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第22話

典子を救急車で病院に運び、廊下で待機して間もなく、井手さんが病院にやって来た。

「…コーチ…」

「和賀…典ちゃんは!?」

「さっき医者が、自発呼吸は出来る様になったが、まだ意識が戻らないと…」

「そうか…松本から大体の話は聞いた。ここには僕が詰める。君は直ぐに、宿舎に帰れ」

「でも…」

「…今から、緊急部会が開かれる」

「…わかりました。典子は、以前医者から心療内科に受診させた方がいいと言われました。だが、彼女自身が親戚や親父さんの事もあって、病院に受診する事を拒否していたんで…姉の知り合いの病院の医者に、相談しながら対応してたんです」

「どこの病院?」

「成城の、鷹栖総合病院です。精神科の鷹栖って医者に、個人的に…」

「わかった…もし転院させる様なら、そちらを紹介して貰おう」

「…宜しくお願いします」

俺は井手さんに典子を託し、宿舎に戻った。

「…帰ったか、和賀!?宇佐美君の様子は!?」

宿舎の全員が集められた食堂で、前に座った監督が俺に尋ねた。

「自発呼吸は出来る様になりましたが…意識は、まだ戻っていません」

「それで…彼女に……暴行された痕跡は?」

食堂に張り詰めた空気が漂い…皆の視線が俺に絡み付く。

「…いぇ……その様な痕跡は、ありませんでした…」

ホゥという安堵の溜め息を吐き、監督は言った。

「じゃあ、裸にされて…縛られただけなんだな?」

「『だけ』ってどういう事です、監督ッ!?写真を撮られたんですよっ!?それを、メールでばら蒔かれるなんて…女性として恥辱の極みだわっ!!」

俺の胸の内を代弁してくれたのは、監督達と共に到着した瀬戸さんだった。

「明菜、興奮しないで…」

「何言ってるの、正也ッ!?貴方、キャプテンで部長なのよ!?貴方がキチンと部員達を指導してないから、こんな事に…」

『男子バレー部の摩利支天様』と言われる瀬戸さんは、プレー以外の部員達の態度や生活面等にとても厳しく、真面目な典子は瀬戸さんに高く評価されていた。

瀬戸さんの怒りを治める為に、寺田さんと監督が宥めている内に、俺は松本の隣に着席した。

「大まかな経緯が説明された所だ。今日のそれぞれの行動を申告してたんだが…」

松本が俺に耳打ちした所で、寺田さんから声が掛かった。

「和賀…お前の今日の行動を、教えてくれ」

「…昼食後、一旦松本と部屋に戻り、その後食堂で宇佐美と…典子と会いました」

ザワッと部員達のざわめく声が聞こえた。

「それで?」

「その後…」

「その後はぁ…私とぉ、松本さんとぉ一緒にぃ、『清泉寮』にぃ出掛けててぇ…そしたらぁ…メールが来てぇ…」

出川の必死の言葉に、松本も立ち上がって頷いた。

「…わかった。まぁ…お前を疑う理由がないんだがな…」

「どういう事だ?和賀を疑う理由がないとは?」

「監督…和賀と宇佐美君は、交際しているんですよ」

「『恋人役』という事じゃなかったのか!?」

「最初こそ、そうだったのでしょうが…コーチも俺も、報告を受けていましたから確かです」

「…そうか」

監督は少し哀れむ様な視線を俺に投げて、話を進めた。

「何にしても…ウチの大学施設の敷地内で、ウチのマネージャーに不埒な行いをした奴が居る…然も、現在この施設を利用して居るのは…我々男子バレー部のみだ。これがどういう事か…皆にもわかっているだろう!?…誰か、自らの罪を告白する者、若しくは知っている事を告白する者は居ないか?」

水を打った様な静寂が、食堂を覆う。

「瀬戸君は怒るだろうが…幸い…宇佐美君の身に、暴行という被害はなかったが…」

俯いていた瀬戸さんがキッと監督を睨む中、監督は静かに話を進める。

「だがこれは…由々しき事態だという事を、皆に認識して貰いたい!9月の秋季リーグの参加だけじゃない……伝統ある、鷹山学園体育大学男子バレーボール部の、存続の危機だという事だ!!」

