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第17話

以前は温泉旅館だった跡地に建てられた、ウチの大学の合宿施設のウリは、源泉掛け流しの温泉で…筋肉痛やリュウマチに効果があるらしく、運動で疲れた躰には最高のご馳走だ。

「うへぇ…最高だな…」

「バスの移動でケツはゴワゴワ…その上に、体育館の掃除…フィールドトレーニングより、余っ程疲れたぜ」

「それにしても、あの花村って娘…いい娘だよな?」

「派手なの見掛けだけで、案外真面目な世話焼き女房タイプ?」

「俺は、チカちゃんがいいなぁ…可愛いし…何たって、アノ乳!!」

「ぷりんっぷりんだもんなぁ…然もノーブラ!!」

「だけど彼女は、和賀狙いだろう?」

「和賀…O.K.すれば、アノ乳揉み放題なのになぁ…」

「ふざけた事、抜かしてんじゃねぇぞっ!?」

部員達の勝手な噂話に、俺は堪らず怒声を吐いた。

「要…声が響いて、耳が痛い」

そう隣で愚痴った松本に、質問が集中する。

「松本!和賀の意中の彼女って、誰だよ!?」

「やっぱ、ウサギちゃんか?」

「いゃ…そりゃねぇだろ…茜姫とか?」

「うわっ!?マジかよ…」

「誰だよ、松本!?」

「俺はまだ、要に殺されたくありませんからね…唯…」

「唯?」

「1つ言えるのは、茜姫じゃないって事です」

ニッコリ笑って松本は皆に言い、他の奴等は安堵の溜め息を吐いた。

睨む俺に、

「彼女の名誉は守らないと…」

と、松本はサラリと言って退ける。

風呂を上がって食堂に入った俺達を、花村と出川が出迎えた。

「あっ、和賀さぁん!お疲れ様ですぅ」

「…宇佐美は?」

「モゥ!和賀さんったらぁ、宇佐美さんばぁっかり!!」

拗ねた様に口を尖らす出川の横で、花村が小馬鹿にした様に口を添える。

「あの娘、高校時代から団体行動とか出来ない娘で…勝手な事ばっかりして、皆に迷惑掛ける娘なんです。大学生になっても、ちっとも変わってないんですね?」

「…何…だと!?」

険を露にした俺に、花村が薄ら笑いを浮かべた。

「それに、彼女…結構なタマなんですよ?障害がある事を逆手に取って、優しくしてくれる男をたぶらかしては、食い物にしてるって…」

「ウサギちゃんがぁ!?信じられないな…」

「嘘だろ…彼女、真面目な娘だぞ?」

話を聞いて驚く部員達に、花村は鼻を鳴らした。

「それが彼女の手なんですよ!私、高校3年間一緒のクラスだったんですけど…ウチの高校じゃ、有名な話でしたよ!?」

「…へぇ…人は、見掛けに寄らないんだな…」

「戯言信じてんじゃねぇぞっ!?」

俺の恫喝にその場が凍り付くが、花村だけは挑戦的な視線を送って来た。

「信じないんですか、和賀さん?」

「信じる訳ねぇだろッ!!」

「今の宇佐美さんのターゲットって、和賀さんかもしれませんからねぇ…痛い目見ますよ?あの娘は、疫病神なんだから…」

「何言ってる!?」

「本当ですよ…高校でも、部活の先輩をたぶらかして滅茶苦茶にしたって、有名な話なんですから!!相手の先輩は、ボロボロになって受験失敗するは、先輩の母親は、あの娘とのトラブルでおかしくなって精神病院に入院するわ…父親もリストラされて、離婚しちゃって家庭も崩壊!!未だに皆、不幸のまんまだそうだし。おまけにねぇ、心配して相談に乗ってくれた担任教師にも手を出して、新婚間もなかったのに離婚させちゃったんですよ、あの娘!?他にも…」

「戯れ言並べてんじゃねぇっ!!」

「じゃあ、本人に確かめて見ればいいじゃないですか!?私の言ってる事が嘘かどうか…彼女に聞いてみたらいいですよ!」

勝ち誇った様な顔をする花村を、余程張り倒してやろうかと思ったが…女性に暴力を奮う訳にも行かず、俺は彼女を睨み付けた。

「何やってる、こんな所で!?」

食堂に入って来た寺田さんが、入口で屯する俺達を一喝する。

「さっさと食事にするぞ!その後、直ぐにミーティングだ!」

「キャプテン…ピョン吉が、まだ姿を見せません」

「…移動で疲れたかな?休ませてやった方がいいかもしれない。食事だけ、残して置いてやってくれ。それより…花村さん、出川さん…今日は済まなかったな…本当に助かった。広い体育館を、たった3人で大変だったろう?」

