表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/74

第24話

「…回避性パーソナリティー障害…APDと言うんだそうだ」

「パーソナリティー障害って…人格障害の事ですよね?」

驚いた声を上げる松本に、井手さんが鞄から印刷された資料を取り出して俺達に差し出した。

「そうだね…人格障害って言うと患者本人のみならず、回りの人間も患者の人格を否定される様で…かなりショックを受けるらしくてね。最近では、パーソナリティー障害って言う少しソフトに受け取られる言い方をするそうだ」

松本が少し目を細めて頷き、俺の顔をチラリと眺めた。

「APDは、そこに書いてある様に自分の欠点にばかり注目しがちで、喪失感や排除されるって事にトラウマがある場合が多いらしい。だから人間関係を避けて、自ら孤独を選んでしまうんだそうだ」

俺達は、揃って差し出された資料に視線を落とした。


『APDの症状』

◆ 非難や排除に対し過敏である

◆ 自ら進んで社会的孤立を選んでいる

◆ 親密な人間関係を熱望していながら、その一方で社会的な場面に置いて余りにも引っ込み思案である

◆ 他者との交流を避け様とする

◆ 自分なんか相応しくないという感覚がある

◆ 自尊感情が低い

◆ 他者へ不信感がある

◆ 極度の引っ込み思案・臆病である

◆ 親密さを求められる場面でも、情緒的な距離を置いてしまう

◆ 非常に自己意識的である

◆ 自分の対人関係の問題について、自分を責めている

◆ 職能上に問題を生じている

◆ 自己認識が非常に孤独である

◆ 自分は人より劣っていると感じている

◆ 長期に渡る物質依存/乱用が見受けられる

◆ 特定の思い込みに囚われる


「…まんま、だな…」

ボソリと吐いた言葉に、松本が後を継いだ。

「確かに…当て嵌まってないのは『長期にわたる物質依存/乱用』って項目だけですね?」

「僕も驚いた…宇佐美先生のショックも大きくてね。鷹栖先生は、かなり細かく典ちゃんの事情を把握されていたから、宇佐美先生が話し辛い部分も…理解した上で、色々話してくれたんだ」

「…典子を…追い詰めてたのが、自分だって…理解したんですか?」

「中々ね…宇佐美先生にしても、典ちゃんを溺愛して、何とかしてやりたいと必死だった結果だしね……ただ、奥さんの法子さんと重ねて見てた部分はあると、自覚していたらしい」

「…やっぱり」

「だが…まだ気持ちの方がね…典ちゃんにとっての最良の方法だと、信じて疑わなかった結果だから…」

「それで…典子は?今、どうしてるんです!?」

あの日、病室に戻って典子を抱き締めてどんなに呼び掛けても、彼女の脈拍も呼吸の荒さも戻してやる事は出来なかった。

そして俺は…彼女の父親の意向で、典子との面会が出来ずにいたのだ。

「目覚めたよ…ようやくね。だが、ずっと意識をなくしていた影響なのか、無理矢理薬で覚醒させた影響もあるのか…酷く怯えててね。宇佐美先生にも、主治医の鷹栖先生にも、看護師達にも…怯えて、触れる所か近付く事も出来ないんだ」

「…コーチには?」

「僕も駄目だった…最初に宇佐美先生と一緒だった影響だろうって、鷹栖先生は言うんだけどね。鷹栖先生は、和賀に会わせるのが一番だと言うんだが…それは、宇佐美先生がどうしても許さない…」

