第03部
【2023年09月25日07時56分14秒】
一通り珠洲の誤解も解けた所で、俺と珠洲は再びそれぞれの朝食を食べ始めた。とは言っても、俺はもうほとんど食べ終わっていたし、俺と珠洲が話している時も食事を続けていた湖晴はもう食べ終わっており、今はテレビを見ていた。
しかし、まさか湖晴が珠洲に嘘偽り無く、正直にあんな事を言うとは思ってもいなかった。湖晴は当然ながら珠洲の過去改変前の姿、そして珠洲が過去改変前に何をしたかを知っている。
だから、湖晴に限って珠洲の怒りを触発する様な事など絶対に言わないと思っていたのだが、そこは流石湖晴と言った所だろうか。何か確信があったのか計算ずくだったのか、結果的に珠洲は豹変したりはしなかった。むしろ、珠洲は喜んでくれた。
過去改変はまだまだ分からない事だらけだ。『現在』にどんな影響が出てしまうのかすら定かではない。湖晴は自分の知っている過去改変についての知識のほとんどを俺に話したと思うが、それだけが全てじゃないはずだ。湖晴は別に全知全能の神でなければ、タイム・イーターを作った人物でもない。湖晴は過去改変活動以外では、ごく普通の可愛らしい1人の女の子なのだ。
そう言えば、タイム・イーターを作ったと言う玉虫先生とはどんな人物なのだろうか。今のこの状況がある程度落ち着いたら湖晴と一緒に会いに行く予定なのだが、それでもやはり気になる。
と言うよりは『タイムトラベル』なんて言う、現代科学では不可能と言われている技術を可能にしている事について詳しく聞いてみたい。世間に公表すれば・・・・・まあ、何か大変な事が起きてしまいそうなのは少しは分かるが、それでも世の為・人の為になるだろうに。
それに、過去改変だってそうすればもっと楽になるはずだ。そうなれば湖晴だって、もっと普通の女の子らしくしていられるんだ。それなのに、玉虫先生はそれをしていない。頭の良い人が考える事は良く分からないが、何か理由があるのだろうが、それでも俺はそう思ってしまうのだった。
俺はそんな事を考えながら、湖晴が見ているニュース番組『今朝のニュース』を見てみた。その内容は世間の他愛の無い小さな事件から、規模の大きい残酷な事件まで様々だった。今はまだ朝早い時間なのに、相変わらず遠慮無しにそう言う事をするテレビ局だ。
3年くらい前に起きた、都市の隅にある原子力研究機関の大爆発。死者こそ多くはなかったものの、怪我人や後遺症に苦しむ人は未だに大勢いる。テレビでは、そんな事件の現在の復興状況等を報告していた。
あと、昨日珠洲が話していた『垣花が通り魔に殺された事件』についても説明されていた。その事件での死者は3人。垣花の名前や他に殺害された2人の名前は明かされず、犯人の目星も立っていないと言う事で、周辺住人及び市内の人達は充分に警戒して欲しいとの事だった。
とは言っても、通り魔なんてどうやって警戒しろと言うんだ。1度に3人も殺される程だぞ?複数人が一緒に歩いていても襲われる時は襲われるだろうし、夜道や路地裏を必然的に通らなければならない人もいるはずだ。ましてや、スタンガン等の護身道具を真昼間から持ち歩く訳にもいかないしな。
そうだ。そろそろここら辺で、今俺が住んでいる現代日本でのテレビに関する主な方針について説明しておこう。
ご存知の通り、現代日本(2023年)では全国の上空を飛行船が飛び交っている。飛び交っているとは言っても1つの街に、せいぜい多くても2機か3機程度で、無い所もあるが。
それで何をしているのか。勿論、近未来的なエネルギーを飛行船で実験していると言う意味合いも少なからずあるが、年々増えて行くテレビ番組の多さが一時期社会問題となった事がある。だから、飛行船で街全体にニュースを放送する事で、チャンネル数を減らす事にしたのだ。
しかも、上空に飛行船が飛んでいる、つまり『常に監視の目がある』と言う事から、これを開始した時期を境に犯罪の発生率は激減した。まあ、それでも先程テレビで放送していた様な残酷な事件や、俺と湖晴の過去改変が必要なレベルの事件が起きている訳だがな。
