第02部
【2023年09月24日08時25分26秒】
「何・・・・・?垣花が・・・・・?」
風邪を引き、自室のベッドの上で布団に包まって横になっていた俺に、突然珠洲が放ったその台詞は俺に大きな衝撃を与えた。その衝撃は、そんな状態の俺の体を勢い良く起こす程の物だった。それくらいに衝撃的な内容だったのだ。
そして、俺はその事について真相を確かめる・・・・・いや、更にその事についての情報を増やす為に、珠洲に聞いて行く。自分が今、風邪を引いていると言う事を忘れたかの様に。
「どう言う事だ?垣花が殺されたって・・・・・」
「いや、ワタシも詳しくは知らないし、ワタシもこの事件を知ってから垣花さんの事を知ったんだけど・・・・・」
珠洲は少し困った様な表情をして俺に返答した後、そのまま続けた。
「3日前の木曜日にね、先生がホームルームの時間でいきなり言って来たんだよ。『垣花さんが亡くなった』って」
「だ、だが、垣花はついこの間、家まで来ていたんだぞ?それなのに・・・」
「いや、日にち的には間があるから、多分その事は関係無いと思う」
「・・・・・そうか。それなら、珠洲が知っている事を全部話してくれ」
「うん。分かった」
珠洲はおそらく、その事件についての何か重大な事を知っている。ここまでの珠洲の台詞を聞いてそう確信した俺は、珠洲に説明を求めた。案の定、珠洲は静かに『うん。分かった』と言った後、その説明を開始した。俺もそんな珠洲の説明を黙って聞いた。
「えっとね、その事を説明されたホームルームのすぐ後に『これはどう言う事なのか』と『垣花さんとはどんな人だったのか』をワタシも気になって、先生に聞いたの。それで、一応ワタシはクラス委員長だから先生からその事を特別に教えて貰ったの。それが・・・・・」
「それが、『垣花が何者かに殺された』と言う事だったのか」
「そう言う事」
珠洲の今の説明を聞く限りだと、生徒が殺人事件に巻き込まれたわりには、学校側は大して焦っておらず、警戒心を抱いていない様に思える。それに、『クラス委員長だから』と言う理由だけで一般生徒である珠洲に殺人事件などと言う非日常的な事を話すはずがない。
と言う事は、たとえ垣花が殺人事件で殺されていたとしても困る人間が少ない、と言う事だろうか。だが、人1人が死んでいるんだぞ?そんな事があってたまるか。
珠洲の台詞を聞いた俺は考え、1つずつ珠洲に質問して問題の解明に努める。
「つまり、クラスメイトにその説明があった時点では、急病とか事故とかで死んだ事になっているって事か?」
「うん。ホームルームの時は『事故で無くなった』って」
「そうか・・・・・」
俺は垣花彗と言う女の子とは1回しか会っていない。だとしても、知り合いは知り合いだ。たとえ向こうが忘れていようとも、知り合いが少ない俺からしたら、忘れられない存在なのだ。まあ、この事について特に深い意味は無いが。
それに、垣花は珠洲の過去改変前に、珠洲の宿題を届けてくれて、更に珠洲が学校に行っていないと言う事を教えてくれた人物でもある。過去改変前にその事を知る事が出来たのはかなり大きかったと思う。
また、阿燕の過去改変前の時にあった、学校内で起きた謎の連続襲撃の件。この世界ではないはずの、あの事すら垣花は知っていた。・・・・・もしかして、垣花も栄長や蒲生と同じ科学結社の人間だったのだろうか?それで、何かミスをして処分された?可能性としてはありえるが、そうではない事を祈ろう。
あと、他にも何か聞いていた気がするが・・・・・何だっただろうか。思い出せないな。まあ、思い出せないと言う事は、そんなに大事な事ではないと言う事だろう。
俺が黙り込んで考えていると、珠洲が心配そうに話し掛けて来た。
「大丈夫?お兄ちゃん」
「あ、ああ。少し気分が悪くなっただけだ」
「ごめんね。お兄ちゃん、風邪引いているのにこんな話しちゃって」
俺がわざとらしく片手で頭を押さえていると、珠洲が心配そうな顔で俺の顔を覗き込んで来た。俺は珠洲に心配を掛けさせない為にそう言い、ついでに話も変えておいた。
「いや、珠洲は悪くない。それよりも、珠洲こそ大丈夫なのか?」
「何が?」
「『何が』って、クラスメイトが殺されたんだろ?『悲しい』とか『怖い』とか無いのか?」
