第20話
2日程和賀さん達の部屋にお世話になった私は、寺田さんに呼び出された。
やはり男女が同じ部屋で過ごす事について、色々と詮索する部員が居るので、花村さん達の部屋を使って欲しいという事だった。
この決定に和賀さんは難色を示したが、寺田さんが花村さん達に申し入れ、彼女達も受け入れる形を取った事で、何とか丸く収まった。
だからといって、花村さんが本心で納得してくれる筈もなく、事有る毎に私に散々な罵声を浴びせる。
「いい加減にしなよぉ、栄子ぉ…」
見兼ねた出川さんが苦言を吐くと、花村さんはヒステリーを起こして部屋を飛び出した。
「放っといていいよぅ、ウッサちゃん!」
「でも…」
「ちょっとさぁ…やり過ぎだよねぇ?」
「…」
「ウッサちゃんはぁ、栄子とぉ一緒の高校だったんでしょぉ?」
「えぇ」
「ずっとぉ…あんな調子だったのぉ?」
「…」
「ウッサちゃんってぇ…優等生だったでしょぉ?」
「…そんな事」
「栄子ん家ってさぁ、兄弟皆ぁ出来がいいらしくってぇ…あの娘ぉ頭悪いからさぁ、昔からぁ結構ストレスあるらしくってぇ…」
「出川さんは、花村さんと仲がいいんですね?」
「別にぃ…知り合いのぉ知り合い…って感じだよぉ?」
「そうなんですか?」
「さっきの話はぁ、栄子がぁ勝手に言ってた話でぇ…あの娘はぁ、短大でもぉ友達居ないからぁ、誰かにぃ聞いて欲しかったんじゃないかなぁ?私がぁ、高校バレーのファンでぇ、応援してたってぇ…誰かにぃ聞いたみたいでぇ…」
「……和賀さんの…ファンだったんですよね?」
「まぁ…和賀さんだけってぇ訳でもないんだけどぉ…鷹山体大のぉ男子バレー部のぉ、マネージャーやらないかってぇ、栄子がぁ声掛けて来たんだよねぇ」
「…そうなんですか」
「何かぁ…栄子の好きな人にぃ、頼まれたんだってぇ。和賀さんにぃ会えるって言うしぃ、今はぁ彼女居ないってぇ聞いたからさぁ…」
「…」
そう言いながら、出川さんは少し口を尖らせて頬杖を付いた。
「でもぉ…あ~んなぁ、怒ってぇ怒鳴ってばっかの人だってぇ、思わなかったしぃ…」
「…優しい方ですよ?」
「それはぁ、ウッサちゃん限定だしぃ…」
「…」
「ウッサちゃんとぉ、和賀さんってぇ…付き合ってるのぉ?」
「…」
「栄子がぁ、何かぁ…意地悪言ったぁ?」
「……邪魔を…して欲しくない…様な事を…」
「そっかぁ……あんまりぃ脈なさそうだしぃ、しつこくするのってぇ嫌われるだけなんだけどぉ…栄子の彼氏もさぁ…私と和賀さんの事ぉ、引っ付けたがってるんだよねぇ…」
「…」
「ウッサちゃんの事もぉ…追い出したいってぇ思ってるっぽいしぃ…」
「…花村さんは…私の事が…嫌いだから…」
「ん~とぉ…それだけじゃないかもぉ?」
「どういう事ですか?」
「何かぁ…しょっちゅうぅ、誰かとぉ電話しててぇ…報告したりしてぇ…」
「…」
「ウッサちゃんのぉ事もぉ、話してたしぃ…何かぁ悪質だしぃ…私ぃ、栄子のぉ仲間だってぇ思われてるよねぇ?」
「…」
「もぅさぁ、嫌なんだよねぇ…バレー部もぉ楽しそうなのにぃ…栄子のぉ手先みたいにぃ思われてぇ…掃除の事もぉ、部屋の事もぉ…嘘付いてるのもぉ、何かバレてるっぽいしぃ……和賀さんにもぉ嫌われたくないしぃ…」
「出川さん…マネージャーの仕事、一緒にやりませんか?」
「でもぉ…」
「私…躰の事があって、余りお役に立ててないんです。茜は時々しか参加しないし…出川さんが引き受けて下さると、部員の方々も喜びますよ?」
「…ウッサちゃんはぁ…いいのぉ?」
「何がですか?」
「私ぃ…栄子がぁウッサちゃん虐めてたのぉ、止めなかったしぃ……和賀さんのぉ事もぉ、まだぁ諦め切れないしぃ…」
「…構いませんよ。唯、部員の皆さんのお世話を、出来る範囲で心を込めてやって頂ければ…それで…」
「ウッサちゃんってぇ…いい娘だねぇ!?」
そう言って、出川さんはニッと笑った。
「でもぉ…いい娘過ぎるからぁ、栄子にぃ虐められるんだよぉ?」
その日から、出川さんは私と同じベッドで休み、マネージャー業務も手伝ってくれている。
花村さんは、彼女を裏切り者だと罵ったが、出川さんの方は短大でも学部も違うからと、一向に気にしていない様子だった。
