨晩みたいな『TETSUYA』をこれから毎日続ける事など、到底出来る訳が無い。
・・・・・ああ、今も朝日がかなり眩しい・・・・・今まではあまり実感が無かったが、朝日と言う物はこんなにも眩しくて清々しい物だったのか。日常に潜む新たな発見、と言った所だろうか。
それに、ふと聞こえて来る鳥の囀り、気持ち良いくらいの風の吹く音。何と言うか、1つの大きな砦(一晩中勉強)を越えたからなのか、随分と達成感があるな。まあ、もう2度と『TETSUYA』なんてしたくはないがな。
そんな意識が消えそうになりながらの登校中、俺は校門付近にある人物がいる事を発見した。
俺はその人物に話し掛けてる前に、俺と一緒に登校して来た音穏に話し掛けた。
「音穏。俺ちょっと、購買でノート買った後に教室に行くから、先に行っておいてくれないか?」
「?ノート?次元にしては珍しいね。私も行こうかな」
音穏は、俺の適当な言い訳を何故か心から驚いた様な表情をしながらそんな風に返答した。音穏には悪いが、今は席を外して貰おう。そうでなければ、話がし難くなるからな。
とは言ったものの、どうすれば音穏を先に教室に向かわせる事が出来るだろうか。
「俺さ、ノートとか買った事ほとんど無いから、時間掛かるかもしれないぞ?だから・・・」
「だったら尚更じゃん。私がオススメのを選んだげるから」
逆効果だった!と言うか、何でこう言う時に限って音穏の優しさが出るんだ!いや、音穏は元々何時でも何処でも心優しい女の子だが、今はその優しさはむしろ俺を困らせるから、また今度に取っておいてくれ!
「あ、燐ちゃーん。おはよー」
「音穏ちゃん。おはよう」
すると、タイミング良い事に栄長が登校して来た。あの栄長なら、俺が何をしたいのかを察してくれると思い、俺は栄長をこっそりと呼び、音穏には聞こえない様にひっそりと話し掛けた。
「どうしたの?次元君」
「悪いが、音穏を連れて先に教室に行ってくれないか?」
「良いけど・・・・・どうしたの?」
「少し、用事があってな」
「・・・・・ふーん。まあ、昨日は何だかんだで役に立ってくれたから、今は特に追求はしないでおいてあげよう」
「頼んだぞ」
取り合えず、交渉は成立した。まさか、昨日の『SFADV』の大会の優勝の件がここで役に立つとは思ってもいなかったがな。
やはり、困っている人は助けるものだな。今回は栄長に無理矢理助けさせられたみたいなものだが。
俺の交渉を受け入れた栄長は音穏に声を掛け、先に教室へと行くように誘ってくれた。
「さあ、音穏ちゃん。次元君は少し忙しいみたいだから、先に教室に行っておこう?」
「そう?でも次元、購買でノートを買うって・・・」
「本当はね、次元君は忘れ物しちゃったんだって。だから、音穏ちゃんに心配掛けないように、わざとそう言ったの」
「あ、そうだったの?全然気付かなかった」
「だから、ね?」
「うん。そだね。じゃあ次元ー!また教室でねー!」
「ああ」
栄長らしく、察した事を口に出す事無く音穏を言い包めたか。栄長らしいと言えば栄長らしい、そして、今回は助かった。やはり、知り合いと言う者は作っておくべきだな。うん。俺の場合は少ないが。
「でねー、燐ちゃんー」
「あはは。そうなのー?」
仲良く腕まで組みながら歩いている音穏と栄長の後ろ姿を見ながら、俺は思うのであった。『あの2人の仲は友達以上だよなー』と。あと『2人共結構な百合だよなー』とも。
さて、本題に入ろうか。俺は音穏と栄長の後ろ姿を見届けた後、校門付近にいたその人物へと近付いて行き、話し掛けた。
「おはよう、阿燕」
「え?あ、ああ。上垣外か・・・・・おはよう」
その人物は、昨日俺と須貝との一悶着に巻き込まれてしまった阿燕だった。俺が声を掛けると、阿燕はやや眠そうな、疲れている様な感じで返答した後、俺は続けた。
「昨日は大丈夫だったか?」
「そうよ!その事について上垣外に聞きたくて、ここで待っていたのよ!」
俺が聞くと、阿燕は大声を出して来た。その声を聞いた、俺達の近くにいる登校中の生徒数人が不審そうな目で、俺の事を見て来た。
俺は周囲の事など全く気にせずに、阿燕との会話を続けた。
「だろうな。俺もそうじゃないかと思ってた」
「昨日は結局何があったの?何で私は起きたら保健室で寝てたの?」
「悪い夢だった、では納得は出来ないか?」
「出来ない」
「分かった。だったら・・・・・もう少し人通りの少ない所で話そう。誰かに聞かれると不味いからな」
「え、ええ」
一時間目までは残り数分しか無いが、阿燕も昨日の事で色々と引っ掛かる所があるのだろう。流石に、そのモヤモヤを引き摺らせるのも悪いので、俺は場所を変えて阿燕に説明する事にした。
場所は毎度お馴染みの、グラウンド前の人通りの少ないベンチだ。
ベンチに座った後、時間もあまり無いので、俺は間髪を入れずに阿燕に聞いた。
「阿燕は昨日の事で、どの辺まで覚えているんだ?」
