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Time:Eater  作者: タングステン
第五話 『Te』
111/223

第06部

【2023年09月25日12時24分25秒】


 1時間目の授業中、栄長は俺とメールで話していたにも関わらず、何故急に保健室に行ったのだろうか。俺とメールで会話している時に何らかの問題が起きたと言う事だけは分かるが、そうだとしても、それは一体何だ?


 俺が栄長に送ったメールの内で、栄長を不快にさせる様な内容を含む物は無かったはず。比較的に普通な女の子に分類される音穏や阿燕ならまだしも、メールの相手はあの栄長だからな。


 俺が時空転移や過去改変についての事を話そうが、珠洲の過去改変の最中に俺は車に轢かれたと思っていたが、実は生きていたと言う事を話そうが、栄長なら普通に受け止めてくれる。


 又、その本当の原因は何なのか。何に関係するのか、何にも関係しないのか。その事について何か意見をくれるものだとばかり思っていた。


 しかし、栄長はメールではなく現実で突然大声を上げて、その後保健室へと行ってしまった。ただ単純に体調が急に悪くなった訳ではない事くらいは分かるが、結局俺にはそれ以外は何も分からなかった。


 多分、この件はあまり栄長には聞かない方が良いのだろう。もしそれが、俺なんかは知る由も無い事で、栄長にとっては辛い過去だったのなら、そんな物を何回も掘り下げる必要は無い。


 辛い過去なんて、本来は無理に思い出す必用なんて無いのだ。過去改変なんてするくらいなら。


「あ、燐ちゃん帰って来た」


 俺と一緒に弁当を食べる為に俺のすぐ近くに椅子を持って来ていた音穏のそんな台詞を聞いた俺は、すぐに教室の出入口から入ってくる栄長の姿を確認した。


 保健室に行った時間と今帰って来た時間を考えると、1時間目の時に栄長は本当に体調が悪くなり、保健室で寝ていたのだろう。見た感じがいつもの栄長とは大きく異なり、まるで元気が無さそうにも見えたしな。


 そんな栄長を心配して、教室内に散り散りに存在する『リンちゃん親衛部隊2nd』が栄長に近寄り、『燐様、お体の調子は大丈夫ですか?』や『何か必要な物があったら仰って下さい』等と声を掛けている。


 相変わらず、凄い信仰っぷりだ。あれでは最早『ファン』と言うよりは『召し使い』とかそう言う類の物に近い。


 栄長は本当は体調が悪いはずなのにそれを無理に隠しつつ、そんなファン達に一言ずつお礼を言った後、そのまま自分の席、つまり俺の1つ前の席に帰って来た。


 俺のすぐ近くに座っていた音穏も、栄長が戻って来ると同時に栄長の事を心配して声を掛けた。


「燐ちゃん大丈夫?」

「う、うん・・・・・。ちょっと、ね」

「もし、次元が何かしたんだったら、私が代わりに怒っておくからね?」

「おい、音穏。俺は何もしてないぞ」


 社会科教師同様に音穏すらも、どうやら俺が原因で栄長の具合が急に悪くなったと思い込んでいるらしい。俺がどんな理由で、どうやって栄長の体調を悪くすると言うんだ。俺にはそんな理由なんて無いし、方法も分からないのに。


 普段の行いが悪い(と言うよりは、むしろ何もしていない)とこう言う状況になり易くて困る。


「次元君は何もしてないよ・・・・・次元君は・・・何も・・・・・」

「そう?と言うか、本当に大丈夫?顔色悪いよ?」

「・・・・・頭痛もあるんだよ。ごめんね、音穏ちゃん。心配掛けて」

「私は大丈夫だけど、お昼ご飯は食べられる?」

「うん・・・・・」


 音穏との会話から分かる通り、やはり、栄長は様子がおかしい。これがただ単純に体調が悪いせいなのならまだ良い。時間が経てば怪我や病気は治るからな。


 だが、今の栄長はもっと別の所に原因がある様な気がする。本当に俺のせいなのなら、その事について謝罪するが、それとも何か違う気がするのだ。何かが、決定的に。


「俺、ちょっと自販機に行って来るよ」

「?どうしたの?急に」


 俺は栄長に気を利かせる為と、自分の考えを深める為に、2人の元から離れようとした。だが、音穏に話し掛けられて引き止められてしまった。


「・・・・・わざわざそれを言わせるか。本当に俺が原因だったら悪いから、せめて何か飲み物でも買って来ようかと思ったんだよ」

「そうなの?じゃあ、私の分もお願いね?」

「最初からそのつもりだ。2人共、種類は何でも良いよな?」

「うん」

「ありがとね。次元君・・・・・」

「気にすんなって」


 栄長の小さな、消えてしまいそうなそんな声を聞き届けた後、俺はすぐに校内にある自販機へと向かった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~


