表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/74

第57話

頭の中が…ザワザワとざわめく……脳天に一気に血が駆け上り…真っ白になった。

典子が留学するだと!?

アメリカに…カリフォルニアの大学に行くだと!?

然も、2年も!?

あり得ねぇ…俺と離れて生きて行く事なんか、出来ねぇ女なんだぞ!!

やっと、この手に取り戻したんだ…どこにもやらねぇ!!

やれる訳ねぇだろ!?

だが…発表してるのは、大学の教授で……典子が交換留学生に決まったと言った…。

典子は…何故俺に何も話さねぇんだ?

話さねぇって事は……留学を決めたって事か!?

俺を残して?

俺を置いて!?

俺を…捨てて…!?

気が付くと、瞠目する典子の襟を掴み揺すっていた。

すると典子は、玉置に兄貴を呼んで来る様に言ったのだ!

何故、兄貴なんだ?

何故、俺じゃない!?

典子は、俺の女なのに…。

何故、何故、何故、何故…!?

赤黒い顔をして、涙を溢す典子が…俺の頬を抱く様にして、唇を重ねて来た……その唇を追おうとした途端、典子の躰からグニャリと力が失われた。

次の瞬間、目の前に星が飛ぶ程の力で顔面を殴られ、俺の躰は吹っ飛んだ。

「何やってるッ!?お前ッ!!」

鬼の形相の兄貴に後ろ首を持たれ、会場前の廊下の端迄ズルズルと引き摺られると、再び顔面を何発か殴られた。

「目ぇ醒めたかッ!!」

「……核兄ぃ」

「お前…チビ助の事…本気で殺す積りだったのか!?」

「…ぇ?」

兄貴の視線を追うと、廊下に寝かされた典子に跨がる様にして松本が心臓マッサージをし、玉置が人工呼吸を繰り返していた。

「……ノン…ノンッ!!」

駆け寄った途端、玉置の強烈なビンタが炸裂する。

「許さないわよッ!!和賀さんッ!!」

「…」

「貴方迄、典子を傷付けるっていうのッ!?」

そう言って、玉置は俺の胸を無茶苦茶に叩いた。

「絶対にッ!!許さないッ!!」

「落ち着いて、姫…皆に気付かれる」

「許さないわッ!!」

「落ち着いて…それが、ウサギちゃんの為だ…」

そう言って松本は玉置を抱き締め、俺に顔を向けた。

「大丈夫だ、要…ウサギちゃんは無事だから…」

俺は…一気に血の気が引いて…床に寝かされた典子の隣にへたり込んだ。

「…何かあったのか?」

会場から出て来た堀田さんが、典子の様子を覗き込む。

「大丈夫ですよ…ちょっと貧血起こしたみたいで…」

「上に部屋を取って休ませる…要、チビ助抱いて付いて来い!」

松本と兄貴のフォローに、俺は唯ロボットの様に典子を抱き上げた。

案内された部屋のベッドで、典子は穏やかな息を吐く……たが、その首に…ハッキリと付いた指の跡…。

「…俺が…やったのか?」

「覚えてないのか、お前…」

「上着の襟…掴んで……そしたら、典子が玉置に…核兄ぃ呼べって」

「…」

「その後…典子にキスされた…」

「その前に、お前が彼女の首を掴んだんだ!」

「…ノン…」

ベッドに腰を下ろし、典子の頬を撫でると…その手を兄貴に掴まれた。

「待て、要…」

「…」

「今は…チビ助に触るな」

「…何で」

兄貴は溜め息を吐いて、俺を睨んだ。

「彼女の首を締めたんだろう!?トラウマを起こしていたら、どうする積りだ?」

「…」

「彼女の…起きた時の反応を見た方がいい」

俺はノロノロと立ち上がり、松本の隣のソファーに沈んだ。

「…浩一…典子、心臓止まってたのか?」

「少しの間だけだ…直ぐに復活した。多分、影響のない位…」

「…俺が…殺す所…だったんだよな?」

「…要…」

…俺が…典子を殺す…。

確かに、典子が俺から逃げるなら…殺してしまうかもしれないと思った。

だがそれは、比喩だった筈だ…それとも、本気で…思ってたって言うのか!?

俺は…本当にいつか、典子を殺してしまうかもしれない…。

殺人罪なんか怖くはない…恐ろしいのは……典子が俺の手の届かない所に言ってしまう事だ!!

