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第39話

松本に連絡をして、電話の男から聞き出しアダルトサイトを確認して貰うと、確かに典子の情報が載っていたらしい。

サイト管理者に連絡して記事の削除を依頼したが、他のサイトへの流出はわからないと言う。

投稿があったのは、今年の夏…典子の携帯を持っている人間…滝川か花村栄子の仕業だろうと、松本は言った。

「番号もアドレスも、変更した方がいいな」

「俺もそう思って、『幼い典子』に言ったんだがな…『大人の典子』が、前の携帯のアドレス帳に登録してある人間から連絡があったら困るからと、変えずにいたって言ってんだと」

「どれ位の頻度で連絡して来る相手なんだ?」

「…恐らく、連絡なんてねぇんだろうがな…繋がりが切れるのを、怯えてんだ…」

「それは…今繋がってる人間との絆を強固にして…納得させてやるしかないな」

典子の携帯のアドレス帳に登録してあるのは、イタリアの父親と玉置の携帯、ウチの店と自宅、それと高校の先輩だった高松と、俺の携帯の情報だけだった。

翌日、典子の着替えを運ぶ序に、姉貴は典子を連れて携帯ショップに行った。

本人がショップに行かなければ、携帯の番号は変更出来無いからだ。

「宇佐美先生、大学に寄ってからこっちに来るらしいな?朝、コーチから連絡を貰った」

「…そうか」

「一応、ウサギちゃんの状態も話して置いたが…既に知っていたみたいだ」

「…多分、武蔵先生が連絡したんだと思う」

「……要、気に病む必要はない。お前の責任じゃないだろ?」

「本当に、そう思うか?」

「え?」

姉貴の車でやって来た松本は、俺に怪訝な表情を向けた。

「よく考えたら…俺、典子から聞いてた。誕生日に連絡寄越さないアイツにようやく電話が通じた時、悪戯電話が入る事…聞いた気がする。典子が俺のアドレスを再登録した時も…電話が鳴ったのに、典子は取らなかった。あれもきっと、悪戯電話だったんだ…」

「…」

「だが、何で言わねぇんだ!?メールも電話も…怖い思いしてんなら、何で俺に相談しねぇ!?典子にとって…そんなに俺は…」

「お前に心配させたくなかっただけだろう?」

「…浩一……俺は…典子を愛してる…だが、本当に幸せにしてやれんのか…」

「自信ないのか?」

「…」

「何を、今更…」

「…」

「怪我して、弱気になったのか?」

「…かもな」

微妙な笑みを浮かべて、松本は冷蔵庫からペットボトルを取り出し、俺に寄越しながら言った。

「まぁ…お前がウサギちゃんの事諦めるなら、それでもいいがな…」

「…」

「そうじゃないんなら、そんな不安な顔…ウサギちゃんの前でするなよ?唯でさえ感のいい娘だ…本当に、離れてしまうぞ?」

「…わかってる」

「後先考えず突っ走るのが、お前の取り柄だろうが!?しっかりしろ、要!!」

「…何か…誉められてる気がしねぇ」

「当たり前だ!誉めてない!!」

ゲラゲラと笑う松本のポケットから、携帯の着信音が鳴る。

「真子さん?はい…はい、わかりました。迎えに行きます」

そう言って携帯を切ると、松本はニヤリと笑って立ち上がった。

「お前のアリスのご帰還だ。正面ロビー迄、迎えに行って来る」

「あぁ…済まねぇな」

片手を上げてドアを開けた松本は、病室の入口で一瞬驚いた表情を見せて会釈した。

「要…コーチと宇佐美先生がいらした」

松本と入れ違いに入って来た典子の父親を見て、俺は顔を強張らせて頭を下げた。

「…ご無沙汰してます」

「いや、それはお互い様だろう?大変だった様だな?躰の方は、どうなんだ?」

「肋骨3本と…鎖骨と肩甲骨が折れているそうで、全治3ヶ月と言われました」

「そうか…リハビリは?」

「胸水が溜まるので、まだ本格的には…」

「痺れや、感覚の麻痺は?」

「痺れは、少しあります」

「ちょっと、いいかね?」

そう言って典子の父親は俺のパジャマを脱がせ、胸に巻いたゴム状のバンドを外した。

「少し浮腫が出ている…肩に負担のない程度に動かした方がいい。手を握る等の運動なら支障ないだろう。よくマッサージして…痺れと浮腫を取った方がいいな…典子に言って…」

