第15部
【2023年09月25日17時53分26秒】
栄長から突然『SFADV』の大会に参加するからペアを組んでくれ、と言われた俺は拒否権と言う物を与えられる事も無く、テスト前にも関わらず、栄長から一通りの作戦を聞かされていた。
気付くと時刻は、大会の1回戦開始予定時刻の午後6時に迫っていた。栄長曰く、今回はタッグ戦と言う事もあって参加規模が世界にも関わらず参加チームが意外にも少なく、5回勝てば優勝なのだと言う。まあ、栄長は勝率ダントツトップの超有名プレイヤーなので、俺の力を借りる必要もなく圧勝してくれる事だろう。
栄長から一通りの作戦や、対戦相手の情報や、傾向と対策を聞かされた俺は、何処かへと走り去って行った湖晴とテスト勉強の事を意識の隅に置いたまま、栄長に話し掛けた。
『そう言えば、蒲生の件は大丈夫なのか?』
『あー、クロの方は多分大丈夫でしょ』
『随分適当だな。話が一区切り付いたのか?』
『ううん。付いてないけど、今はクロよりも大会を重視しようかと』
つまり、栄長の中での優先順位は『蒲生<SFADV』と言う事なのか。何だか、蒲生が可哀相に思えて来た。と言うか、本当は蒲生と大会に参加するつもりだったが、蒲生が今大変な状況にあるから俺とタッグを組んだのだろうか。
過去改変前とか後とか関係無く、栄長と蒲生は随分と仲が良いからな。その可能性もあるのだろう。多分、聞いたら怒られると思うので特に言うつもりは無いが。
『あ。そろそろ始まるよ』
『ん?もうそんな時間か。思っていたよりも早かったな』
色々と話していたり、考えたりしていると1回戦開始まであと僅かとなっていた。
その時、パソコンの画面は平和そうな近未来的な広場から荒れ果てた戦場に切り替わった。左下にはパートナーである栄長のアバターの行動画面が映し出され、画面中央に対戦相手のIDと登録名が表示された。
対戦相手は『Tellurium ID:051652』と『UNKNOWN ID:999999』と言う、名前的におそらく外国人タッグだった。と言っても、栄長も『Phosphorus』と言う英語名で登録している為、今回の対戦相手が絶対に外国人だと言う保障は無いが。
それはそうと、対戦相手の1人の『UNKNOWN』って言う人、よくそんな名前を付けたな。アンノウンは確か、不明とか未知とかそんな感じの意味だったと思うから、そう言うのが好きな人なのだろう。
数分後、画面に1回戦開始のカウントダウンが始まった。
『次元君。準備は良い?』
『ああ』
『なるべく操作ミスは無くしてね?』
『間違っても、栄長にだけは攻撃しないようにするよ』
そして、10から始まったカウントダウンが順に減り、0になったその時『GAME START』の表示と共に、4人の科学武装したアバターが一斉に動き始めた。
俺は取り合えず、栄長の近くにいると間違って栄長に攻撃して足を引っ張るのも悪いので、栄長のアバターが走った方向と逆方向へと走り、対戦相手のアバターを見付けた。
「よし。こっちのレベルは低いが、栄長の為に対戦相手の体力を少しだけでも減らしておこう」
俺はパソコンのキーボードを操作し、自分のアバターに攻撃のコマンドを送り込んだ。最近はあまり自由な時間が無かった為、大して練習出来ていなかったが、ただ相手を殴るだけでもそれなりにダメージを与える事が出来る。
このゲームの趣旨に反して科学的要素皆無だが、俺のアバターは近寄って来た対戦相手の『UNKNOWN』に向かって全力で殴り掛かった。
しかし・・・・・、
「あれ?」
『UNKNOWN』は俺のアバターの攻撃をサラッとかわした後、すぐさま何処かへと向かって一直線に走って行った。俺が追い掛けようとする素振りを見せると、ブースト機能を使用して画面外へと出てしまい、見失ってしまった。
「何だったんだ?」
目の前に俺の様な雑魚敵がいるにも関わらず、素通りして行くとは。確かに、何時でも倒せると言う意味では素通りも1つの手かもしれないが、対戦の基本として2対1の方がどう考えても楽だ。勿論、レベル差や操作の上手さも多少関係あるが、2対1では大抵は2の方が勝ち、1の方が負ける。
・・・・・まさか・・・・・!
