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第36話

大会5日目の朝、俺は監督に呼ばれて宿舎の部屋に向かった。

今回から都内の試合に置いても、期間中はメンバー全員で宿舎に宿泊、携帯も取り上げ外部との接触禁止という厳しい体制を強いている。

「今日のスタメンなんだが…」

そう言って差し出されたメンバー表を見て、俺は眉を潜めた。

「…滝川は、外して下さいと申し上げた筈です」

「だがな、松本…2トップである以上、彼を外す訳には…」

「監督だって、昨日の試合をご覧になったでしょう!?今に、怪我人が出ますよ!?」

「それをまとめるのが、お前の役目じゃないか」

「無理です!試合前にスカウトに会って、焦る滝川の気持ちは理解しますが…奴のスタンドプレーは、尽くチームプレーを乱している。頭を冷すべきだと思いますが?」

「井手も同じ様な事を言っていたが…まぁ、宜しく頼む。それより…お前の腰だ。調子はどうだ?」

「思っていたより負担が大きい様で…早目に次のセッターと、キャプテンの人員を決めて下さい」

「…そうか。お前、その先…指導の道に進む積りは無いか?」

「…次のセッターに、要の癖を教えはしますが…その先は、バレーから離れる積りです」

「勿体無いな…お前程、頭脳プレーの出来る奴は居ないんだが…」

「俺が本気で指導なんかしたら、誰も付いて来れませんよ。それにコーチの後任でしょ?無理ですよ…同じタイプですし」

指導方法について意見が異なる井手コーチを、千田監督は煙たく思っていて…近くどちらかが、ウチの大学を去るという噂がある。

だがウチの大学の卒業生で、全日本に居た実績のある井手さんは、現在ウチの大学の講師をしていて…出身大学も違う、大学の一般職員である千田さんは、バックボーンも無く苦しい立場なんだそうだ。

「見掛けは優しいが、中身はキツくて厳しいからな、松本は…だからこそ…」

「井手さんと組んで指導するなら、反対のタイプじゃないとぶつかりますよ…俺じゃ無理です」

『自分は、コーチを支持している』と言う様な俺の言葉に、監督は眉を寄せた。

「…そうか」

「それよりも、今日の試合…滝川が暴走したら、直ぐ交代させて下さい!お願いします!!」

頭を下げて、監督の部屋を退室しながら…部長の堀田さんの愚痴を思い出していた。

玉置興産のスポンサーの話が流れてから、どういった経緯かは知らないが、セントラル・フーズがスポンサーになる話が浮上したらしい。

「コートの中に、金の力が使われるなんてな…納得いかない!」

「…俺は、聞いてませんよ!?」

「当たり前だ…お前聞いたらキレるだろ?俺も聞いた時は驚いたし、反吐の出る思いだったけどな…結局は、ウチも財政難で苦しいんだってよ!俺も寺田さんと一緒だ…『部長として、部の運営の為に…』って言われて、言い返せなかった…結局は、舐められてるんだ!!」

「…」

「アレ、絶対金が流れてる…コーチとの派閥争いに、経済的バックに付いて貰う積りなんだ、監督はっ!!」

「だからって、滝川の処遇とは、何も関係無いじゃないですか!?」

「何言ってる!?コートで活躍させてやって、スカウトの目を引く積りなんだろ?向こうもハッキリは言わないが…コートから下げるなって、匂わせて来るんだとよ!?」

やってられ無い…そう言って、堀田さんは酒を煽った。

「…浩一、出来たぞ?何ボンヤリしてる?」

ベンチに俯せ、ウサギちゃんにテーピングをして貰っていた俺を、要がそう言って覗き込む。

「ぁ…いや、色々作戦考えてた」

「今日のサインは?」

膝のテーピングを受けながら、要が俺に尋ねた。

「バックトスか?そうだな…ウサギちゃんにしようかな?」

「はぁ?長げぇだろ?」

「色んなバージョンで呼ぶさ…絶対聞き逃さないだろ、お前?」

笑ってそう言うと、鼻白んだ表情を浮かべた要は、ウサギちゃんの頭に手を置いた。

「どうした?又、寝れてねぇのか?」

幾分青白い顔をした彼女に要が尋ねると、ウサギちゃんはフルフルと頭を振った。

「昨日、親父と一緒に病院行ったんだろ?大丈夫だったか?」

憂いを含んだ笑みを浮かべて頷く彼女に、要は笑い掛け立ち上がる。

「大丈夫そうなのか?」

「又、色々抱え込んでんだろうがな…」

「そうか…今日は報道席に彼女の高校の先輩が来るんだろ?」

「あぁ…バイト先のカメラマンのコネで、パスが取れたらしい。練習中にはコートサイドにも来ると思うから、宜しくな」

「わかった。そう言えば、ウサギちゃんにカメラ贈って、写真撮って貰ったのか?」

「それがな…」

要は笑いながら、柔軟運動を始める。

「典子の奴、俺の顔を撮れねぇんだ」

「はぁ?」

「手とか足とか…パーツは撮るんだがな。カメラ構えはするんだが、知らんぷりしてやってもシャッター押せずに溜め息吐いてる」

「何だそりゃ?」

俺が笑うと、全くだと言って要も笑う…いい感じに緊張が解れている…彼女も来てるし、調子は良さそうだ。

「思い入れが強過ぎて、撮せないんだよ…ウサギちゃん」

「…イイ男過ぎるのも罪だよなぁ…そうだろ、浩一?」

「言ってろ、馬鹿!」

こういう時の要は、絶好調だ…今日の試合も、行けるかも知れない!!

