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第37話

…熱い…躰の中が燃える様だ…。

…全身を縛り付けられ、息をする事も儘ならず、叫び声も上げる事が出来ない。

ここは…どこだ?

背後から俺を締め上げる…白い帯…。

藻掻けば藻掻く程に躰は軋み、絡め取られる。

「……和賀さん」

離れた場所から典子が呼ぶ。

「…ノン!?」

この手に、掴まえていた筈だ!

「ノン!行くなっ!!こっちに来いっ!!」

叫ぶ俺に、典子は寂しそうに頭を振った。

躰に走る激痛と戦いながら、必死に暴れ白い帯を引き千切る…辛うじて動く、足と右手に力を込める。

「ノンッ!!」

思い切り叫んで伸ばした右手で、典子の肩を掴んだ。

親指が当たった彼女の頬が切れ、赤い血が一筋流れる……彼女は泣きながら、俺に顔を寄せる。

「…和賀さん」

「……ノン…」

あぁ…この涙は……安心した涙だ…そう思った途端に躰を走る激痛に呻き声を上げ、掴んだ典子の肩に力を入れ…その感触のリアルさに眉を潜めた。

「大丈夫ですか!?今…先生を…」

「……ノ…ン…どこだ…ここ…」

「病院です…試合中に、怪我をされて…」

「…痛ってぇ…」

「大丈夫ですか?」

典子の涙は、頬の傷から流れた血と混ざり合う…。

「…試合は?」

「…」

「……俺の躰…どうなってる?」

「…先生から、説明がありますから…」

「ノンッ!?」

「…」

「教えろっ、ノンッ!!」

いつもの様に吼えた途端、背中にあり得ない様な激痛を覚え、呻き声を上げて再び典子の肩を強く掴んだ。

「怪我に…障ります」

「お前の口から…聞きてぇんだ」

「…」

「なぁ…」

「先程、マスターと一緒に話を窺いました……肋骨3本と…鎖骨と肩甲骨が折れているそうです」

「……治るのか?」

「はい」

「…」

「但し…時間が掛かると…」

「……どん位?」

「…詳しくは…」

「……選手に…復帰出来るって…言ってたか?」

「…先生もそこまでは、仰っていませんでした」

「……そっか」

「…」

「怖い思いさしたな…お前、大丈夫か?」

頬の傷を撫でると、典子は俯いたまま何も言わずに頷いた。

涙を拭う彼女の腕に、クッキリと鬱血した大きな手形が残る…。

その痕を撫でながら、俺は思い出していた。

…あり得ない痛みに掴んだ腕…その痛みと不安で錯乱した俺に、手を離せと呼び掛ける煩い声…。

そして、その手を優しく撫でながら、涙声で『傍にいます』と言い続ける典子の声…。

「……悪ぃな、ノン…飲物…スポーツドリンク、買って来てくれるか?」

典子は頷くと、黙って俺の手にタオルを握らせて、ベッドの周囲のカーテンを閉めた。

すっかり、バレてるか…典子がドアを出て行った音を確認して、俺はタオルを顔に押し当てた。

しばらくして担当医がやって来ると、怪我の状態と治療計画を告げた。

「危なかったんですよ…もう少しズレてたら、背骨や脊髄を損傷する所でしたからね…」

「…」

「出来れば、メスを入れずにいた方がいいでしょう…今の所、検査に異常は無いので、骨の再生具合を見て様子を見ましょうか?骨折自体は、このままメスを入れずに済めば、3ヶ月という所ですね…リハビリして普通に生活出来るのは、その倍の時間が掛かります。後は、強打した事による内臓への損傷ですが…多分、肺には胸水が溜まると思います。打ち身による筋肉の損傷と共に、どの程度の損傷なのかは、日々の検査を見ると言う事で…。左腕にも少し痺れが出るかもしれませんので、よくマッサージして下さい」

