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第56話

松本が大学に合格した事も嬉しかったが、それよりも嬉しかったのは、比較的近い大学に合格した松本が、引き続きウチのアパートに住むと決めた事だった。

俺の躰も順調な回復を見せ、最近は少し練習にも参加している。

気掛かりと言えば、試験終了直後から体調を崩している典子の事位だが…無事に進級も決まった事だし、安心して気が抜けて今迄の疲れが出てしまったのだろう。

そんな2月末の土曜日…今年も納会の時期がやって来た。

卒業式前に行われる男子バレー部の納会は、毎年OB会も兼ねて行われる盛大な催しで、今年もホテルの宴会場を貸し切って行われる。

松本や俺と共に会場に入った兄貴は、黒いリクルートスーツで受付に立つ典子に眉を寄せた。

「お前…チビ助に、もう少し増しな格好させてやれば良かったんじゃないか?」

松本の隣に立つ、鮮やかな牡丹色のワンピースドレス姿の玉置を見て、兄貴が溜め息を漏らした。

「俺も言ったんだがな…自分は受付だから、いつもの格好でいいって言うんだ」

「じゃなくて…着て来る洋服がなかっただけでしょう!?」

「いゃ…この間の…学園祭の時のワンピース着ろって言ったんだが…」

「アレは、コスプレでしょうよ!?何でこんな席で、仮装しなきゃいけないのよ!馬鹿じゃないの!?」

「…」

「やっぱり、デリカシーの欠片もないわね!!洋服位、プレゼントしてやりなさいよ!」

「何の記念日でもねぇのに、典子が受け取る訳ねぇだろ!?」

「じゃあ一緒に買い物に行って、見立ててやればいいじゃない!」

玉置はプリプリと怒って、司会の高柳さんのアシスタントを務める為に舞台に向かった。

兄貴が同期の仲間を見付けて輪の中に入って行くと、松本が俺の隣で囁いた。

「俺も大学の手続きなんかでバタバタして気付かなかったけど…ウサギちゃん、元気ないんじゃないか?」

「試験終わってからずっと、体調が今一つでな…疲れが出てんだと思う」

「そうか…佐々木さん来てるけど、寺田さんは?」

「…まだ…来てねぇんじゃねぇか?」

「来るのか?」

「…来るだろ?あの人、部長でキャプテンだったんだから…」

「滝川は?」

「…知らねぇ」

外方を向いて剥れた時、明るい声で呼び掛ける声がする。

「松本!和賀!」

胸元の大きく開いたパープルのチャイナドレスを着た出川を従え、堀田さんが満面の笑みを浮かべて近寄って来た。

「松本ぉ!お前、大学受け直して合格したって!?」

「えぇ」

「水臭いな…何で言わなかった?」

「キャプテンを降りたとはいえ、勝手な事をしてる訳ですから…結果が出る迄は、何とも言い辛かったっていうか…」

「誰も、そんな事思うかよ!お前の腰の事は、周知の事実だ…それにしても、凄いなお前…中央の法科だって?」

「えぇ、まぁ…」

「おめでとうございますぅ…松本さん!!」

「ありがとう、出川さん。今日も素敵なドレスだね…それも、自分で作ったのかい?」

「そうなんですぅ…部長からぁ、大人っぽいドレス着て来る様に言われてぇ…」

真っ赤なリボンで飾られた、藤で編んだ果物籠を腕に下げた出川を見下ろすと、胸元が丸見えだ。

「…にしても、開き過ぎだろ?小玉西瓜みてぇだぞ、出川」

「和賀さん、酷いですぅ…」

「失礼だぞ、和賀…だけど、思った通り…インパクトあるだろ?」

ニヤニヤ笑う堀田さんは、俺達と並んで出川を眺めた。

「彼女のナイスバディーと笑顔で、親父達の財布の紐を緩める作戦なんだ!」

「成る程…寄付金集めですか」

「でも、受付で典子が集めてるでしょうが?」

「アッチは、最初から用意して来てくれた人達の分だろ?出川さんに集めて貰うのは、持って来なかった人達と…もっと出してもいいと思う人達の分だ!」

