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第11話

2日間の入院の後1人でアパート帰って来た私は、店に顔を出してオーナーや真子さんに挨拶を済ませると、直接バレー部の方に顔を出した。

「典ちゃん、大丈夫なのかい!?」

体育館に入った途端、逸早く私を見付けた遼兄ちゃんが、駆け寄って来て気遣ってくれる。

「済みません、お休みしてしまって…」

「そんな事はいい!和賀から聞いた…体調は?」

「大丈夫ですから」

「呉々も無理しない様に…いいね!?」

「わかっています」

練習を再開するメンバーの元に戻る遼兄ちゃんにお辞儀をすると、横からグイッと腕を引かれた。

「何してる、お前っ!?」

あからさまに機嫌の悪い和賀さんが、眉を吊り上げている。

「迎えに行くから、病院で待っとけっつったろうがっ!?」

「…午前中に、会計も全て終わって…病室に居座る訳に行かなくて…」

「姉貴が、迎えに行ったのか?」

「…いぇ」

「1人で帰って来たのか!?」

「…」

「馬鹿か、お前はっ!?」

「……済みません」

気遣ってくれているのは、わかっている…だが、弱っている時の怒声は、流石にキツくて…。

「大丈夫かい、バニーちゃん?」

和賀さんに頭を下げた途端フラついた私の躰を、そっと背後から肩を支える手。

「体調崩して、入院してたんだろ?なのに、もうこんな仕打ち?バニーちゃんの『恋人役』は、本当に酷い男だねぇ?」

遥か頭の上で、火花が散りそうな険悪な空気が流れる。

「…滝川」

「離せよ、和賀。お前の馬鹿力で握ったら、バニーちゃんの腕が折れてしまう」

和賀さんと滝川さんはライバル同士で、互いに相手の事を快く思っていない。

琴線に触れる様な滝川さんの嫌味を、和賀さんはいつも真正面から受け止める。

私の二の腕を掴んだままの和賀さんの手に更に力が込められ、私は余りの痛さに少し眉をひそめた。

「離してやれ、要…ウサギちゃん、痛がってる」

心配して近くで様子を見ていた松本さんが声を掛けると、和賀さんはチラリと私を見下ろし手を離した。

「行こう!バニーちゃん!!」

いつの間にか繋がれた手を引いて、滝川さんは私をコート脇のベンチに誘った。

「前にも話した事、もう一度考え直す気はないかな、バニーちゃん?」

私は、滝川さんと繋がれたままの左手に、ずっと目を落としていた。

「あんな粗暴な『恋人役』じゃ、バニーちゃんだって戸惑う事ばかりだろう?僕なら、優しく守って上げるよ?」

回りで、囃し立てる様な口笛や野次が飛ぶ…私は俯いたまま、頭を振った。

「前にも聞いたよね?僕の…何が不満?」

ベンチの後ろにある壁に手を付いて、滝川さんがズイッと私に顔を近付けた。

「…和賀の方がいい理由って、何?」

近付かれるのが嫌で、腕に顔を埋めて頭を振る。

「もしかして、バニーちゃん…怒鳴られたり、酷く扱われるのが好きなの?真性のMとか?」

闇雲に頭を振る私の耳元に、滝川さんが囁く。

「…和賀、来ないね…いつもなら、僕がバニーちゃん口説いてたら、飛んで来るのに…」

「…」

「案外…和賀も、バニーちゃんの事厄介払い出来て、ホッとしてるって事かな?」

「…」

「だったら、遠慮無く…」

首筋に息が掛かる程の近さに滝川さんが近付いた時、バコンという異質な音と共に直ぐ横から声がする。

「ハイ、そこ迄!」

「…痛いですよ、高柳先輩」