「ゥ…ゥウアアアアッ!!」

「要ッ!!しっかりしろッ!!」

「アアアアアーーッ!!」

頭を抱えて、吼えるだけ吼えて…脳が酸欠状態になって痺れ、ボンヤリする…。

ドロドロとした混沌の中で、突然一筋の光明が見えた。

「…和賀さん…要さんはっ!?」

それは、雲の切れ間から射す光にも似た…細く美しい…天国への階段…。

そして、天使は舞い降りた……俺を足元から見上げると、下から優しく抱き締める、細い腕…。

…汚しちゃいけない…もう、失いたくはない…だから、頭を抱えたまま拒絶の言葉を吐いた。

「…離れろ…ノン…」

「…何て…仰いました?」

「……俺から…離れろ…」

「……本気で…仰ってますか?」

目を合わさなくても、典子がどんな表情だかわかっている…。

俺が…典子を…拒絶する…。

それは、2人の関係の終わりを意味していた…。

典子が兄貴や松本と話している…そして、優しく気遣う様に肩が叩かれ、部屋から人が出て行く気配がした。

もうこれで終わりだ…何もかも……全て…自分で摘み取ってしまった。

…部屋の中の空気が、フワリと揺れた。

「ベッドで…休まれた方が良くないですか?」

…………何…だ…?

「……シャワーを…浴びて来ますね」

………何て……言った…?

「…もしも……私と話す事も……同じ部屋の空気を吸う事も…嫌だと仰るなら……その時は、シャワーを浴びている間に……出て行って下さっても…結構です…」

…………典子の声だ…。

………何だ…って……シャワー…って…?

パタンとドアの閉まる音がして…本当にシャワーを浴びている音がする。

この状況って………いゃ…典子に限って、絶対にそれはあり得ない!!

やがてバスルームから出て来た典子は、大きなバスローブをワンピースの様に着込み、ウエストに大きな蝶結びをして現れ…俺の顔を見て驚きの声を上げた。

「どうしました、和賀さん!?」

「…」

再び洗面所に駆け込み、絞ったハンドタオルを持って戻ると、典子は心配そうに俺の顔にタオルを当てた。

「…誰に遣られたんです?」

「……ノン…」

「何ですか?」

「俺が…怖くねぇのか?」

「何故?」

「…俺は…お前を…殺して…」

「シーッ…」

典子はそう言って、俺の頭を抱き寄せて、自分の小さな胸に掻き抱いた。

柔らかなバスローブ…フワリと香る甘いボディソープの香り…そして、規則正しく脈打つ心臓の音…。

「……温けぇ…」

「…生きてますょ、私は…」

「…掴んだら…離すのが……失うのが怖い…辛いって言ってた、お前の気持ち……やっとわかった…」

「…」

「俺は…お前を傷付ける……不安に怯えるお前を…いつか、殺しちまうかもしれねぇ…」

「…構いませんよ」

「…」

「それに…待っていて下さったという事は……まだ、少しは…私の事を思って下さっていると……自惚れてもいいという事でしょう?」

「…」

「……駄目…なんですか?」

「いいに決まってるじゃねぇか!?何故疑う!?」

「なら…何故、離れろなんて…」

「だから…俺は、お前を…」

「私が、和賀さんを不安にさせたから?寂しくさせたから?」

「…」

「私が…信じられない?」

「…いゃ…」

「私の気持ちは…変わらないと言ったわ!」

「…あぁ」

「傍に居るって言ったわ……和賀さんが…許してくれる内は…ずっと居るって……それも、もう許してくれないの?」

「…いゃ…」

「じゃあ…何で疑うの?」

「…」

「…私は、狡い女なのに」

「ぇ?」

「自分は臆病で、和賀さんの事を信じられなくて散々疑ってた癖に…自分の事は信じて貰えていると胡座をかいて……それが崩れそうになると、形振り構わずに…手を伸ばして掴もうとする…そんな小狡い女だわ」

「…」

「…私の中に、幻想を見ているなら…このまま、突き放して」

「…」

「じゃないと…後悔…する…」

顔を埋めている典子の胸の鼓動が、早鐘の様に勢いを増す…。

「……ノン…」

「…私、強くなるから…和賀さんの事、不安にさせない様に…強い女になるから!」

「…」

「1人でちゃんと立てる女になる!ちゃんと自立した女になって…和賀さんに依存しない女になって…」

「…違う、ノン」

「…え?」

「それじゃ…駄目だ」

「…」

「駄目なんだ、ノン…」

俺の頭を抱いていた典子の腕が解かれ、その躰は力無く床にしゃがみ込む。

「……駄目…なの?…もう…どうしようも…ない?」

真っ白な血の気の失せた典子の顔を、頬を包んで引き上げた。

「そうだ…ノン……お前が変わっちまったら、意味ねぇんだ!」

俺は…何をしていたんだろう…。

今、目の前に居る典子を愛している。

そのままの…ありのままの典子を…愛している。

典子の決めた事を信じよう…例えそれが、どんな結果でも……典子さえ生きていてくれるのであれば…。

典子の心の中に、俺が居さえすれば…それでいいじゃねぇか!?

