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第69話

「いつかは、事故が起きるんじゃないかと心配していたんだよ」

井手さんの研究室に集まった俺達に珈琲をいれる典子に、井手さんは優しく笑い掛けた。

「でも…本当に、いいんですか?部外者の見学を一切禁止なんて…」

「他の部でも問題になっていてね。見学出来るスペースもないのに部外者が押し掛けて、怪我人が出た時の問題も含めて、大学側も頭を痛めてたんだ。今後は警備部で見回りをして貰えるから、安心していいよ」

「…」

「心配しなくていいよ。大学も安全の為に見学者排除の動きだったんだから…典ちゃんが気にする必要はないよ」

「…わかりました…それでは、お先に失礼します」

「細田、悪いねんけど…ウサギ先輩に、付いてたってくれるか?」

大木の言葉に細田は頷き、心許ない表情の典子と共に部屋を出て行った。

「ちょっと、いいですか?」

残った大木が俺に声を掛ける。

「一応…耳に入れといた方が、えぇと思て…」

「何だ?」

「キャプテン、親衛隊の事…知ってます?」

「親衛隊?」

「何だ、知らないのか、和賀?お前の親衛隊だぞ!?」

堀田さんがハァと溜め息を吐きながら、珈琲カップを空にした。

「お前は、松本が居ないと…本当に周りが見えてないんだな?」

「何ですか、ソレ?…で、その親衛隊が何だって?」

「先輩達の話では、この春休み頃に出来たみたいな事言うてましたけど、キャプテンの熱狂的なファンがそう名乗って、他のファンを仕切ってたらしいんですわ」

「…そう言えば…聞いた事がある様な…」

『私達、和賀さんの親衛隊なんです!!』

いつだったか、そんな事を言う女達に取り囲まれた事がある。

プロへの話が取り沙汰され、体育館に押し掛けるファンの激増した頃だった…。

「核の時も過激なファンに追い回されていたが…君もか、和賀?」

井手さんが気の毒にと苦笑すると、堀田さんが剥れながら呟いた。

「和賀ん家は、2人共イケメンですからね…贅沢な悩みですよ!女の子にキャーキャー言われて…」

「所が、そんな可愛いもんやなくて…ウサギ先輩に、嫌がらせしてるみたいで…」

「何だと!?」

「いゃ…ホラ、キャプテンとウサギ先輩が婚約してはるの、ファンの女の子達知ってるみたいやから…」

「そりゃそうだろ?部員全員に、お前が公表したんだからな」

「…チッ…逆効果かよッ!?」

「逆効果って…アレだろ?お前が公表したのって、ラビちゃんの男避けの為だったんだろう?」

「それもありますけど…俺は、いつまでたってもファンにビビってる典子に、居場所を確定してやりたかったんですよ!」

「…あ〜…そりゃ、逆効果かもな?」

「具体的には、どんな事をされてるんだい?」

井手さんが、眉を寄せて大木に尋ねる。

「俺が直接見たのは、詰め寄られてる所だけなんですけど…他の奴等に聞いたら、ファンの娘達が持って来たプレゼント、受け取られへんって頭下げるウサギ先輩に、投げ付けてたって…」

「…」

「茜姫先輩がご一緒の時には、一撃で撃退してはるんですけど…ウサギ先輩、何も反論しはらへんし」

「…」

「さっきの階段でも…俺、ハッキリ聞いたんです。『邪魔』って…ウサギ先輩が言われた途端、後ろに倒れて来て…」

「じゃあ、突き落とされたって事か!?」

「…多分」

背中を、サッと冷たい物が走り抜けた…あの、ラウンジの階段で…典子の傘は蹴り上げられ、そして…。

「大木!!今日、玉置は!?」

「茜姫先輩は、松本先輩とデートやって…さっき、帰られましたけど?」

「細田に電話しろ!」

そう言いながら、俺は典子の携帯に電話を入れた。

「…キャプテン、細田…出ません」

「畜生!」

何やってる、典子…早く電話に出ろ!!

