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第45話

2時にはお開きになったパーティーの片付けを手伝うと言った典子を、姉貴は豪快な笑いで吹き飛ばした。

「何言ってるの!今日退院して来たんだから、ちゃんと休まなきゃ駄目よ!!」

「…でも…夜も営業で、お忙しいって…」

「要が言ったの?忙しくないのよ?今日と明日は、予約の客だけだから」

「そうなんですか?」

「クリスマスの2日間はね、昼は予約のローストチキンとオードブルの販売、夜はディナーの予約客だけなの。いつもの方が忙しい位よ。でも、ちょっといつもと雰囲気が違って、照明落としてキャンドル灯して…クリスマス・ディナーのコース料理だけ提供するの。結構本格的なフレンチで、毎年好評なのよ!要、アンタ達の分…今日がいい?それとも、明日?」

パーティーで動かした店内のテーブルを、松本と一緒に元の位置に戻していた俺は、典子の様子を窺いながら松本に尋ねた。

「お前、今日の予定は?」

「これから、姫とデート」

「明日は居るのか?玉置も、一緒にどうだ?」

「ありがとう…でも、明日は私…会社のパーティーなのよ」

バレー部の仲間が典子に贈った巨大な花束を解き、店のグラスに器用に生けると、玉置は各テーブルの上に飾って行った。

「いいわね、ソレ!小振りだし、邪魔にならない大きさだし…やっぱり華やかだし!!」

そう姉貴は嬉しそうに言った。

「じゃ、明日でいいか…ノン?」

「はい」

「おぃ、要…折角のディナーなんだから、2人で…」

「いや、俺も昼食い過ぎたし…夜は、さっきの残り食ってもいいし、外に出てもいいし…」

「全く…デリカシーの欠片もないわね!?」

玉置は、そういって俺を睨む。

「じゃあ、明日3人分用意しとくよ。楽しみにしててね!」

祐三さんが厨房から顔を覗かせ、俺は『頼みます』と手を上げた。

テーブルを移動させると、松本と玉置は出掛けて行き、俺は残った花束と2人分のボストンバックを抱え、店の裏口に典子を誘った。

「…花瓶、ありますか?」

「いゃ…仏壇にあるのしか知らねぇ」

典子は仏壇に手を合わせると花瓶の花を入れ替え、残った花を深めの鉢にこんもりと生けると、食卓のテーブルに置いた。

「お前の部屋には?」

そう尋ねると、典子はフルフルと頭を振った。

「どうして?」

「…あの部屋には…似合わない気がして…」

確かに、あの部屋に華やかな花は似合わないが…それにしても、連れ帰ると言って置きながら、病室よりも質素な色彩の無い部屋に典子を戻すのに何となく抵抗がある。

やはり以前に計画した様に、俺の部屋で生活させて…だが確か…。

俺の部屋のドアを開けた途端、典子が驚いて足を止めた。

「…模様替えしたって、姉貴がメール寄越してたからな」

テレビラック等はそのままだったが、部屋の中央に大きめのテーブルが置かれ、その周囲には大きなソファークッションや、折り畳み式のベッドになるマットレスソファーが置かれていた。

「俺のベッド…とうとう捨てられたか…」

ビールケースと畳を使って、中学の時に自分で作ったベッド…結構気に入ってたんだがな…そんな感傷に浸っていると、渡り廊下の先にある自分の部屋に戻った典子がピョンピョンと走って戻って来ると、俺の顔を見上げて眉を寄せるとブルッと震え、自分の荷物を掴み部屋を飛び出そうとした。

「ちょっと待て、ノンッ!?」

典子の荷物を掴んでグイッと引くと、引き寄せられた典子の躰がポスンと俺の腕に収まった。

「どうした?部屋で、何かあったか?」

じんわりと背中に汗を掻く程緊張した典子が、俺の胸の中で何も言わずに震えながら頭を振って『ふぇぇ…』とべそをかいた。

アパートの部屋に向かおうとすると、典子は必死に俺を引き止め様とする。

典子が安心して暮らせる様に引き取ったのに…今度は、一体何だってんだ!?