「いいぇ…あんな事でお役に立てるなら…今後も、何でも言って下さいねぇ」

花村は赤い爪を振り回して媚びる様に笑い、寺田さんと共に食堂の奥に行ってしまった。

残された部員も三々五々、コソコソと噂話をしながら散って行く。

俺の隣で口を尖らす様に花村を見ていた出川は、俺の視線に気付いて少し肩を竦めると、花村の方に駆け出した。

「要…取敢えずは食事しよう。ミーティングの後に、ウサギちゃんの様子を見に行けばいい」

そう松本に急かされ、俺は仕方なく席に着いた。



11時近く迄掛かったミーティングの後、俺と松本は典子の部屋を訪ねた。

遅い時間にも関わらず、中からはけたたましい笑い声が響く。

ノックをして顔を出した出川に、松本が優しく尋ねた。

「キャプテンに言われて、ウサギちゃんの様子を見に来たんだけど…居るかな?」

出川は口を尖らすと、部屋の中に呼び掛けた。

「栄子ぉ~、和賀さん達がぁ…宇佐美さんの様子見に来たってぇ…」

「…居ないって、言いなさいよ!」

中から叫ぶ花村の声に、俺はドアの中に強引に入り込んだ。

「…宇佐美は?」

電話をしていた花村は、驚いた表情を見せて慌てて白い携帯を畳み、俺の顔を見てフンと鼻を鳴らして外方を向く。

「遅くに悪いね、花村さん…やっぱり女の子の部屋だね。同じ間取りなのに、雰囲気が全然違う…」

「そぉですかぁ?散らかってますけどぉ、良かったらぁ座って下さぁい」

出川が自分のベッドに座る様に、散らかっている化粧品やキラキラとした小物を端に寄せた。

「置いてある物で、雰囲気って変わるからじゃないですか?」

「それだけじゃないと思うよ…やっぱり、そこに居るのが女性だからかな…」

そう笑顔で言うと、松本はベッドの上に転がったマニュキアを手に取った。

「…綺麗な色だね…これ、今から塗るのかい?」

「まだ大丈夫なんですけどぉ、明日位には塗り直さないとぉ…剥げてきちゃうからぁ…」

出川はそう言って、両手を揃えて松本に見せた。

「へぇ…花村さんは?」

「栄子はねぇ、昨日ネイルサロンに行って来たんですよぉ!」

「そうなのかい?見せて貰っていい?」

花村は怪訝そうな顔を見せたが、満更でもなさそうに松本に手を差し出した。

「松本さんって、ネイルに興味があるんですか?」

「妹がね…行ってみたいって騒ぐんだ。誕生日プレゼントに強請られててね。コレ、幾ら位する物なんだい?」

花村の手を取り、繁々と見入る松本を見て、コイツ何か企んでいるなと思い、俺は何も言わずに傍観した。

「色々ですよ…付け爪しても違うし、ラインストーンや、デザインによっても違うし…」

「コレって、付け爪?」

「違います…私のは自前の爪に、デザインネイルとラインストーン乗せて…全部で、15000円位するんですよ!?」

「へぇ…そうなんだ。結構高い物なんだね?」

「そうなんです!!女の子は、大変なんです!普通は大体1週間保つって言うけど、精々5日が限界かな…それも、傷付けたり手荒に扱うと、剥げるのが早くなるから大変なんですよ!」

「美を追求するのも、大変なんだね。所で、ウサギちゃんは?この部屋で一緒に休むんだろ?」

「……知りませんよ。私達は、この部屋を使えって言われただけだし……ねぇ、チカ?」

「……ぅん」

歯切れの悪い2人の返事に、にこやかに松本が質問する。

「誰に言われたんだい?」

「宇佐美さんがぁ…ロビーでぇ…」

「到着して直ぐの部屋割りの時?」

「…そうですよ」

「で、彼女の荷物は?」

「……知りませんよ、そんな物…」

「彼女も、この部屋を使うんだろ?」

「……よくぅ…わかんなぃですぅ…」

「一体何が言いたいんですか、松本さんっ!?」

「いゃ…さっきも言ったけど、俺達はキャプテンに言われて、ウサギちゃんの様子を確認しに来ただけだよ」

「この部屋には、居ません!もう、いいでしょっ!?」

花村はそう言って、俺達を追い出しに掛かる。

「取敢えず、確認させて貰うよ?」

松本が俺に向かって頷き、俺はクローゼット中やバスルームを確認した。

だが典子の姿は疎か、彼女の荷物さえ見付からなかったのだ。

「…邪魔したね」

そう言った松本と共に部屋を出た俺は、典子の携帯に何度目かの電話を入れた。

「……駄目だ。又、留守電になっちまう」

「…」

「浩一?」

「…音」

「え?」

「さっき、聞こえた気がしたんだ……携帯で、呼び出し続けてくれ」

「わかった!」

続けて何度も典子の携帯を呼び出すと、どこからか聞き覚えのある軽やかな音が、微かに聞こえる…。

『My Favorite Things』…ミュージカルや映画で有名な『The Sound of Music』の劇中歌であるこの曲は、京都旅行をキャンペーンにした某鉄道会社CMでも俺達の耳に馴染んでいる。

