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第32話

毎年10月末の週末3日間に行われる神社の祭礼に協賛して、駅前通りの商店街は大々的に祭を盛り上げる。

祭から流れて来る客を商店街に繋ぎ止める為に、各店も店頭ワゴンを出したり、神社に設営された商店街のテントで出店を出したりするのだ。

『キッチン和賀』では、毎年祭期間の特別メニューを出しているが、働き手の確保が可能な時期…即ち子供達が役に立つ年頃で、友人達のバイトが見込める時期には、出店を出すのが恒例だった。

バイト代は安いが、昼食と夕食が付くのは有難いらしく、毎年声が掛かるのを待ちわびる仲間が増えている。

そんな忙しい祭礼の日と、典子の退院が重なってしまったのだ。

「テントは、こんなもんだな…」

「いやぁ、核君の時もそうだったけど、要ちゃんが鷹山に通ってくれて学生さん連れて来てくれるから、商店街は大助かりだよ!!」

「まぁ、そう言って貰えると…」

「小さい頃は、とんでもない悪ガキだったけどねぇ?」

「ウチは、盆栽の鉢を割られた…」

「ウチは、山積みの林檎を崩されてさぁ」

「ほら、パン屋でも次々に商品かじって…」

「もう、勘弁して下さい…」

頭を掻く俺に、商店街の親父達は笑いながら、フッと哀れむ様な視線を投げ掛ける。

「あの頃は丁度、真規子さんが亡くなった頃だったからな…寂しかったんだろうよ」

「…要ちゃん、まだ小さかったしな…」

「けど…要ちゃんが悪さすると、決まって真子ちゃんが飛んできて…」

「そうそう、ウチには凄い化粧で特攻服着て飛んで来たもんだから、こっちの方がビビって…」

ゲラゲラと笑う親父達に頭を下げ、俺は作業に戻った。

「お前ん家の噂話しは、本当に尽きねぇな?」

「いゃあ、それよりも…俺は、和賀先輩に小さかった頃があったってのが、信じられないッスよ」

「抜かせッ!!俺だって、幼気な子供だった時期だってあるぞ!!」

「いやぁ…信じられないッス…」

そんな戯れ言を言って出店の設営をしながら、幼い頃の事を何となく思い返していた。

人見知りが激しく、母の後ばかりを追っていたあの頃…忙しい店を切り盛りしながらも、母からは溢れる程の愛情を与えられていた。

それが、ある日パタリと止んで…母は入院して俺の前から居なくなった。

病院に連れて行かれても、母が以前の様に俺を抱き締める事はなく…難しい顔をして話す大人達と、強張った顔をする兄弟の姿を、幼い俺は不思議に思いながら見ているだけだった。

母は寂しく笑いながら、それらの人々と長々と話をしていた。

だが、俺には…いつも俺に向かってだけは、泣き顔しか見せなかったのだ。

唯々涙を流して、

「ごめんね、ごめんね、要…」

と繰り返す。

俺が女に泣かれるのが苦手になったのは、多分母が原因なんだろう。

母が泣かなくなった時……冷たくなって棺桶の中に居た。

悪性の癌だったそうだが、当時の俺に理解出来る筈もなく…泣いてばかりいたのを姉貴にぶん殴られ止められた後も、寂しさをどこにぶつけていいかわからない子供時代を過ごした。

癒されたのは…あの飼育小屋だったのだろうか?

携帯の音に我に返り、受話器を耳に当てる。

「準備出来た?出来上がったメンチ、運んでもいい?」

「あぁ…こっちの準備は出来た。それより、典子は?帰って来たか?」

「さっき帰って来たわよ。店もごった返してるから、家の事をお願いしたわ」

「オイッ!!退院したばっかなんだぞっ!?」

「だって、典子ちゃんが手伝うって利かないから…」

「ったく…」

「大丈夫よ、きっと特別扱いされたくないのよ。それよりそっち、ちゃんと頼むわよ!?」

そう言って、電話は切られた。

「真子さん、何だって?」

電話をしているのを聞いていた松本が、俺を覗き込む。

「メンチカツ持って来るって…」

「ウサギちゃん、無事帰って来たって?」

「あぁ…家の方の手伝いしてるらしい」

「大丈夫なのか?」

「店じゃねぇから、心配ねぇと思うが…」

「そうか…姫が、一緒に祭に来たがってたが…振られたかな?」

「全く…気ぃ遣いやがって…」

「そりゃまぁ…アレを見たら、気も遣うだろ?」

退院した典子をウチで面倒見たいと家族に了承を得た途端、親父は近所の工務店に依頼して、アパートの松本と典子の部屋の掃き出し窓と俺の部屋を繋ぐ巨大な渡り廊下を造った。