数回のコールの後、ようやく典子の携帯が繋がる。

「ノンッ!?今、どこだ!!」

「…帰り道です」

「1人なのかっ!?」

「いぇ…細田さんと…あの、少し寄り道をして帰ります」

細田と一緒だと聞いて、少し安堵しながら俺は尋ねた。

「どこ行くんだ?」

「細田さんのご自宅に…ご実家から送られた、お野菜を分けて…ぁ…ぇ?」

「ノン?」

揉み合う様な音と共に、ブツンと通話が切られた。

「ノンッ!?」

「どうした?」

「……切られた…」

慌てて掛け直すが、電源ごと切られた様で繋がらない。

「クソッ!大木っ!細田の自宅、知ってるか!?」

「…確か…地元の親戚の家に、下宿してるって…」

「場所は!?」

「済みません…」

「落ち着け、和賀!細田が一緒なら安心じゃ…」

「揉み合って、電話切られたんですよ!?電源も落とされてるのに!?」

「どうしたんだ、お前…」

心配する井手さんと堀田さんに、俺は以前典子が襲われ掛けた事、そしてその犯人に似た人物を見たという情報がある事を話した。

「それで、ボディーガードさせてたのか…」

「少し待て…部員の情報なら、僕がわかるから…」

机から部員のファイルを出した井手さんが、細田のページを開いて俺に見せた。

俺の自宅から、そんなに離れていない…俺は直ぐ様、松本に電話を入れた。

「浩一?今どこだ!!」

「商店街だけど?何かあったのか?」

「悪ぃが、今から言う住所の家に向かってくれねぇか…典子に…連絡が付かねぇ」

「…わかった!ウサギちゃん探せばいいんだな?」

「もしかしたら、細田ってマネージャーと一緒かも知れねぇが…取敢えず、保護してくれ!」

電話を切ると、ファイルを覗き込んでいた堀田さんが、少し強張った表情を見せる。

「和賀…この、細田の親戚の名前…」

「名前がどうしました?」

『長流』と書かれたその名字を指差して、堀田さんは俺に見せた。

「何て読むかわかるか?」

「『ちょうりゅう』ですか?」

「違う…『おさる』って読むんだ。珍しいから覚えてたんだが…コレ、お前の親衛隊の隊長の名前と一緒なんだ」

…『おさる』…どこかで、聞いた気がする…ずっと昔の…。

もう一度携帯を取り出すと、今度は谷川に連絡を入れた。

「どうした、和賀?」

「谷川…『長流』って奴に、心当たりねぇか?長いと流れるで『おさる』」

「あるぜ?おサルさんだろ?」

「いつの話だ!?」

「中学ん時…俺達と1年の時に同級だった…ってか、お前の方が詳しいだろ?」

「え?」

「彼女、ずっとお前の追っ掛けしてたじゃねぇか?」

「…知らねぇ」

「マジか!?まぁ…当時は地味な奴だったけど…それでも、結構有名だったぞ?」

「…」

「今は、結構綺麗なネエちゃんだぜ?いっつもヒラヒラのワンピース着て…」

「今は!?何してる!?」

「…さぁ?弟と一緒に、実家の工具店手伝ってんじゃねぇかな?どうしたんだ、お前?」

「…いゃ」

「どっちにしても、関わるなよ?あそこん家の弟、マジでヤバいからな」

「え?」

「昔から、悪ガキでな…手癖も悪いし、シンナーやったり、女の子襲ったり…ホラ、昔小学校で動物虐待の話が出たろ?アレも、あそこん家の弟の仕業って話だ」

嫌な予感が…的中した。



「…大丈夫ですか、先輩?」

「えぇ…済みません、お手間取らせて」

「構いませんよ。どうせ暇だし…それに、ちゃんと送り届けないと、キャプテンと大木に何言われるか…」

「申し訳ないんですが、帰りに少し買い物をしても…」

「いいですよ、何を買いに行くんです?」

「八百屋に…」

「あ…それなら、家に届いた野菜、持って行きませんか?」

「…いいんですか?」

「下宿させて貰ってる親戚の家でも、食べ切れない程送られて来て…正直、難儀してたんですよ」

「細田さん、ご実家は?」

「長野です。そこで、代々治療院してるんですよ…本当は、医者になりたかったんですがね…犬猿の仲の隣が、医者なんで…」

「…そうですか」

皆それぞれ、将来に不安と葛藤を抱いて、自分の仕事を模索しているのだ……私も、早く何かを…。

「先輩は将来、洋食屋の女将なんですかね?」

「え?いぇ…それは、ありません。お手伝いは、すると思いますが…」

「じゃあ、理学療法士になるんですか?」

「…まだ…考えてて…」

その時、突然鞄から華やかな曲が流れ出し、私は慌てて鞄の中を掻き回した。

『Can't Take My Eyes Off You』…この曲が流れるという事は、和賀さんからの電話だ。

情熱的に愛を歌うこの曲を自分の着メロに決め、強引に設定されて以来、和賀さんから電話が掛かる度に恥ずかしさに飛び上がりそうになる。

ようやく携帯を見付けて通話ボタンを押すと、和賀さんの怒った様な声が飛び出した。

「ノンッ!?今、どこだ!!」

何だろう…先に帰った事を、怒っているのだろうか?

