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第62話

フィールドトレーニングの為に三々五々集まる部員と共にグラウンドに現れた典子の格好を見て、俺は眉を吊り上げ近付いた。

「お前、コートは!?」

バレー部のジャージの上に薄いフリースを羽織り、赤い鼻をした典子が気まずそうな顔で首を振る。

「ここの寒さは、わかってんだろうが!?日が落ちたら、こんなもんじゃねぇって事位、お前だって…」

「…大丈夫です」

「いいから、部屋から持って来い!」

「…」

「ノンッ!?」

「…平気です、キャプテン…練習開始の時間です」

頑なな典子の態度に苛つきながら、自分のベンチコートを脱いで彼女に着せようとすると、半歩下がって首を振って拒まれる。

「テメェ…いい加減に…」

すると俺を見上げた典子が、心配そうに眉を潜め小さな声で言った。

「…キャプテンの…和賀さんの躰が、冷えてしまいます」

婚約を発表して、俺がキャプテンに抜擢されて以降、部活中だけでなく…部の連中が居る時には俺の事を『キャプテン』としか呼ばなくなった典子が、家に居る時の様に名字で呼び掛けた。

「…冷えて…怪我をしたら困るもの…」

「…大丈夫だから…躰動かしたら、俺は直ぐに温まる…」

「…」

「……もしかして、ベンチコート買えなかったのか?」

「…」

「……ちゃんと言えよ、馬鹿娘…」

高校の制服の上に着ていたという黒いのウールのコートと、冠婚葬祭用のレインコートにもなるコート意外持ってないと言った典子と、数日前に防寒用のベンチコートを一緒に買いに行こうとした。

しかし、ここでも待ち伏せたファンの女子学生達に阻まれ、結局典子は独りで買い物に出たのだ。

俯いた典子にベンチコートを羽織らせると、小さな声で感謝の言葉を口にされる…久々に見る素直な典子の態度に、俺の頬は緩んだ。

「和賀…トラック何分走らせるんだ?」

寒そうに身を丸くした堀田さんが、近付いて尋ねる。

「15分で、十分じゃねぇですかね?」

瞠目して鼻白む表情を見せた堀田さんは、俺のコートを羽織った典子を見て苦笑した。

「…わかりやすい奴だな、お前……さっき迄、フルマラソンさせる勢いだったろ?」

「…何か言いました?何なら、走らせてもいいですよ?」

「勘弁してくれ…お前の機嫌でメニューを立てられたら、練習始まる前に俺達全員死んでしまう!?」

「…15分走ってゴールした奴から、体育館に行って柔軟させて下さい」

ホッと胸を撫で下ろした堀田さんが、緊張して屯する部員達にメニューを発表すると歓声が上がった。



「典子は?」

「体調悪いから、先に休むって!…全く、誰よ…あの娘の事からかったのって!?」

俺達がフィールドトレーニングを済ませ体育館に入った後、コートの設営を済ませた1年がグラウンドに出て来た。

そして、俺の大きなベンチコートを羽織った典子をからかったらしいのだ。

「雪が降って来たっていうのに、和賀さんのコート脱いじゃうんだもの!?まぁ、その後で椎葉君がぶち切れてたけど…」

「風邪ひいちまったのか?」

「かもね…頭痛いって薬飲んでたわ。後で、様子見てきたら?」

「…あぁ」

多分、典子の態度が軟化したのは、椎葉と話をしたからだろう…折角柔らかな態度を見せたのに…。

「和賀、松本も…監督が呼んでる」

「部屋にですか?」

「あぁ…さっき電話してたからな…何かあったみたいだ」

堀田さんと高柳さんが、眉を寄せ溜め息を吐いた。

「失礼します、監督…お呼びだそうですが…」

「あぁ、4人共…入ってくれ」

少し顔を強張らせた井手さんが、溜め息を吐きながら言った。

「さっき、大学から連絡があった。僕達が合宿に出発した後に、問題があったらしくてね」

「何があったんですか?忘れ物もなかったと思いますが…」

高柳さんの質問に首を振り、井手さんが眉を寄せて俺の顔を見詰める。

「和賀…あれから、滝川と会ったか?」

「えっ?」

何で今更、滝川の名前が出て来るのか…?

