第13部
【2023年09月25日17時26分44秒】
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
学校の帰り道で教科書を学校に忘れた俺は、その引き返す途中に飴山と杉野目に出会った。
結局の所、二人との話は不明瞭な点が多かったのだが、それでも新しい情報が幾つも手に入ったので、良い収穫だったと思う。
その後に、俺の事を思ってわざわざ別れた場所で待っていてくれた音穏と栄長に何故か心身共に大ダメージを負わされたりもしたが、こうして無事に帰宅する事が出来た。
そして今、俺は自分の悪過ぎる成績を少しでも(留年しない程度に)良くする為に、偏差値80の高校に通っていたと言う湖晴に勉強を教えて貰っている。
俺が勉強する予定だったのは高校2年生の基礎の基礎だったので、私立中学に通っていて先取り勉強をしている珠洲にも一応は教えて貰う事は可能だったのだが、珠洲は家事と受験勉強が忙しいだろうし、流石に妹に教えて貰うのは俺の無いに等しいプライドが許さなかった。
そんな訳で、湖晴に勉強を教えて貰っているのだが・・・・・会話が無い。いや、勉強中に話すのは集中出来ていない証拠だと思うのでこれはこれで構わないのだが、さっきから解いている問題は分からない所だらけなので、沢山聞きたい事はあるのだが聞き辛いのだ。
昨日あんな事があったせいなのだろうか。俺も湖晴も、今まではそんなに意識していなかった事を意識してしまっている。
一応、今日学校であった須貝の件や飴山と杉野目と話した事については話したのだが、俺も湖晴もイマイチ話に集中出来ていなかったみたいで大して話が進まず、最終的には勉強が終わった後で考える事になった。
「・・・・・・・」
「・・・・・!」
俺はふと、目の前に広がる数学の教科書から目を離し、俺に勉強を教える為に隣に座っている湖晴の顔を見た。湖晴は何か雑誌(買って来たのだろうか)を読んでいたみたいだが、俺の視線に気付くとその本で顔を隠してしまった。
・・・・・前まで、厳密には昨日のアレまではこんな事は無かったと思うのだが。何か、やけに避けられている気がするんだよな。
補足しておくと、湖晴は相変わらず白衣を着ている。白衣の下に来ているシャツは一昨日買ったシャツの様に見え、俺がプレゼントした金属製のアクセサリーはしてくれているみたいだが、折角沢山私服を買ったんだから白衣は部屋に置いておけば良いのに。
それに、前はあまり意識していなかったが、何か良い匂いがする。女の子特有の何か良い匂いが。これ以上言うと俺が変態の様に思われそうなので次長するが、ふと気になったのでな。
しっかし、こう改めて考えてみると、湖晴って美人だよな。多分、いや絶対に誰が見てもそう思う程に。
さらさらの長い青髪で、透けてしまいそうに真っ白の肌。純粋無垢なきらきらとしている青い瞳。そして、豊満と言う言葉では表し切れないくらいに大きな胸。時折天然な時もあるが、偏差値80の高校に通っていた程の天才であり、性格も穏やか。怒ったりする事なんて、殆ど無い。
将来的にそんな湖晴を彼女に出来る奴は羨ましいな。リア充爆発しろ、と言いたくもなる。まあ、湖晴は家事が壊滅的に苦手で、持病持ちだから、それなりに大変そうではあるが。
あ、そうだ。そろそろ、前に『〇ma〇on』で買っておいたアレが届いているはずだ。話題に困っていた所だったので、丁度良い。聞いてみよう。
「「あの・・・」」
俺が湖晴の方を向いて声を掛けると、同様に湖晴も俺の方を向いて声を掛けて来た。その拍子に、湖晴は手に持っていた雑誌をグシャッと握り潰してしまった。
「・・・・・あ、えっと、先に言って良いぞ?」
「い、いえ!次元さんが先でしたから、次元さんからどうぞ!」
「そうか?」
「はい!」
なーんか、変なんだよなー。妙にテンションが高いと言うか、浮かれていると言うか。
とにかく、今の湖晴はこれまで俺が知っている冷静で穏やかな湖晴とは少し違っていた、と言う事だ。まあ、こっちはこっちでアリだけどな。
「俺宛に何か、荷物が届いてなかったか?これくらいの大きさの」
俺は目的の物の大体の大きさを手で表現しながら、秋なのに汗をかいており、顔がほんのり少しだけ赤くなっている湖晴に聞いた。
