第09部
【2023年09月25日12時48分36秒】
「そろそろ、こんな茶番は止めようか?須貝輝瑠」
俺は窓の外に須貝の後ろ姿を確認した後、阿燕にそんな台詞を言った。いや、正確には『阿燕の姿に変装をしている須貝』に言った。
高めの台からゆっくりと降り、今は俺の目の前にいるその人物は、少し戸惑いながらも俺の質問に答えた。
「な、何を言っているの・・・・・?上垣外・・・・・?」
「先に言っておくが、惚けても無駄だ。お前は本当は阿燕じゃなくて、須貝なんだろ?」
「・・・・・・・」
薄暗い体育倉庫の中で起きた数秒間の沈黙。そして・・・・・、
「へー。凄いじゃない。何時から気付いていたの?」
俺の目の前にいた『阿燕の姿に変装をしている須貝』は、遂にその本性を現した。その話し方、声色は勿論阿燕とは違い、又、俺が知っている完璧人気アイドルである須貝輝瑠とも大きく異なる物だった。
『阿燕の変装をしている須貝』は変装の際にツインテールにしていた髪を解き、代わりにポニーテールに髪を結わえた。人とは、髪型でここまで印象が変わるものなのか。俺の目の前にいた人物は、阿燕では無くなり、完全に須貝輝瑠と言う完璧人気アイドルへと成り変わっていた。
そして、俺と須貝の会話が始まった。
「気付いたのはついさっきだな。俺が『窓の外で須貝の後ろ姿を見付けた』事がそのきっかけとなった」
「ふーん。でも、それでけじゃ『私がなっちゃんと入れ替わっている』と言う事を確信させる要因にはならないはずだけど?」
須貝はテレビに出ている時とは大きく異なる話し方をして来る。テレビに出ている時の、誰もが知っている、完璧人気アイドルである須貝輝瑠とは大きく異なる、さながら悪魔の様な雰囲気を醸し出しながら。
そりゃあ勿論、大抵の有名人はテレビに出ている時と日常会話では人格を使い分けると思うが、それでも今の須貝の変わりっぷりは異常だった。
「その質問に答える前に、1つ質問だ」
「何かしら?」
「『なっちゃん』とは誰だ?」
「あー、そっかそっか。君は知らなかったね。『なっちゃん』は『豊岡阿燕の本名』を知っている私が勝手に付けたあだ名だよ」
「阿燕のあだ名?と言うか、阿燕の本名ってどう言う意味だ?阿燕の本名は豊岡阿燕のはずだろ?」
「いやー、これは私となっちゃんだけの問題だから、あまり深入りして欲しくないんだけど・・・・・そんなに、聞きたいの?」
「・・・・・いや、必要無い。俺は他人の過去を掘り起こす様な事は極力したくないからな」
うーん、阿燕と須貝の関係がどの様な物なのか、俺はその事について是非とも詳しく知りたい所だったのだが、須貝にそんな言われ方をされたら聞き辛い。
別にそんな台詞にも臆する事無く会話を進めれば良いだけ、と思われるかもしれないが俺にはそんな事は絶対に出来ない。これまでに、湖晴と一緒に4人の過去改変をして来た俺には。
そして、俺は須貝に、須貝は俺に、何の不信感も抱く事無く会話は進んで行く。ここはほぼ密室だ。他人に会話を邪魔される事は無いし、お互いにお互いの手の内がほとんどばれている、そう考えたからだ。
「そう。じゃ、話を続けましょうか。えーっと、君がどの部分に『私がなっちゃんと入れ替わっている』と言う事を確信させる要因を見出したのか。そこからだったわね?」
「そうだな。まず第1に、今日の阿燕は途中から色々とおかしな所があった。この倉庫内にガスらしき何かが入り始めている事を知った時、俺はあえて『何か』とは言わずに『ガス』と言った。そして、俺は阿燕とそのまま会話を続けた」
「それが何か不自然な事かしら?」