「…選手として、復帰は?」

「リハビリ次第ですね…あ、でも無理し過ぎない様にして下さい。スポーツ関係者は、無理をし過ぎて炎症を起こし、回復を長引かせる方もいますので…気を付けて下さい」

「…わかりました」

医者の退室と入れ替わりに病室に戻った典子は、電導ベッドの枕元を慎重に上げると蓋を開けたペットボトルを俺に差し出した。

「飲めますか?」

「…あぁ」

「後で、真子さんと松本さんがいらっしゃるそうです…遼兄ちゃんにも、意識が戻った事を知らせて置きました」

一気にペットボトルを空にしようとした…が、一口飲み込む毎に肺に響く鬱陶しさに眉を寄せ、苛ついた俺は、飲み終わった空のペットボトルを握り潰した。

「…そうか……お前も疲れたろ?家に帰って、ゆっくり休め」

「嫌です!」

典子のハッキリとした拒絶の言葉に驚くと、彼女は視線を外してペットボトルを拾い上げ、小さく呟く。

「…こんな時位…お世話させて下さい」

「…ありがてぇがな…お前、ずっと家でも寝れてねぇだろ?」

俯いた典子の頬を支えて正面を向かせ、疲れた顔を覗き込む。

「顔色も悪いし、目の下に隈出来てるぞ?」

「……私じゃ…お役に立ちませんか?」

「そうじゃねぇよ…」

「……ご迷惑…ですか?」

「違うって…お前の躰が、心配なだけだ」

ポロポロと涙を溢す典子の頭を、右手で抱え込む。

「泣くな、ノン…この躰じゃ、お前を抱く事も出来ねぇ…」

「……笑っている方が…いいですか?」

「そうだな……又、見てぇな…お前の笑顔…」

「…」

「ノン?」

「…今だけ…」

「ん?」

「……もう…我儘言いません……今だけ…泣かせて…」

俺の腕に額を押しあて、身を震わせて泣く典子の髪を撫でてやる。

いつもならキスをして泣き止ませてやるのに…躰を捻る事も儘ならない状態では、それも叶わない。

「……済みません」

声を殺して泣いていた典子は、寂し気に顔を上げた。

「…何か、必要な物ありますか?」

「いや…特にねぇ」

「何かあったら、メールで……ぁ、そうだ…和賀さんのアドレス、教えて下さい」

「えっ?機種変した時、アドレス移せなかったのか?」

「……えぇ」

「俺の携帯、取ってくれ」

赤外線通信で、俺の情報を典子の携帯に送る…誕生日に連絡を寄越さなかったのは、俺の連絡先がわからなかったからか?

それにしても、今更…大体、典子が退院して携帯の機種を変更してから、1ヶ月以上経つのに…。

突然典子の携帯のバイブが震え、彼女は眉を潜めて携帯のフリップを閉じた。

「ノン?」

「…」

「どうした?」

「…いぇ…何でもありません」

頭を振って典子は立ち上がり、深々と頭を垂れる。

「……最後に…」

「え?」

「…1つだけ…いいですか?」

「…」

「…写真、撮っても…いいですか?」

「……この格好でか?」

「…」

「何も今じゃなくても…」

「……そうですね……済みません」

寂しそうな顔で微笑む瞳に涙が溜まり、ポロリと溢れた。

「…ノン?」

典子は何も言わずに会釈をすると、病室を後にした。



車に一緒に乗って来た松本の前で、姉貴は怪我をした事と典子を先に帰した事を散々罵って溜め息を吐き、入院の為の道具を仕舞うと安心した様に帰って行った。

「で、大丈夫なのか?」

「あぁ…肋骨3本と鎖骨と肩甲骨が折れているそうだ」

「どの位掛かる?」

「…3ヶ月…リハビリに倍の日数掛かるらしいが…まぁ、そこは気力で…な…」

「……済まない、要」

「お前が悪い訳じゃねぇだろ?」

「…」

「試合は?」

「あの後、俺も一平にチェンジして…滝川に潰された」

「…そうか」

まぁ…あの状態で椎葉にチェンジしたら…誰も滝川を止める事は出来なかったろう。

「……要」

「ん?」

「あの後…反省会で、色々飛び出してな…」

「…」

「俺は、キャプテンを降りる事にした」

「はぁ!?何で!!」

「…今回の試合…俺は、自分から放棄したんだ」

「…」

「……どうしても滝川を許せなくて…アイツに上げるトスは持ち合わせてないと…滝川を突き放した」

「…何で、又…」

「ちょっと色々あってな…だが、キャプテンとしては、許されない行為だ。だから、自分から降りた」

「…」

「キャプテンとしては許されない…が、俺自身は…まだ、滝川を許せない!!」

「…何があった、浩一?」

「…」

「確かに、俺の怪我は滝川が暴走した事が原因だが…それだけじゃねぇだろ?」

「…」

「浩一!!」

はぁ~と溜め息を吐き、松本は眉を寄せたまま苦笑する。

「そうだな…お前が、躰が不自由な内に言った方が…暴走しなくて済むかも知れないな」

「え?」

「その前に…監督も多分辞任する事になる…じゃないと、リコール運動が起きそうだからな」

「えっ!?」

「玉置興産に代わって、セントラル・フーズがスポンサーになる話が浮上してて…監督は、それで滝川をチェンジしなかったんだ」

「何だ、その…セントラル何とかって?」

「滝川ん家の会社だ」

「…」

「コートの中に金の力を使われるって、堀田さんも以前から怒ってた。俺は滝川をスタメンから外す様に進言したが、聞き入れられなかった。奴が町田さんと接触した後のタイムの時も、チェンジする様に要請した…怪我人が出るって言ったんだ。だが…監督は躊躇して見送った」

