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第1話

『為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり』

実現が不可能に見える事でも、強い意志でやり通せば必ず成就できるものだという故事…。

創立者である米沢出身の先々代理事長の敬愛する、米沢藩主 上杉鷹山(うえすぎようざん)が家臣に示した歌だそうだ。

その強い精神を汲む、鷹山学園体育大学…スポーツのエキスパートを育成し、最近は各方面での活躍が華々しい。

各クラブは殆どがプロスポーツに直結し、青田刈りの様にスカウトとファンを引き寄せる。

「集中しろっ!!集中っ!!」

「おいっ!1年生!!煩いから、扉閉めろ!!」

体育館の各扉に張り付いた黄色い声援に、上級生が眉を寄せる。

「全く…いい迷惑だっつーの!扉閉めたら、中蒸し風呂だろぅよ?」

「どうせ、中高生のジャリ共だろ?警備員に連絡して、追っ払って貰おうぜ」

その声に、マネージャーが携帯で校内の警備部に電話した。

「済みません、第2体育館の男子バレー部です。部外者の排除をお願いします」

試合が近くピリピリとした雰囲気の中、神経を逆撫でする煩い声と、飛び上がった途端に浴びせられるフラッシュは堪らない。

「うぜぇんだよ、テメェ等!!どっか行けっ!!」

フラッシュの光に惑わされ、上がったボールを打ち損ねた俺は、堪らず扉に向かって吼えた。

途端に蜘蛛の子を散らす様に、女共が遠ざかる。

「和賀ァ!!打ち損ねたのは、自分のミスだろ!」

「わかってます!!もう1本!!」

「先輩…和賀も今、女気が無くて苛ついてるんですよ。余裕が無いっていうか…」

知った風な口を利く同学年の滝川智輝を睨むと、後ろから松本が囁く。

「流せ、(かなめ)…」

高校でもコンビを組んでいた松本浩一は元々はセッターで、癖の強い俺に絶妙なパスを上げてくれていたが、今はレシーバーをしている。

部長でキャプテン、セッターの寺田さんは、高校時代からずっとスーパーエースの佐々木さんとコンビを組んでいた。

俺同様癖の強い佐々木さんへのパス回しは、微妙に俺のタイミングとずれるのだ。

同じポジションを狙う滝川は、癖が無く難なくこなすが、試合になると決定率に欠け…奴はそれを気にして何かと俺に揺さぶりを掛けて来る。

「和賀が入って来てから、女性ファン激減なのって知ってるか?」

「実力あってルックスもそこそこなんだから…もう少し、愛想良く出来ないもんかね?」

「そうだよ…お溢れ与る俺達の身になれ!」

「マナーの悪いファンなんて、必要ねぇでしょうが!?」

皆の勝手な言い分にムッとして言い返すと、先輩達の揶揄が飛ぶ。

「お前もプロ志望なら、そこの所を上手く捌く位の事しろよ」

「少しは滝川を見習え…性格はともかく、愛想笑いの一つもしてみろ」

又滝川だ…何でそうやって、奴と俺の関係を煽るのか…。

気が短く無愛想で、いつも苛ついている俺に比べ、外向きには人当たりが良くルックスもいい滝川は、ファンからの受けも良い…だが、コートの中では関係無い筈だ。

「松本、早く和賀に女の子紹介しろよ!彼女でも出来れば、少しは丸くなるだろ?」

「今現在、彼女も居ない俺に言いますか!?勘弁して下さいよ、先輩…」

松本が笑いながら、先輩の攻撃をやんわりとかわしてくれる。

「殺伐とした雰囲気が悪いんだろ?あの女子マネの話、どうなったんだよ?」

「今のところ、全てフラレてますよ」

データ表を記入している男子マネージャーの高柳さんが、コートの外から答えを返した。

「他の部は、入学式やガイダンスの頃にもうアタック掛けてますからね…出遅れてるんですよ、ウチは」

「そう言えば、新入生でピカイチの彼女…もうどこかの部に入ったのか?」

「あぁ…あちこち覗いてるみたいですけど…余り、いい噂聞かないですね?」

「そうなのか?」

「何でも気紛れで我儘で…金持ちのお嬢様らしくて、汚れ仕事は一切NGらしいです」

「あれだけの美人だと、ベンチに居てくれるだけで皆遣る気になるんだがな…」

コートの中で笑いが起きた時、体育館の入口に監督とコーチが現れ、俺達は緊張して練習を再会した。