「不自然過ぎる。仮にも、阿燕は普通の女の子だ。日常会話で『ガス』なんて単語はほとんど出ないはずだ。それに、こんな倉庫に突然閉じ込められたと言う不可解過ぎる状況のオマケ付だ。だが、『ガス』と言う単語に『阿燕は驚かなかった』」
「あー、それは気付かなかったなー。まさか、そんな凡ミスまで採点される事になるとはね」
俺自身もそんな些細な事に気付けるとは思いもしなかった。だが、俺の勝手な思い込みで阿燕の症状が何らかのガスせいだと思い込み、その事を口に出したお陰で、須貝が阿燕と入れ替わっていると言う事実に1歩近付く事が出来た。
「他にも、阿燕が俺の背中を上って行く時に、俺は阿燕の体格では考えられない体重を感じ取った。それは、俺の背中を上っていたのが阿燕ではなく須貝だったからだ」
「アイドルに向かって軽々しく失礼な事言うわね。確かに私はなっちゃんよりも重いけど、そんなに言う程太ってないわよ。と言うか、私の体重がなっちゃんよりも重いのは身長とか胸の大きさのせいよ」
「事実だろ」
結果的には、これも単なる偶然に過ぎない。だが、今思えば入れ替わりの予兆なら幾つもあった。阿燕の姿をした須貝は俺の背中を上る直前に、何度か上るのを躊躇ったのだ。
普通に考えれば、俺の背中を上ると言う事に対して申し訳なく思っていたり、もし自分の体重が重たく感じられたらどうしよう、とか思っていた事だろう。だが、実際には違う。あれは、阿燕に変装した須貝が『俺の背中に乗る事で俺に阿燕との体重差に付いて何か悟られないか』と言う事を心配していただけなのだ。
現に、俺は阿燕の過去改変前の世界で様々な謎のトラップから逃げる為に阿燕を背負った事がある。その為、阿燕の大体の体重は把握しているのだ。だから、これが単なる偶然だとしても、その事に気付く事が出来たのだ。
須貝は須貝の台詞を無視して行く俺に呆れたのか、単にさっきまでの阿燕の演技に疲れただけなのか、溜め息を付いた後近くにあった適当な椅子に座り、更に俺に話し掛けて来る。
「・・・・・はー、やれやれ。まあ、良いけどね。でも、たとえその事が分かったとしても、私がなっちゃんの変装を上手く出来る保障は無いんじゃない?さっき言った通り、身長とか胸の大きさとか」
「この倉庫には明かりが無い。あるのは窓から差し込む程度の少しの明かりだけだ。阿燕と須貝の髪の色が少し違うのも、身長が何cmか違うのも、暗ければよく分からなくなる。それに、俺はそこにいる人物を『豊岡阿燕と言う1人の女の子』であると思い込んでいるからな。普通は疑わない」
ようは、思い込みの心理だ。何時から須貝が阿燕と入れ替わったのかは今の所は分からないが、俺がそこにいる人物を阿燕であると思い込みさえすれば、ろくに確認なんてする訳がない。そもそも、人が入れ替わるなんて事、普通は誰が思い付くか。何の刑事ドラマだ。
あと、身長の件だが、阿燕に変装した須貝は俺の背中を上って高めの台の上に乗った。そして、ヒザヲ曲げて座った。つまり、俺と並んで立っているならまだしも、離れた所で、しかも膝を曲げて座っているとなれば身長差なんて気付ける訳が無い。
「胸の大きさの件はノータッチ?」
「適当に制服を改造してたんだろ。どうせ」
「そうよ全く、困っちゃったわよ。なっちゃんってば、案外胸の発育が遅いみたいだから、同じくらいの大きさにする為に無理矢理押し込めたり、制服を改造したりするのが大変だったんだから」
「・・・・・・・」
「今だって何枚か脱ぎたいくらいよ。解放感に浸りたいから、下着1枚だけでも充分なくらいよ」
おいおい。仮にも表向きは完璧人気アイドルだろ。密室で、しかも俺みたいな純粋で平凡な男子高校生に向かってそんな事言うなよ。勘違いしそうになるだろ。
「・・・・・話を続ける。第2に、俺が『倉庫内にガスを入れている犯人』を捜している時だ」