「・・・・・あー、はい。確かに届いていました」
「それ、今は何処にあるんだ?」
「私の部屋です。まだ開けてはいません」
俺が湖晴に聞くと、何故か妙にテンションが高くなっていた湖晴はいつも通りの落ち着いた雰囲気に戻り、俺の質問に答えた。
「ん?何で湖晴の部屋にあるんだ?俺の部屋の机の上に置いてくれれば良かったのに」
「いえ。昼間に届いて、その時はお家には私しかいませんでしたので、取り合えず、次元さんが帰って来たら聞いてみようと思ってそうしたんです」
「だが結局、今俺に聞かれるまで忘れていた、と」
「すみません・・・・・うっかりしてました」
そうだった。今日は平日だから、珠洲も普通に学校がある日だったな。だから、湖晴は家に1人でいて、良く分からない荷物が届いたから1時的に自分の部屋に持って行ったのか。
だが、それでも結局は俺の部屋の机の上に置いておいてくれれば取りに行く手間も省けるだろうに。まあ、何か湖晴なりの考えがあったのかもしれないので、特に追求はしないが。
と言うか、荷物を受け取る時に押す印鑑とかどうしたんだろうか。一応、玄関の小道具入れに入っていたはずだが、湖晴にはそれを言った記憶は無いしな。適当に探していたら見付かった、とかそんな感じだろうか。
「まあ、そんなに気にするなって。湖晴の部屋にあるのなら、取って来てくれるか?」
「はい。分かりました」
俺が湖晴に荷物を取って来て貰える様に頼むと、湖晴は椅子から立ち上がり、自室へと戻って行った。数10秒後、湖晴が結構大き目の厚紙製の箱を持って来た。多分あれは、俺の目的の物で合っているだろう。
「どうぞ」
「ああ。サンキューな」
湖晴からその箱を受け取った俺は、机の上に広がる教科書類を隅に寄せてその箱を机の上に置き、封をする為に貼られていたビニールテープを剥がして行った。
すると、そんな俺の様子を暫く見ていた湖晴が、物珍しそうに聞いて来た。
「それにしても、次元さん。こんな物を、何時何処で買ったんですか?」
「ん?『〇ma〇on』で買ったんだよ。ほら、ネットショッピングな」
「私、今の所はネットショッピングはした事が無いのですが、使い心地はどうですか?」
「別に俺もそんなに利用する事は無いが、一言で言うと『楽』だな」
「次元さんにぴったりですね」
「まあな」
そう言えば、湖晴も自分用のパソコンを買っていたんだったな。元々は『SFADV』と言うPC用ネットゲームをする為だったり、趣味のロボット作りに必要だったから買ったのだろうが、普通にネットショッピングも出来るだろうからな。
「また今度、暇潰しに適当何か買えば良いさ。最初は色々と手続きが必要な場合があるが、湖晴なら問題無いだろ」
「そうですかね?」
「湖晴は俺なんかよりも、ずっと頭が良いからな」
「・・・・・それでは、明日の昼間にしてみます」
「ああ。何事も試してみるべきだからな」
特に過去改変作業の後の片付けも無く、俺と珠洲が学校に行っている間は湖晴は家で1人で暇だろうからな。湖晴なりに有意義に時間を過ごしているのだろうが、その暇潰しの1つとしてネットショッピングを利用してみるのも良いかもしれない。
・・・・・よくよく考えてみたら、過去改変作業をしていない時の湖晴って、完全にニートだよな。仕事と言う仕事はしていないし、飯も珠洲に作って貰っているし、自分用のパソコンを持っていて使いこなしているし。まあ、ニートの定義なんて知らないがな。
「ところで」
「何だ?」
俺が箱の封をする為に貼られていたビニールテープを再び剥がし始めようとしたその時、また湖晴に話し掛けられた。
「この箱の中には何が入っているんですか?」
「ほら、阿燕の過去改変の前に俺さ、阿燕と約束してただろ?」
「約束?」
「阿燕は阿燕の姉ちゃんの為にぬいぐるみを探していた。でも、俺達が過去改変をした事でそれは叶わなくなっただろ?」
過去改変の為に『現在』から『過去』に行くその直前、俺は阿燕と地下街で会った。と言うよりは、尾行している時に、湖晴に無理矢理話し掛けさせられた。その時の会話で俺は阿燕に『ぬいぐるみを探す』と言っていたのだ。
「過去改変により『現在』の世界が変わり、私達が知らない所でそれが叶っていると言う可能性もありますが?」
「それならそれで結果オーライだ。だから、俺の今回の買い物は万が一の為の保険って事になるな」