だが、調子がいいのはウチだけでは無かった様だ。

相手チームは、スター選手が居る訳では無かったが、兎に角拾って来る…ミスが少ない…。

2セット目中盤辺りからウチのミスが続き、メンバーに焦りが見えて来た。

「大丈夫、落ち着いて行け!!」

「ラリーが続き、集中が切れた方がやられる!!集中だ、集中!!」

「キツイのは、相手も同じだ!行くぞっ!!」

気合いを入れ直してコートに戻る…しかし焦りが募ると滝川の決定率がガクンと下がり、それを取り戻そうと奴のスタンドプレーが目立つ様になって来た。

「ちゃんと上げて来いよッ!!」

打てない苛立ちを、俺にぶつけて来る。

言葉で言っている内は、まだマシだ…とうとう後衛に上げたトスに手を出して、メンバーと接触してしまった。

「何やってる!?」

「落ち着け、滝川!!」

堪らずタイムを取った監督に、俺は耳打ちした。

「監督、怪我人が出ます!!メンバーチェンジを!!」

「…いや…もう少し」

「監督!?」

ホイッスルが鳴り、俺達はコートに戻った。

「…要…ボール、見えてるか?」

「あぁ、大丈夫だ。任せろ、浩一!!」

親友の言葉に、俺は自分の焦りと苛立ちを呑み込んだ。

狙われて疲れていた要では無く、ライトの滝川に続けてAクイックで攻撃を決めさせる。

「いいぞっ、滝川っ!!その調子で、落ち着いて行こう!」

辛うじて決まった滝川に声を掛けると、睨み返して吼えて来た。

「わかってる!!」

長いラリーが続き、皆疲れているのだ…。

「集中、集中っ!!」

堀田さんの声に、皆が気合いを入れた直後のプレーだった。

パスが乱れ、ライトに躰を開いていた俺に返って来るボールが揺れた。

「持って来いっ!!松本!!」

滝川が叫ぶ。

調子を崩して来た滝川の前には、ブロックを構え様とする選手が2人、もう1人は少し後方でレシーブの体勢で構えている……チャンスだ!!

俺はライトの滝川に躰を向けたままトスの体勢に入り、思い切り叫んだ。

「アリスッ!!」

背後でキュッと靴が鳴り、動く気配がする…トスを上げ様とした瞬間、目の前の滝川が反応すると、相手コートの2人が屈伸をしてブロックに備える。

俺はジャンプして躰を反らし…レフトの要にバックトスを上げた。

所が…滝川がそのボールを追って、俺に突っ込んで来たのだ!?