「あれはかなり滑稽だったわね。あんな事されたら、きっと外にいる奴も私の命令を無視して逃げるでしょうし」
「あの時は、俺はまだ須貝が阿燕と入れ替わっている事には気付いていなかった。だが、そのすぐ後の事だ」
「何かあったかしら?」
「『俺は須貝が走っている後ろ姿を目撃した』」
「あー、そう言う事」
俺は倉庫のすぐ外にいるはずの『倉庫内にガスを入れている犯人』を確認する為と、ガスの注入を止めさせて阿燕を助ける為に、わざと気が狂った様に振る舞いながら倉庫の隅を荒らした。そうすれば『中で何か動きがあった』と外にいる『倉庫内にガスを入れている犯人』は気付くはずだと思ったからな。
案の定、『倉庫内にガスを入れている犯人』は慌てて何処かへと走り去った。最初はその後ろ姿から、俺は本当に『倉庫内にガスを入れている犯人』が須貝であると思っていた。だが、俺の予想していた展開と大きく異なる方向へと物事は進んだ。だから、確信した。『須貝が阿燕に変装している』と。
「あれはどう見ても須貝だった。だが、あの後ろ姿が本当に須貝の物だったとしても、その後に幾つかの展開が考えられたはずだ」
「聞かせて貰おうかしら?」
「展開1は須貝が俺に後ろ姿を見られていない前提で事は進む。須貝は何食わぬ顔をして倉庫に戻って来た後、俺達を倉庫から出す。こうすれば、今回の不可解な閉じ込め事件は『ただの事故』が原因と言う事になる」
この展開1の場合で、もしも俺が須貝の後ろ姿を目撃してしまっていたらどうなっていただろうか。まず、俺は須貝にその事を聞くだろう。勿論、阿燕も。
その後の展開がどの様に傾いたかまでは予測不能だが、それでも俺の目の前に須貝本人が姿を晒すのは須貝にとってもあまり有益ではない。全てが分かった今では、そう思う事が出来る。
「確かにね。他の展開は?」
「展開2は俺に後ろ姿を見られた前提で事は進む。須貝はこの倉庫に顔を出す事無く、この倉庫を『爆破する』と言う方法だ」
「成る程ね」
「そうすれば、俺と阿燕はおそらく死ぬ。つまり、須貝が何をしたのかを知っている人物はいなくなる、と言う事だ」
だが、もしこれを実行していたのなら、どう考えても大事件になる。それもそうだ。平凡な公立高校で突然体育倉庫が大爆発して、偶然にも中にいた生徒が2人も死んだのだからな。
そして、俺は予め、音穏と栄長に『自販機に行って来る』と言ってある。自販機の近くには、丁度出合った阿燕の他にも何人かの生徒がいた。そんな俺達2人の姿や、有名人の須貝の行方を誰1人として見ていない訳が無い。いくら人通りが少なくても、いくら俺がクラスではぼっちでも、誰かは俺達3人の行方を見ていたはずだ。
だから、何時かは俺と阿燕を殺した人物が須貝である事が判明する。監視カメラなんて無いし、上空には飛行船も飛んではいなかったが、それでも何時かは真相は暴かれる。今こうして須貝と倉庫内で話していると言う事実だって、何れは誰かに知られる事だろう。
須貝は腕や足を組みながら、少し偉そうにしつつ、俺に更なる質問をして来る。
「でも、結局どれも実行されていない訳だけど?」
「だからだ」
「?」
「物事はこの2つの様な展開通りには進まなかった。それもそうだ。それぞれ決定的な欠点があったから、須貝はそれらを実行しなかった。須貝は倉庫には現れず、倉庫自体も爆破されない。だから、俺は別の展開を考えた」
「それで『私がなっちゃんと入れ替わっている』と言う展開を思い付き、考えてみると色々と思い当たる節があった、と」
「そう言う事だ。第1に話した事の全ては、現在のこの状況を説明するには充分な役割を果たすからな」
『ガス』と言う事に疑問を感じず、本来の阿燕の体重よりも少し重く、俺の予想した展開では幾つかの欠点がある。これらを考慮して、幾つか推測を混ぜれば、自ずと結論はでる。
