第11部
【2023年09月25日16時25分34秒】
昼休みに自販機の前で偶然にも阿燕と会った俺は、その後に須貝の巧妙な策略によって体育倉庫に閉じ込められ、途中から阿燕に変装していた須貝の正体を暴いた後共に情報交換をした。
いや、その情報交換は互いに相手を味方と判断したから行った物ではなく、あくまで互いに相手に自分の手の内がほとんどばれていると判断したからだった。須貝の方がどの様に考えていたのかは俺は知らないが、少なくとも俺はそう考えていた。
話の結論としては『須貝は俺と阿燕の事を何らかの理由で狙っている』と言う事になる。そして、今日はその下見なのだと言う。だが、本当に今日は下見だけなのか。下見をするだけの理由であんな事が出来るものなのか。それに、狙っているはずの俺に対してその事を教えても良かったのか。
須貝輝瑠と言う表向きは完璧人気アイドルだが、実は俺と阿燕に殺意を抱く危険少女についてはまだまだ分からない事だらけだ。
あと、須貝が体育倉庫から脱出する際に倉庫のドアを木っ端微塵に破壊してくれたお陰で、その現場の近くにいた所を何者かによって目撃されていたらしい俺は放課後すぐに呼び出しを食らってしまった。
まあ、俺みたいな平凡を具現化したかの様な高校生が体育倉庫のドアを木っ端微塵に破壊する様な事など出来る訳が無いので、適当に言い訳をしたら俺を呼び出した数人の教師達は一応納得してくれた。
「それで?」
「・・・・・何が?」
そして今、こうして音穏と栄長の2人と一緒にグラヴィティ公園内を歩いて自宅へと向かっていると言う訳だ。その最中、唐突に俺は俺の隣を歩く音穏から話し掛けられた。
「次元が放課後に呼び出されていた理由はさっき聞いたから良いとして、昼休みは本当に寝てたの?」
「ああ」
「何処で?」
「・・・・・1階の空き教室で」
「ふーん」
どうやら、音穏は今だに俺の様子が昼休みの時に少しおかしかった事について考えていたらしい。俺の事を心配してくれるのは嬉しいが、今回ばかりはその本当の理由を言う事は出来ない。もし音穏に言ってしまったら、今回の件に何の関係も無い音穏まで巻き込まれる可能性があるからだ。
・・・・・仕方無い。このままこの話題が続くと音穏達に色々と話さなければならなくなりそうなので、180度話題を変えるとしよう。俺は音穏の方に向けていた自分の顔を、栄長の方に向けて話し掛けた。
「そう言えば、栄長はもう大丈夫なのか?」
「え?う、うん。もう大丈夫」
「そうか。持病が再発したのか?」
「まあ・・・・・そんな感じかな。でも、今の所は特に何も症状は無いし、家に帰ってからはまた薬を飲むから」
栄長は元々栄養を吸収し難い体質だったはずだ。だから、1時間目の時に栄長が俺とメールしていたにも関わらず急に保健室に行ったのは、おそらくそれが原因なのだろう。今だって『家に帰ってから薬を飲む』と言っていたので、間違いないはずだ。
そこで、俺は今の話題とは全く関係の無い別の事に気が付き、一言呟いた。
「あ。今日は教科書持って帰るんだった」
「もしかして、いつも通り置き勉して来たの?」
「ちょっと俺、学校に戻って取って来るから、2人は先に帰っておいてくれ。出来る限り早く追い付くから」
そうだった。今日だけで何度言ったかはもう覚えてはいないが、今日はテスト1週間前なのだ。成績が進級の為にはかなり危うい状況にある俺は学校では栄長に、家では湖晴に勉強を教えて貰う予定だったのだ。教科書を学校に置きっ放しでは、それも出来なくなってしまう。
何時だったか、誰かが言っていた。『テスト勉強は教科書の内容を完璧にしておけば大丈夫』と。今はその言葉を信じて参考書なんて買わずに、ひたすら教科書と授業ノートだけ勉強するべし。
「じゃあ、制限時間は5分ね。遅れたら恐怖の罰ゲーム~」
「少なっ!と言うか、ここから学校までで普通に5分はあるぞ!?」
「スタートまで5秒前ー・・・・・3・・・2・・・」
「わあああああ!!!!!」
いつも通り、栄長の良く分からないノリに付き合わされつつも、未知なる『恐怖の罰ゲーム』とやらが怖過ぎたので、俺は全力疾走をして学校へと戻った。何でいつもこうなるんだろうか。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
・・・・・と思ったのだが、意外と言うか予想通りと言うか、学校に戻る最中に俺はある人物と出会った。栄長によって設定されたタイムリミットは刻一刻と迫っているのだが、まあ、そんなに気にする必要も無いだろう。
俺はやや俯きながら歩くその人物に、軽い調子で声を掛けた。
「飴山ー、おーい」
「・・・・・・・」
その人物とは、軽音部に所属しており音穏の後輩である飴山有藍だった。音穏同様に今日は軽音部の活動が無いので、家に帰る途中だろう。
「・・・・・あれ?飴山ー?」
「・・・・・・・」
何か様子が変だな。大人し目な飴山に限って『俺みたいな年上から話し掛けられて、返事をすると色々と面倒な事になりそうだから返事をしない』なんて事は無いと思うから、本当に聞こえていないだけなのだろう。と言うか、そうであってくれ。そうじゃなかったら、俺の心がズタズタになる。
「飴山?」
「へ?うひゃあ!」
俺は歩き続ける飴山に近付き、その顔を覗き込んだ。すると、飴山はようやく俺に気付いたらしく、そんな風な気の抜けそうな声を上げた。
