第05部
【2023年09月25日08時56分48秒】
『結局何の用だよ』
栄長によって2度も恥を掻かされた俺は、その寛大な心で2度と仕返しなんてしない事にした。別に、栄長には絶対に敵わないとかそう言う事は全然思っていない。ただ単純に、時間の無駄かもしれないと思っただけなのだ。本当にそれだけだ。全然悔しくなんかない。
俺が大人しく栄長にメールを送ると、数秒後に返信が来た。
『大した用じゃないけど、用を済ます前に次元君をからかってみようかと思ってね』
ここから先は一々『栄長にメールを送った』や『栄長から返信が来た』なんて明記すると面倒な事になりそうなので、あえて明記しない事にする。あと、ここで言う『メール』とは『L*NE』の様な物だと思って頂ければ良い。なので返信がかなり早い。
『迷惑極まりないな』
『ごめんごめん(テヘッ☆』
メールなので全く違和感が無いが、それでも何故かいつも会話している時と栄長の調子があまり変わらない気がする。『☆』まで付けているからだろうか。
『そう言えば、一昨日は大丈夫だったのか?』
『一昨日?あー、クロの事?』
『そうそう』
一昨日、俺が不良3人組に蹴られている時に栄長は助けてくれた。そして、蒲生が何かしでかしてしまったらしく、そのまま何処かへと消えてしまったのだ。少しだけその事が気になった俺は、その事を栄長に聞いた。
『大丈夫・・・・・とはあまり言えないかもね。まあ、私以外の組織の人も一緒に協力してくれたらこんなに苦労しなかったと思うんだけどね』
『そんなに不味い事が起きたのか?』
『うん。ちょっとね。私とクロが所属している科学結社とはまた別の科学結社との問題でね』
『科学結社って、そんなにあるのか?』
『そうだよ。世界中に数え切れない程あるんだよ。私やクロが知っているのはそのごく1部分だけ。次元君が知っているのは更にその1部分だけ』
俺には良く分からないが、取り合えず、その業界ではかなり大変なのだと言う事は充分に分かった。それにしても、科学結社って世界中に数え切れない程あったんだな。沢山あるのは知っていたが、まさか世界進出していたとは。そんな事、全然知らなかった。
『俺が聞いて良い事なのか分からないが、蒲生は一体何をしでかしたんだ?本人は何か言っていたのか?』
『それがね、クロ本人も良く分からないって言っているの』
『どう言う意味だ?』
それはつまり蒲生が知らない内に何か問題が起きた、と言う事なのだろうか?色々と黒い感情が蠢くこの世界の裏側だからなのか、そんな事があるのか。だが、何で蒲生がそんな事に巻き込まれたんだ?
蒲生は確か、比較的マイナーな科学結社に所属していたはず。科学結社界のルールがどんな物なのかは全く想像出来ないが、それでも、マイナーならばあまり標的にされないと思うのだが。実際には違うのかもな。
『私とクロが知り合いなのはかなり大勢の人が知っているから、一応暗黙の了解になっているけど、今回は違う。クロは『私とは別の科学結社の一員』と接触してしまった』
『だが、蒲生は知らないって言っているんだろ?』
『うん。私もクロが嘘を付いているとは思えないし、何かの間違いだって言っているんだけどね。中々分かって貰えないのよ』
確かに蒲生は語尾がおかしくて、マイペースで近寄り難い奴だが、それでも悪い奴ではないと言うのを俺は知っている。
栄長の時も珠洲の時も蒲生は2人の事を必死に助けようとした。結果的に役に立ったかどうかは問題ではない。蒲生は、少なからずそう言う意思を持つ事が出来る人間なのだ。
だから、今栄長が言った通り、蒲生は本当に何も事情を知らないのだろう。嘘も付いていないのだろう。だが、実際に事は起きてしまっている。だから、疑われている。身に覚えの無い事で疑われるのは、非常に辛くて悲しい事だ。
『科学結社に所属している人物が、他の科学結社に所属している人物と接触すると何か不味いのか?』
『前に話したかどうかを忘れちゃったから、念の為もう1回話しておくと、科学結社同士は基本的に対立しているのよ。それぞれの意思、方針に関係無くね』