とは言っても、過去改変後のこの世界の阿燕はあの会話を俺とはしていない。だから、俺が突然阿燕にぬいぐるみを渡したら変に思われるかもしれないが、俺の心が擦り減るだけならそれで良い。俺はただ、過去改変前とは言え阿燕とした約束を守りたいだけなのだ。
「次元さんは、優しいですよね」
「そうか?過去改変前とは言え、約束は約束だからな。探すのに手間取って、かなり時間が経っちまったけど」
俺はつい先程湖晴から渡された紙製の箱の封を完全に開け終え、中からぬいぐるみを取り出して、状態を確かめた。過去改変前に阿燕から言われた通りの生産社であり、ぬいぐるみにしては珍しい、ツバメのぬいぐるみだ。
正直言って、俺には鳥の区別なんて付かないので本当にこれで合っているのかは分からないが、一応商品説明覧にはツバメだと書いてあったから大丈夫だろう。
よりにもよって、既に生産終了しているぬいぐるみだったからな。最初は『〇ma〇on』以外のサイトでも探していたが結局見つからず、『〇ma〇on』では残り1個だったし、結構高かった。
「それでも、次元さんは優しいですよ」
「何か、そんなに言われると照れるな。・・・・・そうだ。テストが終わったら、湖晴にも何か買ってやるよ」
「本当ですか!?」
「おう。まあ、湖晴なら自分で何でも買えるとは思うが、俺からのお礼と思ってくれ」
「ありがとうございます!」
つい数分前と同様に再び湖晴のテンションが高くなった。まあ、湖晴も女の子だからな。年齢的な問題は少し関係あるか分からないが、ぬいぐるみ1つくらい欲しいかもしれないしな。
それに、今だに、湖晴の部屋はほとんど何も無く、年頃の女の子の部屋とは思えないくらいに殺風景だからな。何か華やかな物の1つや2つ、あっても良いだろう。
本当は昨日俺が風邪なんて引かなければ、湖晴と2人で湖晴の部屋用に家具類を幾つか買いに行こうと思っていたのだが、それは叶う事は無かった。
まあ、テスト明けにそれも含めて色々と湖晴に買ってやろう。その時まで湖晴が俺の家にいるかは過去改変作業の具合で変わってしまうがな。今の所、1週間に2回のペースで進んでいるから、あと1,2週間はいるだろう。
「じゃあ、そろそろ勉強再開しますか!」
「とは言っても、次元さんは未だに三角比が理解出来ていないですよね?相当大変だと思うのですが・・・・・」
湖晴は俺が机の隅に寄せてあった開きっぱなしの教科書のページを見つつ、俺にそんな事を言って来た。確かに湖晴の言う通りだ。三角比とか、今日初めて知ったよ。
「なぁに、湖晴大先生が教えてくれるのなら、余裕さ」
「一応言っておきますが、この単元って高校1年生の範囲ですよね?」
「基礎固めは大事だからな!」
基礎固めが大事。つまり、基礎だけ勉強しておけばある程度の点数は取れる。この事に気が付いた時の俺は、自分で言うのもなんだが本当に天才だと思う。
「基礎以前に、学年が1つずれていますけど」
「問題無い!」
「sin、cos、tanって分かりますか?正弦定理とか余弦定理とかも」
「も、問題無い!」
「三角形の相互関係。tanA=sinA÷cosA、sin・・・」
「知るかー!」
何だそれは!何語だ!俺とは別の世界に住む人間が使う言語か!と言うか、よくよく考えてみれば三角比って高1の時に習う範囲だったのかよ!何で俺はそんな単元を『初めて見た』とか言ってるんだ!
俺は謎の言語を発した湖晴から目を離し、机の上に教科書やらノートやらを広げ、勉強を再開した。しかしその直後、俺のやる気を根こそぎ奪い取るかの様に、湖晴の囁きが聞こえた。
「あと、さっきテスト範囲のプリントが見えたのですが、今回のテスト範囲には三角比以前にそう言う関係の単元は入っていませんよ?」
「・・・・・・・」
知らねーーーーー!!!!!聞いてねーーーーー!!!!!
「湖晴大先生・・・・・教えて下さい・・・・・」
「その前に、もう1つ良いですか?」
「はい、何でもお申し付けて下さい・・・・・」
「何分か前からだったのですが、誰かからメール来てますよ?」
「え?」
俺は湖晴に言われた通り、机の上に置いてあるスマートフォンを見た。今湖晴から言われた通り、誰かからメールが届いていたらしく、画面の端にあるランプが点滅していた。