「…廃部の…危機って……そう言う事ですか!?」

「当然だ…」

「そんなッ!?」

「だって…俺達の中に、犯人が居ると決まった訳じゃない…そうだろう!?」

「皆ッ、静まれッ!!」

ざわめく部員達を寺田さんが一喝し、後を引き継いだ監督が静かに語る。

「それだけの事件なんだ…皆、自覚してくれ!先ずは、皆の元に届いたメールだが…今、この場で削除して貰いたい。勿論、写真のデータもだ!」

「…」

「わかっていると思うが、もしもこの写真や宇佐美君の身に起こった事が公になれば…ウチの部は、即廃部だ!!ネット等への流出等、以ての外だ!!」

「この写真は、多分彼女の携帯で撮影され、犯人によって送付された。彼女の携帯は破損した様だが、送信先は俺達部員と監督、コーチ以外に居ない…流出すれば、このメンバーからだという事になる…わかってるな!?」

「ハイッ!!」

皆はそれぞれ自分達の携帯を操り、メールと写真データを消し、隣り合わせた仲間同士で消した事を確認し合った。

「この事件に関する、一切の口外を禁ずる…そして、一緒に参加した花村さんと出川さんにもお願いしたい…この出来事に関して、外での口外は控えて欲しい」

「私ぃ…誓いますッ!!ウッサちゃんの事ぉ、誰にも言いませんッ!!」

出川が、俺の隣で手を上げて誓いを立てる。

「君にもお願いしたい、花村さん」

「それって…隠蔽するって事ですか?」

花村が腕組みをして、監督を見据えた。

「監督…私もお聞きしたいです!宇佐美さんの事件…部は隠蔽して試合に臨むお積りですかっ!?」

瀬戸さんも立ち上がり、監督に詰め寄った。

「そうじゃない…これは、第一に彼女の…宇佐美君の名誉の為だ」

「ハッ…あの娘の名誉!?そんな物…ある訳ないじゃない…」

「花村さん…」

「どうせ、宇佐美さんが…自分で体育館の倉庫に誰か誘い込んで、淫らな写真撮らせたのよ!男をたらし込んで…高校の時と一緒よッ!!皆、気付いてるんでしょ!?性悪女の為に、皆グチャグチャにされてるのよ!?」

「…テッメェ…花村ぁ!?」

掴み掛かろうとした俺の襟首を掴んで、松本は自分の携帯を耳に当てた。

「そうよね…性悪女にグチャグチャにされてるわ…ウチの男共は…」

「そうよっ!!あの宇佐美典子って女は…」

「違うわっ!!貴女の事よ、花村栄子さんッ!!」

メラメラと憎悪の炎を燃やし、摩利支天様は花村に詰め寄った。

「ウチの可愛いマネージャーの事…よくも陥れてくれたわね!?聞いたわよ…貴女、高校時代に宇佐美さんの事を虐めてたリーダーなんですってね?」

「なっ!?」

食堂の中の空気がザワリと騒ぎ、花村の顔が引き攣る。

「それに、合宿初日に体育館の拭き掃除したのって…貴女と出川さんも手伝ったって、皆にチヤホヤされたそうだけど……実際は宇佐美さん1人で、夜中まで掃除してたそうじゃない!?」

「…チカ…あんた…!?」

花村は、苛立ちを隠そうともせず、出川を睨み付けた。

「私はぁ、ウッサちゃんにぃ謝ってぇ…許して貰ったもん!栄子がぁ、ウッサちゃんをぉ、部屋から追い出した事だってぇ、謝ったもん!」

「彼女、ロビーで寝る所だったそうじゃない!?一体、どういう積り!?貴女、ウチの部に何しに来たのよっ!?」

「酷い言われ様ね…だけど、宇佐美さんが男たらしで高校時代に色々問題起こしたのは、本当の事よ!?」

「そんな事…知ったこっちゃないわ!!」

瀬戸さんが、真正面から花村を見据えて言い放つ。

「高校時代に何があろうと…私達が付き合ってるのは、今の真面目な宇佐美さんなの!躰は不自由だけど、部員達の事を真摯考えて、自分の出来る事を一所懸命に行動する、素晴らしい仲間なのっ!!部外者の貴女なんぞに、ウチの可愛いマネージャーの事を、とやかく言われたくはないわっ!!」