「心配すんな…様子を見て来るだけだ」

典子を俺の部屋に残して、渡り廊下から彼女の部屋を覗くと…部屋の中の変わり様に俺は息を呑んだ。

そして何より…レースのカーテン越しに感じる人物の気配に、殺気立った。

「誰だッ!?」

サッシの掃き出し窓を開け放ち怒鳴り付けると、中に居た人物がヒッと息を呑んで振り返る。

「……なぁんだ、和賀さんかぁ…」

「デコ!?何でここに!?」

意外な人物の登場に、俺は刮目した。



ミニスカートから伸びやかな足を曝した、はち切れんばかりの健康美。

多分、私より年下の長身の女性が、値踏みする様に私を見下ろした。

この感覚…試合や練習の時に応援に訪れる、ファンの女性達から送られる視線に良く似ている。

「デコ、コイツは宇佐美典子。ウチの1年のマネージャーで、あの部屋の住人」

「…初めまして…宇佐美典子です」

「ノン、こっちは…」

そう和賀さんが紹介をしようとすると、彼女は自分から自己紹介を始めた。

「初めまして。私、松本禎子(まつもと ていこ)って言います。松本浩一の妹で、この間セカンダリー・スクールを卒業したの」

「何だ、それ?」

「日本で言う所の、義務教育終了って事。1月末から、こっちの高校に当たる2年制のセカンダリー・カレッジに進級するの。所で、お兄ちゃんは?」

「さっき出掛けた」

「えぇ~ッ!?もしかして、入れ違い?オーストラリアに帰ったんじゃないよね!?」

「違うって…クリスマス・イブだからな。彼女とデート」

「えっ!?この人が、お兄ちゃんの彼女じゃないの!?」

「はぁ!?何言ってんだ…典子は、俺の彼女!浩一から聞いてねぇのか?」

「聞いてるわよ!1コ年下のマネージャーと付き合ってるって…それに、隣にマネージャーが住んでるって聞いてたんだもん!!てっきり、この人がお兄ちゃんの彼女かと思って…」

「…で、空いてた典子の部屋に忍び込んだってか?」

「だって…どんな人か気になるじゃない…そしたら、いきなり逃げられるし…」

「当たりめぇだ!!退院して帰って来たら、部屋の様子は変わってるわ、見知らぬ人間は居るわ…驚くのも無理ねぇだろ!?」

「お兄ちゃんが悪いのよ!!彼女の事だって、はっきり報告しないし…今度は、いきなり受験し直すって言うし…お父さんもお母さんもビックリしてて…話し合いに帰って来いって言っても無視するし…」

