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第16話

典子に点滴を終えた医者が帰る時、玄関迄見送った俺は尋ねた。

「原因は?」

「…精神的な事だろうね…アパートに住む学生さんだって?自宅に戻って、休養させた方がいいんじゃないかな?」

「…自宅に戻っても、独りなんで…」

「そうか…ご親戚は?」

「上手く行ってないんですよ…親とも、親戚とも…」

「…要君…彼女、一度心療内科に掛かった方がいいかもしれないね」

「…先生、やっぱり…」

「ああいう風な姿勢で寝る子供を、以前診察した事があってね…施設に引き取られた子供だったんだけど…。専門じゃないから、僕としては何とも言えないけど…でも、アレじゃ躰は休めない…躰への負担が大き過ぎる」

「…そうですね」

「必要なら、紹介状書くから…」

「ありがとう、先生」

「じゃあ、お大事に…」

医者を送り出して部屋に戻ると、起き出した典子が掃き出し窓から逃げ出そうとしていた。

「何やってんだっ!!お前ッ!!」

慌てて捕まえると、腕を掴まれたままズルズルと崩れ落ちる。

「…部屋に…帰ります。これ以上…迷惑掛けれない…」

「帰ってどうする!?誰が看病するってんだ!?」

「…家に…実家に…」

「実家に帰ったって、同じじゃねぇか!!親父さん、8月末迄帰って来ねぇんだろうがっ!?」

「……もぅ…嫌ぁ」

泣きじゃくる彼女を宥める様に抱き締め、俺は典子をベッドに運んだ。

「…嫌なんです…もう」

「何が?」

「何もかも……私の我儘のせいで、沢山迷惑掛けてしまう…」

「我儘って…お前、何も我儘なんて言ってねぇじゃねぇか…」

「…大学に行く事も…独りで暮らす事も…私として生きる事も…」

「…典子」

「…生まれて来るんじゃなかった……私が生きてちゃいけなかったんです…」

「お前…」

生きる事に…生まれて来た事に罪悪感を持ってるっていうのか…コイツは…。

「…お前が生まれて来なきゃ…俺は、お前に会えなかったんだぞ」

「……和賀さんは…何で私の事なんか…好きだって言えるの?」

「…典子?」

「私は嫌い…この躰も…この容姿も……名前も……大嫌い!」

布団にうつ伏せて尚も泣きじゃくる典子を、覆い被さる様に抱き締めてやる。

彼女の自信のなさは、自分の生きる事すら全否定する所から来ている。

…もしかしたら、躰が生きる事を諦め様とする結果が、あんな症状になって出て来ているのでは…そう思うと、背筋が薄ら寒くなった。

何とか自信を付けさせなければ…だが、一体俺に何が出来る!?

「…典子」

「…」

「…抱かせろ」

「…」

「お前を…抱かせろ」

覆い被さった躰がビクリと反応したが、典子はうつ伏せたままでくぐもった返事を返す。

「…こんな躰の…どこがいいの?」

「…」

「片端で貧相で、切り刻まれて傷だらけの躰の…どこがいいの?」

「…典子」

「和賀さんが付き合って来た…綺麗な女の人の躰じゃないのに…」

「そんな事、思ってねぇっ!!」

うつ伏せて縮こまっていた典子がクルリと反転し、泣き過ぎて朦朧とした顔で俺を見上げた。

「…それとも…哀れみ?」

「それ以上言ったら、怒るぞっ!!」

「…こんな躰でいいなら……好きにすればいいわ…」

カッとなった俺は、彼女の着ている物を全て剥ぎ取り、自分のTシャツを脱ぎ捨てると、覆い被さる様に彼女を見下ろした。

「……綺麗だ…典子…」

フィッと典子は視線を反らし、抵抗するでもなく俺に躰を投げ出した。

「…嘘じゃねぇ…本当に綺麗だ」

今日はテーピングをしていない…彼女の左腰から下肢に掛けて、幾筋もの傷が…新しい傷は、まだ皮膚が薄く薔薇色のままで…。

腰骨近くに大きな傷痕がある…多分これが杭が刺さったという傷なのだろうが、その変色した傷も、まるで大きな薔薇の花の様な…そして、それを取り巻く手術痕は荊の蔓が張り巡らされる様に彼女の腰から下肢に這っている。