「…大学に…花村さんが、乗り込んで来たらしい」

「っ!?」

「滝川を出せと言って、凄い剣幕で体育館に押し入ったらしいんだ」

「何で…まだ、保護観察中でしょう!?」

松本が、焦った様に井手さんに詰め寄った。

「通院中に、病院から1人で抜け出したらしいんだ」

「…」

「要、会ったんだろ?」

「そうなのか、和賀!?」

松本の言葉に、堀田さんが目を剥いた。

「あぁ…典子を訪ねて来たんですよ。直ぐに典子がメールを寄越したんで…俺も、少しだけ顔を合わせました」

「何しに来たんだよ!?ラビちゃん、大丈夫だったのか!?」

「えぇ。アイツ…典子に謝罪がてら、性懲りもなく口説きに来たんです」

「…それで…典ちゃんは、平気だったのか?」

驚いた顔をした井手さんが、心配そうに身を乗り出す。

「えぇ…ちゃんと、自分で断ってましたからね」

「滝川、大学辞めたそうだな?」

高柳さんが、心配そうに呟いた。

「そうらしいですね。滝川の家も出て、岸部姓に戻したそうで…アメリカに行くらしいですよ?」

「アメリカ?何しに…」

「新天地で巻き返し図るとか?」

「ある意味そうかも知れませんね…向こうのクラブチームのオーディション受けるらしいですよ?典子が、そう言ってました」

「…いつ渡米するか、聞いてるか?」

「さぁ…知りませんよ」

「典ちゃんも?」

「…多分」

「そうか…さっき、滝川の携帯に連絡したんだが…解約してた。もう、渡米したのかも知れないな」

「監督…花村さんは、捕まったんでしょうね!?」

松本の焦った様な声が響く。

「いや…逃げたらしい」

「「えぇっ!?」」

俺と松本は、同時に声を上げた。

「…然も、その場に居た学生に、男子バレー部は今日から清里で合宿だと聞いたらしくてね…」

「「何ですってっ!?」」

又もやハモる様に叫ぶ俺達に、堀田さんと高柳さんが顔を見合せた。

「まさか…こっちに向かってる何て事…ねぇだろうな!?」

「いゃ…十分にあり得るだろ!?マズイぞ…要…ウサギちゃんもだが、姫や…監督も…裁判で証言したんだ!然も検察側の証人でだ!」

「…僕は兎も角、典ちゃんと玉置さんには、花村さんの保護が確定する迄、ボディーガードを付けた方がいいな…」

「ウサギちゃん達、今はどこに居るんだい?」

高柳さんの心配そうな質問に、松本が答える。

「姫は、出川さんと食堂に居ました。ウサギちゃんは…」

「典子は、体調崩して部屋で寝てます」

「各々居場所を確認して、決して1人にさせない様に…」

井手さんが、そう注意を促した時…絹を裂く様な悲鳴が聞こえた。

「…まさかっ!?」

俺達は顔を引き攣らせ、脱兎の如く部屋を出た。



ノックの音と共に、呼び掛けられる。

「宇佐美さん、宇佐美さん…在室してますか?」

「……はい。少々、お待ち下さい」

鎮痛剤を飲んで微睡んでいた私は、ノックの音にノロノロと起き上がりドアを開けた。

「宇佐美さん、お家の方が、いらっしゃってますよ?」

宿舎の管理人さんが、にこやかに私に告げた。

「…え?」

「女性の方が、受付でお待ちですので…」

「…ありがとうございます」

真子さんだろうか?