「あっちぃー!!やっぱ、ドア閉めると蒸し風呂だな!?」

休憩に入り、扉を開放すると5月の風が心地好い。

体育館外にある洗面所で、思い切り水を出し頭から被る。

「ホラよ」

顔を上げた絶妙なタイミングで、松本がタオルを投げて寄越した。

ゴシゴシと顔を拭う目の端に、小さくてフワフワしたものが(うごめ)く。

鬱陶しい…まだうろついているのか……そう思い、体育館の通風の床窓近くで蠢く白い物体を掴み上げた。

「鬱陶しいっ!!まだ居やがったのかっ!?」

「!?」

白い物体…ブカブカの白い上着を着たお下げの女が、俺に背中を掴まれ宙吊り状態で瞠目している。

「こんな所から覗くなんて…お前等、ストーカーと一緒だな!?」

俺の怒鳴り声に、体育館の中に戻っていた松本が顔を出した。

「どうした、要……って、止めろ!何してんだ!?」

「まだ、さっきの奴等が残ってたんだ!鬱陶しい!!」

「…!?」

松本が吊り上げられた女を見て、眉を潜めながら言った。

「……君は…」

「…」

小さな物体は、何も言わずに手足をバタつかせて暴れ出す。

「警備員に突き出してやる!!」

「待て、要…」

「煩いっ!!」

そう体育館の入口から声を掛ける松本の方に、女を吊し上げたまま近付こうとした時…足下でパキリと硬質な音がした。

「…ふぇ…」

いきなり泣き出した女を見て、松本が俺に怒声を吐いた。

「離してやれ、要!!彼女は、ウチの学生だ!」

「…え?」

殆ど落とす様に手を離すと、彼女は俺の足下に這いつくばってパシパシと足首を叩いて来た。

「何だ!?」

足をずらすと、靴の下から華奢な眼鏡とおぼしき残骸が…。

「ぁ…」

彼女はハンカチを取り出すと、眼鏡の残骸と割れたレンズを丁寧に拾い、涙に濡れた目でチラリと俺を見上げ、見詰める松本に少し頭を下げると、何も言わずに走り去った。

「…あっ…あのっ…」

後ろ姿に声を掛ける松本が、やおら俺を振り返ると溜め息を吐いた。

「どうしてお前は、そう短慮なんだ…全く…」

「知るかよ!…俺は、てっきり…」

体育館に沿う道を、ピョンピョンと走る彼女の後ろ姿を見詰め、少し後悔しながら俺は言った。

「今年の新入生だ…白衣着てたから、この上の研究室に来てたんだろ?」

「知り合いか?」

「知り合いかって、お前…!?」

再びハァと溜め息を吐く松本の横で、俺は走る彼女をずっと目で追っていた。

白い…白衣を着て跳び跳ねる…何だかちっこい兎みたいな女だと思った。



体育大学に来る人間は、殆どが高校まで運動部で鳴らして来た奴等だ…だから、最初からマネージャーになりたいと言って入部する人間は殆どいない。

ウチの男子バレー部でも、怪我やレギュラー入りを果たせず選手として諦めた人間がマネージャーに着く事が多い様だ。

それでも部に残って世話をしてくれる人間は、本当に貴重で…現在マネージャーをしてくれている3年男子の高柳さんは、面倒見が良い事で定評のある人だった。

それに対して女子マネージャーは、競技に興味があるというよりはメンバーに興味があって入って来る人間が多い。

運良く部員と恋人同士になった所で、そのままマネージャーとして残る人間は稀だ。

現在の女子マネージャーの瀬戸さんは、キャプテンの寺田さんの彼女…しかし、既に4年生で就職活動に忙しく、殆ど部に顔を出せない状態だった。

「俺も今年は就活で忙しくなるからね…早急に、マネージャーを探さないといけないんだけどな…」

高柳さんはそう言って部員を見回すが、全員が微妙な顔をして後退さる。

「お前はどうだ、一平?」

寺田さんが、高柳さんの隣で作業を手伝う1年の椎葉一平に声を掛けた。

「勘弁して下さいよ、キャプテン!俺、高柳先輩の手伝いするのは(やぶさ)かではないですけど…メンバー入りを諦めた訳じゃ無いですよ!?」

「まぁ、そうムキになるな、一平。お前が手伝ってくれて、俺は本当に助かってるんだ」

高柳さんに柔らかい笑顔を向けられ、椎葉は赤面して作業に没頭する。

「やっぱ女の子だよな!?」

「そうだよ!!女子マネ探そうぜ!」

「あの子、声を掛けてくれよ!1年の…玉置さんだっけ?」