「二重取りですか!?」

「まぁ、見てろよ…彼女には、俺の隣で籠を持って…親父達にニッコリと微笑んで貰う」

「任せて下さいっ!」

不敵な笑みを浮かべ、2人は腕を組んで去って行った。

「……要、寺田さんが来てる」

来賓やOBに会釈をする俺に、松本が肘を突ついて囁いた。

「和賀…」

「……ご無沙汰しています、寺田さん」

「…今日は、お前に殴られる覚悟で来たんだ」

「…」

「済まなかった…本当に…」

「俺は…アンタの事、ずっと信頼して来ました……だから、最後にあんな形で裏切られた事が…悔しくて仕方ねぇ…」

「済まない…俺は…ここで、土下座したい気分だ…」

「止めて下さいよ…それこそ、騒ぎになっちまう」

腹の底から声を絞り出すと、寺田さんは三度謝罪した。

「…和賀…宇佐美君は……何も知らされてないのか?」

「えぇ…あの後、滝川と花村に…浩一と一緒に誘拐されて、花村に刺されちまいましたからね…。典子には、それだけで十分過ぎる程のショックだったんですよ。実際、死にかけて…心も壊れて…これ以上、信頼していたアンタに迄裏切られてたなんて知ったら、典子は立ち直れねぇ」

「…そうか…さっき謝罪したら、不思議そうな顔をされた」

俯く寺田さんに、隣から松本が声を掛けた。

「寺田さん、これからどうするんですか?」

「…地元に帰る事にした。会社には、実家の事情という事で納得して貰ったよ」

「そうですか…佐々木さんには?」

寺田さんは、俯いたまま苦笑を漏らした。

「お前にも、迷惑を掛けたな…松本」

「いぇ…」

舞台の上から寺田さんが呼ばれ、彼は俺達に手を上げて去って行った。

「…良かったのか、要?」

「何が?」

「連れ出して、殴るのかと思った」

「…もう…終わった事だ」

俺は会場を抜け出し、受付に1人座っている典子の隣に座った。

「…まだ、遅れて来る奴が居るのか?」

「…えぇ…」

「会場の中に…入らねぇか?」

「…駄目ですよ。お金も預かっていますから…この場を離れる訳には行きません」

華やかな会場の中と比べ、ここは何だか取り残された様で…何となく心寂しい。

「ノン…お前、貧乏籤引かされてねぇか?」

「何故ですか?」

「玉置や出川みてぇに、綺麗な服着て…中で皆と楽しみてぇって思わねぇのか?」

「…そんな事を気にしていらしたんですか?」

典子は、俺の顔を覗き込んで、クスリと笑った。

「それこそ、適材適所ですよ」

「…」

「茜は、華やかな舞台に立つのが似合うし…出川さんは、グラマーで人懐っこくて、きっとOBの方々にも人気でしょうし…私は、人混みが苦手で愛想がないし…皆それぞれに合う持ち場で、やるべき事をやっているだけです」

「納得行かねぇのって…俺だけか?」

不貞腐れる俺に、典子は又クスリと笑った。

「ほら、早く会場に戻って下さい…皆さん、舞台での挨拶があるんでしょう?」

仕方無く会場に戻った所で名前を呼ばれ、壇上に上がって怪我をして迷惑を掛けた詫びと、来期の抱負を述べ、早々に退散した。

俺に続き松本が呼ばれ、進路変更の為に新たなスタートを切る事を紹介されると、会場から拍手が沸き起こった。

松本は、感激しながらも素晴らしいスピーチをして、俺の元に戻って来た。

「お前、来年からOBだな?」

「えぇ!?何だよ、それ!」

そんな事を言い合っていると、壇上に上がりスピーチしていた顧問の大川教授から、信じられ無い言葉が飛び出した。

「……校と、我校とは来年度より姉妹校として提携を結ぶ事になりました。そして栄えある第1回目の交換留学生に、我男子バレー部の有能なるマネージャーである、宇佐美典子君が選ばれ…今年の9月より2年間、カリフォルニアに留学する事が決まりました」

……何だって…俺の…聞き間違いか!?

