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台風とツキノワグマのそう太(14)

「いいお天気だね」おばあちゃんは顔をしわくちゃにするようないつもの笑顔で言う。

「そうだね、おばあちゃん」私はいつものようにそう答える。

「そこまでいい天気ってわけじゃ、ないと思うけどな」お母さんは窓からちらりと空を眺めて見てから言う。

「いいんだって」私はおばあちゃんに聞こえないようにそうささやく。


 台風は今日の明け方前には去ってしまったようだ。

 私たちが目を覚ましたころにはもう雨も降っていなかったし、風が窓をかたかたと揺らすということもなかった。

 それでも空にはまだ灰色の雲がいくらか残っていて、台風一過というわけにはいかなかった。お母さんの言うとおり、そこまでいい天気っていうわけじゃない。

 私たちはテーブルを囲んで、少し遅い朝食をとっていた。

 私が目を覚ましたときには、お母さんはまだ隣でぐっすりと眠っていたから、私が二人分のトーストと目玉焼きを焼き、一人分のおかゆを作って焼き魚の身をほぐした。

 その匂いにつられたみたいにお母さんが起きだしてきたのは、ついさっきのことだ。


「おはよう」お母さんはまだ眠たそうに言うので、「おはよう」と、私は少しはにかんで答えた。私はお母さんの頭についている寝癖を見て笑い、お母さんは恥ずかしそうに洗面所へ走っていった。


 私はきれいに焼けたトーストをかじりながら、明日もあさってもしあさっても、ずっとこうして三人でご飯を食べることができたらいいのに、と思った。 

 でも現実というものは、そんな他人にとっては何でもないような願いさえ許してくれないことが往々にしてあるんだ。

 私はこの森にやって来てから、そんな当たり前のことを何度も実感させられていた。

 お母さんは食器の片づけを済ませると、すぐに帰り支度を始めてしまった。


「また前みたいに二人で暮らしたいと思ってる。それが今の私の心からの思いよ。でも、もう少し待ってちょうだい。おばあちゃんのこともあるし、平気そうに見えるかもしれないけど、今の私には余裕がないの。あなたにはいつだって申し訳なく思っているわ」


 カバンに寝巻きを詰めながら、お母さんは私の顔を見ずに言った。その思いつめたような横顔は昨夜のお母さんとは別人のようだった。


「いいのよ、私は大丈夫だから。おばあちゃんも一緒だしね。お母さんもあまり無理しないでね」

「ありがとう」

「うん」


 私はおばあちゃんの車椅子を押すと、庭まで出てお母さんを見送った。


「じゃあまた、一ヶ月くらい経ったらね」私は無理してはにかんでみせた。

「そのときには昨日できなかった、私の話もしなきゃね」


 昨日は結局、私の話しかできなかった。あの夜のことを聞く機会はついに訪れなかったんだ。それでも、どうしても私はあの猫街でのことをお母さんに聞きたかった。


「お母さん。最後にひとつだけ、聞きたいことがあるんだけど……」私は振り絞るように声を出した。

「何かしら?」お母さんは首を傾げた。


 ふと、私は昨夜のことを思い出した。本当に久々にお母さんと二人きりになった、素晴らしい夜だった。あの夜を手放したくなかった。私はひょっとすると、台風のおかげで生まれたお母さんとの新しい関係に満足し始めているのかもしれない。

 短い沈黙のあと、私はゆっくりと首を振ってから言うのだった。


「ううん、なんでもないわ」


 もう、お母さんにこの質問をすることはないんだろう。なんとなくだけど、私にはそれが分かった。

 お母さんがどんな仕事をしていようと、お母さんは私のお母さんなんだ。お母さんは私のために、私たちのために必死に働いているはずなんだ。

 私は勇気を出せなかった自分を納得させるように心の中でつぶやくと、一度だけ大きく頷いた。

 お母さんは不思議そうな顔を見せてから、大きく手を振りながら帰っていった。

 私もおばあちゃんも、その姿が見えなくなるまでお母さんに負けないくらい大きく手を振り続けた。


「……さ、部屋に戻ろうかおばあちゃん」

「そうだね。それはそうと、今のべっぴんさんは誰だったかな?」

「もう!」おばあちゃんの言葉に、私は少し呆れてしまう。「おばあちゃんの自慢の娘さんじゃんか」

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