「……私?」

「そうだ…ノン…」

「…」

「そのままでいい…そのままのノンじゃねぇと、愛せねぇって言ったろ?」

「…でも…私が弱いから、私が不安定で揺れてるから、和賀さん不安になるのよ?」

「そうだな…だけど、それも含めて…お前なんだ」

「…」

「泣き虫で怖がりで、意地っ張りで頑固で、優しくて甘えたで、賢い癖に天然で…可愛くて…可愛くて…」

典子の躰を抱き上げて膝に乗せると、顔中にキスを降らせながら、小さな躰を抱き締めた。

そして、彼女の唇を食む様にして口付けると、小さな舌を転がす様に絡めてやる…時間を掛け…丹念に…。

甘い吐息を吐く典子の首に…痣の出来てしまった項や喉元に舌を這わせ、反応を見る…大丈夫だ…怖がる様子はない。

鎖骨に口付けながら、バスローブの裾に手を忍ばせ……。

「…ノン…お前、何でパンツ履いてねぇんだ?」

「ッ!?」

蕩けてしまいそうな典子の顔が、真っ赤になり……彼女は慌てて俺の膝から転がり降り…床に手を付いたまま膝行って逃げる。

「そう言えば、シャワー浴びたんだよなぁ?」

「…そっ…それは…」

「…躰で、俺を籠絡する気だったのか、お前…?」

「そんな事は……唯…」

「唯?」

「…落ち着いて…お話しする為に…」

「する為に?」

「……落ち着いて…貰う為に…」

ジリジリと壁際迄追い詰めて、赤面して羞恥の為に涙ぐむ典子を言葉で煽る。

「いつから、そんなエロい事考える様になったんだ、お前?」

「…そん…な」

「俺は…大歓迎だがな…正直、お前がそんな事を考える様になるとは…」

「…かっ…核さんに……言われて…」

「核兄ぃ!?…何で、核兄ぃが出て来んだ?」

そう言えば、さっきも兄貴を頼る様な事を…。

眉を寄せて詰め寄る俺に、典子は慌てて弁解を始める。

「…相談に…乗って頂いたんです!!どうすればいいか…悩んでて…アドバイスを…」

「……で?躰使って、籠絡しろって?」

「興奮する男の人には…一番有効だからって…」

「…他には?何教えられた?」

「え?……えぇと…」

ゴニョゴニョと口籠もる典子に、俺は瞠目した…。

兄貴の奴…完全に典子をからかってオモチャにしてやがる!?

「それで?…兄貴で、試した何て事ねぇだろうな!?」

「何言ってるんです!?勿論ですよ!ちょっと…他の物で…」

そう言って、又赤面してゴニョゴニョと口籠もる。

「何でもいいけど、絶対俺限定だからなッ!?」

「当然です!和賀さんの対処法を習ったんですから!!」

「へぇ…俺の対処法を…習った訳だ」

「……和賀さん?」

「…成る程ね」

壁に背を付けて立ち上がった典子は、バスローブの前を必死に掻き抱き、顔を強張らせたまま曖昧な笑みを浮かべ、壁伝いにジリジリとバスルームに逃げ込もうとする。

「…わっ…和賀さんも……落ち着いた様ですし……私も、着替えて来ますね…」

「…逃げられると思ってんのか?」

「…」

「取り敢えず、お仕置きだな…ノン!?」

「な…なっ…何で?」

「俺じゃなく…核兄ぃを頼った罰…」

「えぇッ!?」

「そんな、俺も教えられなかったエロい事…どんな風に習ったのか…実践して貰わねぇとなぁ?」

「…」

「俺の為に、習ったんだろ?」

俯く彼女の顎を捉え、困った様な顔をした典子の口に親指を入れた。

「…ふぅえぇ」

「駄目だ…今日は泣いても、許してやんねぇ。据え膳食わぬは、男の恥って言うしな…」

「うぇぇ…」

「取り敢えずは…美味しく頂いてやるから、覚悟しろよ?」

そう言って俺は、典子に挑発的な笑みを送った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