「・・・・・多分、普通ならそう感じるんだと思う。でも、ワタシに限らず、クラスの皆もあんまりそんな風には思ってなかったの」
「何でだ?」
教室では基本的にぼっちの俺でも、やはりクラスメイトが何者かに殺害されたのなら怖いと感じるだろう。自分も狙われるかもしれない、と被害妄想に駆られるかもしれない。それくらいには人間性はあるつもりだ。
だが、その時の珠洲はそんな感情など出なかったらしい。しかも、珠洲だけでなく珠洲のクラスメイトも。何故なのかだろうか。
「さっきから言っているけど、ワタシはこの事件をきっかけに、垣花さんの事を知ったの」
「ああ。それなら聞いた」
「それで、先生に特別に話を聞かせて貰った後、教室に戻って友達の会話に混じって垣花さんの事を聞いてみたの」
そして、一呼吸置いた後、珠洲はその台詞を発した。
「『誰も垣花さんの事を知らなかった』」
「・・・・・え?」
「委員長であるワタシに限らず、クラスメイト全員が垣花さんの事を知らなかった。学年で上から2番の成績だったのに、教室の席が隅な訳でもなかったのに、学級名簿にも名前が載っていたのに」
「お、おい。ちょっと待て。何が起きているって言うんだ?」
教室の席が隅で、成績は普通で、友達が1人もいない俺でさえ、全員とまで行かなくても一応はクラスでは『あ。そこにいるな』程度には認識されているはず。しかし、垣花は俺みたいな目立たない様な立ち位置にいた訳でもないのに、珠洲のクラスでは全く知られていなかっただと?いや、これでは『そもそもそこにいなかった』みたいな扱いではないか。
「ワタシにも分からないよ。だから、ワタシも皆も、いきなりそんな話をされて、『誰かが死んだ』と言う事よりも『そんなクラスメイトがいた』って言う事の方に驚いているんだよ」
「そんな事って・・・・・」
「それに、そのせいなのか、ワタシがいるクラスでは大事な受験シーズンにも関わらず、オカルト系な占いとかが流行り始めているんだよ。前までそんな事無かったのにね。勿論、ワタシはしてないけど」
まあ確かに、今までそこにいるとは思いもしなかったクラスメイトの死を急に告げられたのだから、驚きもするだろう。俺が同じ立場でも、かなり驚くと思う。
事実、退院して久しぶりに学校に来た栄長が俺の1つ前の席だと言う事を知った時はかなり驚いたからな。流石に、オカルトとか占いとかは悪ノリし過ぎな気もするが。
その時、俺は垣花から聞いていたある単語を思い出したので、その事を珠洲に聞いてみた。
「・・・・・そうだ。新聞部は?」
「新聞部?」
「ああ。垣花は、家まで珠洲の宿題を届けに来てくれた時に、話のついでに自分が新聞に所属している事を教えてくれた。だから、珠洲の中学校の新聞部の人に垣花の事を聞けば、少しは情報が・・・」
「ちょっと、待って。お兄ちゃん」
「何だ?」
そうだ。確か、阿燕の過去改変前にしか起きていないはずの事件を垣花が知っているのも、垣花が新聞部に所属していたからだったと思う。具体的にどう言う手段方法でその事を知ったのかは分からないが、クラスメイトは知らなくても同じクラブの人間なら、垣花について少しは知っているだろう。俺はそう考えて、珠洲にそう聞いた。
しかし、珠洲が次に放った台詞も、俺に更なる衝撃を与える物だった。
「お兄ちゃん。ワタシが通っている学校には新聞部は無いよ?」
「え・・・・・?」
「ワタシが通っている学校はそれなりに珍しいクラブが多くあるけど、新聞部は無いよ。今までに作られた事もないと思うし、これから作られる予定もないはずだよ?」
「どうなっているんだ・・・・・」
・・・・・何だよ、これ。もうこの事について、垣花について考えるのは止めよう。何だか頭がおかしくなりそうだ。これはもう俺なんかがどうこう出来る範囲を完全に超えてしまっている。どれが真実で、どれが偽りなのか。今の俺にはその区別が完全に付かなくなっている。風邪のせいも少なからずあるとは思うが。
俺が暫く黙っていると、珠洲が俺に声を掛けて来た。
「お兄ちゃん、ごめんね。お薬持って来るね」
「あ、ああ。悪い」
「そうだ。音穏さんとか燐さんにメールしておこうか?」