その傷痕に唇を這わせながら、俺は典子に尋ねた。

「本当にいいんだな?」

「…」

「この躰…俺が貰い受けるぞ!?」

微かに震える彼女の躰に口付ける…色が白くきめ細かい…まるで滑らかなシルクの様な肌が、掌に唇に吸い付く様だ。

だが、何もかも放り投げ出した様に身を委ねる典子を抱いた所で、意味はない…俺は彼女の素肌を愛おしむ様にあやし、安らかな寝息を彼女が立てる迄撫でてやった。

そして……再び目覚めた時、彼女を…彼女の躰を奪った。



「抱いたのか?」

「…あぁ」

「にしちゃあ…変わんないな?」

「…微妙に、避けられてる」

「酷くしたのか?」

「…」

「お前…それはマズイだろ?」

「体格差があるからな…しょうがねぇだろ?」

「…」

「取敢えずは…破瓜だけ…」

「えっ!?」

「……辛そうだったんだよ」

「…お前ねぇ…」

松本は、こめかみを押さえて頭を振った。

強化合宿に向かうバスの中、一番後ろに座った俺と松本は、最前列の補助席に座った典子の後ろ姿を見ていた。

「そりゃ、避けられて当然だろ?」

「…」

「可哀想に……初めての思い出が、それって…姫が聞いたら激怒するだけじゃ済まないぞ!?」

「……お前達…付き合ってるのか?」

「ん〜、どうなんだろうな…俺は一応、その積もりだがな」

「なんだそりゃ!?」

「期限付きの付き合いだって、言われたんだよ。彼女も一人娘で、玉置興産の後継者だからな…学生の内は、好きにさせて貰えるらしい」

「…いいのか、それで?」

「いい訳あるかよ…口説き落とすさ」

「…」

「俺も、初物頂いたからな…」

「えっ?」

「お前も、姫が遊んでると思ってただろ?」

「…あぁ」

「案外真面目でな…派手に見せてるのは、殆どがパフォーマンスなんだ」

「…ああいうタイプが、好みだったか…お前?」

「あぁ、結構ドンピシャ!…容姿もそうだが、俺はツンデレ好きだからな」

「今迄の彼女…優しい娘が多かったろ?」

「交際申込まれた相手が、たまたまな…お前と一緒。お前の歴代の彼女は、気の強い娘が多かったろ?」

「まぁな」

「ウサギちゃんも…結構お前のストライクゾーンなんじゃないか?」

「…」

「図星か…儚げな可愛い系なんて居なかったよな…」

「そういう奴は、俺を怖がって逃げ出してたからな……典子は、そんな俺の笑わねぇ所がいいって言ったんだよ。アイツ結構頑固で頑なだけどな……甘えると、妙に可愛い…」

「へぇ…」

「笑わせてやりてぇんだ…きっと、可愛いと思う…」

「らしいな…笑ったらしい…お前の話して」

「えっ!?」

「姫が焼きもち妬いて大変だったんだ…『典子を笑顔に出来るのが、あの唐変木ってどういう事!?』って、そりゃ偉い剣幕で…」

「俺には笑顔どころか、相変わらず好きだって一言も言えずにいるんだぞ?」

躰を抱いた事で、俺の女だと…そう自信を付けさせてやる積もりが、残念ながら裏目に出て……典子は、微妙に俺の手を逃げる様になっていた。

拒絶する訳ではない…唯、アレ以来抱き締め様とすると、スルリと躱そうとする。

それにしても…今日は、やけに緊張している様に見えた。

やはり、出川が来ていたからなのか…。

「あの花村栄子って娘、姫達と同じ高校なんだそうだ…聞いてるか?」

「そうなのか?誰が連れて来たんだ、あの2人?」

「さぁ…キャプテンの話では、女子マネージャー希望者だって、直接電話して来たらしいぞ?」

「ケバい奴…」

「確かに、あの爪と香水は…何とかして貰いたいもんだ」

合宿の集合場所に現れた花村は、まるでキャバクラの女の様に濃い化粧と派手な髪型で現れ、一方の出川は、ハワイの海岸にでも行く様な、露出度の高いキャミソールとマイクロミニのホットパンツで現れた。