明日は合宿の中日で、午後からの練習は休み…法事の為に参加が遅れていた監督や、講習の為に遅れていた遼兄ちゃん、リクルート活動中だった高柳さんや、女子マネージャーの瀬戸さんも到着する。
私の噂のせいで、少しギクシャクした合宿の空気も、一掃されるかも知れない…私は、そんな淡い期待を抱いていた。
午前中の練習が終わり昼食を摂ると、部員達は三々五々短い休日を楽しみに出掛けて行った。
食堂の片隅で書き物をしている典子を見付け、俺は隣の席に腰を下ろした。
「何してる?」
「…今日の練習の…活動報告を…」
「それが終わったら、出掛けねぇか?」
「…」
「天気もいいし…お前、この辺り初めてだろ?」
「…」
「牧場もあるしな…『清泉寮』に行ったら、旨いソフトクリームもあるぞ?」
「…ソフトクリーム?」
珍しく食べ物に興味を見せ、典子はフィッと俺を見上げた。
「乳脂肪が濃くて旨いんだ…行くか?」
見上げた瞳に、光が瞬く…部員の耳に入った噂のせいで、典子の立場は針の筵だった。
花村は相変わらず典子の悪口を撒き散らし、典子はそれに対しても一切反論をせず…彼女を信じようとしてくれる部員達をも疑心暗鬼にさせていた。
時間を作っては、高校時代の話を聞き出そうとする俺にも、典子は頑なに口を閉ざし…終いには逃げ出そうとする始末だ。
彼女の唇が少し動き掛けた時…能天気な声が食堂に響いた。
「和賀さぁ~ん!こんな所に居たぁ~!」
はち切れそうなスカイブルーのキャミソールに白いパーカーを着込み、出川が手に持った雑誌を振り回しながら、食堂に入って来た。
「コレ、コレェ!!見て下さいよぉ!」
俺の隣に座り腕を絡めると、出川は自分の胸を押し付けながら、持って来た雑誌を広げる。
「『清泉寮』ってぇ所なんですけどぉ、『恋人の聖地』ってのにぃ選定されててぇ…ソフトクリームもぉ美味しいらしいんですぅ。ここからもぉ結構近いみたいだしぃ…2人でぇ行きませんかぁ?」
セックスアピールが胸にある女性特有の科を作り、谷間を見せ付ける様にして、俺の腕にグリグリと胸を押し付ける。
「お前は?どうする?」
唇を突き出す様にして剥れる出川を無視し、俯いて書き物を再開した典子を覗き込んだ。
「……いぇ…私は…」
「…」
「…お2人で、行ってらして下さい。出川さんには、マネージャーの仕事を手伝って頂いて…本当に助かっているんです」
「ありがとぉ!!ウッサちゃん!」
「……お前は?」
「…今日は…ゆっくり部屋で休みます」
そう言うと、典子は活動報告のファイルを閉じ、俺達に一礼して食堂を出て行った。
確かに最近、出川は典子の仕事を手伝っている。
何となく、花村と袂を分かった様に見受けられた。
2人切りで出掛けるのも憚られ、無理矢理松本を誘い3人で外出する。
「和賀さんってぇ、ウッサちゃんのぉ…彼氏なんですかぁ?」
「…」
「…この質問ってぇ、もしかして禁句ぅ?」
「何で?」
「ウッサちゃんにぃ聞いてもぉ、答えてぇくれないしぃ」
「…」
「もしかしてぇ、私の努力ってぇ、無駄骨ぇ?」
「そうだな」
「割り込むぅ余地ってぇ…」
「…ねぇだろ」
口を尖らせ拗ねる様な表情を見せた出川は、大きく溜め息を吐いた。
「やっぱりぃ~?」
「最初から言ってんだろうが!?」
「そぉ~だけどぉ~」
『清泉寮』のテラスに座ってソフトクリームを舐めながら、出川は尚も不貞腐れている。
「和賀さんってぇ、交際申込んだらぁ、絶対にぃ断らないってぇ聞いたのにぃ…」
「誰から?」
「栄子からぁ…栄子はぁ、片思いの彼氏からぁ聞いたってぇ…」
「誰だ、一体?」
「さぁ?でもぉ…その人がぁ、私とぉ和賀さんをぉくっ付けたがっててぇ…ウッサちゃんをぉ追い出したいってぇ思っててぇ…」
「何だとっ!?」
今迄、出川の戯れ言を興味無さそうにして携帯を操っていた松本が、キラリと目を輝かせパタンと携帯を閉じた。
「どういう事かな、出川さん?」
「えっ……私ぃ…何かマズったぁ?」
俺と松本の反応に、出川はトギマギとして身を反らす。
「花村さんのバックに、誰か居るって事かな?」
「ぇ……多分…」
「何で?そう言い切れるだけの根拠があるのかな?」
「…だぁってぇ」
「怒ってる訳じゃない…況してや、君が仲間だなんて思ってないよ?」