「…わかったわよ……そうよね、私は部外者だもの…失礼させて頂くわ!」

そう言って、花村は椅子を蹴って立ち上がった。

「それに…私は部外者だから…どこで何を話すか、わからないわよッ!?」

瀬戸さんを始め、監督や寺田さんの顔色が蒼褪め引き攣る中、松本が花村を呼び止めた。

「待ってくれるかな、花村さん?」

「何よッ!?」

松本は柔らかな笑みを浮かべて、花村に自分の開いた携帯を渡した。

「…え?……もしもし?」

松本の携帯で通話している花村の顔が、サッと強張り…見る見るガクガクと震えながら、松本の顔色を窺う。

通話が終わり携帯を切った花村は、松本に小さく訴えた。

「…汚い手を使うのね?」

「目には目を、歯には歯を…誠意には、きちんと誠意で返すよ?」

「…」

「君自身も、ネタは尽きないみたいだしね…どうする?」

「…わかったわよ…約束すればいいんでしょっ!?」

「ありがとう、花村さん。監督、一筆必要ですか?」

「いや、それは必要ないが…花村さん、本当に…」

「大丈夫ですよ、監督。彼女は…裏切れませんから…」

キッと松本を睨んで、食堂を出て行こうとする花村は、入口の所で出川を呼んだ。

「チカッ!!行くわよっ!?」

「私はぁ、残るのぉ!」

「えっ!?」

「ウッサちゃんとぉ、約束したのぉ。私はぁ、マネージャーするんだもん!」

「…好きにすればっ!?」

花村は、今度こそ食堂を後にした。

呆気に取られた面々を現実に引き戻したのは、又もや瀬戸さんだった。

「監督、先程の話に戻りますが…宇佐美さんの事件、隠蔽されるお積りなんですか?」

「いゃ…さっきも言った様に、第一に守られるべきは彼女の名誉だ。そして、この事件については……宇佐美君本人と、彼女の保護者である宇佐美先生、顧問の大川教授、そして学長の判断を仰ぐ事になるだろう」

「…それって…ウサギちゃんが警察沙汰にするって言ったら…廃部になるって事…ですか?」

「……そうなる可能性も…ある。彼女だけじゃ無く、宇佐美先生や大川教授、学長が問題を公にされた時にも、同様だという事だ…」

「和賀ッ!!ウサギちゃんに…頼んで貰えないか!?」

「そうだよ…お前達、付き合ってるなら…」

「いい加減にして下さいッ!!何を勝手な事言ってんです!?…典子を疑って、針の筵に座らす様な思いをさせた癖にっ!?」

「だけど、お前にしたって…部の存続が掛かってるんだぞ!?」

「あのぉ……ちょっと思ったんですが…いいですか?」

か細い声をした1年が手を上げる。

「宇佐美さんが…ウチのマネージャーだから……部に関わる人間だから、部の存続云々の話になるんですよね?」

「…え?」

「もしも…宇佐美さんが、ウチのマネージャーじゃなければ……ウチは廃部を免れるんじゃないかと…」

「何言ってるの!?貴方っ!!」

「テッメェ…ぶっ殺すぞっ!!ふざけた事、抜かしてんじゃねぇっ!!」

俺と瀬戸さんは同時に声を上げ、数人が発言した1年に飛び掛かろうとした俺を押さえ付ける。

だが…部員達の顔には、明らかにそうなってくれればという希望的観測が見て取れた。

「あんな目に合った典子を…部の存続の為に、葬り去るって言うのかッ!?ふざけんなッ!!」

腹の底から叫ぶ俺に、今迄黙っていた滝川が嘲笑する。

「何言ってる…お前の責任だ、和賀…」

「何だとっ!?」

「付き合っていたんだろう、バニーちゃんと?…なら、何故ちゃんと守ってやらなかった?」

「…」

「彼女を置いてきぼりにして、何で出川さんとデートなんてしてるんだ?その時点で、恋人失格だろうよ?」

「煩いッ!!お前なんぞに、わかって堪るかっ!!」

「あぁ、わからないね…バニーちゃんを傷付けているのは、誰でもない……お前だよ!!」

「テメェ…」

「止めないか、2人共!!さっき監督と相談して、合宿は中止する事にした。こんな状態では、練習に身も入らないだろうからな」

「部の存続問題に関しては、結果が決まり次第、皆に連絡をする」

「監督、秋季リーグ戦は!?どうなるんですか!?」

「まだ、何とも言えないが…それぞれ個々のトレーニングを欠かさない様に!」

「学校の体育館は、盆明けの16日から使用可能だ。自主練習という名目にはなるが、通常のスケジュールで練習を再会する。皆、その積りでいてくれ!!」

「ハイッ!!」

「それでは、解散!!」

部屋に戻り荷物をまとめながら、俺はフト松本に尋ねた。

「…浩一…さっきの電話、誰に掛けたんだ?」

「ん?…姫だが?」

「玉置?」

「あぁ…以前、一平が言ってたろう?花村さんは、姫には敵わなかったって。姫なら、花村さんの弱味の1つや2つ、知ってるかと思ってね…」

「握ってたのか?」

「まぁね、弱味も知ってる様だったけど…もっとデカイ物持ってたよ。姫自身が、花村不動産の筆頭株主なんだってさ!」

…大学生で、会社の筆頭株主って…玉置の態度がデカイのは伊達ではないのだ…と思いつつ、心の中で手を合わせた。

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