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台風とツキノワグマのそう太(9)

 再びカナが私の家にやってきたのは、それからたったの三日後だった。

 彼女はまたお風呂場の窓から私たちの家に入り込むと、電気を消してベッドに潜りこんだばかりの私を飛び上がらせた。


「ちょっとサキ、面白い話があるから聞きなさいよ」


 そう言いながら私の部屋を走り回るカナに対して、私はただ呆れかえるばかりで怒る気持ちにもなれなかった。


「こんな時間にいったい何なのよ。あなたひょっとして、そう太のところに行ったんじゃないでしょうね? そう太のことはそっとしといてあげてって、私、あなたに忠告したはずよね」


 私の言葉なんて意にかえさず、カナはベッドの上にぴょんと飛び乗ると、まだ小さな体で私を見上げるようにして言うのだった。


「そう太に会ったんだけどね、彼ったらおかしいのよ。息子のかん太が死んだっていうのに、そのことを全然思い出せないみたいなのよね」

「あなた、そう太に何を言ったのよ!」

「な、なによ……」


 私の剣幕に押されてか、カナは少し身を引いた。それでも干したばかりの布団から降りるつもりは、どうやらないみたいだった。

 私がじっとカナのことを見つめていると、カナは居心地が悪そうにそっぽを向いてから言った。


「なによ、私が悪いっていうの? 私は別に何も言っていないわよ。ただそう太の……彼の様子がどうもおかしいから、私は、私は……」

「あなた、そう太に何を言ったの?」


 カナがそう太に何を言ったのか、私には簡単に想像することができた。

 私はできればその言葉を聞かないまま、カナを家から追い出して眠ってしまいたかった。それでも私はその言葉を聞かないわけにはいかなかった。私にはそう太に薬をあげた責任があった。


「私はただ聞いただけよ。『かん太がいなくなって寂しくないの?』って。彼がどういうわけか、すごく晴れやかな表情をしていたから。だってかん太が死んだばかりだっていうのに、全然悲しんでいるようには見えなかったのよ」

「その言葉を聞いたそう太はなんて?」

「彼はこう言っていたわ。そりゃあもちろん寂しいよ。でもそれよりも嬉しいんだ! いつの間にか、かん太も親離れできる年になっていたんだな……って」

「だから、あなたは彼に言ってしまったのね。『かん太はもう死んだのよ』って」


 私は無意識のうちに頭を抱えていた。私のせいだ。私の……。真実を告げられたそう太の心境を想像すると、鼓動が一気に加速し、顔が火照ると同時に背中には冷たい汗が浮かび始めていた。取り返しのつかない事態に進展していることが直感で理解できた。

 搾り出すようにして、私はカナに尋ねた。


「そう太はなんて言っていた?」

「彼は私の言葉を信じようとしなかったわ。迷ったんだけど、彼があんまり必死に否定するものだから言ってあげたわ、それなら自分の目で確かめてみなさいって。それからかん太が罠にかかった場所を教えて――」

「どうしてそんなことするのよ、せっかく辛い記憶を忘れることができたっていうのに! せっかく、嫌な記憶を全部忘れさせることができたのに……」


 私の声は段々と小さくなっていき、最後はほとんど息を吐き出すだけになっていた。失敗した、その言葉だけが頭の中をグルグルと回り続けていた。私はそう太の記憶を完全に消すことができなかった。


「ひょっとして、あなたがそう太に息子のかん太が死んだことを忘れさせたの?」

「私が薬でそう太の辛い記憶を忘れさせたのに、それをあなたが邪魔したのよ。あなたのせいで何もかもめちゃくちゃだわ」

「だって――」


 私は口を開こうとするカナを睨み付けてから大きな声を出した。


「どうしてくれるのよ! 私の初めての仕事、おじいちゃんのあとをついで立派に、立派に……」


 そこから先は、続かなくなってしまった。

 いけない、私がそう思った次の瞬間には、まぶたに熱いものが溜まっていた。そのまま、私はわんわんと泣き出してしまうのだった。

 カナはさすがに悪いと思ったのか、布団から飛び降りると、小さな声でごめんとだけ言って部屋から出て行ってしまった。

 私はそのまましばらく嗚咽を漏らしながら泣き続けた。ようやく落ち着くことができたのはたっぷり四十分ほどが過ぎてからだ。私はベッドの端で涙を拭うと、思い切り立ち上がってから玄関へ向かった。

 今は悲しくても、泣いてなんかいる場合じゃない。私は目じりにたまった涙をぬぐいながら、自分に無理やりそう言い聞かせた。おじいちゃんが生きていれば、きっと私にそんな風に言ったはずだ。

 玄関の扉を思い切り開ける。緑の匂いと、蝉の声が家に入り込んできた。

 真っ暗な夏の森の中、私は突っかけまま駆け出すと、そう太の姿を追って深夜の菜の花川を目指した。

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