第10部
【2023年09月12日07時30分04秒】
目覚まし時計のアラームが鳴る音で俺は目覚めた。今日は九月十二日火曜日……の筈だ。
昨日は俺の十六年間の人生の中でも最大級に忙しい日だったと思う。いきなり現れた血塗れの少女を助け、幼馴染が起こしてしまった爆破事件を根本から無かった事にした。
そう言えば、俺はどうしてここにいる? 昨日『過去』で気を失った様な気がするが、もしかしたら湖晴がわざわざ俺の家まで運んで来てくれたのかもしれない。お泊り会で妹の珠洲がいなくてよかった。
第一、昨晩の出来事が夢物語では無かったと言う保証は何処にも無い。しかも、俺がそれを確かめる術も……。俺はそこまで考えた後ベッドから出、階段を降りて外の郵便ポストの中の新聞を取り出した。
俺は新聞自体を久し振りに見たが、目的の記事を探した。だが、その記事は無かった。そう、『研究所連続爆破事件』なんて何処も書いてなかったのだ。
「やった……!」
俺は静かに、自身のした事に喜びを感じていた。俺は音穏を救う事が出来た。研究所爆破事件も起こさせる事も無く。それに、その爆発に巻き込まれて怪我をした人、亡くなった人も助けられた事だろう。
しかし、それと同時に俺の中で何か虚無感の様な物が芽生えていた。理由は簡単だ。過去改変をした事で俺と音穏の幼馴染という関係はおそらく消え去って、ただのご近所さんか何かになっている筈だからだ。
それは何故か。水素爆弾の資料を処分出来なかったが、俺が音穏とその両親の仲を修復したからだ。そして、事件後両親の死を引きずる事が無くなった音穏は転校後も、それまで通りの活発な少女になっている、筈。つまり、俺と音穏が仲良くなったきっかけである『あの事件』は発生しない。
「ははは……仕方……無いか……」
それでも、俺は構わないと思う。別に音穏との仲が崩れ去っても、一人の少女、野依音穏の人生を修復する事に成功したのだから。今回の話は別に良い話ではない。客観的に見たらただの気休め。元々『この世界』はこう言う風に作られているだけであり、俺は『この世界』の過去改変に使われただけだ。
でも、俺は純粋に音穏の人生が修復されている事を望む。
郵便ポストから取った新聞を家に持って帰ろうとしたその時、聞き覚えのある声が聞こえ、俺の後頭部に何かが投げ付けられた。
「次元ー!」
ガンッ!
「いってえー! ……って音穏!? どうして!?」
俺は後ろを振り返った。そこにいたのは音穏だった。何故俺の事を覚えている? よくその姿を見ると、右足にギプスをはめていて杖を突いている様な格好になっていた。おそらくさっき俺の後頭部に投げ付けられたのはその杖の片方だろう。今は片方しか杖を突いていなかった。
「『どうして』って次元が学校に遅刻しそうだから、可愛い幼馴染みが迎えに来てやったんだぞー?」
「え……?」
音穏は俺の事を忘れていない……? しかも『幼馴染み』? 『あの事件』は起きないのに? 研究所爆破事件は無くなったのに?
「ちょ……次元!? 何突然泣いてんの!?」
俺は嬉しさのあまり涙が出ていた様な。そして、音穏の体を抱き締めた。
「次元? どうしたの!? そんな……いきなりこんなとこで……」
「ごめん音穏。暫くこうさせてくれ」
「え、あ、うん・・・・・」
俺は俺にとってのただ一人の幼馴染みを守る事が出来た。ただこの時の俺はその事が嬉しくて嬉しくて仕方無かった。
「ところで音穏、足はどうしたんだ?」
音穏を抱き締めながら、俺は問う。
「ふぇ!? あ、いや、別に……昨日の夜、階段で滑っちゃって……」
「家で、か?」
音穏は頷いた。どうやら、昨日の過去改変前の出来事の記憶は今の音穏には無いらしい。にしても、階段で滑ったって……。
「え、うんそうだけど……って何時まで抱き付いてんの!? ご近所さんがさっきから生暖かい目で見て来るんだけど!?」
「ん? あ、すまん」
俺も流石にこのまま音穏を抱き続けると社会的に抹殺されるかも知れないと思っていた所だ。
「全く……次元は仕方無いんだから……」
「ごめんな、音穏」
「いや、私は別に良いんだけど……(ゴニョゴニョ)」
「ん? 何か言ったか?」
「な、何でもない何でもない! そんな事は良いから、さっさと準備して来なさい!」
「分かったよ。じゃあ、着替えて来るから五分くらい待っててくれ」
「うん。待ってるね」
音穏は笑顔でそう言ってくれた。全く、俺は良い幼馴染を持ったものだ。
実は俺はまだパジャマ姿だったのだ。しかも、寝癖だらけの寝起き十分の上垣外次元君だった。
朝飯は……まあ、抜きでもいいか。珠洲が怒るかもしれないが、別に1食抜いたくらいで人は死にはしない。そう言えば、珠洲に昼飯も適当に済ませるように言われていたな。よし、今日は高校の学食という物を試してみよう。ついでに音穏も誘おう。俺のこの平凡な幸せを感じ取る為にも。
家に戻って来た俺は自室に戻り、原子大学付属高等学校の制服に着替えた。
時刻は既に八時十分を余裕で回っていた。走れば間に合うかもしれないが、音穏の足があんな状態だったので遅刻は免れる事は出来無いだろう。そして、学校用のバッグを手に取った時、何か薄い紙がヒラリと落ちた。手に取って見ると、その紙にはこう書かれていた。
『昨晩はありがとうございました。
事件は無事に全て解決されました。
また宜しくお願いします。
-照沼湖晴』
黒鉛の綺麗な字でそう書かれていた。手紙の内容が気になる? その通り、俺の過去改変物語、もとい俺の存在証明はこの時始まったばかりだったのだ。
『Time:Eater』 第一話 完
『Time:Eater』第1話を最後まで読んで頂いてありがとうございます。これにて第1話は終了となりますが、設定まとめや番外編を挟んだ後第2話に続きます。作者自身、これが始めての小説執筆となるのですが、いかがだったでしょうか。作者的には誤字脱字が多く、何度も改稿してしまった事が許せないので、第二話からは最善を尽くしたいと思います。これからも『Time:Eater』を宜しくお願いします!
第一話だけで幾つ伏線が貼れたんだろうか……。