表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Time:Eater  作者: タングステン
第五話 『Te』
107/223

第02部

【2023年09月25日07時49分21秒】


「・・・・・・・」


 いつも通りのはずの朝。上垣外家1階リビング中央に設置されているテーブルに座って朝食を取っていたこの俺上垣外次元(かみがいとじげん)は、何とも言えない非常にもどかしい気持ちを抱えていた。


 現在その朝食の席には、俺の義理の妹であり世間一般の評価が品行方正・才色兼備・文武両道と言う意味が被りまくっているが、何と無く凄いと言う事は分かる称号を獲得している上垣外珠洲(かみがいとすず)と、2週間前に俺の目の前に突然現れて以来俺と共に過去改変活動をし続けている、居候天然白衣少女である照沼湖晴(てるぬまこはる)がいる。


 俺もその2人も皆静かに珠洲が作った朝食(今朝はご飯、味噌汁、焼き魚等で日本人の朝食らしい物ばかり)を食べている。そんな中聞こえて来るのは、設置位置が微妙に悪いせいで首を横に向けなければ画面がほとんど見えないテレビから流れて来る『今朝のニュース』の内容と、外で歩いている登校中の学生達の話し声、僅かな鳥の囀り程度の物。


 さて、そんな中何故俺はもどかしい気持ちを抱えているのか。その答えは至極明確だ。


 俺は昨日、風邪を引いて1日中寝込んでいた。その時の俺を客観的に見れば、いつも通りにただ眠っていただけだが。まあ、土曜日夕方からの突然の発熱と体中の痺れによりそれを認識する事が出来たからなのか、思いの外大事には至らなかったらしく、1日経った現在では既に直っている。まさか1日で治るとは思ってもいなかったからな。


 そんな風に俺が寝込んでいて珠洲や音穏のお見舞いがあったすぐ後の出来事が、今俺が抱えているもどかしい気持ちを生み出しているのだ。


 そうだ。『俺は湖晴とキスをした』のだ。いや、正確には『俺は湖晴にキスをされた』のだ。不意打ちだった。唐突に『目を瞑って欲しい』と言われ、風邪を直すと言う名目で。その後、俺はこれ以上無いくらいに驚き、何も言う事が出来なかった。そんな俺の姿を見た湖晴は顔を赤らめ、すぐさま小走りで自室へと戻って行ってしまった。


 そして、現在。俺はそんな突然の行動を仕掛けて来た湖晴の、普通に朝食を食べる姿を横目で見ながら、思考を続ける。


 湖晴のあの行動は何だったのか。何の意味があったのか。あれは本当に、湖晴が俺の風邪を治す為にした行動なのか。それとも・・・・・『俺の事が好きだったから』なのか。俺にはその正確な答えが分からなった。ましてや、湖晴本人に聞く訳にもいかないしな。どうしようもない。


 まあ、今の思考の最初の幾つかは一先ず置いておいて、1番最後の可能性は年頃の男子学生特有の『周りの女子全員が自分の事を好いているんじゃないか?いや、そうに違いない!』と言う感情によく似ている。


 そう言えば、俺の家の2つ隣にある和風の大きな家に住んでいる、小学生の頃からの幼馴染みである野依音穏(のよりねおん)に対して、俺は中学生くらいの時にその事について聞いてみた事がある。


 言うまでもないかもしれないが、結果はご想像の通り。質問のコンマ数秒後、俺は音穏に全力で横腹を蹴られ、殴られ、罵られ、心身共に暫くその場から動く事が出来なくなると言う程の重症を負わされた。音穏本人はそんな事なんて、もうとっくに忘れていると思うがな。だから、この様な経験がある俺は湖晴に音穏の時と同様にその事を聞く事は出来ない。出来る訳が無い。


 この様な理由があり、俺はもどかしい気持ちになっているのだ。


 湖晴のあの行動は明らかに『風邪を治す(移す)』と言う本来の目的とは異なっていた。そのくらいは何と無くだが分かる。だが、だとしたら何なんだ?


 例えば、湖晴が俺の事を好きだとしても、その理由は何だ?俺は平凡・普通・平均を理想とする、所謂平凡主義者だ。何も特徴は無く、好かれる様なポイントも能力も無い。少なくとも、俺のクラスには俺よりも心身ともに素晴らしい男子が大勢いる。


 だがしかし、もしもの話だが、そんな平凡を具現化したかの様な存在である俺の事を湖晴が好いていたとしよう。そうだとしても、俺はその事を湖晴に聞く事は出来ない。その理由は先程言った通りだ。