「大丈夫か?」
「は、はい!大丈夫でひゅ・・・」
「あ、噛んだ」
『でひゅ』って何だ。多分『です』って言いたかっただけなのだとは思うが。
「うぅぅぅ・・・・・上垣外先輩ですか・・・・・はぁ・・・・・」
「どうしたんだ?何かあったのか?」
「えっと、その・・・・・はい・・・・・」
やはり飴山の様子が以前会った時とは違う気がする。俺が話し掛けたからではなく、何か別の原因がある様な気がした。
「俺で良ければ相談に乗るぞ?」
「そうですか・・・・・?でも、今回の件は上垣外先輩にどうにか出来るとは・・・・・」
何か今、年下から結構失礼な事を言われた気がする。
「前にも言っただろ?俺なんかで良かったら、力になれるかは分からないが、相談くらいなら乗れるって」
「そうでした。だったら、こんな所でなんですが、相談に乗って頂けますか?」
「おう。任せろ」
さて、そろそろ音穏達と分かれてから5分くらいか。もう栄長が設定したタイムリミットには間に合いそうにないな。まあ、先に帰っておいてくれと言ってあるし、飴山の力になるとしよう。
そして、飴山は俺にその悩みを相談し始めた。少しだけ暗く、気分の落ち込んだ感じで。
「以前お話したと思うのですが、私に付き纏っているらしいストーカーの事なんです」
「ああ、前に言ってたな。そう言えば」
「それで、そのストーカーらしき人物が・・・・・この間の土曜日に私が住んでいる部屋の隣に引越して来たんです」
「・・・・・え?」
飴山は今、何と言った?『ストーカーらしき人物が隣の部屋に引っ越して来た』と言ったよな?え?でも、それって、もしかして・・・・・、
「単純にその人は、飴山が住んでいるマンションなのかアパートなのかの物件を見に来ていただけなんじゃないか?」
だって、普通に考えたらそうだろう。飴山が住んでいるのがマンションなのかアパートなのかは知らないが、単純に住む場所を探している人なんて世の中には大勢いるからな。
つまり、飴山がストーカーだと思い込んでいた人物はストーカーではなく、ただの新しいお隣さんなだけだったと言う事になる。
なんだ。俺が行動するまでもなく、問題は解決してるじゃないか。と言う事は、飴山は自身の勝手な思い込みを悔やんでいたから、暗い雰囲気で歩いていたのか。そう言う事か。
しかし、楽観的な思考をしていた俺とは逆に、飴山はまだ何か腑に落ちない様子で俺に話し掛けて来た。
「本当に、そうだったら良いんですけど・・・・・」
「まだ何か気になるのか?」
「はい。私、その人の事を何時か何処かで見た気がするんです」
「だから、ストーカーみたいな事をされている時に・・・」
「そんなに最近じゃないんです!」
考える事を止めた俺に、飴山は大声を上げた。その飴山の様子はまるで、自分の大切な何かを否定された時の様に思えた。
「飴山・・・・・?」
「・・・・・はっ!す、すみません!私、大声なんか出しちゃって!」
「いや、その事なら気にしなくても良いんだけど・・・・・」
飴山の突然の変わり様に驚く俺と、俺に大声を出した事について謝る飴山。何か、微妙に話し難いな。大声のせいではなく、何と言うか、今まで感じた事が無い様な違和感のせいで。
「そうだ!ご両親には相談してみたか?してないなら、念の為にした方が良い。もしかしたら、大家さんとかに話をしてくれるかもしれないぞ?」
「・・・・・それは出来ません」
「え?」
「私、一人暮らしなんです」
それでだったのか。だから、飴山はストーカー紛いの事をされた事について必用以上に悩んでいたのか・・・・・って、おいおい!ちょっと待て!
「それなら、ご両親は今何処にいるんだ?」
「分かりません。そもそも私には、両親なんていないんです」
「詳しく聞かせて貰っても良いか?嫌なら別に・・・」
「大丈夫です」
飴山はキッパリとそう言った。俺みたいな奴に話して良い事なのかは分からないが、俺は黙って飴山の言葉を聞いた。
「私は中学2年生の頃に、今住んでいるアパートに引っ越して来ました。とは言っても、私にはそれよりも前の記憶がありませんでした。両親の事も前に住んでいた所も、何もかも覚えてはいませんでした。私はその事について気になって、何度か病院に行きました。でも、お医者さんは特に異常は無い、の一点張りでした。私は今の生活に不満はありません。友達もいますし、先輩方もいますし、毎日が楽しいです。でも、私は私の昔の記憶が無い事だけが気掛かりだったんです。そんな時に、何時か何処かで見た事がある人からのストーカー行為は始まったんです」
・・・・・・・。
俺は飴山からその過去を聞いた後、暫く考え込み『これからもストーカー行為が続く様だったら、また俺に話し掛けてくれ』と言っておいた。
結局の所、現段階では俺には何も出来ない。ストーカーらしき人物が隣に引っ越して来たと言う事だけ聞くと、飴山のただの勘違いだったと言う結論しか出ない。
飴山が言って来たストーカー行為の事と、飴山の謎に包まれた過去。どちらも、何らかの関係性があるのは分かるが、それは何だ。今の俺には全く分からなかった。だから、俺はただ問題を先伸ばしにしたのだ。
しかし、この時の俺の判断が後々の複雑怪奇な大事件へと発展するとは、この時の俺は知る由もなかった。
この時の俺が取るべき行動は『飴山を音穏達と合流させ、途中まで一緒に帰らせる』だったのだ。まあ、それでも結果は変わらなかったかもしれないがな。