何の連絡もなかったが…。

上着を羽織り階段を降りた所で、茜と出川さんに鉢合わせた。

「どうしたの、典子?体調は?」

「まだ、少し痛いの…」

「寝てた方がぁ、いいんじゃないのぉ?」

「…真子さんが…和賀さんのお姉さんが、いらしたみたいで…」

受付に向かう私に、茜と出川さんが付いて来た。

「どこに居るの?」

「…受付にいらしてるって…」

そう言って玄関の外を覗いた時、暗がりからいきなり後ろ手に羽交い締めにされた。

「キャァーーッ!!」

出川さんの悲鳴が響くと、私の喉元でパチリと音がして、硬質で冷たい物が当てられた。

「花村栄子ッ!?何で貴女が、こんな所に居るのよッ!?」

茜の叫びに、私の頭上から切羽詰まった声が吐かれた。

「…あの人はっ!?」

「典子を離してっ!!」

茜が飛び掛かろうとするのを、駆け付けた松本さんが抱き止めた。

「駄目だ、姫ッ!!」

「ノンッ!!大丈夫かッ!?」

頷く私に、少し安堵した表情を見せた和賀さんは、射殺す様な視線を花村さんに向けた。

「花村ァッ!?テッメェ性懲りもなく、何してやがるッ!?」

「あの人、呼んでよっ!!」

「…誰?」

私の問い掛けに、首に当てたナイフを押し付け、花村さんが叫ぶ。

「智輝さんはッ!?」

「…ここには居ない、滝川は退学したんだ!!」

遼兄ちゃんが叫び、和賀さんや堀田さんが、ジリジリと間合いを詰めて来る。

「来ないで!!この娘、殺してもいいのっ!?」

「止めろ、花村ッ!?」

「諦めて、ナイフを離すんだ!!」

「来ないでって言ったわっ!!」

チリリと喉に痛みが走ると、和賀さんの顔が引き攣った。

「テッメェ…典子に、何しやがるッ!!ぶっ殺すぞッ!?」

「…止めて…来ないで下さい、和賀さん!」

私は和賀さんに懇願し、後ろの花村さんに話し掛けた。

「…花村さん…2人で…話しませんか?」

「…」

「私の知ってる事…全て答えるから……2人切りで…」

「…わかったわ」

ナイフを翳したまま、花村さんは私の躰をグイッと引いた。

「駄目だ、ノンッ!!」

「大丈夫です…だからお願い…誰も来ないで…」

和賀さんを見詰めて頷くと、私の躰は花村さんに引き摺られて行った。

「…本当に…貴女のそういう所、鼻持ちならないわ!」

「…ナイフ、渡して下さい」

「何?今度は、私の事を刺す積り!?」

「…そんな事、しないわ」

「いいわよ、別に…貴女なんてナイフがなくたって、どうにでも出来るし…」

カランと音を立てて落とされたナイフを拾うと、私は刃を収めてポケットに入れた。

「智輝さんは?どこに居るの?」

「知らないわ」

「嘘よ!?」

「…本当に、知らないのよ」

「嘘ッ!!なら、何で知ってる事を話すなんて言ったのよっ!?」

私の胸ぐらを掴んで締め上げ、揺さぶる花村さんの目に…涙が溜まる。

「…智輝さんの携帯、繋がらないのよ!!」

「…」

「家に電話しても…取り次いで貰えなくて……その内に、居ないって言われて…」

「…」

「…大学に行ったら、バレー部は清里の施設で…今日から合宿だって聞いたから…ここ迄来たのに…」

そう言って、私の躰を体育館の壁に叩き付けると、彼女は階段に崩れ落ちる様に座り込んだ。

「…どこに居るのよぅ…」

「…会いに来てくれたわ」

「えっ?」

私は花村さんの隣に座り、瞬く星空を見上げた。

「滝川さん…もぅ、滝川さんじゃないけど…謝りに来てくれたの」

「…」

「貴女の裁判も終わったから…滝川の家を出たって言ってたわ」

「…退学したって…本当?」

「えぇ。会いに来てくれた日に、退学届出したって言ってた」

「…どこに居るのよ?」

「海外に…行くって…」

「嘘よっ!?」

「嘘じゃない」

「嘘ッ!!」

「…何故、私が嘘を付く必要があるの?」

「…」

「私と…トモ君は、単なる幼なじみだわ」

「だって…智輝さんは、貴女の事っ!?」

そう言って、凄い力で私の腕を掴んだ花村さんの手は、微かに震えていた。

「…トモ君が、どう思おうが…私は、何とも思ってない。それは、トモ君だって知ってるわ」

「…」

「私ね…和賀さんと婚約したの」

「え?」

「トモ君にも伝えたわ…彼は『幸せにね』って、言ってくれたわ」

「…」

「本当に、トモ君の事好きなのね…花村さん」

「当たり前よっ!!何の為に、彼の事黙ってたと思ってるのよっ!?」

膝に顔を埋めて、花村さんは肩を震わせた。

「だったら、こんな事…しちゃ駄目だわ」

「…」

「これ以上やったら、本当に会えなくなるわ」

「…」

「私にね…謝りに来てくれたって事は、いずれ貴女の所にも、謝りに来てくれるって…そういう事でしょう?」

「…」

「待てない?」

「…」

「トモ君が会いに来てくれる迄…待つんでしょう?」

「……本当に、偽善者よね…」

「…」

「貴女のそういう所…本当に、大嫌いだわ!!」

「…私もね…貴女の事、嫌い…」

「…」

「でも、一途にトモ君を想う貴女は、凄いと思うわ」

「…やっぱり、貴女の事…嫌いだわ」

そう言って立ち上がると、花村さんは家族に迎えを寄越す様に電話をした。

「私は…謝らないわよ」

彼女はそう言って背を向けると、去って行った。


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