そう言って典子の父親は眉を潜めると、俺の躰に再びバンドを巻いた。

「…お預かりすると大口を叩いて置きながら…申し訳ありません」

「いゃ…子細は鷹栖先生と、井手から聞いている」

てっきり敵意を剥き出しにされ叱責されると思っていた俺は、拍子抜けする程穏やかな典子の父親に瞠目した。

「ここに来る前に、君の父上にも話を窺った。君が大変な時に、典子の事迄手間を掛けた様だな」

「いえ…先生…今回の帰国は、典子の事を迎えにいらしたんですか?」

「いゃ、日本で二三用事があった。私も…退院後、君と典子の間に何かあったのかと心配していたのだ」

「どういう事です?」

そう尋ねる俺に、典子の父親は眉を潜めた。

「一刻も早くイタリアに行きたいと、典子が連絡して来た。私としては嬉しい話だが…そんな状態ではなかった様だな?」

「典子から言って来たんですか!?」

「退院後の体調を尋ね、いつ頃を目処にしようかと話を振ったのは私だが…直ぐにでもイタリアに行きたいと言ったのは典子だ。先程鷹栖先生に事情を聞いて…あの事件を未だに引き擦っているそうだな?」

「…俺や部員達の為に、早く事件を風化させようと…頑なに思い込んでます」

「だが、あの状態でイタリアに連れて行って1人にさせるのは、非常に危険だと鷹栖先生に言われた」

「…」

「多分、自分で意識を沈めてしまうだろうと…」

「…させませんよ」

「…」

「イタリアにも、行かせねぇ!」

「…」

「…完治したら…そういう約束だった筈だ!!」

「正直、私も悩んでいる。このまま君に預けてしまうには、負担が大き過ぎる。…君の父上は、典子の事は娘同然だから構わないと言って下さったが…実際問題、そういう訳にもいかないだろう?」

「…典子を…どうする積りなんです?まさか、あの親戚に預けるなんて事は…」

「それも考えないではないが…」

「絶対に駄目だ!!典子がどんな思いで、あの伯母達に啖呵切ったか…アンタ、何もわかってねぇだろ!?」

「和賀君…イタリアに連れて行くにしても、日本に置いて行くにしても…私は、典子を施設に預けようと思う」

「!?」

「先程、鷹栖先生にも話したんだが…」

「先生、アンタ…今度は、典子を見捨てんのかっ!?」

「そうではない!!だが…実際、私がイタリアに連れて行っても、24時間典子に付き添うのは無理だ。手を借りるにしても、言葉も不自由な典子を怯えさせるだけだろう。それに、精神に支障を来している患者の自宅看護は…難しいと君もわかっている筈だ」

「わかってねぇのは、アンタだ!典子は…俺が添い寝してやらねぇと、ちゃんと寝る事も出来ねぇんだぞ!?不安になって震えるのを落ち着かせてやれるのは、俺の腕の中だけなんだぞ!?俺と引き離されて、どうやって生きて行けってんだ!!ふざけんじゃねぇっ!!」

「落ち着け、和賀」

それまでずっと黙って様子を窺っていた井手さんが、静かに声を掛けた。

「宇佐美先生は、お前の為に仰って下さってるんだ」

「そんな気遣いなんか必要ねぇ!典子は俺の女だ!俺が嫁に貰うって言ったよな!?」

「君は本当にわかっているのか、和賀君?典子は、躰だけではなく…心にも…」

「それも含めて、丸ごと典子だろうがっ!?」

大声を出すとまだ肺に響く…俺は顔をしかめて胸を庇った。

病室に流れる重苦しい空気を破ったのは、サイドテーブルに置いた俺の携帯電話だった。

「…済みません」

目の前の2人にそう断ってフリップを開けると、松本の名前が浮かび上がった。

「もしもし…浩一か?どうした?」

「……久し振りだな、和賀」

松本とは違う若い男の声に、俺の躰は一気に緊張した。

「誰だ!?」

「…僕だよ…わからないか?」

人を食った様な含み笑い…これは…!?