「…好きなんです…この曲…」

そう典子が、以前話してくれた。

「映画が?」

「映画もそうですけど…歌詞が…」

「どんな?」

「好きな物を沢山言って行くんです。それで最後に、こう言うの…『嫌な目に遭っても、好きな物達を思い出せば、そんなに嫌な気分ではなくなるわ』って」

「…」

「…勿論、曲も好きなんですけど…」

彼女は、オルゴールが奏でる『My Favorite Things』を、着メロにしていた。

「あった!ここだ!!」

建物のロビーの隅に置かれたボストンバックの中から、軽やかな音が流れる。

「ここに荷物があるという事は…もしかして、ウサギちゃん…」

「どこだ、浩一!?当てがあるのか!?」

「マズイぞ、要…彼女、まだ体育館かも…」

俺達は、揃って暗い道を駆け出した。

「どういう事だ、浩一!?」

「花村さんのネイルも、出川さんのネイルも…剥げている所か、傷ひとつなかった!」

「え?」

「わからないか?彼女達は、体育館の掃除なんか何一つやってない…雑巾掛けなんてしてみろ…今頃、ネイルなんてボロボロだろ!?」

「…じゃあ…」

「彼女達がやってないとすれば…ウサギちゃんがやってるって事だろう…」

「クソッ!!」

木立の向こう側にある体育館には、こんな時間にも関わらず煌々と明かりが付いている。

「典子ッ!!」

扉を開けると同時に呼び掛けると、体育館の隅に小さな躰が倒れていた。

「典子ッ!!オイッ!?」

雑巾を掴んだまま、典子は倒れ込んでしまったのだろう…グッスリと寝入っていた。

「……凄いな…たった1人で…全部、拭き上げたんだ…」

「全く…馬鹿野郎が…典子ッ!!起きろっ!!」

俺に揺さぶられ、ペシペシと頬を叩かれた典子は、ようやく眠気眼を開ける。

「…ふぇ?」

「起きたか、馬鹿娘ッ!?何で、こんな事になってるっ!?」

微睡みから醒め、俺の怒髪天を衝く表情を見て、彼女は気まずそうな表情を浮かべた。

「典子ッ!?」

「おぃ、要…落ち着けって。ウサギちゃん、大体の予想は付くけど…1人で拭き掃除したのかい?」

「…」

「どういう積もりだ、典子ッ!!お前には、学校でも体育館の掃除なんか、させてねぇんだぞっ!?」

「…」

「答えろッ!!どういう積もりで…」

怒鳴り付ける俺の腕の中で、揺さぶられる典子の大きな瞳に、見る見る涙が溜まり…。

「…ふえぇぇん」

そう言って彼女は、手の甲で涙を拭いながら、いつもの様に泣き出した。

こうなると、俺は何も言えなくなってしまう……隣の松本は、驚いた顔で俺と彼女を見比べた。

「……だって…だって…」

「ん?」

「……拭き掃除…やらないと……明日からの練習……出来ないから…」

「何で、花村達に頼まなかった!?」

「…」

「要…頼まなかったんじゃない。押し付けられたんだ、きっと…」

典子は何も言わず、尚も涙を拭う…どこで怪我をしたのか、掌には無数の切り傷が出来、深い傷からは血が滲んでいた。

「全部、1人で拭き上げたのか?」

コクンと頷くのを見て、俺は小さな躰を抱き締めた。

「何で、俺に連絡して来なかった?」

「……部員の方達は…練習で…」

「それにしたって……無茶するなって、言われてるだろうが…馬鹿娘!?」

「……ごめんな…さい…」

グズグズと胸で泣く典子の髪を撫でながら、俺は彼女の耳元で小さく囁いた。

「…お前の躰は、俺のもんだ……粗末に扱うなって、この間も言っただろうが…」

冷え切った典子の躰が、ポゥと熱くなると同時に、隣で松本が咳払いをする。

「取敢えずは、宿舎に帰ろう…風呂に入って、温まって…要にマッサージして貰うといいよ、ウサギちゃん」

「ぁ……でも…」

「そうだ、お前!今日、どこで寝る積もりだった!?お前の部屋、花村達が使ってるだろう!?」

「……ロビーに…」

「馬鹿娘がッ!!」

今度こそ、本気で俺は吼えた。


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