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台風とツキノワグマのそう太(13)

「それからも、そう太は何度も夢に出てきたわ。その度に、私は彼にあのときのことを謝ろうとするんだけど、どうしてもその言葉を口に出すことができないの。そしてその度に、私は彼が最後になんて言っているのか聞き逃がしてしまうの……。そう太の出てくる夢をこんな風に言うのもなんだけど、あまりいい夢とは言えないわ」

「そう、そんなことがあったのね」

「信じてくれるよね?」

「当たり前じゃないの。何度も言わせないでよね」


 お母さんったらいたずらっぽく笑うと私のわきをくすぐるから、私はキャッキャッと声を出して笑ってしまう。

 私もやり返そうとお母さんのわきをくすぐり、狭い布団の中でしばらく私たちは転げまわっていた。

 いろんな問題はあるけれど、私の世界は相変わらず平和だった。

 それでもそう太のことを思い出すと、今でも胸が痛むし、やってくる動物に薬をあげ続けている自分が正しいことをしているのか分からずに一人で悩むことも、一度や二度のことじゃなかった。

 それどころか、私は自分が間違っているということに薄々感づきながら、それに気づかないフリさえしていたんだ。

 私は意を決して、お母さんに聞くことにした。笑いすぎて目の端に涙を浮かべたお母さんにだからこそ、きっと私は聞くことができたんだろう。


「お母さん、私は間違っているのかな? 私が正しいと今まで信じ込んできたことは、やっぱり間違ったことだったのかな? 私は動物たちに薬をあげるべきじゃなかったのかな?」


 ヤバい。私はまた泣き出しそうになっている。と思った瞬間に、もう涙は私の瞳からこぼれ落ちていた。

 いつか私の涙で洪水が起きて、世界を飲み込んでしまうんじゃないだろうか。そう考えてしまうほどに、私は泣き虫で弱虫だった。

 お母さんはただ私の背中をなでてくれた。そのまま十分ほど経っただろうか。ようやく私の涙が止まると、お母さんは私の質問にも答えず、不意にこんなことを言うのだった。


「ちょっと外に出てみない?」

「え?」私はその言葉に驚きつつ耳を澄ましてみる。不思議なことに、いつの間にか風の吹く音も雨の落ちる音も聞こえなくなっていた。それどころか、外からはどんな小さな物音さえも聞こえてはこなかった。

「台風はもうここを通り過ぎちゃったの?」

「いいえ、きっとそうじゃないわ」


 お母さんは思い切り布団をはねのけて立ち上がった。

 歩き出すお母さんに置いていかれないようにベッドから出ると、私もお母さんの背中を追って玄関から外へ出た。

 外の空気はひんやりと冷たく、そこには濃い雨の匂いがたちこめていた。

 それでも雨は一滴たりとも降ってはいなかったし、風もたまに穏やかなものが吹いては耳元を撫でていくだけだった。

 地面には風に飛ばされた枝や舞い落ちた葉がたくさん落ちていて、私はその感触を確かめるように、わざとそれらの上を踏みながら歩き、庭の真ん中で立ち止まったお母さんの隣に立った。

 お母さんは首を曲げて空を見上げていた。私もお母さんを真似て空を見上げる。


「きれい」私とお母さんは言う。それは本当にどこまでも透き通った、きれいな星空だった。


 ふと横目でお母さんの顔を見ると、夜空に浮かんだ月によって白い顔は金色に染められていた。

 そんなお母さんを見ていると、私にはまるでお母さんがどこかとても遠くにいて、触れることのできない人のように感じられるのだった。

 私はそっと、お母さんのシャツのすその辺りに手を伸ばしかけるけど、お母さんの声が聞こえるとすぐに手を引っ込めた。


「サキ」


 お母さんはぽつりと、呟くように私の名前を呼んだ。


「なに?」

「話してくれてありがとね」

「ううん、いいの。私の方こそ、聞いてくれて、そして信じてくれてありがとう。少しだけど、気持ちが楽になったよ」

「いいのよ、そんなこと」そこまで言ってから、お母さんは空を見上げていた顔を私の方に向けた。「思ったんだけど、そう太はあなたに、最後の力を振り絞ってこんなことを言いたかったんじゃないかな」


 りーりりりりりとひぐらしの鳴く音の聞こえる中、お母さんはとっておきの内緒話をするみたいに私の耳に口を近づけた。

 その言葉を聞いた私は、それが本当であったならどれほど素敵だろうと思った。それが本当であったか分からないにも関わらず、私の頬は自然とほころんでいた。

 少しずつ強くなり始めた風が私たちの耳元をびゅんと通り抜けて、私たちは同時に短い悲鳴をあげた。

 それがなんだかおかしくて、再び大粒の雨が降り始めるまで、私たちはそのまましばらくお互いの顔を見ながら笑い合っていた。

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