何が起こったのか、一瞬わからなかった……要がスパイクを決めた音と共に、突っ込んで来た滝川と縺れ込む様にレフト側に倒れた…。

その俺の背中を支える躰と、回された腕…グシャリという鈍い音と共に、くぐもった唸り声が直ぐ背後で聞こえた。

ホイッスルと共に叫ばれる、

「和賀ッ!!」

という皆の叫び声…慌てて起き上がり、床に倒れ苦悶の表情を浮かべる親友に呼び掛ける。

「要ッ!!要ッ!?どこを…」

「駄目ッ!!動かさないでッ!!」

驚く程大きな声を上げたウサギちゃんが、監督に続いてピョンピョンと跳んで来た。

「…首、動きますか…和賀さん!?」

「……ム…リ…」

「宇佐美君!?」

「ポールに激突して…多分、鎖骨と肋骨…肩も骨折してるかも知れません……頚や背骨…頭を打ってる可能性もあります!直ぐに担架と、救急車を…」

「わかった!!」

「茜、枕にするからタオルと…クーラーボックスの氷、ビニールに入れて氷嚢作って…」

ポロポロと涙を溢しながらも、ウサギちゃんは的確に指示を出し、要に付き添った。

「……浩一…」

「ここだ!!大丈夫か、要!?」

「…お前は…」

「俺は平気だ!」

「……そっか」

「オイッ、要!?意識飛ばすな!!」

「……ノ…ン」

「大丈夫、ここに居ます…気持ち悪かったら、吐いて下さい!」

打った左肩を上に横に寝かされた要は、付き添うウサギちゃんの腕を掴み、脂汗を流しながら呻いた。

やがて担架に乗せられ、ウサギちゃんと共に退場する要に、客席から自然に拍手が沸き上がる。

「いいか…和賀の分迄……勝ち取るぞッ!!」

「…監督、申し訳ありませんが…椎葉とチェンジさせて下さい」

「松本!?お前も!?」

「申し訳ありません…強がりも、限界で…」

「…わかった」

主審に選手交替を申請する監督の後ろで、滝川が顔を引き攣らせ俺に噛み付いた。

「…何言ってる、松本!?お前が居ないと…」

俺は滝川の肩を掴み引寄せると、焦りまくる奴に耳打ちした。

「…悪いな、滝川…お前に上げるトスなんて、俺は持ち合わせて無いんだ」

「!?」

引き攣る滝川の顔をペシペシと叩き、ニヤリと笑ってやる。

「頑張れよ…お坊っちゃん」

「…」

再びホイッスルが鳴り、試合が再開された。



「助けて下さい、先生ッ!!」

搬送を断り続けられる救急隊員の無線の会話に、私は縋る思いで武蔵先生に電話を入れた。

「心配しなくていいから…救急隊員の人に代わって貰えるかな?」

私は携帯を隊員の人に渡し、タオルで和賀さんの汗を拭いた。

「…わかりました。それでは、鷹栖総合病院に搬送します」

サイレンが鳴らされ、救急車は出発する。

「和賀さん、和賀さん…わかりますか?今から病院に搬送しますから…彼女の腕を離して貰えますか?」

救急隊員の呼び掛けに反応はするものの、和賀さんは私の腕をガッチリと掴んだまま離さない。

「…凄い握力だな…こんなに握り締めたまま…」

「リミッターが外れてる状態ですからね…麻酔をしたら離して貰えますから」

「いいんです…私は構いません…」

そう言いながら、私は和賀さんの手を撫で、彼が怪我を負った状況を説明した。

到着した鷹栖総合病院の救急外来の入口で、武蔵先生は私を待って居てくれた。

「大変だったね…って、又偉い状況になって…」

そのまま治療室に付き添い、うわ言で私の名前を呼び続ける和賀さんに、安心する様に話し掛ける。

「…ノン……ノ…ン…」

「大丈夫、ここに居ます…ずっと傍に居ますから…」

麻酔を打たれ、意識が途切れる瞬間迄、和賀さんが私の腕を離す事は無かった。



「何故だ、松本っ!?何故試合を放棄したっ!?」

「人聞きの悪い事を言うな!放棄した訳じゃ無い…俺の腰も、限界だったんだ」

焼き尽くす様な眼差しで睨む滝川に、俺は腰に手を当てて答えた。

「落ち着け、滝川…キャプテンの腰の件は、周知の事実だ」

「キャプテンだからこそだろう!?」

要が退場し、俺が抜けた後…緊張しながらセッターを務める椎葉を、滝川は罵倒して潰し…その結果、無惨な敗退を期したのだ。

「…済みません、もっと俺がちゃんと上げていたら…」

「一平、お前は悪く無い…あの状況で、精一杯やってたぞ!?」

励ます仲間の声に、椎葉は悔し涙を浮かべた。

「今更仮定の話は止めろ!我々は、これから先の事を考えて行かなければならない!」

監督の言葉にカチンと来た俺は、立ち上がって反論した。

「本当にそうでしょうか?」

「何!?」

「俺は今朝、監督にお願いした筈です…暴走する選手が出た場合、速やかにチェンジして欲しいと…でなければ、怪我人を出すと申し上げましたよね!?」

「…」

「滝川が、後衛の町田さんと接触した後のタイムの時も、俺は滝川をチェンジする様にお願いしました!…だが、貴方は引かせなかった…その結果が、あの事故です!!」

「あれは、松本が和賀を贔屓するからっ!?」

吼える滝川に、井手さんの冷静な声が響く。

「松本の判断は、間違っていない。滝川の前にはブロックが2枚…和賀の前は、がら空きだったからな」

「…」

「それに、あそこで突っ込む等…あり得ないだろう!?」

「それは…」

「まぁ…それ位にして置け…」

うやむやにしようとする監督に、今度は堀田さんがキレた。

「いい加減にして下さい、監督!?アンタ、滝川の会社にスポンサーになって貰うのが、そんなに大事なのか!?」

部員がざわめく中、堀田さんの怒りは収まらない。

「ウチは、大事なエースを潰されたんだ!!」

「……潰され様としたのは、エースだけじゃない」

「どう言う事だ、松本?」

井手さんが眉を潜めた。

「そうだろ、滝川?」

「…」

「…寺田さんは、プロへの内定を辞退した」

「えぇっ!?」

「本当か、松本!?」

「だが、一体何故だ?」

「私も知りたい…お前は、理由を知っているのか、松本!?」

強張った表情の監督からの質問に、俺は滝川に視線を移した。

「説明してやれよ、滝川…」

「……僕は、何も知らない」

「いつまでも言い逃れ出来ると思うなよっ、滝川!?」

「…」

「俺は…彼女に、全て聞いたんだ…」

サッと顔色を変えた滝川は、フッと不敵に微笑むと…何も言わずに部屋を出て行った。

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