驚く俺を尻目に、姉貴は雨でも洗濯物が干せると大喜びだ。

こんな時の親父の行動力には、毎度驚かされる…さり気無く手摺りを付け床も段差が無いバリアフリーにしてあるのは、車椅子での生活も想定しているからだろう。

風通しを考えて両側に窓を設け、裏庭に向かって掃き出し窓を設えてある。

「良かったじゃない…互いに行き来出来易いし、何かあった時担いで来易いし…」

姉貴は、意味あり気に俺に笑い掛けた。

夕方から行われる祝詞(のりと)神楽(かぐら)を皮切りに、俺達の出店も一気に忙しくなった。

一段落着いたのは、8時を過ぎ参拝客が引き始めてからだ。

「要…応援部隊は?」

「無理そうだな…店も満員御礼の旗出すって言ってたから」

「そうか…どうする?皆ヘロヘロだぞ?」

「売り切って終いにしよう…オイッ、ラストスパートだ!!呼び込み掛けろ!!」

後輩達の呼び込みでメンチカツは直に完売し、俺達は出店を片付けて店に戻った。

ドアを開けた途端、椅子に倒れ込んでいる数人のバイトと姉貴が手を上げる。

「お疲れ…こっちも、さっき終わった所よ…」

「和賀さぁん、お疲れ様ですぅ…」

姉貴と出川が揃って声を掛けた。

「出川さんのお陰で、店も大繁盛だったんだよ!」

厨房から、祐三さんが笑顔を覗かせる。

「コスプレ様々だね」

胸元の大きく空いたミニスカートのメイド服を着た出川が接客するのだ…男性客は、大喜びだったろう。

「よく持ってたな、そんな服…」

「違いますぅ…作ったんですよぉ…私ぃ、服飾科ですからぁ」

「器用な物だね…じゃあ、今度の学園祭の時にも何かお願い出来るかな?」

「言って貰ったらぁ、何でもぉ作りますよぉ!!」

「それより、晩飯は?皆腹ペコだ」

「あぁ~…それがあったか…。ご飯、残ってたっけ、祐三?」

「足りないと思うよ…今から炊こうか?」

「そうねぇ…」

「全く…金庫、置いて来る」

そう言って母屋に入ると、廊下に食べ物の臭いがする。

居間の襖を開けると、テーブルの上一杯に料理が並べてあった。

「姉貴、食い物あるから…母屋に取りに来させてくれ」

「何で…ぁ…典子ちゃんが?」

「…山程、(こさ)えてる」

「助かったわ!!直ぐに行かせるから!」

電話を切った俺は、テーブルに並んだラップの掛かった料理を見下ろした。

料理が出来るというのは、本当だったんだな…奇を(てら)った料理ではない…どちらかと言うと、お袋の味的な料理が並べられていた。

だし巻き、ごま和え、煮浸し、煮物、浅漬け…そして形良く並べられた小さな握り飯。

気になってラップをはがし、一口ずつ味見してみる…普通に旨いじゃねぇか…味覚障害の方も治ったのか?