「えーっと・・・・・須貝とか言う女の子に付いて行って、体育倉庫に入って、少ししたら突然倉庫のドアが閉まった、くらいよ」
「それで、ドアが閉まった暫く後に意識が無くなった、と」
「そう言う事ね。何で意識が無くなったのかは分からないけど」
『阿燕は須貝が用意していたガスで眠らされていたのさ!』なんて、言う訳にいかないしな。どう話そうか。
「起きたらそこは保健室で、近くには俺はいなかった、と」
「そうよ、全く!私を置いて何処に行っちゃったの!」
「寂しかったのか?」
「ふぇ!?べ、別に上垣外なんかいなくても寂しくなんかない!本当はすぐ傍にいて欲しかったとか、そう言う事なんか全然無いから!」
阿燕は顔を真っ赤にしながら、耳まで真っ赤にしながら、俺にそんなよく分からない事を言って来た。
だが、阿燕には悪い事をしたと思っている。いくら阿燕が眠らされていたとは言え、音穏と栄長に少しでも心配を掛けない為とは言え、阿燕に状況説明すらろくにする事無く一人ぼっちにしてしまったのだから。
怒られて当然だ。それに、これ以上阿燕に嫌われてしまうのも嫌なので、俺は阿燕に謝った。
「・・・・・そうか。悪かったな。俺もあの後色々と大変だったんだ」
「結局の所、私が気を失っている間に何があったの?保健室の先生に聞いても、分からないって言うだけだし、念の為って言う事で早退させられたし。散々だったのよ?」
うーん、やはり保健室の先生には説明しておくべきだった。『豊岡さんが貧血みたいで倒れていたので運んで来ました』では流石に不味かったか。
まあでも、結局の所、昨日の須貝の件とは無関係である保健室の先生に言っても俺が狂ったみたいに思われただけだと思うので、これはこれで仕方無いと言える。
俺は阿燕にどの様に昨日の須貝の件について説明するかを考えながら、一応質問した。まあ、いわゆる前置きって奴だなだな。
「真実か優しい嘘。どちらを聞きたい?」
「当然、真実。と言うか、優しい嘘って何よ」
「じゃあ、話すよ。俺と阿燕が体育倉庫に入り、閉じ込められたその後起きた事を」
「え、ええ」
阿燕は即答した。当然と言えば当然だ。真実と嘘のどちらかを聞けるのだったら、大抵の人は真実を選ぶだろう。知りたくなくても真実を知りたがるのが、人間と言う生き物だからな。
「実はな・・・・・」
「(ゴクリ)」
俺は覚悟を決め、少し間を置いた後、阿燕に対して話し始めた。
「倉庫のドアが閉まったのは、近くにいた体育委員がうっかり閉めただけの、ただの事故だったんだ」
「・・・・・うん」
「閉じ込められた後、阿燕は何故か気を失った。俺は心配したが、阿燕は目を覚まさなかった」
「・・・・・うん」
「どうにかして脱出出来ないか考えているその時、須貝が倉庫の鍵を持って、俺達を助けてくれたんだ」
「・・・・・そうなの?それじゃあ、私が気を失っている間は特に何も無かったのね?」
「勿論。倉庫から出られた後、俺は阿燕を保健室に運び、後は保健室の先生に頼んだ。一方の須貝は、俺達を間違えて閉じ込めてしまった犯人を捜しに行った、と言う事だ」
よし。何とか誤魔化せたぞ。
流石に、過去改変後の重犯罪事件を起こしていない普通の女の子である阿燕に、ガスとか須貝の謎の陰謀とかそう言う事は言えないからな。これくらいの説明が妥当だろう。
しかし、俺の思考とは他所に、阿燕はまだ何か腑に落ちない様子で俺に聞いて来た。
「・・・・・1つ気になったんだけど」
「ん?何だ?」
「体育倉庫のドアは何で木っ端微塵になったの?」
「・・・・・・・」
そうだった。あの事は俺や須貝以外の人も知っているんだった。阿燕はさっき、昨日は早退させられた、と言っていたがその時に保健室の先生に聞かされたのだろうか。
「あー、あれな。俺は、あれには関係していないが、話しておくか」
「ええ」
「体育倉庫の耐久性の問題だ」
「・・・・・耐久性?」
なるべく話しに信憑性を持たせながら、俺は言った。
「つまり、これまでに倉庫を長年使って来たから、昨日丁度その寿命が来たって事だ。危なかったな、俺達が中にいる時に崩れたらどうなっていた事やら」
「・・・・・終わり?」
「終わり」
「何か、意外と普通ね」
俺の『真実』と言う名の『優しい嘘』に拍子抜けしたのか、阿燕は少しポカーンとしながら、そう呟いた。
「ん?阿燕はもっと、刺激的なイベントの方が良かったのか?」
「ふぇ!?べ、別にそう言う事じゃないわ!私が気を失っている間に上垣外が何かしてないかなー、とかそう言う事は全く・・・」
「安心しろ」
「へ?」
「眺めただけだ」
「何をだーーーーー!!!!!」
「ゴファ!」
俺の言い方が悪かったのか、阿燕が誤解しただけなのか、阿燕は顔を真っ赤にしながら俺の顔面を力一杯に殴って来た。どうやら俺は、またしても変態の烙印を押されてしまったらしい。
その後、話が長引いたせいで俺と阿燕は一時間目の授業に遅刻した。
俺は昨晩の『TETSUYA』が響いたのか、とてつもない睡魔に襲われ、次に起きたのは放課後だった。