そう話しながら禎子さんはチラチラと私を窺い、和賀さんに躙り寄ると膝に手を置いたり腕を絡めたりと、スキンシップを取り始める。

そうか…この娘は、松本さんの進路を心配したご両親の意向で、彼女である茜を偵察しに来たのだ。

そして、和賀さんに…恋心を抱いているのだろう。

「デコ、お前…こっちに来るの、浩一に知らせてから来たのか?」

「言う訳ないじゃない!!言ったら、お兄ちゃん…雲隠れするに決まってる!」

「…」

「ねぇ、お兄ちゃんに連絡付かない?携帯、部屋に置きっぱなしで出掛けてるからさぁ…」

「…どうせ、しつこく電話してたんだろ?デートの邪魔されたくなかったんだ…きっと」

「えぇ~っ、何よ!私、悪者みたいじゃない!?」

「実際、悪者じゃねぇか!?知らねぇぞ、俺は…」

そう言って、和賀さんは携帯を取り出した。

「…お茶を、淹れて来ます」

「あ…珈琲、インスタントなら要らないわ!同様に、ティーパックの紅茶も却下よ!」

「…畏まりました」

そう一礼すると、私は自分の部屋に向かう為に席を立った。

「…大人しいっていうか、愛想がないっていうか…和賀さんの今度の彼女って、まるでメイドみたいね?」

背後で、無遠慮な禎子さんの声が聞こえた。



「…もしもし?どうしたの、和賀さん?」

「悪ぃな、デートの邪魔して」

「そう思うんなら、電話なんて掛けて来ないでよ!」

「緊急事態だ…浩一に代わってくれ」

私は仕方なく、携帯を浩一に渡した。

「要?何かあったか?…えっ!?…うん…うん、わかった。今、まだ商店街の中だから……すぐに帰らせるから、そこで待たせて貰えないか?…うん、頼む」

「何があったの?」

珍しく渋い顔で電話を切り、私に携帯を返す浩一に尋ねた。

「悪いね、姫…デートは、一時中断させてくれる?」

「だから、何があったか言ってよ!」

「南半球からね…小型台風が上陸したんだ」

そう言って踵を返すと、彼は来た道を歩き出した。

電話なんて、取り次がなきゃ良かった…折角のデートに水を差され、私は不機嫌に同行した。

「で?来たのは、誰?お母様?」

「…妹」

「禎子さんだった?今度高校生って言ってたわよね?」

「…姫…近くの喫茶店で待っていてくれる?」

「嫌よ!和賀さんが電話して来たって事は、典子も巻き込まれてる可能性があるし…何で私が、妹さんから逃げなきゃいけないのよ!?」

「…兄妹喧嘩、見られるのはちょっとね…」

「原因の一端は、私でしょ!?敵前逃亡は、趣味じゃないわ!」

「…わかった」

アパートに帰ると、浩一はテーブルに置いてある携帯に手を伸ばし、渡り廊下の先にある和賀さんの部屋を指差した。

「お邪魔するわよ」

サッシの窓を開けた途端、中の様子に私は眉を上げた。

テーブルを挟んで対面に座っている典子と和賀さん…そして、和賀さんの横に密着して居座る、ミニスカートの女…。

私の姿を見てポットを持って立ち上がった典子が、私の横を擦り抜けながら言った。

「お茶、淹れて来るわ…紅茶でいい?」

「…私も行くわ」

コートとバッグを置き、典子の持ったポットを取り上げた私に、和賀さんが尋ねた。

「玉置、浩一は?」

「部屋で、電話中よ!」

まだ渡り廊下に出ない私達の背中に、明け透けな物言いが聞こえて来る。

「綺麗な人だけど、きっつそう!」

「浩一は、そこがいいんだと」

「でも和賀さんの彼女って…そんな美人でもグラマーでもないし、暗いし、足悪くて腺病質そうだし…どこがいいのよ?何か、スッゴい貧乏籤じゃない!?」

あの女っ…わざと聞こえる様に言ってる!?

「でも…まぁ、良かったわ…お兄ちゃんの彼女が、あの人じゃなくて。言っちゃ悪いけど、お父さんやお母さん、お姉ちゃんにも、到底賛成して貰えそうにないし、厄介者にまとわり付かれて苦労するお兄ちゃん、見たく無いしね~」

部屋から出て来た浩一を睨み付けると、事態を察したのか宥める様な手振りで和賀さんの部屋に駆けて行く。

「何なの、アレッ!?」

典子の部屋に入った途端、私は叫んだ。

「態度悪いにも、程があるわ!?」

「年下の女の子よ。悪意のない言葉に、一々目くじらを立てるものではないわ」

ヤカンを火に掛けながら、典子が静かに答えた。

「典子が居るのに、和賀さんにべったりじゃない!!」

「彼女が幼い頃からの付き合いなんだもの…甘えてるのよ」

「本当にそう思ってるの、典子!?」

「…」

「あれは、どう見たって…」

「…松本さんの妹よ、茜?」

「典子…」

「和賀さんの親友の…妹さんだわ」

背を向けていた典子は、食器棚から新しいカップを出すと、お湯に着けて温めた。

「貴女はね…そうやって誰の我儘でも許しちゃうから、付け入れられるのよ!?慈悲深いにも程があるわ!!」

「…」

「貴女は、菩薩様でもマリア様でもないのよ、典子!?」

「そんな事、思ってないわ」

「貴女、和賀さんの彼女だって自覚あるの!?痩せ我慢も大概にしなさいよ!!」

「…」

「悲しくて、悔しくて泣いて怒る事の、どこが悪いの?心があるから、涙だって大声だって出る…それは、ちっとも恥ずかしい事なんかじゃないわ!!」

「…」

「泣いて…怒っていいのよ、典子!!」

テーブルの上に置いたティッシュを引き抜くと、典子はそっと私に差し出した。

「…貴女が泣く事はないわ、茜」

ティッシュを受け取ると、私はダイニングの椅子に腰掛け…典子は私の背中に立ち、肩に掛かった巻き毛を寄せると、私の肩と首筋を優しく揉み解す。

「…彼女の言った事は、間違いじゃないわ」

「…」

「私の様な人間をパートナーに選ぶデメリットは、誰もが認める事だって…わかってるでしょう?」

「でも…」

「一番理解しているのは、自分自身よ…だから、以前は恋愛も結婚も…頑なに拒んだ」

「…」

「でも、和賀さんに出会って…恋人と呼ばれる関係になって…まだまだ不安な事ばかりだけど、私の事を理解してくれる人達に囲まれて、私は幸せよ?」

「…典子」

「私の為に涙を流し怒ってくれる茜は、私のマリア様でアマゾネスね。でも、禎子さんと喧嘩しないでね?」

典子はそう言って、私の肩をポンと叩いた。

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