「……滝川…テメェが何で浩一の電話で話してやがるっ!?浩一はっ!?」

「居るよ…目の前に。でも、心配するのは女房役だけでいいのか?」

「ふざけんなよ、テッメェ!!典子も一緒かっ!?」

「可愛いね、バニーちゃん…何か子供に戻ったみたいで…」

「だからって、誘拐なんかしてんじゃねぇぞっ!!」

険しい顔をした目の前の2人に、俺は頷いて見せた。

「人聞きの悪い事言うなよ。僕は、松本を嫌がっていたバニーちゃんを助けただけだ」

「何だと!?」

「バニーちゃんは、松本がお気に召さないらしい…僕は、逃げるバニーちゃんに手を貸しただけだ。尤も一緒に居た栄子の事は、松本以上に大嫌いみたいだがな」

「…2人共、無事なのか?」

「今の所はな…だが、切れた栄子が何をするかわからない」

楽しそうに笑う滝川の声に、俺は携帯を握り締めた。

「…どこに居る、滝川ぁ!?」

「叫ぶなよ、和賀…そこに、宇佐美先生居るんだろ?携帯、スピーカーホンにしろよ」

俺は言われた通りにスピーカー通話にすると、携帯を典子の父親に向けて言った。

「貴方と話がしたいそうです…先生」

「…聞こえますかね、宇佐美先生?お久し振りです」

「誰だ、君は!?」

「滝川ですよ…貴方のお嬢さんがマネージャーをしている、鷹山学園体育大学、男子バレー部のエースです」

「私に何の用だ!?」

「つれないなぁ…昔は、あんなに可愛がってくれたじゃないですか?」

「何だと!?」

「まぁ、いいゃ…どうせ、覚えてないんでしょうし…。お嬢さんを迎えに来て頂けますか、先生?」

「どこに!?」

「僕達の思い出の場所…そこで、お待ちしてます。ぁ…早く来て下さいね。僕もですが、栄子も余り待たされるのは嫌いなもので…お嬢さんに、危害を加えるかもしれない」

「典子は?無事なのかっ!?電話口に出せ!!」

「無事ですよ…今の所はね。それと、電話には出せない…場所をバラしたら面白く無いでしょ?」

「どこなんだ、一体!?私は、お前等知らないっ!!」

「しょうがないなぁ…ヒントを上げますよ。貴方が最高の思いと、最悪の思いを味わった場所ですよ、先生。そして、僕を……不幸のどん底に陥れた場所だ…」

「…何の事だ?」

「早く来て下さいね?それと、わかってると思いますが…警察には連絡しないで下さいよ。それじゃなくても、栄子は松本に追い詰められて気が立っているし、合宿の事件を公には出来ないんでしょうし…ねぇ、そうでしょう、コーチ?」

「滝川…全て、君がやった事なのか!?」

「嫌だな、コーチ…聞いてないんですか?僕は何もしてませんよ。今回も合宿でも、僕は何もしていない。僕は、松本から逃げるバニーちゃんを救って、宇佐美先生に迎えに来て下さいと連絡を入れているだけです」

「テメェ…滝川ッ!?ふざけてんじゃねぇぞっ!!」

「お前も来るか、和賀…手負いのお前が来ても、何の役にも立たないぞ?」

「煩せぇっ!!」

「ハハハ…遠吠えする負け犬の様だな、和賀…このまま、バニーちゃんを俺の物にしたっていいんだぞ?」

「テメェ…典子にも、浩一にも…指一本触れてみろ……唯じゃ置かねぇぞっ!!」

「だから…手負いのお前は怖くないって…じゃあ、宇佐美先生…お待ちしています」

プツンと通話が切れて、プーップーッという信号音だけが虚しく響く。

「宇佐美先生、どこなんです!?」

「…わからない…何の事なのか…」

典子の父親は、そう言って頭を抱えた。

俺はパジャマを脱ぎ捨て、躰に巻き付けたバンドのマジックテープを剥がし、サイドテーブルに置いていたメディカルテープを典子の父親に渡した。

「済みませんが、テーピングをお願い出来ますか、先生」

「…」

「典子を助けに行くにしても、このままじゃどうしようもねぇ」

そう言って、彼に背中を向けた。

典子の父親が黙って俺の肩にテーピングを始めた時、ピリピリという着信音が鳴った。

「もしもし…わかったかい?良かった…うん、うん…わかった。いや、君は…そうか、わかった」

電話を切った井手さんが、俺達に呼び掛ける。

「居場所がわかりました!砧公園の様です!」

「…砧公園」

「どうやって調べたんです、コーチ!?」

「玉置さんに聞いてみた…松本の携帯が使われていたからね。案の定、位置情報を取得出来たんだ!」

「…井手…さっきの滝川という学生…身元は?」

「滝川智輝…父親は、セントラル・フーズの重役です。出身校は…」

「ともき?どんな字を書く?」

井手さんがアドレス帳に登録した滝川の画面を見せると、典子の父親は深い溜め息を吐いた。

「成る程…彼は、ずっと私を恨んでいたのか…」

その、滝川を憐れむ様な声に、俺と井手さんは顔を見合わせた。

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