バインダーを手に、少し眉を寄せた高柳さんが私達を見下ろす。

「君が、ウサギちゃん苛めてるからだろ?」

「苛めてなんていませんよ…口説いてるだけ」

「違うよ、滝川…ウサギちゃん、怯え切ってる。これ以上すると、僕も上に報告しなきゃならなくなる」

滝川さんはフゥと溜め息を吐き、掌を上げて諦めたというジェスチャーをすると、私から離れて行った。

「大丈夫かい、ウサギちゃん?君の『ナイト役』は?」

私は固まったまま、答える事が出来ずにいた。

「…あぁ…あそこで……怒ってる訳だ」

コートの向こう側でサーブをしている和賀さんが、チラリとこちらを睨む。

そして高々とボールを上げジャンピングサーブを決めると、反対側のコートでサーブレシーブの練習をしていた選手が吹っ飛んだ。

「まぁ、アイツが怒ってプレーするのは、いつもの事だし…怒ってる方が破壊力増すんだけど…練習の時には、怪我人が増えて困るんだ。…今日は又、怒り心頭だな…」

「…」

「大丈夫かい、ウサギちゃん?…君、顔色が悪い」

「…済みません、高柳さん。私…今日は、帰ります」

「…その方が、いいみたいだね。そうだ…調子のいい時に、家で作って欲しい物があるんだ。いいかな?」

「…何でしょう?」

「夏の強化合宿の…まぁ、栞だね。これがスケジュール、こっちが昨年の栞…昨年のを参考にして、作って貰えるかな?」

「…わかりました。いつまでに、仕上げればいいですか?」

「出来れば、来週中に原稿チェックをして、作ってしまいたいんだ。ゲラは、和賀か松本に渡してくれたらいいから」

「…はい」

「ウサギちゃんも、参加するだろ?」

「…え?」

「合宿…人数に組み込んであるんだけど…茜姫は、どうかな?ここよりは涼しくて、いい所だよ?」

「……考えて置きます。茜の予定も、聞いて置きます」

「うん…宜しくね」

資料をバッグに入れて立ち上がると、ユラリと世界が歪む。

「ウサギちゃん!?君、本当に大丈夫かい?」

「…平気です。済みません…失礼します」

フラついた足に力を込めて、体育館を後にする。

背後から名前を呼ばれた気がしたが、私は振り向かなかった。

全身から吹き出す嫌な汗、宙を歩いている様な感覚、この炎天下にも関わらず異様な寒さ…。

…早く…早く帰らなければ、又倒れてしまう…今倒れたら、病院に逆戻りだ。

それだけは、何としても避けたい……伯母達の迷惑そうな顔、不機嫌な父の顔、心配そうな和賀家の人々の顔…色んな顔が脳裏に浮かび、私は藻掻く様に家路を急いだ。

『いい加減にしろよ、テメェ!!死にてぇのかっ!?』

『いいかっ!?熱が下がる迄、ここで生活しろっ!!』

『どうしようもねぇだろうがっ!!お前、自分の部屋に帰っても、水だって食い物だって、摂りゃしねぇだろ!?』

どうして、そんなに必死になるの?

『そんな半端な生活しかしねぇなら、独り暮らしなんてするんじゃねぇ!!大学だって辞めちまえっ!!』

『迎えに行くから、病院で待っとけっつったろうがっ!?』

『1人で帰って来たのか!?』

『馬鹿か、お前はっ!?』

いつも、怒らせてばかりなのに…。

和賀さんの不器用な優しさが、嬉しくて悲しい。

『何でそう謝ってばかりなんだ!?』

『そんなに、自分に自信がねぇか!?』

『そんなに…辛かったのか?』

そんな風に、私に尋ねた人は…初めてだった。

『お前……生きてるか!?』

……私って……生きて…無いの…?