「要に…妬いてるって事ですか?だが、そんな事を言っている場合じゃ…」

「そう…そんな事を言ってる余裕はない。典ちゃん、覚醒してから点滴も受け付けなくて…脱水起こして、危ないんだ」

「…」

「ずっと震えて泣いてる……和賀、会いに行かないか?」

「又…会えないなんて事になりませんか?そうなったら、俺は…我慢出来る自信ねぇですよ?」

「大丈夫…今度は、鷹栖先生も了解してるから。但し、知らせて置かなくちゃいけない事があってね」

「何です?」

「君達の面会は、カメラで撮影される。それと…典ちゃんの事なんだが…」

「典子が、どうかしましたか!?」

「…ちょっとね…退行してて…」

「退行?何です、それ?」

「…子供返りを起こしてるんだ。多分、一時的な物だろうって鷹栖先生は仰るんだが…和賀の記憶も…多分…」

「そんな状態で会って大丈夫なんですか!?要との記憶もない状態なんでしょう?」

「怯える心の最大の防御として、精神的に退行してるって言うんだ。和賀と会う事で、きっと落ち着くからって…」

「…」

「それに、和賀…もしかすると、典ちゃんの笑顔が見られるかも知れない」

「本当ですかっ!?」

「幼い頃は、笑っていたから…落ち着かせる事で、彼女が笑ってくれる可能性はある…但し、大人としての記憶を取り戻す間だけになるだろうが…」

「わかりました」

俺は心配する松本の肩を叩くと、井手さんと共に病院に向かった。



「それで、ノコノコ出掛けて行ったの!?」

「…そ」

「…浩一…何拗ねてるのよ?」

「…別に」

「もしかして…典子に嫉妬してる?」

「そんな訳…」

「妬けるわね」

そう言って、姫はカラカラと笑う…こういう所は、本当に小憎らしい…。

「まぁ…浩一は、ずっと和賀さんの女房役して来た訳だし、和賀さんと一緒にプレーしたくて、進学校蹴った様な人だから…自分以上に和賀さんと親しい人間が出来るのが許せないんでしょ?」

「…」

「和賀さん、余り人付き合い上手くないしね。自分以上に、彼を理解出来る人間なんて居ない、和賀さんの一番近くに居るのは自分だ……浩一はそう思ってたのに、当の和賀さんは典子に首ったけだものね?」

「…煩いよ、姫」

「可愛いわね…浩一でも、そうやって拗ねるんだ」

「…姫は?」

「私?何が?」

「…姫は、そんな事ないの?ずっと、ウサギちゃんを守って来たんだろ?」

「前はね…でも、今はないわよ?」

平然と言い放つ恋人に、俺は拗ねた眼差しを送った。

「ウサギちゃんを守る為に、彼女に内緒で花村不動産の株を買い占めたんだろ?そこまで世話しといて、良く言うね?」

「…私が花村栄子の家の株を買ったのは、典子の事があったって事だけじゃないわよ?ちゃんと利潤を生む勝算があっての事だわ!」

「…利益の為って事?」

「私は、経営者になるのよ?当然でしょ!…典子の事は…副産物よ」

「よく言うよ、全く…まぁ、素直には認めないだろうけどね…姫は…」

そう言って、俺は彼女の肩を抱き寄せて唇を重ねた……悔しいかな、当たっているだけに言い返せないでいる自分が、もどかしい…。

「…俺は、優しい姫も好きだけどな?」

少し顔を赤らめる年下の恋人に大人の余裕を見せようと、笑いながら深い口付けを与えると、姫は甘えて躰を擦り寄せた。

「…滝川さんの事、少しわかったわ。彼、セントラル・フーズの一族なのね?」

「玉置興産と関係あるの?」

「直接には、ないわ…でも、知り合いから面白い話を仕入れたわよ」

「どんな?」

「あそこは同族会社でね、一族で(しのぎ)を削っているんだけど…滝川さんって、セントラル・フーズの専務の息子でね…後妻さんの連れ子なんだそうよ」

「へぇ…」

「専務には先妻の息子達も居るらしいし、親族にも男子が何人か居てね…後継者争いで大変らしいんだけど、滝川さんは血縁じゃないから、結構肩身の狭い扱いされてるらしくて…」

「結構苦労してるんだね…」

「でも、一族の名を語る限りは、何でも1番じゃないと許されないらしいわ。中学生の頃から始めたバレーボールも、当然の様にプロになる様に義務付けられてるみたいよ?会社的には、広告塔にしようって(はら)なんでしょうけどね…後妻に入った母親の為にも頑張ってたみたいなんだけど…その母親も、去年病気で亡くなったらしいわ」