さて、それはさておき。そんな風に上空に飛行船が飛んでいるにも関わらず、何故テレビでもニュース番組を放送しているのか。別に内容が違う訳ではない。ほとんど同じだ。それなのに、何故。
それは今の俺や湖晴の状態を考えれば自ずと答えは出る。今の様な『早朝』や『真夜中』には大抵の人は外を出歩かない。朝はその日の仕度、夜は就寝と言う様な理由で。それに、怪我や病気でそもそも体を自由に動かせない人もいる。
だから、1つだったか2つだったかのテレビ局は未だに飛行船以外でもニュース番組を放映しているのだ。あと、放送時間が放送時間であり、ライバル局もほとんど存在しない為、視聴率はかなり良いらしい。
そんな数少ないニュース番組のアナウンサーの1人を務めているのは、俺と同じ原子大学付属高等学校に通う須貝輝瑠と言う少女だ。
まあ、収録は既に終わっているのかもしれないが、こんなに朝早くお疲れ様だ。同い年だと言うのに、何故こうも違うのか。まだデビューしてから数年だと言うのに、ニュースキャスター、人気アイドル等の難しい役割をしっかり果たしている。
それに、高校では剣道部のキャプテンで、頭も悪くはないらしい(むしろ良いらしい)。湖晴や栄長の時も思ったが、何故こんなに俺が知る人達は皆頭が良かったり完璧超人だったりするのだろうか。普通なのは音穏や阿燕くらいのものだ。いや、阿燕も別に頭は悪くはなかった気がする。
「・・・・・ん?」
その時だった。丁度アナウンサーを務めていた須貝が、ディレクター(?)らしき人物から紙を渡された次の瞬間、須貝の顔に一瞬だけ焦りの表情が表れた。すぐに隣の別のアナウンサーにそれを指摘され、調子を取り戻しつつも、やや普段と違った様子で須貝はその紙の内容を読み始めた。
『え、えー・・・・・次のニュースです。昨年3月に銀行強盗をした上に、人質を2人も使用したとして、つい先日まで都内の刑務所で刑執行中だった3人組が、何者かによって殺害されると言う事件が発生しました。この事を受けて、市の警察は・・・』
去年の3月の銀行強盗事件と言ったら、豊岡阿燕と言うソフトボール部の少女の過去改変の時にあったあの事件の事か。そう言えば、そうだったな。過去改変前に阿燕はあの3人を殺した。復習の為に。
今では阿燕も過去改変のお陰でなんとか本来あるべき生活を取り戻せている為、特に問題は無いがな。
だから、過去改変が成功しようともその3人の死は避ける事は出来ないのだ。それは仕方の無い事だ。俺や湖晴がどうする事が出来る問題ではなく、それがタイム・イーターの力の限界なのだ。それに、人の生死を変えられるのなら今頃世界中は人で溢れかえるか、誰もいないかのどちらかだっただろう。その理由は説明するまでもない。
ピンポーン
不意にインターホンのそんな音が鳴った。おそらく音穏が呼びに来たのだろう。丁度良いタイミングだ。朝飯も色々考えている間に食べ終わったし、珠洲の誤解は解けたし。
「それじゃあ、行って来るよ」
俺は食器を片付け、湖晴と珠洲にそう言った。
「うん。行ってらっしゃい、お兄ちゃん。ワタシももう少しで出るから」
と珠洲が笑顔で言ってくれる。
湖晴はテレビに夢中なのか、さっきの妙な話題のせいで俺に顔を合わせ難いのか、特に何も言ってはくれなかった。まあ、別に良いけどな。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
登校中。何故だろうか。何かが変に感じる。湖晴関連で少し色々とあったとは言え、他には何もおかしなこと等無かったはずなのに。
木曜日に珠洲の過去改変を済ませた後は特に大きな事は何も起きていないはずなのに、俺は心が少しモヤモヤしていた。
いや、もしかしたら俺の思い過ごしなのかもしれない。それか、ここ2週間で過去改変と言う非日常な事が起きたから、逆に平凡な日常に異変を感じ取る様になってしまったのかもしれない。『こんなに平和なのはおかしい』と。