「…松本さん」
「君はね、出川さん…きっと利用されたんだ…」
「…」
「最近、ウサギちゃんと行動してるよね?マネージャーの仕事も、良く手伝ってくれている」
「私ぃ…やって見たいなぁってぇ、思っててぇ……ウッサちゃんもぉ、マネージャーの仕事ぉ、一緒にぃやろうってぇ言ってくれたしぃ…部員の皆もぉ喜ぶってぇ…」
「典子が!?そう言ったのか!?」
「……典子ぉ?」
「…」
「…ウッサちゃんはぁ…栄子がぁ虐めてたのをぉ、止めなかった事もぉ…私がぁ和賀さんの事ぉ、まだぁ諦め切れない事もぉ…許してぇくれたんですぅ」
「いい娘だよね、ウサギちゃん」
上目遣いに頷くと、出川は又口を尖らせ、
「だからぁ、栄子にぃ虐められるんだよぉ…」
と呟いた。
「そんな優しいウサギちゃん虐めて、出川さんも騙す奴なんて…許せないよね?」
ニッコリと笑いながら話し掛ける松本に、出川は頷いた。
「私ぃ…話しますっ!何でもぉ聞いて下さいっ!」
…松本は、高校時代から策士だった。
ニッコリと笑って相手を誘導し、大概の事は吐かせてしまう。
頭もいいし、本当は弁護士とか検事とか、そんな職業が合っていると思う。
以前、何故体育大学に進学したのかと尋ねると、
「脳は、ある程度の年齢になっても鍛えられるが、躰はそうは行かない…体力面でのピークの年齢は、精々25歳位迄だからな」
と、笑って答えた。
松本に誘導された出川は、知っている事を全て話した。
出川が高校バレーのファンで、俺を応援していた事を誰かに聞いた花村が、ウチのバレー部のマネージャーをしないかと声を掛けて来た事。
花村は、片思いの相手に依頼されているらしく、頻繁に現在の状況等の連絡を取り合っている事。
そしてその相手は、俺の情報をある程度把握しており…何故か、典子の事を排除しようとしている人間らしい事。
「…おい、浩一…どういう事なんだ?」
考え込んでいる松本に、俺は質問した。
「おかしいな…花村さんは、女子マネージャーになりたいと、キャプテンに直接電話して来たと聞いていたんだけど…今の話だと紹介者、若しくは依頼者が居るって事になる」
「…それの、どこがおかしいんだ?」
「普通は、紹介者が居るのなら、その人物の名前で入るだろ?それをわざわざ隠して、入部するって事は…」
「最初から、企てがあって入部させたって事だからか…」
「それと、紹介者の名前を隠して置きたかったからだ」
「…」
「…案外…身近な人間って事なのかもしれない」
「…何て事だ…でも、何で典子を狙う!?」
「そこだ…要……まさか…」
「何だ!?」
「……あの時の…犯人なんじゃ…」
「あの時って…まさか、ラウンジでの事故の後、アパートで典子を襲った…あの犯人だっていうのかっ!?」
「…」
「浩一ッ!?」
「……だとすると…マズイぞ、要…ウサギちゃん、今どうしてる!?」
「部屋で休むって言って…」
「椎葉は、さっき1年の奴等と出掛けると言っていた。出川さん、花村さんの今日の予定は?」
「えっ?…わかんないですぅ…私がぁ出る時にはぁ、部屋にぃ居ましたけどぉ…」
「じゃあ、君が要と外出する事を、花村さんは知ってるんだね!?」
「えぇ…雑誌もぉ貸してくれてぇ、記事の事ぉ教えてくれたのもぉ…栄子だしぃ…」
俺は慌てて、典子の携帯に電話を掛けた…だが、コール音が聞こえるだけで、一向に出る気配がない。
「出ないのか、ウサギちゃん!?」
「クソッ!!やっぱり、置いて来るんじゃなかったッ!!」
「落ち着け、要…取り越し苦労かも知れない。唯単に、休んでいるだけかも知れないだろ?先ずは、宿舎に帰ろう」
そう言って、俺達がバス停に急ごうとした時、少し離れた所から声が掛けられた。
「チカ~ッ!!」
ソフトクリームの売店の前に数人で屯っている若者の中から、高々と携帯を持つ手が振られる。
「栄子ぉ!?」
出川は、引き攣った顔で少し離れた場所から手を振る花村を見詰めた。
「何だ、君達も来てたのか?」
花村と一緒に数人の部員達と共に居た滝川が、俺に向かって鼻を鳴らす。
その時、皆の携帯が一斉に鳴った。
部員宛の一斉メール…発信者は…典子!?
メールを開いた俺は…添付された写真を見て絶句した。