「・・・・・何故?」
「え?お見舞いして欲しくないの?」
「そりゃあ、純粋な男子高校生である俺としてはそう言う事が人生の内で1回や2回くらいはあっても良さそうなものだが・・・・・珠洲は良いのか?」
「良いって、何が?」
俺が聞くと、珠洲は何を聞かれているのか分からない、と言った様子で逆に聞いて来た。そうだった。この世界の珠洲は過去改変前の珠洲とは大きく違うのだ。俺が珠洲以外の女の子と話そうが、一緒にいようが、過度な嫉妬をしないのだ。だったら俺も、もう少しリラックスしても良いかもしれないな。
首を傾げて俺の事を見つめる珠洲に、俺は一言だけ言った。
「・・・・・いや、何でもない」
「?変なお兄ちゃん」
珠洲はまだ何か不満そうだったが、取り合えず『俺の思い違い』と言う事で納得してくれたのだろう。そして、そのまま俺の部屋から出て、薬を取りに行こうとする。
「だが、メールはしなくて良いぞ?風邪を移しても悪いからな」
「そう?まあ、お兄ちゃんがそう言うならしないけど」
珠洲にまた余計な心配を掛けてしまったな。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
珠洲が薬を取って来てくれた後、俺がそれを飲み終わり、再び布団に包まって横になった所から、再び会話は始まる。
「珠洲。1つ聞いてもいいか?」
「何?」
「・・・・・湖晴は今、どうしてる?」
「どうだろうね。今朝も朝ご飯を食べに来なかったし、ノックしても返事が無かったから、まだ寝てるんじゃないかな?」
「そうか」
やはり、昨日のあの件が相当ショックだったのだろう。結局、俺は風邪を引いた以外には特に命に別状はなく、全然大丈夫な訳なのだが、それでも、湖晴の精神に何か深刻なダメージを与えてしまったらしい。いわゆる、過去のトラウマと言う奴だろう。
それに、昨日家に帰って来てから、今の今まで1回も会ってないしな。
「それにしても、びっくりしたよ?昨日は」
「何でだ?」
「お兄ちゃんが4人で朝から買い物に行くって言ってたから、てっきり帰って来るのは4時とか5時とかになるだろうなー、って思っていたら、お昼過ぎには帰って来たじゃん」
「そうだったな・・・・・」
あの後、湖晴が泣きながら俺に抱き付き、俺もボロボロになっている状態を見た音穏が気を利かせて『今日はもう帰ろう』と言ってくれたのだ。音穏的にはもう少し遊びたかっただろうに。音穏からメールが来ていたみたいだが、そのメールすらも返せてないし。明日、風邪が治って学校に行けたら謝っておかないとな。
「それに、お兄ちゃんはボロボロだし、湖晴さんは泣いた後みたい顔でお兄ちゃんに背負われて眠っていたし、音穏さんに事情を聞いても良く分からないって言われたし」
「まあ、色々あったんだ」
「それで、帰って来るなり早々、お兄ちゃんは風邪引いたとか言うし。湖晴さんも起きてこないし」
「ごめんな。心配掛けて」
「本当だよ。全く」
珠洲は少しだけ横を向き、口を尖らせてそんな台詞を言った。成る程、過去改変前はヤンデレで、過去改変後はツンデレか。おい、この世界。どんな変化させとんねん。
「この事については追々説明するから、その時まで待っていてくれるか?」
「?説明してくれる予定だったの?」
「え?しなくて良いのか?」
俺が聞き返すと、珠洲の顔が少しずつ赤く染まって行き、やや恥らいつつも俺に話し始めた。
「いや、だって、その・・・・・話し難い事なのかなーって思って・・・・・」
「・・・・・は?」
「べ、別に、その『アレ』な意味じゃなくてね!その、えっと・・・」
「悪い、俺ちょっと薬が聞いて来たみたいだから寝るわ・・・・」
・・・・・どうやら、ついに風邪菌は俺の脳にまで侵入してしまったらしい。何故なのか、珠洲の今の台詞が妙に卑猥に聞こえた。薬の副作用か、病気の末期症状か。何にせよ、眠れば全て忘れる事だろう。
と言うか、『アレ』って何だよ。『アレ』って。
「そ、そう?それじゃあ、ワタシは自分の部屋で勉強しているから、何かあったら直接呼ぶか、メールで呼んでね?」
「分かったよ。ありがとな」
「うん」
そうして珠洲が俺の部屋から出て行った後、俺はすぐに眠りに着いた。