異界の簒奪者
「ぐおー、もう少しだ、あと3cm!」
狭い路地の真中で、時城コータがうつ伏せに倒れて悲痛な声をあげている。
通学路から一本逸れた自宅へのショートカット。聖痕十文字学園からの帰り道でのことだ。
ファンタオレンジを飲もうとして、コータが財布から取り出した五百円玉。
その硬貨が、手からすべって自販機の真下に転がりこんでしまったのだ。
「ねぇコータくん、もう諦めなよ……」
コータの後ろから彼を見下ろして、クラスメートの炎浄院エナが呆れ顔。
かれこれ三十分、コータはこの場に張り付いて定規片手に必死で自販機の下をさらっているのだ。
「えーい、うるさいエナ!あれが今月の生命線だったんだよ!いいから先に帰れよ!」
ぞんざいに足元からそう答えたコータに、みるみる険しくなっていくエナの顔。
「もう……勝手にしろ!バカ!」
むぎゅっ!スクールローファーでコータの背中を踏みつけると、エナはスタスタと先に帰ってしまった。
「なんとでも言えよ、炎浄院家のお嬢様に月末の五百円の大事さがわかるかっての!」
コータまったく意に介さず、目前の五百円に一心不乱、もう少しで手が届く、その時だ。
「ん……!」
コータは妙な事に気付いた。自販機の下から、彼の額に風が吹きつけてくる。
なにかおかしい、そう思って闇の奥に目を凝らしたコータは、思わず息を飲んだ。
カチャカチャ。自販機の反対側、ビルの壁面に接しているはずの、『向こう側』から、五百円玉向かって、何かが伸びて来る。
定規だ。
闇の奥から顔の見えない何者かが、コータ同様定規を差し伸ばして、彼の五百円玉を攫おうとしているのだ。
「なん……だと!ふざけんじゃねーぞ!この盗人が~!」
眼前で起きている怪奇現象に訝る暇もなく、コータの胸に湧き上がったのは金への執着。
怒りに燃えるコータが、渾身の力で自販機に腕を差し入れた。
「ざけんな!俺のだ!俺の金だー!」
自販機の向こう側から、同じく、怒号が聞こえた。コータの声だ。
世界に点在する幾つもの『ほころび』。
数多ある並行世界との交接点で、時城コータが『もう一人の自分』相手に、なけなしの小遣いを巡って必死の簒奪戦を開始した。
『ルシフェリック☆バースト!』番外編です