その出川が、俺の姿を見付けるなり抱き付きそうな勢いで飛んで来た。

「和賀さぁん、おはよぉございますぅ!!」

「お前っ!?何て格好で来てんだッ!!遊びに行くんじゃねぇんだぞっ!?」

「えぇ〜っ、駄目ですかぁ?和賀さんの為に、着て来たのにぃ…」

「迷惑だっ!上から何か着て来いっ!!」

「はぁ〜い」

出川は悪びれもせず、隣に呆然と立ち尽くす典子に挨拶する。

「宇佐美さんでしょぉ〜?栄子から、話聞いてるぅ!ウッサちゃんって呼んでいいよね!?宜しくねぇ!!」

溢れそうな胸を揺らし典子に抱き付くと、その額にキスをして大きなキスマークを残し、出川は去って行った。

ポカンとした典子の額に残ったキスマークを、俺が自分のジャージの袖でゴシゴシと拭っていると、

「宇佐美さんっ!?」

と、険のある声と視線が俺達を射る。

典子がピョンピョンと呼び掛けた花村に近付くと、花村は顎で自分の荷物をしゃくって言った。

「この荷物、バスに運んで頂戴!!」

「…」

「チカのも一緒にね!チカ!!荷物、この子に渡して!」

俺は持っていた自分の荷物と典子の荷物を放り投げ、花村の前に立った。

「オイッ!?」

「…何ですか?」

「コイツに…宇佐美に、荷物なんか持たせてんじゃねぇぞっ!」

「…」

「コイツには、荷物どころか、動き回る仕事もさせてねぇ!わかったか!?」

「へぇ…大事にされてるんだ、宇佐美さん?」

「…」

俯いて答えない典子に代わり、俺は花村に言い放った。

「自分の荷物位、自分で運びやがれっ!!」

「はぁ~い」

間の抜けた出川の返事に少し笑いが起こり、部員が手を貸して彼女達の荷物は無事にバスに収まった様だ。

「初っ端から、飛ばすなよ…和賀…」

寺田さんが、俺に苦笑を漏らす。

「人選ミスですよ、キャプテン!」

「そう言うな。彼女達は、まだ正式なマネージャーじゃない…今回は見学者、お客様って身分なんだ。この間は普通の格好してたからな…まさか、あんな姿で参加するとは思わなかったんだよ。合宿後半に参加する、明菜の…ウチの摩利支天様の形相が目に浮かぶ…」

「瀬戸さん、参加されるんですか?」

「後半にな…あぁ、頭痛いよ…高柳もリクルートで後半にしか参加しないから、悪いが宇佐美君にマネージメント業務を任せる事になるが…宜しく頼むよ」

「……わかりました」

「事務仕事ですよね!?キャプテン!!」

「スケジュール管理が主だな…部員への連絡事項は、近くに居る奴に頼んで大声出して貰って呉れ」

そう言って、寺田さんは俺の肩を叩いた。



合宿施設に持ち込む機材や器具、ボール等の用具の点検を済ませ、一番最後にバスに乗り込むと、最後列に座った和賀さんと目が合った。

無言で隣に座れと、自分の座席の隣に目線を落とす。

通路を進もうとした時、最前列の花村さんに腕を掴まれた。

「宇佐美さんの席は、ここよ…色々教えて貰いたい事もあるし…いいわね?」

そう言って、強引に自分の横の補助席を出して、座席を叩く。

…他に座席は沢山空いているのに…彼女は、態々私を補助席に座らせ様とする。

然も最前列の補助席の前は、直ぐに階段になっていて…幾らシートベルトを着けていても、ブレーキの掛かる度に両足で踏ん張らなければ、前に倒れ込みそうで恐ろしくて…。

当然、隣に座らせたからといって花村さんが私に話し掛ける筈もなく、隣で散々飲み食いした挙げ句寝てしまった。

山梨県北杜市高根町清里にある大学の合宿施設迄は、バスで5時間余り…途中トイレ休憩を入れて6時間弱の行程で、私はすっかり疲れてしまったが、到着した合宿施設には問題が発生していた。

前日に通過した大型台風の影響で、体育館及び施設の窓が割れてしまっていたのだ。

「ひっでぇな…これは…」

「まずは、掃除だな…幸い、窓が割れただけの様だから、ゴミと硝子を取り除いたら、床全面を拭かないと…雨と泥を拭き取らないと、練習は出来無いぞ!」

全員で体育館のゴミを掃除し、モップで床を拭いても、ざらざらとした細かい土迄は取り切れる筈も無く、部員達は途方に暮れた。

「これは…やはり、雑巾掛けしか無いな…」

「しかしキャプテン!?これでは、強化合宿に来た意味が無い…時間が勿体無いです!」

「確かにそうだが…だが、これでは練習になら無い!このままでは、滑って怪我人が出るのは必至だぞ!?」

「それは、そうですが…」

その時、花村さんが寺田さんに声を掛けた。

「あの…それは、私達でやりますから…皆さんは、練習して来て下さい」

「…しかし…」

「こんな事で、お役に立てるのなら…ねぇ、チカ?」

「いいですよぉ〜」

「ありがとう…本当に助かる…それじゃ、俺達はフィールドトレーニングだ!!」

部員が全員グラウンドに走り出した後、手に持っていた雑巾を私に投げ付け花村さんが言った。

「あぁ、疲れた…って事で、後は宜しくね…宇佐美マネージャー!?」

そう、彼女は破顔した。


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