こんな思考回路は、今までの俺なら絶対にありえなかった。今までの俺なら平凡な日常を少しも疑いもしなかった。その結果、音穏の微かな異変にすら気付けなかった。
だから・・・・・、
「ねえ次元。今日は、またまたビッグニュースがあるんだよ」
「ん?ビッグニュースって?」
俺の思考を途中で止めさせるかの様に、登校中にグラヴィティ公園内で、俺の隣を歩く音穏がいつも通り無邪気にそんな事を言って来た。
「もしかしてアレか?先週の栄長の時みたいに誰かが復帰して来るとか、転校生が来るとかそう言う奴か?」
「うーん、ちょっとその2つとはちょっと違うかも。燐ちゃんみたいに1年間も学校を休んでいた訳じゃないし、転校生でもないからね」
「そうなのか」
だが、俺がいる2年2組の教室にはもう空席は無かったはずだ。つまり、今音穏が言っているのは別のクラスの音穏の友達の事なのだろう。だったら、俺に言う必要性も無いと思うが、ここはあえて黙って話を聞いてやる事にしよう。
「まあ、中間テストも近い事だし。2年生だからね」
「ん?中間テストって何の事だ?」
「あれ?もしかして次元、知らなかったの?今日からテスト1週間前だよ?」
音穏の台詞の後、思わず数秒間固まってしまう俺。そして、理解が追い付いた瞬間、俺は言葉を発した。
「・・・・・え?マジで?」
「マジだよ?」
「テストって、10月の・・・」
「10月の2日から5日間。全10教科だよ」
まさに知らぬが仏とはこの事だろう。最近色々とあったせいで、すっかり中間テストの事を忘れていた。いや、そもそも俺は基本的に授業中も寝ているから授業内容など1つも分かりはしないのだが、それでも単位が足りなくなるのは不味い。非常に不味い。
この間(9月11日)にあった実力テストの時に俺は、テスト中にも関わらず爆睡してしまった。だから、その週の土曜日(9月16日)の午前中に補修があった。
再テストの際の点数はさて置き、今の俺は単位が全く足りていない。それはそうだ。再テストをしたとは言え、本来1日だけで済む実力テストを丸々全部すっぽかしてしまったのだから。しかも、俺の普段の授業態度は寝てばかりいる為最悪だからな。
だから、補修の際に先生から『次の中間テストでは寝ないように。少なくとも平均点は取るように』と予め釘を刺されてしまっている。つまり、今の俺の状況は非常にやばい。
「どうしよう・・・・・」
「先に言っておくけど、私は自分の勉強で手一杯だからね?」
「分かってるよ。それくらい」
音穏もテストの点数は中くらいだからな。教えて貰っても中くらいにしかならないだろう。それに、今音穏が言った通り音穏自身も忙しいだろうし。
その時、俺はある名案を思い付いた。
「そうだ!栄長に聞いてみよう!」
「燐ちゃんに?・・・・・そうだね、燐ちゃんはかなり頭良いから、教えて貰えばある程度は何とかなるかもね」
「だろ?音穏も聞いたら良い」
「じゃあ、また今度皆で集まる?湖晴ちゃんも誘って」
「そうだな。1日2日で完璧になるとは思えないが、しないよりはマシだろう」
常にテストでは平均点前後しか取れない俺も、もしかすると今回は少しだけ良くなるかもしれない。勉強には全く興味は無いし、全然好きでもないが、流石に高校中退なんて洒落にならないのでせざるを得ないのだ。
「そう言えば、湖晴ちゃんって、滅茶苦茶頭が良かったんじゃなかったっけ?偏差値80あったんでしょ?」
「そうだ。だから、学校では栄長、家では湖晴に勉強を教えて貰う事にする」
「まさに『両手に花』だね~」
「?花って?」
何の比喩だ?それに『両手に花』って何かのことわざだろうか?
「まあ良いか。それで、話が逸れていたが、その復帰して来るってのは誰なんだ?俺の知っている奴か?」
「うん。多分知ってると思うよ」
「ほー。それはそれは」
そして、音穏は一呼吸置いた後に、俺にその人物の名前を言った。
「今アイドルとかアナウンサーとかをしてる、『須貝輝瑠』ちゃんだよ」