冬のほたるとおしゃべりキツネのカナ(おじいちゃんの日記)
○月×日
天気 晴れときどき雨
どうしてだろうか、あの日のことを繰り返し思い出す。
これはひょっとすると走馬灯に近い種類のものなのかもしれない。例えば死期が近い人間にしか見えない自身の原風景のような。
人は死ぬ前に自分にとって特別な場所のことを、特別な人間のことを、大切な記憶のことを思い出してから死んでいくのだ。そうでなければ、多くの人間は死への恐怖を受け入れることなどできないだろう。
それならば、あのときの記憶ほど、今こうして思い返すのにふさわしい記憶は他にないだろう。
あれは何年前だったか、サキがこの森にやってくるずっと昔のことだ。
あんなに雪の降る夜に森に入ったのは最初で最後だった。ハツミが思い付いたように、新しい雪を踏みながら菜の花川へ行こうと言い出し、危険があるにも関わらず、どうしてか私も反対しなかった。
道中、何を話したかも覚えていないが、あの光景だけは忘れることはできない。
あの何もかもが愛おしく思えるような、この世界のすべてが特別に思えるような、それでいて胸の弾むような、特別な光景。私の人生でもっとも特別な時間。
私はハツミと何か幸せな話をしながら、柔らかい雪を注意深く踏みながら森を奥へと進んでいった。
何年ぶりかに腕を組んで、ふたり震えながらたどり着いたのは菜の花川の上流だった。
その光景を見つけた瞬間、お互いはっと息を飲んだ。その後に、まるで申し合わせたみたいにお互いの顔を見つめ、次の瞬間には自然と笑みがこぼれてきた。
蛍がいたのだ。それも一匹や二匹じゃない、何万匹という数のほたるが、菜の花川に沿って眩い光を放っていた。
どうして冬にこれほど大量の蛍がいるのか、それすら疑問に思わないくらい、私とハツミはただその光景に心奪われていた。
私たちのことなど気にも留めず、蛍たちはまるで冬の間、その姿を見せない菜の花の代わりを務めるみたいに、粒の小さな雪の降る中で儚い光を放っていた。
精霊流しみたいだったと、後からハツミは言っていた。
確かにその光景は時空を超えた、この世界のあらゆる生と死についての、ひどく言葉にしづらい一部分のように私には思えたのだった。
いつの間にか私たちは灯りの中にいた。今が夜であるということも忘れてしまうほどの灯りの中に。私たちはただ、その光景に出会えたことに幸せを感じていた。
あれはなんだったのだろうか?
ハツミはまだあの日のこと覚えているだろうか――。
私は今から調合部屋へ向かい、最後の仕事を済ませるだろう。ひどく自分勝手な選択だと自分でも思う。あの記憶もハツミの頭から消え去ってしまうのかもしれない。
だが私は、ただハツミを悲しませたくなかった。私にだけしかそれはできないのだ。
最後まで私のわがままに付き合ってほしい。
サキ、もしいつかこの日記を読んだなら、お前は自分が正しいと思うことをやりなさい。そしてもしできるなら、おじいちゃんのことを許して欲しい。
ハツミ、ごめんよ。ありがとう。さようなら。