「…」

「ウチのエースを潰されたと…堀田さんも烈火の如く怒ってな…」

「…まぁ…俺以外に怪我人出ねぇで、良かったじゃねぇか」

「…お前は又、他人事みたいに……だが、話がウサギちゃん絡みだとどうする?」

「何だとっ!?」

「……花村栄子の片思いの相手……」

「…滝川ってかっ!?」

「ラウンジの事故や、強姦未遂の件はわからないが…合宿での事件の首謀者は、滝川で間違いないだろう」

「…んっの野郎ッ!!」

「だが…実行犯じゃない」

「どういう事だ!?」

「滝川は…指示を出しただけ。実際に動いたのは…花村栄子と……寺田さんだ」

「えぇっ!?」

とんでも無い人物の名前に、俺は松本の顔をマジマジと見詰めた。

「……何で…寺田さんが…」

「わかるだろ?……佐々木さんを庇ったんだ」

「…」

「新宿のクラブで花村栄子から佐々木さんに近付いたらしい…で、まぁ…男女の関係になったらしくてな」

「手ぇ早いからな…佐々木さん…」

「花村栄子に強姦されたと、騒がれたそうだ」

「で…泣き付いたのか、寺田さんに!?」

「いつも尻拭いしてるからな。花村栄子は、強姦騒ぎを沈黙する代わりに、寺田さんに交換条件を出した。それが、出川さんと共にマネージャーになる事と、自分の言う通りになる事だったんだろう。寺田さんにしてみれば、佐々木さんと自分のプロへの内定の話もフイになるかもしれないし、強姦なんて、それこそバレー部存続の危機だからな」

「…」

「事件のあった日…花村栄子は、寝ているウサギちゃんに除光液を嗅がせた。その状態のウサギちゃんを…寺田さんが、体育館倉庫に運んだ」

「……典子を裸にして、写真を撮ったのは!?」

「それは、花村栄子だ。寺田さんは、ウサギちゃんを運んだだけ…閉じ込めて驚かすだけだと聞かされていたらしい」

「…」

「裏で、滝川が糸を引いているなんて知らなかったみたいだ」

「…だが…」

「寺田さんの事が、許せないか?」

「ったりめぇだっ!!」

「寺田さんは、自分で罪を償った…と言っても、公に出来ないからな……プロへの内定の話、辞退したそうだ」

「!?」

「瀬戸先輩とも別れたらしい…」

「……そうか」

「…ウサギちゃん…気付いてたのかな?」

「え?」

「犯人迄はわかってなかったのかも知れないが…それでも、部員が関わってたのは、気付いていたのかもしれないな…」

「何で!?」

「あの時…倉庫で俺が壊した携帯な…ウサギちゃんの物じゃなかったそうだ」

「はぁっ!?」

「退院した日に、姫と携帯の機種変更に行ったろ?あの時…壊れた携帯からデータを移す為に持ち込んだら、ウサギちゃんの携帯じゃないと言われたらしい」

「…」

「花村栄子の物だったんだ。彼女、わざわざウサギちゃんと同じ携帯を用意して、自分の携帯とすり替えた。そして、『清泉寮』で俺達と会った時…手元にあったウサギちゃんの携帯から一斉メールを流した。多分、滝川が強引に倉庫に入って来たのは、花村栄子の携帯を回収してウサギちゃんの携帯を戻す為だったんだ」

「…」

「……ここ迄は、彼等の証言で把握出来たんだけどな…その先が、わからない」

「どういう事だ?」

「実行犯じゃないから、奴が画策した証拠もないし…何より、動機が掴めない」

「…何かしたのか、お前…」

「まぁな…粉は掛けたが……食い付くかどうか…」

「……畜生…こんな躰じゃ、殴れもしねぇ!!」

「その方がいい…半殺しじゃ済まないだろ、お前…」

「…」

「俺も頭が痛い…姫に、何と説明したものか…」

「玉置は…自分の意思をちゃんと表すからまだいい。…だが、典子は……全部呑み込んじまう…」

「そう言えば、宇佐美先生…来週帰国するらしいな?」

「はぁ!?」

「知らなかったのか?俺も、さっき真子さんに聞いて驚いたんだが…再来週位には、ウサギちゃんとイタリアに戻るって…」

「なっ、何だとっ!?」

…典子…何だって、お前…何も言わねぇ!?

『ずっと傍にいます』って言った言葉は、嘘っぱちだって言うのかッ!?

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