「…帰り道です」

「1人なのかっ!?」

「いぇ…細田さんと…あの、少し寄り道をして帰ります」

細田さんと一緒だと聞いて安堵したのか、和賀さんは途端に声を和らげて尋ねて来た。

「どこ行くんだ?」

「細田さんのご自宅に…ご実家から送られた、お野菜を分けて…ぁ…ぇ?」

突然、通話していた携帯を後ろから取り上げられ、驚いて振り向いた。

「久志!?」

「よぅ、チビ兎…」

そう言って私の携帯の通話ボタンを切ると、蛇の様な目をしたその人は、舌舐めずりをして私を見下ろした。

「わざわざ、俺達の為に連れて来たのか?」

「何言ってる!!僕は唯、先輩にお裾分けを…」

「物で釣って来たのか…まぁ、お前ならそうでもしなきゃ、女も釣れねぇか?」

そう言って馬鹿にした様に笑う男に、私は嫌悪感を覚え後退った。

「あの…私、やっぱり…」

「だがな…この女は、俺の獲物だ」

逃げ様とした私の腕を掴むと、その男は私の躰を強引に引っ張り、倉庫の様な建物の中に連れ込んだ。

「止めろ、久志!!」

「煩ぇよ!!勉強しか出来ねぇ、ガリ勉がっ!?」

ガツッという音と共に、久志と呼ばれたその男は、細田さんの顔面を殴る。

「細田さん!?」

「……大丈夫です、先輩…ブザーを…」

男は倒れた細田さんの躰を蹴り続け、悪態を吐く。

和賀さんから貰った警報ブザー…1つは大木さんに、1つは鞄の中に、そして最後の1つはズボンのポケットの中に入っている。

引き摺られながらポケットからブザーを取り出すと、壁に躰を叩き付けて奪い取り、男は私の髪を掴むとポケットから大きなカッターナイフを取り出した。

「コレで助けを呼ぼうってか?残念だったなぁ…」

ピタピタとカッターナイフを頬に当てると、掴んだ私の三つ編みにした髪を、根元からザクザクと切って行く。

そして、胸ぐらを掴まれ恐怖に瞠目する私の頬を、これでもかという程のビンタが襲う…この感覚!?

突き飛ばされた躰が地面に這いつくばった時、頭上から女性の声が降って来た。

「見ぃ付けた!」

そう言って、女性は私の左手をパンプスで踏み付ける。

見上げた顔と洋服に、見覚えがあった…毎日欠かさず顔を見せる、華やかなワンピースをまとった、和賀さんのファンの人…。

「姉ちゃん…サッサと欲しい物取って、俺に狩りさせてくれよ!」

「…何?」

「私ね…貴女の、その左手の…リングが欲しいのよ…」

「えっ!?」

私は踏まれた手を握り締め、彼女の足が離れた隙に左手を胸に抱き込んだ。

「散々忠告したのに…聞き入れない貴女が悪いのよ?」

「…」

「渡しなさい…和賀君ら貰ったリング…」

「駄目ッ!」

「ソレを貰うのは、貴女じゃないの…わかるでしょ?」

そう言って、彼女は私の左手を毟り取ろうとする。

「貴女なんかが、貰える物じゃないのよ!!」

「イヤッ!!」

思わず彼女の腕に噛み付くと、弟から奪ったカッターで私を切り付けながら、彼女は叫んだ。

「久志!!撃っちゃっていいわよ!」

「じゃあ、走らせねぇと…面白くねぇだろぅよ?」

「そうね…」

そう言うと、男は倒れている私の頭にマシンガンの様な物を突き付けた。

「これさぁ、アメリカ製のネイルガンなんだけどな…」

そう言うと、男は私の頭に突き付けた銃口の狙いを外し、引き金を引いた。

耳元でバシュバシュという音と共に何本もの釘が飛び出し、コンクリートの床を跳ねる。

「アンタ、足悪ぃからさ…20数えてやるから逃げな。あ…倉庫の外に逃げるのはなしな…外に出たらお前とガリ勉野郎、2人共速攻殺すから。釘がなくなる迄逃げられたら…終いにしてやるよ」

「…馬鹿な事を…」

「時間無いぜ?そら…1、2、3…」

私は必死で立ち上がると、男の元から逃げ出した。

やがて倉庫内に凄まじい警報音が鳴り響き、ネイルガンの音と引き攣った様な笑い声が混じり合う中…私を狩るゲームが始まった…。


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