 1階自販機前。ここの近くには食堂もあり、普段から(俺はあまり来ないが)それなりに大勢の生徒で賑わっている。


 それに、今日は中間テスト1週間前なので、大半のクラブがその活動を一時的に停止させられている。だから、普段は昼練をしている様な時間帯でも、こうして更に食堂に人が集まり易くなっているのだ。


 幸いな事に、自販機は食堂の外に幾つか設置されている為、俺は食堂の中に入る必要は無かった。チラッと食堂の中を見てみると、真夏日の狭い市民プールの様な有り様になっており、入っただけで窒息死してしまうのではないか、と思ってしまう程だった。


 あと、流石に今朝俺が登校して来た時程、人気アイドルである須貝輝瑠の久し振りの登校についての熱気は収まって来たみたいだが、それでも未だに食堂の外にいた生徒数人が須貝についてあれこれ話していた事を考えると、やはりその人気は絶大な物であると容易に想像する事が出来た。


 俺が自販機の前で適当に音穏と栄長の分の飲み物を買おうとしていた時、背後から聞き覚えのある声の人物に話し掛けられた。


「あれ?上垣外?何してるの?」


 そこにいたのは、阿燕だった。阿燕はソフトボール部に入っていたはずだが、今日は昼練は無いのだろうか、と口で言ってしまう直前に俺はついさっき自分で考えていた事を思い出した。そうだ、今日はテスト前だったのだ。大半のクラブは活動停止中なのだ。


「たまには自販機で飲み物でも買って来ようと思ってな」

「そう。それにしても珍しいわね。もしかして、音穏のパシリ?」

「うーん、半分くらいは正解だが、半分くらいは不正解だな」

「どう言う事?」


 俺が教室にいた時に自分で自販機に行くと言った後に、音穏からついでに飲み物を買って来るように言われたからな。パシリと言えばパシリなのだが、パシリではないと言えばパシリではないのだ。


「阿燕こそどうしたんだ?阿燕も何か買いに来たのか?」

「うん。いつも私、昼練の終わりにここで適当に飲み物買ってるから、今日はその時の習慣?みたいな感じで来ちゃったのよ」

「そうか」


 やはり、日頃からスポーツをしている人間は生活習慣が規則正しくなっているんだな。俺もそう言う所を見習いたいものだが、俺みたいな過度なロングスリーパーにスポーツが出来る様な時間や体力は無いからな。どうしようもない。


「まあでも、今日はこうして上垣外に会えたから、そんな生活習慣が役にたって良かったわ」

「?」


 俺と会うと何か良い事でもあるのだろうか。今朝のテレビで『今日のラッキーアイテムは、知り合いの男子です!』とか言っていたのだろうか。と言うか、誰がアイテムだ。誰が。


 その後、俺と阿燕はそれぞれ缶ジュースやらペットボトルやらを買い、グラウンド前のベンチまで行って座った。このベンチは、俺と阿燕が過去改変前に初めてまともに会話した場所でもある。そう言う意味では思い出深い場所だと言えるだろう。


 俺は音穏と栄長の元に早く帰った方が良いのは分かっているが、久し振りに会えた阿燕の様子が気になったので、少しだけ阿燕と話す事にした。


 ベンチに座って暫く沈黙が続いた後、俺は阿燕に話し掛けた。


「ソフトボールは楽しく出来てるか?」

「どうしたの?急に」

「いや、ふと気になってな」

「一応は楽しく出来ているわ?上手く行かない時も少なくはないけど、それでも好きでしてるから」

「それなら良かった。これからも頑張れよ」

「それは勿論頑張るけど・・・・・どうしたの?何か変な物でも食べた?」

「昼飯はまだ食べてないけどな」


 すると、少し俯いた状態になっていた俺の顔を阿燕が覗き込んで、心配そうに見て来た。俺がそんな阿燕の事をチラッと一瞬だけ見ると、阿燕は再び元の状態に戻った。


 俺が自分用に買った缶ジュースを飲んでいると、阿燕が例の如く顔を少し赤くしながら俺に聞いて来た。それにしても、何で阿燕はいつも顔が赤くなるんだろうか。


「上垣外は、さ・・・・・」

「何だ?」

「音穏の事が好きなの?」

「ブーッ!」


 突然、何の脈絡も無いそんな事を聞かれた俺は、口に含んでいたジュースの大半を思わず吹き出してしまった。


「何も、そんなに焦らなくても良いじゃない。あと汚い」

「い、いきなり何を聞くんだよ!」

「わ、悪い!?ちょっと気になったから聞いただけよ!ほんとにちょっとだけ!」


 今俺がジュースを盛大に吹き出してしまったので、制服が少し濡れてしまった。それをハンカチである程度拭き取った後、俺は阿燕の質問になるべく冷静に答えた。


「・・・・・音穏は俺の幼馴染みだ。だから、好きとか嫌いとかは無いな。どちらかと言えば好きなんだと思うが、それは阿燕が今聞いた事とは多分大きく掛け離れていると思う」