『それなら前に聞いたな』
だが、それは過去改変前の事だったのか、過去改変後の事だったのかはもう思い出せない。この2週間は色々と非日常的な事件が起き過ぎた。そして俺は『現在』と『過去』を行き来し過ぎた。だから俺はもう既に、記憶の収集が付き難くなってしまっているのだ。
『そう?なら話が早いわ。一応ここでは分かり易くする為に、科学結社を「軍」。そのメンバーを「兵」として扱うわね。つまり、対立している「軍」の「兵」が他の「軍」の「兵」に会ったと言う事が判明したのなら、「軍」のトップの人はどう思うかしら?』
『あまり、良い印象は受けない・・・・・どころか、その「兵」を疑わざるを得ないよな』
『そう言う事。だから、色々と大変なのよ。私も一応クロと違う組織の人間だからね。信頼度はほぼ0よ』
栄長は『Space Technology』と言う空間科学について研究する科学結社に所属しており、蒲生は『Magnetic Technology』と言う磁力科学について研究する科学結社に所属している。
具体的に何をするのかを俺は詳しくは知らないが、それでも栄長と蒲生は一応表向きは敵対関係にあるのだ。前にも考えた事があったが、俺がそう言う立場だったらと思うと、胸が苦しくなる。
そう言えば、今ふと思ったのだが、蒲生の所属する科学結社はそれ程マイナーではなさそうだな。磁力を研究するって、かなり有名になりそうなものだが。もしかすると、他にも磁力を研究する科学結社が存在するが故に、それの下に埋もれてしまっているのかもしれないな。
俺はある程度、脳内の疑問や分かった事を整理し終わった。そして、以前栄長が俺に言っていた事について気になったので、聞いてみる事にした。
『話は変わるが、1つ良いか?』
『なぁに?』
『前に、栄長は杉野目がどうとか言ってたよな?あの事について聞きたいんだ』
『・・・・・次元君。ここではその話題は止めておきましょう。いくらメールでも危険過ぎるわ』
『何でだ?』
『貴方、さっきから隣の席から見られているわよ』
栄長からそんな文面のメールが送られて来た。俺の隣の席に座っているのは、つい最近転校して来たばかりの杉野目施廉と言う少女だった。
俺は栄長から送られたメールについて不審に思い、念の為、隣を見た。
「!」
そこには、ジッと俺の事を見つめる杉野目の姿があった。俺の全てを見透かしている様な冷たい眼差しで。又、それ以上に俺はその杉野目の予想外の姿に驚いてしまった。
俺は焦りつつも、急いで栄長に返信をした。
『本当だ。あー、びっくりした。心臓止まるかと思った』
『分かった?だから、また今度何時か詳しく話してあげるから、それまで待っておいて』
『・・・・・分かった』
もし杉野目が俺と栄長の会話文を見てしまったら困る。俺の隣の席に座る転校生、と言うだけなら何も害は無さそうだが、栄長曰く杉野目は『Time Technology』と言う科学結社のトップなのだと言う。
そのネーミングからして時間に関する何かを研究する科学結社なのは間違い無さそうだが、それでも得体がしれないのは確かだ。用心するに越した事は無い。
『それで、本題に入っても良いかな?(上目遣いをしながら)』
『ん?ああ、栄長も俺に用があったんだったな』
・・・・・メールで上目遣いとか書かれても困るのだが。と言うか、栄長の上目遣いは少しだけ見てみたい気もする。普段の可憐な印象を受ける栄長とは違った、可愛らしい栄長を見る事が出来るだろうからな。
『一応授業中だからな?長くならないなら構わないが』
『大丈夫大丈夫。次元君が素直に答えてくれれば2、3分で終わるよ』
『何か怖いな。まあ良いが。それで、何なんだ?その用件ってのは』
『最近、何か変わった事あった?』
最近。つまり、この2週間の事だろうか。それならば、変わった事だらけなんだが、栄長はその事を知っているはず。それなのに、何でそんな事を聞いて来るんだ?