「玉置茜…可愛いよなぁ……まだどこにも入って無いなら、絶対ウチがGETしようぜ!」

息巻く部員に、寺田さんは溜め息を吐いた。

「仕方無い…高柳、明日付き合ってくれ。その彼女とコンタクトを取って見よう」

「わかりました」

「まぁ…使い物にはならないみたいな気はするが…人数が入ってくれたら何とかなるか…」

「瀬戸さんにも、同席をお願いした方がいいかもしれませんね」

「それは無理だな。明菜は、しばらく説明会巡りだ」

「そうですか…」

「キャプテン、絶対GETして来て下さいよ!?」

意気の上がる部員達に、寺田さんは呆れながらも『わかった』と苦笑した。



「和賀…直ぐに、第1食堂迄来い!」

翌日の昼休みに寺田さんから呼び出され、俺は松本と2人で第1食堂迄向かった。

「何か用ですか、キャプテン?」

陽の降り注ぐ食堂で、寺田さん、高柳さんに椎葉迄もが同席して俺を待っていた。

「和賀…お前、玉置さんの友人に酷い事をしたというのは、本当か?」

「はぁ!?誰ですって?」

「玉置さんだ…玉置茜さん」

「知りませんよ、そんな女!」

眉を寄せそう吐くと、椎葉が口添えた。

「いえ…被害にあったのは玉置じゃなくて、ウサギちゃんの方です」

「誰だ、そりゃ!?」

「あ……もしかして、宇佐美さん?」

松本が俺の隣から椎葉に尋ねた。

「そうです!」

「そうか…彼女…」

「誰だ、浩一?」

尋ねる俺に、松本は溜め息を吐く。

「昨日の事だぞ?もう忘れたのか!?」

「はぁ?」

「昨日…お前が泣かせちまった娘だ!」

「…」

「体育館の横で…お前が掴み上げた!」

「……あぁ…あの白衣を着た女……」

あの、小さな兎みたいな…。

「一平、彼女と知り合いか?」

「はい。玉置もウサギちゃんも、俺と同じ高校の出身なんですよ。俺、玉置とは同じクラスになった事ありますけど、ウサギちゃんとは直接の知り合いって訳じゃ無いんです」

「そのウサギちゃんが…お前に酷い目に遭わされたって、玉置さんがご立腹でな…」

「玉置は、ウサギちゃんにべったりですからね…」

何だかその玉置という女が、俺にキレているらしい。

「俺に、どうしろって言うんです!?」

「先ずは、そのウサギちゃんに謝罪しろ」

「何で…」

「お前…彼女を疑った挙げ句、彼女の眼鏡壊したって?」

「…それは…そうですけど…」

「お前、そのウサギちゃんを説得して、ウチのマネージャーになって貰え」

「何ですか、それ!?」

思わず大声を出した俺に、椎葉が答える。

「玉置が…ウサギちゃんが一緒じゃないと、マネージャーにならないって言うんです」

「はぁ!?」

「確かに…皆が騒ぐだけの事はある…かなりの美人なんだ。まぁ…彼女がマネージャーに向いてるかは疑問だが、彼女がウチに入る事で部員の士気が上がる事だけは確かだな」

「だけど、要がその…宇佐美さん…に謝罪するとしても、マネージャーになるのを承知させるのは、又別問題なんじゃ…」

「それは…お前達に任す。責任を持って…彼女を取り込め!」

「そんな無茶苦茶な…」

「いいな!?部長命令だ!!」

そう言って、寺田さんは席を立った。

キャプテンでは無く、部長の名前を出すという事は…決定事項だという事だ。

「まぁ…宜しく頼むよ。松本、和賀をフォローしてやってくれ。玉置さんの事は、一平が良く知っているらしいから」

「…わかりました。要が切れない様に、俺が見張ってます」

「うん。和賀…何にしても、失礼な事をしたんだろう?ちゃんと謝罪して、許して貰うんだ。いいな?」

「…わかりました」

高柳さんは、俺の肩をポンポンと叩いて席を立った。

「一平…先輩達と一緒に、彼女達に会ったのか?」

「はい…って言っても、ウサギちゃんは俺達が玉置に話を始めると、直ぐに席を立ってしまいましたけどね…」

「…彼女、人見知り激しそうだしな…」

溜め息を吐く松本に、俺は抱いていた疑問をぶつけた。

「浩一、昨日も思ったんだが…その女と知り合いなのか?」

松本は瞠目し、呆れ顔で盛大な溜め息を吐いた。


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