まあ、まさか本当に俺の推測が正しいとは、その事に気付いたばかりの俺は信じる&事が出来なかったがな。
「ああ、そうだ。もう1つ聞いても良い?」
「何だ?」
「携帯。私がなっちゃんじゃないって言うのに気付いていたのなら、さっき君が言っていた事は矛盾してるよね?私はなっちゃんじゃないし、なっちゃんの制服を借りた訳でもないからね」
「何だ。そんな事か」
今須貝が俺に聞いたのは、阿燕に変装した須貝が俺に『携帯で誰かを呼べば早い』と言った時に、俺が返した言葉についての事だろう。そんな事、簡単だ。
「携帯を持っていたら、須貝の計画に何らかの支障が出る可能性があるからな。それに、須貝に『阿燕が知らない』相手から電話が掛かって来たら・・・・・例えば専属のマネージャーとか。俺はすぐにおかしいと感じるはずだからな」
「そこまで考えてたのね。でも、私が携帯の電源を切っていたり、予めマネージャーと打ち合わせをして電話を掛けて来ない様に指示していたら?」
「結局は俺の推測だからな。だが、現に須貝は何らかの緊急事態への対策として『携帯を持って来ていなかった』。最初からここに持って来ていなかったのか、ここに来る途中で何処かに隠したのかは知らないがな」
所詮はただの平凡な高校生の推測に過ぎない。知識も沢山ある訳でもなく、こう言う経験が豊富な訳でもない。だから俺は、考えられる可能性を1つ1つ探って行っただけだ。
最終的に、須貝が携帯の電源を切っていると言う可能性も充分に考えられたが、そこは『須貝が阿燕と入れ替わっていない』と言う可能性も考えて、持って来ていないと言う結論を出した。
俺のある程度の推測を聞いた後、須貝は満面の笑みで軽く手を叩きながら話して来た。
「いやー、流石だねー。よくそこまで気付いた。褒めてあげよー。パチパチパチー」
「待て。まだ、俺の方からお前には聞いていない。幾つか答えて貰おう」
「と言うか、この美味し過ぎる状況で、君は何もしないつもりの?」
「は?」
と、良いますと?
「薄暗い密室で巨乳の可愛い人気のアイドルと2人っきりなのに、1回くらい襲ってみようとか思わないの?普通は、少しは思うでしょ」
「・・・・・少なくとも、こんな状況を作り出した後にそんな事を言われても全く萌えないな」
「何だ。ただのゲイか」
「何でそうなる!?むしろ、俺は女の子は大好きだ!今の状況を作り出した須貝が例外なだけだ!」
と言うか、そんな呆れた風に、ゲイとか言うなよ!何か悲しくなるだろ!あと、今言った様に俺は女の子は大体は大好きだ!巨乳ならもっと大好きだ!畜生!何て事言わせやがる!
「そう。それは残念ね。君にとったら、人生で1度あるか分からない様な数少ないチャンスなのにね。まあ、何かされたらこの倉庫ごと爆破してやろうと思ってたけど」
誘っておいて、何て事考えてやがる。と言うか、そんな事したら須貝まで死ぬだろ。確実に。いや、須貝の後ろ姿を代わりに演出し、倉庫内に謎のガスを入れた犯人が何処かにいるはずだから、そいつが何かするのかもしれない。おそらく、そいつは須貝の仲間だと思うからな。
俺はこれ以上須貝のペースで話を進ませない為に、強引に話を変えた。ここからは更なる真相を突き止める。そして、何処かに隠されてしまった阿燕を助け出す。
「じゃあ、質問に答えて貰おうか」
「何でもどうぞー。あ、でも、家庭事情以外でね」
軽い雰囲気を醸し出しながら適当に答える須貝。俺は一呼吸置いた後、そんな須貝に3つの質問をした。
「1つ、阿燕を何処に隠した?2つ、何時から阿燕と入れ替わっていた?3つ、須貝が俺と阿燕にこんな状況を作り出してまでしたかった、その目的は何だ?」