『…俺は…お前が…』

『何言ってる!?俺は、本気でお前の事…』

又だ…その先を聞いてみたい自分と、言わせてはならないと思う自分がせめぎ合う。

アパートの鍵を開け、倒れ込む様に入った玄関でブラックアウトする瞬間、最後に浮かんだのは、悲し気な瞳を見せる和賀さんの顔だった。



『明日退院します』と昨夜メールを貰い、直ぐに『迎えに行くから、病院で待っていてくれ』と返信した。

それなのに1人でノコノコ退院して、部の練習に参加するなんて…まだ顔色だって悪いじゃねぇか…その上…。

「大丈夫だ、要…ウサギちゃんが、滝川に靡く筈ないだろ?」

「知るかっ!!」

サーブを決めると、相手コートに入った奴等が次々と吹っ飛んだ。

「とんだヒールだな?」

「…」

「覚悟は?」

「…」

「まぁ、当然だな…真子さんの気持ちも、わかってるんだろ?決して反対なんじゃない…だが、賛成でもない…」

「…」

「今更構うなって方が無理なんだろうが…距離あけた方がいいんじゃないか?」

「…お前も、反対なのか?」

「…怒るなよ」

「…」

「今回の恋愛に限っては、上手く行っても苦労するし、駄目だとしても傷付くだろうからな…お前」

「…」

「彼女もそれがわかってるから、お前の気持ち認めようとしないんだろ?わきまえてるんだよ…自分の立場を…」

「何だ、ソレ?」

「姫が言うには…」

「姫?」

「姫だよ、茜姫。姫が言うには、ウサギちゃん…結婚も恋愛も、する気はないそうだ」

「ッ!?」

「姫は、恋愛させたがってるけどな…このまま枯れて行くなんて、人生何が楽しくて生きてるんだかわからないって…息巻いてた」

「…お前等、知らねぇからだ…」

「知ってるよ…少なく共、俺はお前よりウサギちゃんの事を姫から聞いて知ってるんだ。彼女の家族の事、高校時代の事…だが、お前に教える気はない」

「何故だ!?」

「言ったろ?俺は、この交際に反対なんだ。お前の覚悟も決まってないのに、火に油を注ぐ様な事…出来る筈ないだろ?」

「…」

「俺は、ウサギちゃんが嫌いな訳じゃない。可愛くて可哀想な娘だ。付き合いも接し方も、今迄通りにする積もりだ。だがな…姫がウサギちゃんに肩入れする様に、俺はお前に肩入れしてしまう。お前にとっての幸せの選択が何なのか…俺が一番に考えるのは、仕方ないだろ?」

そう言って、松本は俺の背中を叩いた。

「……お前、俺に惚れてるだろ?」

「止めろよ、気色悪い…俺が女だったら、絶対願い下げだ!」

「何だと!?」

「だってそうだろ?俺様で気分屋で、愛想悪くて単細胞で…根は優しいが、怒って怒鳴ってばっかの男なんて…誰が恋愛相手に選ぶかよ!?」

「…」

「何で、こんな男に惚れるかね…ウサギちゃんも…」

「そりゃ…イイ男だからだろ…」

「顔がイイ男なら、滝川選ぶって……にしても、さっき少しおかしかったな」

「何が?」

「滝川に連れて行かれる時…ウサギちゃん、驚いた様な顔してた」

「え?」

「何だったんだろうな……ぁ、帰るみたいだぞ、ウサギちゃん」

滝川が絡むのを高柳さんが止めた後、そのままベンチで話し込んでいた宇佐美が、鞄を手に立ち上がった。

「…フラついてるな…まだ、具合悪そうだ」

そう呟く松本を置いて、俺は体育館を出て行く宇佐美を追った。

「宇佐美ッ!!」

体育館の扉の所で、フラついた足取りで家路に付く彼女の背中に呼び掛けたが…宇佐美が振り返る事はなかった。

「浩一、悪ぃ…頼んでいいか?」

「あぁ」

困った様に笑う松本の肩を叩き、俺は後片付けを頼むと家路に急いだ。

走りながら宇佐美の携帯に電話したが、一向に繋がらない。

俺は鞄を持ったまま、直接彼女の部屋に向かった。

チャイムを鳴らし、ドアを叩く。

「宇佐美!居るんだろ!?ドア、開けろ!!宇佐美!!」

ドアのノブを捻ると、その手応えの無さにドキリとした…まさか…いゃ、鍵は交換した…じゃあ…。

思い切りドアを引くと、モァッとした空気が立ち込める中、玄関で靴も脱がずに倒れ込む宇佐美の姿…。

「典子ッ!!畜生、やっぱり!!」

彼女をベッドに運び、部屋の窓を全開にした…しかし、まだ陽の高い7月の空気は、熱風しか運んで来ない。

大体この部屋には、扇風機みたいなまどろっこしい物しか存在しないのだ。

俺は自分の部屋に戻りクーラーをフル稼働すると、宇佐美の部屋に取って返した。

そして…意を決して、彼女の洋服を脱がした。

着ていたブラウスを脱がせ、黒いスラックスを脱がす…そして、その下に履いていた膝丈のスパッツを脱がせた俺は…息を飲んだ。

ウエストから下、腰骨を支える様に、そして左膝下迄…ビッチリと余す所無く巻かれたテーピング…。

話には聞いていたのだ…だが毎晩のマッサージは風呂上がりしか行わず、テーピングは外されスウェットの上からしか触れた事は無かった。

膝に乗せて抱き締めた時も…わかっていた…積もりでいた。

だが…実際に目にしたの時の驚き…。

俺は、宇佐美の意識が無かった事に感謝した……一体…俺は今…どんな顔をして彼女を見下ろしているのだろう…。

見られたくはない…俺の覚悟の甘さを、宇佐美に見られたくはなかった。

下着姿のままの彼女を風呂場に連れて行き、少しずつ手や足先から水を掛けてやると、程無くして宇佐美が眉を寄せ、うっすらと目を開けた。

「大丈夫か?多分、熱中症だ」

「…」

「自分でシャワー出来るか?着替え、出しといてやる」

俺を見上げた彼女は、黙って頷いた。


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