 これからどうしたら良いのだろうか。結局、昨日もこんな感じであの一件以来今の今まで湖晴と全く会話をしていない。お互いがお互いの間を絶妙な距離で保っているのだ。


 だが、その内再びタイム・イーターから過去改変対象者が発表され、その過去を改変しなければならなくなる。その時になったら、湖晴と話す必要がある。だから、その時になるまでにこのもどかしい気持ちをどうにかして、湖晴に事情を聞いておかなければならないのだ。


 俺は朝食の焼き魚を食べる箸を止めて、外とテレビからによる少しの音しかしない静かな空間で、湖晴の事を改めて見た。横目ではなく両目で、側面からではなく正面から。


 暫く見ているとそんな俺の様子に気が付いたのか、湖晴も朝食を食べる手を中途半端に手を止めて俺の事を少し驚いた様な表情で見て来た。互いに何も言わない、沈黙。勿論、俺達はテレパシーなんて出来ないので、何らかの言葉を口に出して話さない限り何も分かり合う事は出来ない。目と目が会うだけで何かを分かち合う事が出来る訳でもない。そうして、そのまま数10秒間が経過した。


 その時だった。


「ねえ、お兄ちゃん」


 突然、俺の隣に座る珠洲から声を掛けられた。そして、珠洲は言葉通りジトッとした目付きで俺に聞いて来た。俺は少し驚きながら、珠洲のその質問に答える。


「湖晴さんと何かあったの?」

「え!?い、いや、別に・・・・・」


 流石に『何も無かった』とは言えないが、何かあったその内容を言う事も出来ない。いくら過去改変後の比較的安全な存在に変わった珠洲だとしても、俺と湖晴がキスをしたなんて言ったら・・・・・何が起きるかが全く予想出来ないな。いや、良からぬ事が起きるのは確定事項だとは思うが。


 もしかすると、また過去改変対象者に選ばれる様な事態になってしまう可能性だってある。だから、俺は1つ1つの言動に気を付ける必要があるのだ。


「嘘だよね?ワタシ、さっきから2人の様子を見てたけど、明らかに変だもん。そう言えば、昨日の夜ご飯の時もそんな感じだったよね?」

「・・・・・えっと・・・」

「怒らないから、正直に言ってごらん?」


 珠洲は満面の笑顔で俺にそう言った。だが、その笑顔の中に幾つかの異変があった。顔の表情と内側の感情が異なっている際によくなるアレだ。分からなくても構わないが。


 それはそうと、もう駄目かもしれない。おそらく既に珠洲にはバレている。今俺の目の前にいる珠洲は過去改変前の珠洲の様に、俺の事を頻繁にはスートーキングしてはいないはず。だから、俺と湖晴がキスをしたその瞬間は目撃されていないと思われる。その瞬間は時間的にも10数秒くらいだったと思うしな。


 即ち、ここで俺がその事実を珠洲に言わなくても、別の事柄を代わりに言っても、珠洲は何も不自然には思わないだろう。だから、妹に嘘を付くと言うのは少々気が引けるが、危険な橋を渡るくらいならそうするのも1つの手かもしれない。


「先に言っておくけど、ワタシはお兄ちゃんが嘘を付く時の癖を知っているから、嘘を付いても無駄だよ?」

「・・・・・・・」


 ・・・・・詰んだ。完全に詰んだ。やはり、過去改変前でも過去改変後でも珠洲は珠洲だったのだ。俺ですら知らない様な、俺が嘘を付く時の癖を知っているとは。


 もう俺には1つしか選択肢が残されていないのかもしれない。珠洲に真実を言わざるを得ないのかもしれない。その後に何が起きるのかはその時に考えるとして、今の最善の策はそれしかないのかもしれない。


 だが、俺は個人的なの恥ずかしい気持ちと、珠洲の嫉妬の感情に影響を与えない為に、あえて最後に悪あがきをする事にした。良く分からないニュースを放送しているが、テレビの話題を振れば学校に行くまでの時間くらいは稼げると考えたのだ。


 しかし、俺のその考えが完全に実行される前に、俺の斜め前に座る湖晴が言葉を発した。唐突に、突然に、とんでも無い事を。


「私が次元さんの風邪をなおす為に、キスをしたんですよ」

「「・・・・・・・」」


 湖晴のその言葉を聞いた俺と珠洲は絶句し、石化したかの様にその場で固まってしまった。当の湖晴と言えば、そんな風に静止している俺と珠洲を見て頭の上に幾つかの『?』を浮かべながら、可愛らしく首を傾げているだけだった。


 しかしちょっと待てよおい。湖晴は今何と言った?『私が次元さんの風邪を治す為にキスをしたんですよ』と言ったよな?確かに、嘘偽り無い完全明確な回答だが、この場面ではそれは言っては駄目だ。