「オイッ!!要!?本当かっ!?」

「…」

「…聞いて…ないのか!?」

ざわめく会場から沸く拍手と共に、何かしらワァワァと騒ぐ声が…頭の中で遠くに響く。

舞台が、急に遠くに霞み…聞こえるのは、煩い程の早さで脈打つ心音と、自分の吐く息の音だけだった。



和賀さんの、子供の様に拗ねた顔が蘇り、私は1人で思い出し笑いをした。

だが…つい思ってしまうのだ……和賀さんの隣には、華やかな会場の中で美しく咲く花が似合うのだと…。

風に吹かれれば吹き飛ぶ様な…踏み付けられると直ぐに枯れてしまう様な…そんな自分では似合わないと、ついつい思ってしまうのだ。

強くなろう……雑草の様な強さは無理でも…せめて蔓を伸ばし、風が吹いても飛ばされない様に絡み付く、そんなしぶとさが欲しい…。

ぼんやりとした思考が、突然隣に立った大きな影に阻まれ、息を呑む。

…先程の子供の様な拗ねた甘さは微塵も感じられない…そこに居るのは、獲物を狙う獰猛な獅子そのものだった。

「……典子…」

「…」

「…どういう事だ!?」

「……何…?」

いきなりスーツの襟を掴まれ、殆ど宙吊り状態に引き上げられ、和賀さんのギラギラと光る眼に射抜かれる。

「止めろ、要ッ!!騒ぎになる!」

「……答えろ、典子……留学って…どういう事だ!?」

躰の底から絞り出す様な声に、私は全てを理解した……でも、何故ばれたのだろう!?

「ウサギちゃん、本当なのか!?さっき、舞台で大川教授から発表されたんだ!」

松本さんは和賀さんを押さえ付けながら、私に視線を寄越す。

私は、彼等の後ろで蒼白になっている茜に呼び掛けた。

「…茜……核さんを探して…連れて来て!」

「わかったわ!!」

茜が駆け出すと同時に、今度は私の首が大きな手で掴まれる。

「…何で核兄ぃが出て来る…お前が頼るべきは、俺だろうが!?」

「止めろ!!要ッ!!」

「答えろ、典子ッ!?どういう事だッ!?」

肩で息をして我を忘れる和賀さんに、私は思い切り腕を伸ばし…彼の頬を包んで引き寄せ…怒りに震える唇にキスをして…そのまま全身の痺れに呑まれた。



「……ぃ、チビ助!オイッ!」

パシパシと頬を叩かれて目を覚ますと、ぼんやりした視界に大きな影が…。

「…核…さん?」

「目覚めたか…心配させるな、チビ助」

「…和賀さん…要さんはっ!?」

「心配するな…ホラ、あそこに居る」

慌てて起き上がると、広いベッドに寝かされていた…ここは…ホテルの客室だろうか?

ベッドの先の応接セットに、頭を抱えた和賀さんと松本さんが座っていた。

ベッドを抜け出し和賀さんの足の間に座り込むと、私は彼を下から抱き締めた。

「…離れろ…ノン…」

私には、彼の言葉が理解出来なかった。

「…何て…仰いました?」

「……俺から…離れろ…」

「……本気で…仰ってますか?」

「ウサギちゃん、要は今…」

私は松本さんに頷くと、振り向いて核さんに確認を取った。

「話されたんですか?」

「いゃ…チビ助が伝えるべき話だからな…俺は、何も言っていない」

「…2人きりに…して頂けますか?」

「ウサギちゃん…要は興奮してる。もし、又さっきの様になったら…」

「…本望です」

「…」

「だから…2人だけで、話をさせて下さい」

「だが…」

「お願いします、松本さん」

「行こう、松本君!」

「核さん!?」

「ウチの馬鹿な弟の事は、チビ助に任せよう…煮るなり焼くなり、好きにして構わないからな、チビ助」

「ありがとうございます」

私がそう頭を下げると、核さんはサッサと部屋を出て…松本さんは諦めた様に和賀さんの肩を叩いて立ち上がった。

「…宜しく頼むよ、ウサギちゃん」

「承知しました」

「何かあったら…携帯に連絡して」

「はい」

「…姫には…何と言えばいい?」

「心配しないでと……金庫と名簿を預かってくれる様にと、伝えて頂けますか?」

「…わかった」

「多分…明後日には、連絡出来ると思います。それまで、2人にして頂けますか?」

「…」

「大丈夫です…」

「…信じてるよ」

松本さんは、そう言って部屋を出て行った。

私は部屋をロックすると、夕陽に照らされた部屋に戻り、ベッドサイドのテーブルに外した時計を置き、自分の荷物が部屋に持って来られているのを確認した。

「ベッドで…休まれた方が良くないですか?」

私の問い掛けに何の反応も示さない彼に、私は意を決して言った。

「……シャワーを…浴びて来ますね」

「…」

「…もしも……私と話す事も……同じ部屋の空気を吸う事も…嫌だと仰るなら……その時は、シャワーを浴びている間に……出て行って下さっても…結構です…」

話す声が震える…目眩がしそうだ……それでも、これは必要な事だと…これから先も、和賀さんと一緒に居る事が出来るかの正念場だと身を奮い立たせ、私はバスルームに向かった。


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