俺の中で嫌な予感がしたその時、音声機能を使用したのか、かなり焦っている栄長の声が聞こえた。
『次元君!何突っ立ってんの!早く来て!』
「栄長!?えっと、分かった!待ってろ!」
栄長からのヘルプを受けた俺は、つい先程『UNKNOWN』が走って行った方向をそのまま進んだ。俺の嫌な予感はこんな所でも的中してしまった。俺の嫌な予感、それは『栄長のアバターが「Tellurium」「UNKNOWN」の2人に囲まれているのではないか』と言う事だ。
それもそのはずだ。栄長は勝率ダントツトップで、その業界では超有名プレイヤーだ。だったら、その対戦相手はどう戦うべきか。答えは簡単だ。『2対1の状況を作り出し、早急に楽に倒す』しかない。しかも、栄長のパートナーは初心者の俺。栄長さえ倒してしまえば、後はいないも同然なのだ。
俺は自分のアバターを栄長のアバターがいる場所へと移動させながら、栄長に話し掛けた。
「栄長!今、そっちの状況はどうなっている!?」
『何か、2人から近接型物理攻撃をされてる!今は装備で何とか防御出来てるけど、反撃のチャンスが全く無い!』
「じゃあ、俺はそこに向かい次第対戦相手のどっちかに攻撃すれば、栄長にも反撃のチャンスが訪れるよな!?」
『そう!だから、出来る限り早く、気付かれない様に来て!』
「了解!」
『近接型物理攻撃』をされていると言うのは、ようは腕や剣等で攻撃されていると言う事だ。流石に、あの栄長でさえも2人から一斉に攻撃されると、一瞬気を抜くだけで敗北してしまう様な状態に陥ってしまうらしい。
俺が栄長を攻撃し続けている対戦相手のどちらかに攻撃すれば、その動きが鈍り、少しの間だけ栄長のアバターに自由が出来る。そう考えた俺は。栄長に、自分の考えを言ったのだった。
すると、再び栄長が俺に音声機能を使用して話し掛けて来た。
『あと「UNKNOWN」には気を付けて!』
「え?どう言う意味だ?」
『こいつ多分、プレイヤーじゃないわ!』
「プレイヤーじゃない、だって?」
確か『SFADV』には自動操作の機能は付いていなかったはず。それなのに、栄長はそう言った。『「UNKNOWN」はプレイヤーではない』と。
『登録名とIDからして、何か変だとは思っていたけど、まさかね!』
「そいつのどの辺を見てそう考えたんだ?」
『こいつの物理攻撃、追撃スピードと一発の打撃力が半端じゃないのよ!もう片方の対戦相手は、中堅くらいのプレイヤーみたいだから大した事はなさそうだけど、こいつのせいで全く身動きが取れないから倒せないのよ!』
これはあくまで俺の推測だが、栄長程のプレイヤーはかなり高ランクのアバターを使用しており、栄長自身の操作テクニックもかなりの物であるはずだ。だが、もしその対戦相手がチート機能を使用しているNPCだったら、どうだろうか?
これまでに行われて来た全世界の対戦のプログラムを入れておく事が出来るのなら、自由自在に行動する事が可能であり、人間の指の動きでは到底キーボードに打ち込めないコマンドも、NPCならその必要も無い為戦略の幅は無限大となる。
更に、アバターのランクを上げる必要性も無い。これはつまり、ランクが最大限まで上がっていると言う事を意味する。即ち、栄長の実力がどれほど高くとも、それは必然的に無に等しい物となってしまう。
『UNKNOWN』が移動中だったにも関わらず、俺のアバターの打撃を簡単にかわす事が出来たのも、『UNKNOWN』がNPCだったからだったのだ。
結論を述べる。この対戦は公正な物ではない。俺と栄長が対戦しているのは、何らかの方法を使用してNPCを改造している、ネットゲームの異端者だ。だから、大会の運営も何時かはこの事に気付くはず。俺はそう考えながら、栄長の元へと走っていた。
しかし、運営は一向に動きを見せない。『UNKNOWN』のパートナーであり、主の『Tellurium』が何らかの細工をしたものだと思われる。
『次元君!そろそろシールドが持たなくなる!』
「分かってるって!あ!」
『UNKNOWN』からの攻撃を必死に耐え続ける栄長からの声を聞いた直後、俺は栄長を含めた3人を発見した。科学武装された2つのアバターが既にボロボロになっている栄長のアバターを休む事無く攻撃し続けている。
栄長のアバターが手に持っていた最高級に耐久力が強いはずのシールドのHPは既に赤色ライン(残り10分の1以下)になっており、未だに『UNKNOWN』による攻撃で、そのHPがガリガリ減らされていた。
「うおおおおお!!!!!」
俺はその様子を確認した後、栄長に一瞬の余裕を作り出す為に『UNKNOWN』の背後から攻撃を仕掛けた。相変わらず、このゲームの趣旨を無視した科学的要素皆無の物理攻撃だった。
そして、俺のその攻撃は背中が無防備となっている『UNKNOWN』にクリーンヒットした・・・・・かの様に思われた。
「何なんだよ!こいつは!」
『UNKNOWN』の周りには何らかのバリアが張られているらしく、俺の攻撃は本体に当たる直前に跳ね返されてしまった。それと同時に、俺のアバターのHPが一気に黄色ライン(残り2分の1以下)にまで減らされてしまった。
どうすれば良いんだ!栄長は『UNKNOWN』に攻撃されているから身動きが取れず、それも長くは続きそうもない。栄長の持つシールドが壊されてしまえば、本体に直接ダメージが負わされてしまう!
『SFADV』のアバターは科学武装しているとは言え、基本時にはシールド持ったり、バリアを張る事がセオリーだ。それは何故か。本体に直接攻撃を当てられると、それが致命傷になり易いからだ。
しかも、攻撃しているのはチートNPCである『UNKNOWN』。幾らあの栄長とは言っても、本体に直接攻撃されてしまっては一溜まりも無いだろう。
だから俺は『UNKNOWN』に攻撃をした。しかし、『UNKNOWN』の周りには超高ランクのアバターしか使用出来ないはずの打撃反射型(攻撃したらダメージが跳ね返って来る)のバリアが張られていた。まだ試してはいないが、おそらく、打撃以外の科学攻撃をしてもそれ用の対策をしているのだろう。
俺は考える。1秒と言う、非常に短い時間が永遠に思える程集中して。そして、俺は不意にそれを思い付いた。
この状況を打破出来るかもしれない、唯一無二の方法が!