「おっ邪魔しまーす…料理ってコレ?」

「あぁ、運んでくれ」

「了解、オイッ運ぶぞ!」

「悪いが、先行っててくれ…食ってていいから」

「…わかった、早く来ないとなくなるぞ?」

笑う仲間を店に戻らせると、俺は自分の部屋から渡り廊下を進み、典子の部屋の掃き出し窓をノックした。

返事が無い…手を掛けると鍵が掛かって居らず、カラカラと窓が開いた。

「…ノン?」

電気の点いていないリビンクから寝室に入ると、典子は肌掛け布団を躰に巻き付ける様にしてベッドで眠っている。

そっとベッドに腰を掛け、典子の頬に掛かった髪を掻き上げてやる…少し湿って解かれた長い髪…もう風呂に入ったのか…。

「…ノン」

頬に手を当てると、微睡んだままスリッと擦り寄る仕草を見せる彼女に、俺は口付けを落とした。



祭期間中、典子は家の事を一手に引き受け、食事や洗濯、掃除等をこなしていた。

どれだけ誘っても、神社の方にも店にも顔を出そうとせず、部の連中と顔を合わせるのを避けている様だった。

神社の祭礼が終わると、大学内では月の終盤に行われる学園祭の準備一色になる。

男子バレー部でも新体制になって初めてのイベントであり、12月に行われる全日本インカレに向けての厳しい練習の息抜きにと、部員達が盛り上がっている。

「で、何でコスプレ喫茶なんだよ!?出店のフランクフルトだけで十分だろうが!!」

「儲かるからに決まってるだろ?それにコスプレ喫茶じゃない…『アリスのTea-Party』」

セッターに返り咲き、新しくキャプテンになった松本がフフンと笑う。

「お前が真子さんの結婚式でタキシードを作ったのを、俺が忘れるとでも?」

大学のラウンジでホット珈琲を啜りながら、松本がしたり顔でそう抜かす。

「何で俺だけタキシード限定なんだ!?」

「大丈夫だ、滝川や高柳さんもタキシードだから」

「部長は…堀田さんは!?」

「あの人は、フランクフルトの責任者になるとさ。アリス喫茶の責任者は俺だから…当然、お前もコッチ」

「…」

「外より建物の中の方が楽だぞ?天気にも影響されないし」

「そう言う問題じゃねぇよ…」

「今年は女性マネジャーが3人も居るからね…出川さんはこの間のメイド服で参加するし、姫はウサギの姿になるんだ」

「…浩一が、バニー嬢にさせたいだけでしょっ!?」

松本の隣で不貞腐れている玉置が、初めて口を開く。

「問題は、主人公のアリスなんだが…」

「典子か…学園祭行きたくねぇって言ってたからな」

退院後、典子はバレー部はおろか、大学にも一度も顔を出して居ない。

昼間は外出する事もある様だが、殆どアパートの部屋に引き籠り、イタリア語の修得に励んでいる。

「和賀さんが悪いのよ!!」

「俺?何で?」

「典子のお父さんと2人で、勝手にイタリア行かせる事なんて決めちゃうからに決まってるでしょ!?」

「だが、アレは…」

「…典子の気持ちなんて、お構いなしでしょ!?男ってみんなそう!!勝手な事ばっかり!!」

息巻く玉置に、松本が声を潜ませる。

「最近ご機嫌斜めなんだ…どうやら、ウサギちゃんと喧嘩したらしくてな」

「…成る程」

「聞こえてるわよ!!大体、典子はイベント事には一切参加しないわよ!?」

「え?」

「準備は手伝うだろうけど、当日は来ないわ、きっと」

「何で?」

「人混みも嫌いだし…イベント事は、小学生の頃からずっと欠席してたんだってよ?遠足も体育祭や文化祭、修学旅行…唯一参加した高校の文化祭であんな事になったから、翌年から文化祭も欠席してたわ」

「何で!?」

「何でって……気をつかうのよ…一緒に行動出来ないとか、自分が居たら皆楽しめないとか…そういうイベント事とか、楽しい事とか…遠くから眺める事しかしないの!この間のお祭だって、結局行かなかったでしょ?」

「…あぁ」

「和賀さんが誘ったら行くかと思ったけど…やっぱりね。典子は、お祭りも初詣も行かないって言ってたわ。人混みの中に自分が行くと、迷惑になるからって!」

「…やっぱり、参加させるぞ!」

「そうだな…」

「又そうやって、典子の気持ち無視するの!?」

「違う!!そうじゃねぇ!!だが、それじゃ一歩も前に進めねぇだろ!?」

「…」

「穴に閉じ籠ってる兎を外に連れ出すのも、時には必要って事だよ、姫。時には羽目を外して人生を楽しむ事を教えるのも、ナイトの仕事だからね」

瞠目して聞いていた玉置が、クスリと笑った。

「以前、典子が言ってたわ…和賀さんは、自分の知らない世界を見せてくれる人だって…だから、これ以上近付いたら駄目だって…言ってたのにね…」

「…」

「わかった…その計画に一枚噛むわ。衣装は、私と出川さんとで用意する。丁度誕生日プレゼントになるしね。和賀さんは?何か考えてるの?」

「品物はな…今は、資金稼ぎに必死だ」

「そう……バレー部の人達に会う…丁度いい機会だわね」

「何かあったのか?」

玉置の寂しそうな様子に、俺は首を傾げた。

「典子はね…あの事件で廃部の危機になった責任を感じてるのよ」

「何言ってる!?典子は被害者だ!!」

「そうよ……なのに、大学は典子に責任を擦り付けた…バレー部の人達もね。典子は全てわかった上で、大学側の条件を呑んで……早く皆に事件の記憶を風化させて…イタリアに行く典子自身の事も、忘れさせようとして…皆に会わない様にしてるのよ!」

「…何…だと!?」

「大体…あの条件を呑んだのだって…和賀さんの将来を潰さない為だったんだからね!?自覚してよねっ!!」

苛立つ玉置の声が、ラウンジ中に響いた。


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