 普段とは大きく異なり思考が追い付いていなかったらしい珠洲は、湖晴のその台詞の数秒後ようやく、その開いたままの口を動かして話し始めた。


「えええええぇぇぇぇぇ!?」

「わあああああ!!!!!俺が湖晴に強要した訳じゃないけど、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ・・・」


 約11年間、過去改変前まで以前の珠洲と生活していた俺は、ついついその時の癖で『俺が珠洲以外の女の子と何かがあった』事が珠洲に発覚した瞬間に、全力で謝った。朝食中にも関わらず、椅子から降りて土下座をした。


 しかし、その俺の心配と恐怖心は杞憂以外の何物でもなかった。暫く土下座をし続けていた俺だが、珠洲の声が聞こえないと思い、顔を上げてみると、顔をこれ以上無いと言うくらいに輝かせてかなり喜んでいる珠洲に大声で話し掛けられた。


「お兄ちゃんと湖晴さんって、付き合い始めたの!?」

「・・・・・は?」


 あれ?何故か珠洲が全然怒っていない様に見えるのは気のせいだろうか?それに、話が随分と食い違っている気がする。


 俺の予想と大きく異なる珠洲に唖然としていた俺の事などお構いなしに、珠洲は大声で目を輝かせて、珍しくはしゃぎながら俺に次々と脈絡の無い事を聞いて来る。


「それでそれで!?お兄ちゃんと湖晴さんは何処まで行ったの!?」

「・・・・・えっと、珠洲?何の話だ?」


 何だ?この珠洲のはしゃぎ様は。


「『何の話』って、お兄ちゃん!惚けても無駄だよ!今、ワタシは湖晴さんから聞いちゃったんだよ!」

「・・・・・?それは知っているが、何で俺と湖晴が付きあっていると言う事になるんだ?」

「もしかして、お兄ちゃんは既に、湖晴さんと付き合うとかそう言うレベルでは無くなっているんだね!?もっと先の先なんだね!?そっかー、それならワタシはお邪魔かなー。それじゃあ、後で連絡して音穏さんの家に行って居候を・・・」


 あれ?話が通じてない?


「す、珠洲。少し落ち着け。お茶でも飲め」

「分かった!」


 俺は珠洲にテーブルの上にあったお茶が入っているグラスを渡した。珠洲はそのグラスを受け取ると、それを一気に飲み干した。お茶を飲んだお陰なのか良く分からないが、一応は少し気分が落ち着いたみたいで、いつもの珠洲に戻って、再び俺に話し掛けて来た。


「落ち着いたか?」

「落ち着いた」

「そりゃ良かった。それで、話を戻そう」

「うん。えっと、お兄ちゃんと湖晴さんが付き合ったって所からでしょ?と言うか、それが話の最初で最後なんじゃない?」

「違うな。その時点から既に間違っている」

「?どう言う意味?」


 そうだったか。俺と珠洲の根本的な考え、思っていた事がそもそもずれていたのだ。それなら俺と珠洲の話している事がずれていた事にも納得出来る。


 そして俺は、珠洲の思考と現実のずれを訂正して行く。


「別に、俺と湖晴は付き合ってなんかいない」

「!?何で!?」

「いやいや、逆に聞くが、何で珠洲は俺と湖晴が付き合っているなんて風に思ったんだ?」

「え?だって、キスしたんでしょ?」


 珠洲は真顔でそんな事を聞いて来る。何でそんな事を平然と言えるんだよ。俺はやや赤面しつつも、ペースを乱さない事に心掛ける。


「・・・・・したが、あれはただの湖晴の一瞬の思い付きであり、湖晴が俺の風邪を治す為にした事・・・」

「え?それじゃあ、お兄ちゃんと湖晴さんは付き合っていないって事?」

「最初からそう言っている」


 俺のその台詞と同時に、少し落ち込んだ様な態度と表情になる珠洲。あれ?珠洲って、こんなにも俺の恋愛的な何かに対して積極的だったか?


「と言うか、珠洲は何でそんなに俺と湖晴が付き合う事に対して喜んでいるんだ?前までの珠洲なら、俺に怒っていたんじゃないか?」

「前って何時の事?それ以前に、そうだったっけ?」

「・・・・・いや、何でもない」


 あの珠洲は過去改変前までの珠洲だったな。忘れていた。やはり、約11年間もあの珠洲と暮らして来た俺としては、過去改変が完了し成功したこの世界でも、少しばかり警戒する心を解く事が出来ない。


「まあ、良いや。と言うか、ワタシはお兄ちゃんの事が大好きだけど、それよりもお兄ちゃんが幸せならそれで良いからね。友達すらろくにいなお兄ちゃんに彼女が出来たのなら、それ以上喜ばしい事は他には無いよ」


 満面の笑みで、珠洲はそんな台詞を言った。俺の事を想ってくれていて優しい、そんな台詞を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