「…気の毒だね、アイツも。…ところで姫は、事件についてどう考えてる?」

「ん~、私は花村栄子が怪しいと思うけど…浩一は、誰が犯人だと思う訳?」

「確かに、花村さんも一枚噛んではいるだろうけど…花村さんの後ろで糸を引いている奴の仕業だろうね」

「浩一は、部の中に怪しい人物が居るって思うの?」

「仲間を疑いたくはないけど…身近な人物だとは思ってる」

「和賀さんに敵対して、典子に言い寄ってた…滝川さんとか?」

「まさか…明らかに怪しい奴だが…ポジションの為に、そこ迄リスクを犯すとは思えない」

「あら、そうかしら?」

「姫は、滝川が怪しいと思う訳?」

「当然よ…怪しい匂いがプンプン…」

「だからだよ…あからさま過ぎるだろ?それに、奴には無理なんだ」

「何故?」

「滝川は、俺達と一緒に『清泉寮』に居た…まぁ、花村さんもなんだけど…俺達と一緒に居る時にメールを受け取ったんだ」

「そうだったわね…」

「ウサギちゃんの携帯は、俺達が倉庫に飛び込んだ時には、確かにそこにあったからね」

「…典子の携帯は、貴方が滝川さんを殴った時に、落ちていた携帯の画面を踏んで割っちゃったものね…調べれば、何かわかったかも知れなかったのに…」

姫は悔しそうに爪を噛み、チラリと俺を睨んだ。

「あの壊れた携帯、もう捨てちゃったの?」

「いや…要が保管してる筈だ。新しい携帯を発行して貰うのに必要だろうって。…だけどあのメールは、確かにウサギちゃんの携帯から送られた物だ。着信履歴のアドレスも、彼女の物に間違いなかった」

「じゃあ、無理って事?」

「まぁね…まだ、納得しない?」

「…」

「もし、花村さんのバックに居たのが滝川だとしても…何故、奴がウサギちゃんを排除したいと思うんだい?今回の事件は、どう見てもターゲットが要じゃない…ウサギちゃんなんだ」

「滝川さんって、典子に言い寄ってたものね…」

「そうだろ?芝居じゃなくて、本気でウサギちゃんと付き合いたいと思うなら、要の方を排除したいと思う筈だ。ポジションは兎も角、恋の鞘当てで出川さんを要にけしかけさせたのは、そういう意味合いがあるのかもしれないけどね…。以上の事から、滝川説は却下だ。だからと言って、一体誰が犯人なんだか…」

「でも、考えれば考える程、不思議だわ…上昇思考の彼みたいなタイプの人は、典子より私の方を狙う筈なのよ。余程、好みだったのかしら?」

「…そればかりは…わからないな」

ニンマリと笑って姫を見詰めると、彼女は少し口を尖らせて俺を見詰め返す。

「…何よ?」

「だって、姫が俺を選ぶとは…思わなかったからね」

「それは…浩一が、口説いて来たんじゃない!?」

「まさか、落ちると思わなかった」

「…嘘よ……自信満々で口説いて来た癖に…」

「そんな事はない…自信なんてないさ。それに、俺は…姫に口説かれたと思ってるんだけどな…」

「失礼ね…そんな事、してないわ!」

「本当に?」

「……ないわょ…」

「…可愛い…姫」

恥じらって目元を染める姫に、伸し掛かる様に押し倒す。

今迄要の隣に居たのは、有望なバレー選手を彼氏に持ちたいという、ステータスを望む女ばかりだった。

要は案外誠実な男だ…浮気する様な事はなかったが、恋愛にのめり込む事もなく、常にアイツの中で一番なのはバレーで……だから、ウサギちゃんと付き合い始めた要を見て驚いた。

「…駄目……浩一…」

姫が、小さな喘ぎと共に甘えて抵抗をして見せる。

「…本当に…駄目?」

「…」

「止めようか?」

「…バカ」

要は…ウサギちゃんの様な、守って遣りたくなる娘が好きで…。

今迄大人しくこちらの言いなりになる様な、優しい彼女としか付き合って来なかった俺は…本当は、気が強く攻略しがいのある女性が好きで…姫は、容姿に置いても、性格も家柄も…これ以上ない程理想の彼女だった。

こうやって、腕の中でだけ甘える彼女を苛めるのが、又楽しい…。

甘い吐息を吐きながら、焦らされた姫が切なそうに俺の首に腕を回す。

「何?」

「…」

「どうして欲しい?」

「…意地悪」

「…好きだろ?」

潤んだ瞳にニヤリと笑い掛けると、グイッと引き寄せられて、姫は自ら唇を押し付けて来た。

絡み合う汗に濡れた躰を離した時、姫が俺の手に指を絡めて来る。

その手を握り返しながら…合宿での要達を思い出していた。

自ら好きだと言う事も出来ず、手に触れて熱を感じるのがやっとのウサギちゃんを…人格障害だと診断されてしまった彼女を、要はこの先どうやって愛して行くのだろう?

互いに命を摩り減らす様な愛し方をする2人の行く末に、俺は一抹の不安を覚えた。

「…与えるだけの愛は、辛いな…」

「…それも…愛だわ…」

姫が天井を見上げて、ポツリと呟いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