いや、違うな。この2週間の事ではないはずだ。
『最近ってのはこの数日間で、って言う意味か?』
『そうなるね』
『・・・・・この世界の栄長は知らないかも知れないが、俺と湖晴は木曜日に珠洲の過去改変をして来た』
『珠洲ちゃんの?何で?』
まあ、この世界の栄長は珠洲と仲が良いみたいだからな。知らないのも当然と言えば当然だ。
『過去改変前の珠洲はこの世界の、つまり過去改変後の珠洲とは大きく異なっていたんだ』
『詳しくお願い』
『ああ。珠洲は俺の周りにいる女子皆を殺そうとした』
『用は嫉妬って言う事?』
『多分な』
自分で言うのもなんだが恥ずかしくなってしまうが、珠洲は俺の事を好いている。だが、俺はその気持ちに答える事は出来ない。他に好きな人がいるとかそう言う問題ではなく、もっと別の、家族としての問題なのだ。義妹とか実妹とかは関係無いのだ。
『どうやってそこから持ち直したかは知らないけど、取り合えず、お疲れ様。大変だったでしょう?』
『まあな。色々と、心身ともに疲れたよ』
『それで、その時に何か変な事は無かった?』
『変な事ってのは?』
『うーん、何でも良いんだけど、次元君が思う範囲内でおかしな事、って言う意味かな』
『変な事、ねえ・・・・・』
変な事だらけだったのだが、流石に全部言う訳にもいかないよな。そんな事をしていたら普通に1時間目が終わってしまう。
『過去』で車が妙な所から突っ込んで来た事は、本来そうなるものだったとして、他には・・・・・、
『無ければ別に良いんだけど』
『いや、1個あった』
『・・・・・教えて』
『俺さ、「過去」で過去改変の為に珠洲を助ける時に車に轢かれたみたいなんだよ。それで、少しの間意識を失っていたんだ。俺的には死んだかと思っていだが、目を覚ました時には無傷だった。これって、変な事に含まれるのか?』
俺が栄長に返信を送った数秒後、栄長の元にそれが届いたのだと思うが、栄長は血相を変えて突然大声を出した。メールのやり取りではなく、現実で。
「何ですって!?」
「え、栄長!?」
突然の栄長の大声を聞いた教室内の生徒と社会科教師が俺達2人を見ているのが分かった。栄長は未だに血相を変えた表情で、これ以上ないくらいに驚いていた。あの栄長にしては珍しい。
そんな栄長の事を心配した社会科教師が、声を掛けた。
「おい、栄長。どうした?上垣外に何かされたのか?」
何で俺を真っ先に疑うんだ。俺は栄長に何もしないって。してないって。
「い、いえ。上垣外君は何もしていません。・・・・・えっと、先生すみません。少し気分が悪くなったので、保健室に行って来ます」
「大丈夫か?えー、このクラスの保健委員は・・・」
「1人で行けますので、授業を続けて下さい」
「そうか。気を付けてな」
栄長の奴、一体どうしたって言うんだ。俺、何か不味い事言ったか?栄長に聞かれた事をそのまま答えただけのはずだが、その中に何か不味い事が含まれていたのだろうか。
しかし、俺が送ったメールを見てみても何も不味い点は見当たらない。これはもしかして、俺には分からなくて、栄長には分からない事なのか?
結局、その後俺は何度か栄長にメールを送った。しかし、栄長は昼休みまで教室には姿を表す事はなく、メールの返信も無かった。
「・・・・・・・」
隣の席から俺に対して浴びせられていた視線も、何時の間にか無くなっていた。