「そ、そう・・・・・」


 音穏はこんなどうしようもない俺と8年間も仲良くしてくれている、優し過ぎる幼馴染みだ。好きか嫌いで問われたら、俺は好きだと即答する事だろう。


 だが、違うのだ。阿燕の今の質問はそう言う意味ではない事くらい、俺には分かっていた。だから、俺は阿燕にあえて周りくどい言い方をしたのだった。


 俺が答えると、少しホッとした様な雰囲気になった阿燕。だが、それと同時に何かもどかしさも感じている様に思えた。


「と言うか、何で突然そんな事が気になったんだ?」

「と、特に理由は無いわよ!勘違いしないでよね!」


 その時、俺はある事に気が付いてしまった。いわゆる、阿燕の本当の気持ちに。


 俺は真顔で冷静に阿燕の顔を見ながら、阿燕に聞いた。一方の阿燕は顔を真っ赤にしながら、焦っていた。


「もしかして、阿燕・・・」

「え!?な、何!?」

「好きだったのか?」

「えっと・・・それは・・・・・」

「音穏の事が」

「ブーッ!」


 阿燕も俺同様に吹き出した。普通にしてたら可愛い女の子なのに。


「おいおい。女の子がそんな事したら、はしたないだろ。ほら、ハンカチ貸してやるから」

「うぅぅぅ・・・・・ありがと・・・・・って、違ーう!何でそうなるのよ!」

「?ハンカチ要らなかったのか?」

「そうじゃなくて!・・・・・はぁ、やっぱり、上垣外には何言っても無駄か。音穏の言った通りだった・・・・・」

「どうしたんだよ」


 阿燕は何かに完全に諦めたかの様に両肩から力が抜けた状態になった後、再び気を取り直したのか、また顔を少し赤く染めつつ、俺に質問して来た。それも、さっきまでとかなり似た様な内容の事を。


「上垣外は、何かに頑張ってる女の子、って好き?」

「まだ恋愛話を続けるか」

「ど、どうせ暇なんでしょ!?少しくらい良いじゃない!」

「まあ、良いけどな」


 過去改変前、温水プール。阿燕とまともに普通な日常的な会話を出来たのはこの2回の時以来だろうか。


 この世界の俺は去年から阿燕の事を知っているらしい。だが、俺は過去改変前を除くと、過去改変後の先々週の金曜日からしか阿燕との記憶が無い。過去改変前に阿燕と出会って、話した記憶はこの世界には存在しないのだ。


 だから、俺はどんな些細な事でも構わないから、もう少しだけ時間を使いたかったんだと思う。阿燕は偶然が作ってくれた、俺の数少ない知り合いだからな。音穏と栄長には悪いがもう少し教室で待っていて貰おう。


「それで、何だっけ?」

「いや、だからその・・・・・上垣外は何かに頑張っている女の子の事を好きになるのかなー、って思って・・・・・べ、別に深い意味なんて無いんだからね!」

「そうだな、俺はあまり恋愛関係の事は考えた事は無かったからな・・・・・」

「そう・・・・・」


 相変わらず、阿燕は良く分からない奴だな。ミステリアスとかそう言う意味ではなくて、普通の女の子として、良く分からない。


 女の子だから恋愛話が好きなのは分かるが、俺の考えている事とどうも少しだけ食い違っている様に思える。ある1つの答えに、俺が誘導されているような。そんな気もする。


 だがまあ、それも良いかもしれない。俺が答えた後、何かに少しだけ落ち込んでしまった阿燕を慰める為に、俺は続けて話した。


「でも、そう言う女の子は格好良いとは思うし、好きにもなれると思う。努力は大切だろうしな」

「本当に!?」

「お、おう」


 阿燕は目をキラキラ輝かせて、これ以上無いくらいに喜んでいた。


 そんな阿燕に少しだけ驚いていた俺だったが、その状態は思っていたよりも早く解かれた。その10数秒後、俺と阿燕に背後から何者かが突然話し掛けて来たのだ。以前から言っている様に、ここは人通りがかなり少ないはずなのに。


「すみません。少しお時間大丈夫ですか?豊岡さん、上垣外君」

「え?はい。何でしょうか?」


 そこに立っていたのは、長くて鮮やか色の髪を持つ1人の少女だった。しかも、その雰囲気が一般生徒と大きく異なっていた。何と言うか、『有名人』の様な。


「あれ?あんた、もしかして・・・」


 阿燕のそんな、何かに気が付いたかの様な一人言を聞いた俺はその人物の事を思い出した。


 そう。そこに立っていたのは、人気アイドルであり、今日久し振りに登校して来た須貝輝瑠本人だったのだ。

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